41 / 50
Side story ¦ ルシウス
10
しおりを挟む
訊きたいことはたくさんあった。山のように。けれど、口を開けば、それらとはまるで関係のない暴言ばかりが勢いよく飛び出してきそうで、噛み締めた唇をなかなか開けない。こんなにも感情が爆発するのはいったいいつぶりだろう、と思った。他人事のように、ぼんやりと。魔術師、特に魔塔の頂に立つような位の奴らには、自制心の強さが求められるというのに。こんなんでは魔法師失格だ、と、微かに潤んだ琥珀色の瞳を睨み付けたまま、胸の内で自嘲をこぼす。
アルベルトは無抵抗だ。たとえ殴られようが、罵られようが、彼はきっとその全てを静かに受け入れるのだろう。見下ろす瞳には、そうと察せられるような暗い翳りが、深く滲んでいた。赦されようとしているわけでも、救われようとしているわけでもない。色んな感情が擦り切れた後の残穢のような諦念――それが今の彼に、もっともふさわしい表現であるような気がした。
気づけば、ひどく長い沈黙が落ちていた。実際には数秒、或いはせいぜい数分ほどだったのかもしれない。けれどその静けさは、まるで数時間にも及ぶかのように、途方もなく重く、長く感じられた。
「……何故拒まなかった」
それを破る為に漸く絞り出した声は、喉の奥で所々引っかかったせいでひどく掠れ、自分でも驚くほど弱々しかった。アルベルトの諦念が移ったのか、それとも、涙を堪えるような寂しげな微笑みを見つめ続けているせいか。身体を突き破らんばかりの激情は次第に萎んでゆき、代わりに、ひんやりと乾いた何かが背筋を這い上ってくる。開け放たれた窓から流れ込む真昼の風が頬を撫で、アルベルトの乱れた前髪を微かに揺らす。
「拒めなかったんだ」
ひっそりと呟かれたそれは、まるで独り言のようだった。或いは、ここにはいない誰かに向けて囁いてでもいるみたいな。
「頭では違うと分かっていたさ。……けれど、あれほどまでに……オリヴィアそのままの姿を見せられて……拒めるわけないだろう?」
そう言って力なく自嘲するアルベルトに、俺は言葉を失くし、苦々しく眉根を寄せる。言いようのない感情が、胸の内で燻っている。暗くどろりとした、決して快いものではない感情が。
いくら瓜二つの姿形をした双子とはいえ、俺たちにとって、ふたりの見分けなど容易いことだ。瞳の色や、左目下の泣きぼくろを確かめなくとも、雰囲気やちょっとした仕草の違いで、簡単に判別が出来る。それだけ長い時間を共に過ごしてきたのだ。幼いころから、ずっと。
そしてその歳月の中で、俺もアルベルトも、それぞれの大切な存在を、ひたむきに見つめ続けてきた。真っ直ぐに。一途に。そっくりでありそっくりではない、ただひとりの愛する女を。
もう長くそんなふうだったのだ。どれほど巧妙に偽ろうと、どれほど完璧に演じようと、アルベルトが本当に正気を失ってでもいない限り、“オリヴィア”がオリヴィアでないことに気づけぬはずがない。
何より、彼女はもうこの世にはいないのだ。天に還った者が生き返るなど、そんな奇跡は、決して起こりはしない。ふたりを見分けるなどという、そういう問題ではないのだ。
アルベルトは無抵抗だ。たとえ殴られようが、罵られようが、彼はきっとその全てを静かに受け入れるのだろう。見下ろす瞳には、そうと察せられるような暗い翳りが、深く滲んでいた。赦されようとしているわけでも、救われようとしているわけでもない。色んな感情が擦り切れた後の残穢のような諦念――それが今の彼に、もっともふさわしい表現であるような気がした。
気づけば、ひどく長い沈黙が落ちていた。実際には数秒、或いはせいぜい数分ほどだったのかもしれない。けれどその静けさは、まるで数時間にも及ぶかのように、途方もなく重く、長く感じられた。
「……何故拒まなかった」
それを破る為に漸く絞り出した声は、喉の奥で所々引っかかったせいでひどく掠れ、自分でも驚くほど弱々しかった。アルベルトの諦念が移ったのか、それとも、涙を堪えるような寂しげな微笑みを見つめ続けているせいか。身体を突き破らんばかりの激情は次第に萎んでゆき、代わりに、ひんやりと乾いた何かが背筋を這い上ってくる。開け放たれた窓から流れ込む真昼の風が頬を撫で、アルベルトの乱れた前髪を微かに揺らす。
「拒めなかったんだ」
ひっそりと呟かれたそれは、まるで独り言のようだった。或いは、ここにはいない誰かに向けて囁いてでもいるみたいな。
「頭では違うと分かっていたさ。……けれど、あれほどまでに……オリヴィアそのままの姿を見せられて……拒めるわけないだろう?」
そう言って力なく自嘲するアルベルトに、俺は言葉を失くし、苦々しく眉根を寄せる。言いようのない感情が、胸の内で燻っている。暗くどろりとした、決して快いものではない感情が。
いくら瓜二つの姿形をした双子とはいえ、俺たちにとって、ふたりの見分けなど容易いことだ。瞳の色や、左目下の泣きぼくろを確かめなくとも、雰囲気やちょっとした仕草の違いで、簡単に判別が出来る。それだけ長い時間を共に過ごしてきたのだ。幼いころから、ずっと。
そしてその歳月の中で、俺もアルベルトも、それぞれの大切な存在を、ひたむきに見つめ続けてきた。真っ直ぐに。一途に。そっくりでありそっくりではない、ただひとりの愛する女を。
もう長くそんなふうだったのだ。どれほど巧妙に偽ろうと、どれほど完璧に演じようと、アルベルトが本当に正気を失ってでもいない限り、“オリヴィア”がオリヴィアでないことに気づけぬはずがない。
何より、彼女はもうこの世にはいないのだ。天に還った者が生き返るなど、そんな奇跡は、決して起こりはしない。ふたりを見分けるなどという、そういう問題ではないのだ。
62
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
殿下、もう何もかも手遅れです
魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。
葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。
全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。
アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。
自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。
勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。
これはひとつの国の終わりの物語。
★他のサイトにも掲載しております
★13000字程度でサクッとお読み頂けます
私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる