死が二人を分かたない世界

ASK.R

文字の大きさ
161 / 191
魔界編:第12章

謀(はかりごと)

しおりを挟む
 ユキは独房に乗り込んだりする気は無いらしく、眉根を寄せたままジッと先の扉を睨みつけている。
 それは怒りを必死に抑えているようにも、何か考え事をしているようにも見えた。

 誰も喋らずシンと静まり返ったこの場は、寒いと感じる程冷ややかな空気が流れる。
「本人の希望で拘束してるって……なんで」
 無言の間に耐えられず、素直に疑問だった点をハルキさんに問いただした。
「浴びた薬物が体に長く残るもののようで、依存性も高いようです。その間欲求を抑えられなくなるので、拘束してほしいと」
 反省を示すためのアピールなのかとも思ったけど、本当に危険だから拘束している状態なのか。

「解毒できないものなんですか?」
「私が把握している資料の中には、同様の構造の物がなく……」
「あれはかなり昔に流行ったものだ、俺なら解毒できる」
 僕たちの話を聞いていたユキが、険しい顔をしたまま不満を隠さない声色でそう言った。

「解析されてたんですか!?」
「アイツが薬物を浴びた時点で解毒するつもりだった、やらせてはくれなかったがな」
 ユキが腕を組んで、わざとらしく独房に向かって毒づいた。
「覇戸部さんは、故意にその薬物を浴びたと……?」
「間違いない、あの拠点の中に巧妙に隠してある仕掛けがあったが、アイツはそれを知っていたんだからな」
 ハルキさんの狐面で隠れていない口元が、驚きで一瞬開かれてから、悔しそうに食いしばる横顔が見えた。

「仕掛けがある事を知っていて報告せず、私欲のために使用したという事ですね」
 僕たちの方を向いたハルキさんの表情は、いつもの真面目なものに戻って、淡々と話を続けた。
 次第にユキが襲われた状況が分かっていくのは、聞いていて辛いものがある。確かにこれは、僕にとっては『おもしろくない話』だ。

「その仕掛けは部下に回収させます」
「俺が直接行く、誰にも触らせるな」
 ユキはハルキさんを追い越しながら、そう指示して独房へと歩き出した。
「ユキ様!?」
「解毒、するんだろう?」
「いいのですか!?」
「しなきゃ襲われるのは俺だからな」
 ハンッとユキが呆れるように吐き捨てるのも、やっぱり強がっているようにしか見えなかった。
 走ってユキのすぐ後ろについて、ユキを想う気持ちを込めて背中に触れると、ユキがハッとするように僕の顔を見た。

「ユキがどんな選択をしても、僕はそれを否定しないよ」
「……すまない」
 困ったように笑ったユキが、何を考えているかなんてわからないけど……。ユキが謝るという事は、やっぱり僕にとっては『おもしろくない話』なのかもしれない。

 正直、あの人には報復してやりたいという気持ちはある。ユキを傷つけたこと、その肌に触れたことを絶対に許したくなんかない。
 でもそれは僕の個人的な感情だ、ユキが考えて出した答えに影響させてはいけない。
 それが納得のいかない結果だったとしても……。

 廊下の最奥、突き当りにある小さな扉の独房は、あの大きな体の人物が入るには窮屈そうな狭さだった。
 木製の扉がハルキさんによって開かれると、狭い室内の中央で後ろ手に拘束され、正座しているその人がいた。
 俯いた様子からは、あの倉庫で見たような勢いは感じられなかった。

 俯いた顔を上げることなく、顔を背けるような仕草をしたかと思うと。
 僕の前に居るユキが不快な顔で、鼻の辺りを抑えた。まさかコイツ、この期に及んでユキに邪な感情を……!?

 それが薬物のせいだとわかっていても、目の前で見れば腹が立った。不快感と、許せないという感情が込み上げてくるし、隠せない。
「う゛ッ……!」
 怒りで頭に血が昇った瞬間、覇戸部は唸りながらそのままうずくまって震えだした。
「あぁ、魂に残った真里の炎が怒りで燻ぶっているんだな」
「真里様、もうこれ以上魂へのダメージは!」
「えっ!? 僕は何も!」
 本当に何もしていない! 確かに許しがたいとは思っているけど、燃やしてやろうなんて思ってなかった。

「真里の怒りが治まらないからだ、俺は愛されてるなぁ」
 少し機嫌をよくしたユキは、うずくまる覇戸部に手をかざして、微量の魔力を手の中に集めて消し去ったのが見えた。
 その手を払いながら、ユキは身をかがめて独房の中へと入っていく。あまり近付いてほしくないと思いながらも、この狭い室内にこれ以上人は入れない。

「おい、覇戸部……殺すって言ったよな?」
「ユキ様!?」
 ハルキさんは慌ててユキを止めようとするけど、ユキは落ち着けと言わんばかりに手を前に出してハルキさんを黙らせた。
「そのつもりなら解毒なんてしてない」
 やっぱり、今の一瞬で解毒してしまったのか。
 ユキの言い方からしても、許してやる方向性なんだろう……。ユキの出した答えなら、なんて思ってはいるけど、やっぱりモヤモヤする感情は隠せない。

「記憶と存在を抹消してやりたい気持ちはあるが、今回コイツは嵌められた可能性があるからな」
 ユキはうずくまったままの覇戸部から目線を上げて、真面目な顔でそう言った。
「相手の目的は俺たちの人数を減らす、または分断だろう……思い通りに動いてやるわけにはいかない」
「そう考えた理由をお聞きしても?」
 思ってもみなかった方向に話が飛んで、ハルキさんは緊張した声色でユキに尋ねた。

「例の拠点に隠されていた仕掛けに見覚えがある。それだけなら骨董品屋で仕入れてきたという可能性もあるが……真里、例の体が動かなくなる薬物の効果を言語化できるか?」
「えっ! うん……体が動かなくなるというより、魔力が箱の中に入れられて動かせなくなったみたいな……?」
 あの時は僕自身ではなく、菖寿丸が手伝ってくれていた。だからどんな構造の魔力だったかなんて、僕にはさっぱり分からないけど。

「その魔力の流れを制御する構造が、隠してあった仕掛けとよく似ていた」
「つまり、仕掛けと体が動かせなくなる薬物を開発した人物は同じだと?」
「その可能性が高い……犯人の目星もついている、模倣犯の可能性もあるが」
 今回覇戸部の暴走だとばかり思っていた事件が、なにやらきな臭い感じの話になってきた。

「犯人は恐らく……キョウだ」
 その名前を聞いて、うずくまっていた覇戸部は体を起こし、ハルキさんは絶句した。
 『キョウ』? どこかで聞いた名前のような気がする、でも顔は思い浮かばない。

 絶対に知っている名前のはずなんだけど……そう考えて記憶を辿った。
 キョウという発音から、人名として使われそうな漢字を思い浮かべても当てはまらない。漢字じゃない、そうだカタカナだ……つまり僕が覚えているこの名前は活字で見ているという事。

「それって、百年前の」
 ハルキさんの絞り出したような声にハッとした。
 そうだ、百年前ユキが魔界の人口の8割を減らしたとされる事件、その主犯の名前は確かに『キョウ』だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

処理中です...