死が二人を分かたない世界

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魔界編:第12章

出過ぎた真似

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 置いていかれるんじゃないかって心配したけど、ユキは僕が準備を整えるまで待ってくれていた。

「ついてきても……真里には面白くない話だろ」
「そうだけど、ユキを一人で行かせられないよ」
 ユキを襲ったあの人が、今どういう状況になっていて、どんな形でユキと対面することになるかわからないし。正直、魔王様にも文句を言ってやりたい。だって、ユキが襲われているのを分かってて、あの人は見過ごしていたんだ……。
 一言、物申すくらいはしないと気が済まない。

 着替え終わった頃には、家の周りには人が集まってざわつき始めていた。おそらく、さっきのユキの重いプレッシャーのせいで騒ぎになっているんだろう。

「これじゃ外に出られないね」
 ユキがここに居を構えてるのはみんな知ってることだから、騒ぎの元凶もバレてしまっているわけで……。そんな状況で、堂々と素通りして行けるわけもない。

「飛ぶか」
「大丈夫……? ハルキさんに怒られない?」
 魔王様の直轄領に入るには、黒門を通るのがルールだ。だから、直接領内に転移するのは本来であればNGだ。
 以前はユキも自由に出入りしたり、制限は大してなかったみたいなんだけど、ハルキさんが来てからはその辺り厳しくなったらしい。

「問題ない、俺達に小言を言う余裕はないだろうからな」
 ユキは少し呆れたようにため息をついてから、僕の肩を抱いた。
 一瞬視界が真っ白になって、次に目を開けた時には白い玉砂利の上に降り立っていた。
 門の外ではなく、敷地内に直接転移したみたいだ。

 ユキがここに来た目的は、多分あの人と話をするため……だと、思っているんだけど。
 あの人の居所を僕達は知らない、魔王様なら知っているだろうけど、魔王様も直轄領内の何処に居るかは分からない。
 いつものように門をくぐっていれば、ハルキさんが気付いて来てくれたのかもしれないけど……。

 どうするつもりだろうかとユキを伺うように見れば、目配せでついてくるように促された。
 この後どんな展開になるのか想像もつかなくて、でもあの人がした事を許せないって気持ちは高まってて、緊張して鼓動が速くなる。

 ユキも緊張しているのか、それとも怒りを抑えているのか、ピリッとした空気が周囲に張りつめていて、それが余計に緊張を煽る。
 前を歩くユキの背中を見ていると、その前方からジャリっと僕達のとは違う、玉砂利を踏む音が聞こえた。

 足を止めたユキの後ろから、体をずらして相手を確認する。もちろんそこには予想通り上半分の狐面の人が立っていて、少し俯いて言葉に詰まっている様子だった。
「来たな、案内しろ」
「――ッ、あ……あの、ユキ様……」
 いつもの人を従わせるような、強い覇気のある声はか細く弱々しくて、体格は小さい方であるハルキさんが、いつもよりもっと小さく見えた。

 その手が強く握り込まれたのが見えて、何が起きるのかと一瞬身構えようと思った時には、ハルキさんは玉砂利に額を擦り付けていた。
 土下座だ……! 初めて生で見たかもしれない。

「なんの真似だ?」
「この度の件、全ては私の責任です!」
「ほう……その様子だと、何があったのか把握しているみたいだな」
 ユキの声は、ハルキさんには怒りに震えているように聞こえただろう。でも、側で見ている僕にはユキは無理をしているように見えた……知られたくなかったって気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
 ユキの横に並んでその手を握ると、ギュッと握り返して来たユキの手は強かった。

「魔王様から……詳細は、まだ」
 やっぱり、魔王様は知っていたんだ。なのに、アイツを止めなかった……ユキが襲われるのを黙認した。
 自分の所有物だと言わんばかりに、ユキに首輪をつけているあの人が、ユキを守らない事に怒りが込み上げてくる。

「まずは顔を上げろ、そして立て……話しにくい」
 はぁーと長めのため息をついたユキは、僕と繋いでいた手を離して腕を組んだ。
 それは自分自身を落ち着けようと抱きしめているようにも見えて、思わず背中に手を当てると、ユキは少し困ったように僕を見た。

 ハルキさんは顔を上げたけれど、玉砂利の上で正座をしたまま立ち上がらなかった。
「今回、覇戸部さんとユキ様を二人きりにするような話は、私から持ち出したものです」
「そんな事は知っている」
「私は自分が人の役に立っていると感じたくて、自己満足のためにお二人を巻き込みました」
 正座をしたままのハルキさんは、狐面を被っている上に俯いていて、表情は全く分からない。
 ただ、その膝の上に作った拳は強く握りこまれていた。

「私の出過ぎた行為で、長年続いた二人の関係に傷をつけました……ですから、どうか罰は私に……如何様なものでも、お受けしたく」
 その声は震えていて、でも覚悟が決まっているような声色で。僕は不快感で眉をひそめた。
 長年続いた関係? そんな、あの人とユキに特別な関係があったかのような言い方に、嫉妬心が疼かないわけがない。

 ユキの背中の服を握ると、ユキは組んでいた腕を崩して僕の背中をポンポンと二回叩いた。
 落ち着けって言われているのはわかっているけど、あの人への罰をハルキさんへ……なんて、そんな話納得できるわけがない。

「お前の言い分は分かったが、お前に何かするつもりはない。きっかけがなんであれ、実行すると決めたのはアイツ自身だ、そんなものまで自分のせいだというのは、それこそ出過ぎた真似だろう」
 ユキがハルキさんの元まで歩み寄って、腕を掴んで立ち上がらせようとした。それでもハルキさんはその腕を振りほどいて、再び地面に頭を下げる。

「転移されてきた時はボロボロで……もうこれ以上は」
「ユキだってひどい状況だった! アンタは見てないからそんな事が言えるんだ!」
 もう我慢が出来なかった。
「変な薬を使われて、体は動かなくなっていたし、魔力だって危ないくらいに枯渇してた……!」
「……真里の服にも殴られた際の出血があった、何も一方的にこちらが制圧したってわけじゃない」
 なんで僕たちが加害者になっているような雰囲気なんだ、頭にきすぎて周囲が暑く感じる程だった。

「落ち着け真里、ハルキに怒りをぶつけても仕方ない」
 ユキから抱き寄せられて、その胸の中に抱き込まれると思わず背中に腕を回した。思いっきり深呼吸すれば、ユキの匂いで気持ちが落ち着いてきた。
 ユキは僕と違って冷静だ、当事者はユキ自身なのに、酷く怒っている様子もない。
 僕はそんなユキにも焦燥感を募らせているんだ……アイツを許さないで欲しい、もっと怒って欲しいと望んでいるんだ。

「アイツが使ったその薬だが、例の拠点で発見された新薬だ……アイツは自分で試したとも言っていた、その辺りも話を聞かなければいけないだろう」
 だから、案内しろ。とユキに言われたハルキさんは、ようやく立ち上がって歩き出した。

 案内された場所は初めて訪れるところだった。
 雰囲気は暗く重く、まるで木製の留置所のような……いや、ようなじゃなくそれで正解なんだろう。
 正直、こんな犯罪者としての扱いを受けているとは思っていなかった。直血悪魔の特権で、魔王様に匿われているものとばかり……。

「本人の希望で、拘束した上でこの先の独房に収容しています」
 ハルキさんは、その独房の扉からそれなりに離れた距離で足を止めた。
「今、覇戸部さんの魂はまだ回復していない状態で……燃やされて穴だらけで、これ以上傷つけるのは危険なので」
 そうか、必死だったから気付いていなかった。僕もユキも、あの人の魂にダメージを与えていたのか。
 以前ユキに、魂を燃やされると回復が遅いと注意されたんだった……でも、後悔も後ろめたさも、同情もない。

「あー……アイツには殺すと宣言したからな」
「――!!」
 意地悪く笑ったユキが、本気か冗談か分からない発言をしたせいで、ハルキさんが通せんぼをするように立ちふさがった。
「いきなり輪廻門に突き落としたりはしねぇよ……たぶんな」
 そう言って、ユキは先にある独房の扉を睨みつけた。

 ユキは冷静だ、冷静だけど深く静かに怒っているようにも見えた。
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