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第3章『全てを許す慈愛の抱擁』
第7話 着姿の美少女たち ❷
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しばらくして、俺と未琴先輩はシートを離れてちょっとした散歩に出た。
未琴先輩が少し歩きたいと、突然そう言い出したからだ。
海にいるみんなと合流しないままなのは申し訳ないけれど、俺も俺でもう少し未琴先輩と一緒にいたかったし、素直にお供することにした。
夏真っ盛りのビーチには当然人が大勢やってきているけれど、そこまで大きな海水浴場でないこともあって、少し外れれば一気にひと気は少なくなる。
未琴先輩は照りつける太陽の下でも、その灼熱をものともしない優雅さで砂の上をのんびりと歩いて、俺はそのすぐ隣を静かについていった。
砂浜の煌びやかさにも負けない透き通った美しさは、まるで海の化身かのように爽やかで瑞々しく、その可憐なお姿を目にしているだけで暑さを忘れさせてくれるほどだ。
普段から圧倒的な美貌を持つ未琴先輩だけれど、水着という開放的なお姿は余計にその魅力を引き立てている。
その神々しいまでの美しさは、同時にそこから派生する恐ろしさのような威圧感もまた盛り上げているけれど、でもやっぱり目も心も奪われそうなほどに麗しい。
波のさざめきとそよぐ潮風の心地よさを感じながらしかし、未琴先輩の隣を歩く俺はといば、そんな彼女の落ち着いた雰囲気に取り込まれてしまっていた。
「あの、未琴先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
しばらく静かに歩き続けたところで、俺は思い切って口を開いた。
このお美しい先輩と肩を並べていたら、ふと色々なことを考えてしまった。
おずおずと声をあげる俺に、未琴先輩は無言のままにこちらに顔を向けた。
「未琴先輩は結局、俺の何を好きになってくれたんですか? 俺、未だにそこがよくわかってなくて」
「…………」
以前、俺と未琴先輩が初めて会った時のことを話してもらった。
俺が外で倒れたのを彼女が助けてくれた、とかなんとか。
でもそれから未琴先輩は四日間を何度も何度も繰り返して、起点となったその日はとても朧げなものになってしまった。
だから結局俺には、その時の自分のどこに未琴先輩が興味を持ってくれたのかがわからない。
きっかけは俺の言葉を彼女が勘違いしたという話だったけれど、でもそれだけで唇を許そうとなるとは思えない。
その時に、何かもっとあったはずなんだ。そこがわからないと、どうしてそこまで彼女が好意を向けてくれるのか納得できないんだ。
俺の問いかけに未琴先輩は小さく唸ると、徐に俺の手を握った。
「それはつまり、今ここでもう一度私に愛の告白をしてほしいってこと?」
「あ、いや、そこまでのつもりは……」
その深淵の黒を思わせる瞳で、未琴先輩は真っ直ぐに俺を見つめてくる。
同時にやや強めに手を握り込んでくるものだから、彼女の手の柔らかさと意志の強さが如実に感じられた。
優しさを持ちながらも圧の強い言葉に、思わずどもりそうになる。
「ただ、なんていうか、もう少しちゃんと未琴先輩の気持ちを知りたくて。あれからしばらく一緒にいて、ある程度わかってきたつもりですけど。でも、そもそものところをなあなあにしていたなと思いまして」
未琴先輩といるようになって、その好意に触れて、俺もまた少しずつ彼女を好きになって。
そうやって彼女を意識すると、どうしてもその疑問に行き着いてしまうんだ。
どうしてこれだけの人が俺を好きになってくれたのか、と。
未琴先輩のことを綺麗だと、可愛いと思うほど、どうして俺なんかをと思ってしまう。
今日みたいに特に麗しい姿を惜しげもなく向けられると、尚更だ。
好きでいてくれていることは痛いほどよくわかってる。
やり方を間違えてしまうくらい、真っ過ぐに俺を思ってくれているということは。
でもだからこそ、何故、が浮かんでしまうんだ。
「どうして好きになったのか、か。難しいことを聞くね、君は」
未琴先輩はほんのりと眉根を寄せて、少し困ったような顔を作った。
「そもそも私は、この好意の感情の正体を探っている最中だから、そういう意味では私にもわからないっていうのが答えになっちゃうかな」
「あ……そうでしたね。でも、そのきっかけはわかってるんじゃないですか?」
握った手の指を一本いっぽん絡めながら言う未琴先輩に、俺は思い切って踏み込んでみる。
その問いかけに、未琴先輩は口の端を上げた。
「今日はやけに突っ込んでくるね。それがわかったら、もしかして私のだけの尊くんになってくれるのかな?」
「いや、そうすぐに答えは出せないと思いますけど……。でも、大きな判断材料にはなるかと」
「そう。オッケーするわけじゃないけど、告白はして欲しいんだ。君も案外太々しいんだね」
「そ、そういうわけじゃ……」
「冗談だよ」
未琴先輩は悪戯っぽく目を細めると薄く微笑んだ。
痛いところを突かれてヒヤッとした俺だけれど、どうやらそこを深く追求するつもりはないようで安堵する。
「別にはぐらかすつもりはないんだけど、でもやっぱりちゃんとはわからないっていうのが答えかな」
未琴先輩は俺のリアクションを楽しむように眺めてから、ポツリとそう言った。
「あの時、君と初めて会った時、興味を惹かれたのは確かなんだ。そこでキスを誘われたものだから、してみるのもいいかなって思って。そしてたらもっと気になっちゃった」
「そのことは朧げなんでなんとも言えませんけど。ぶっ倒れてうわ言言ってるやつと、よくキスしようと思いましたよね……」
「まぁその辺りも含めて面食らったからっていうのもあるかな。この状況でしたいのが、私とのキスなんだって」
そう口にする未琴先輩の言葉は、どことなく楽しそうな気がした。
普段いつでも変わりなく淡々と言葉を連ねる彼女だけれど、少しだけ抑揚があるような。
俺の気のせいかもしれないけれど。
気がつけば結構歩いていて、ビーチの脇にある岩場の方まで来ていた。
ただそこまで離れているわけでもなく、賑わう喧騒はよく届いてくる。
俺たちは大きな岩の日陰に向かうと、ちょうどいい段差に一緒に腰掛けた。
「思えば、あの時したキスが、私を普通の女の子みたいな気持ちにしたのかもしれない。今まで恋なんて興味すらなかったのに、ちょっとドキドキしたのを覚えてるよ」
「じゃあもし、あの時俺とキスしてなかったら……」
「多分、ここまで君を気にしなかったかもしれないね。まして、好きかもしれないなんて思わなかったかも」
未琴先輩は繋いだ手を俺の脚の上に乗せ、そっと体をもたれかけてきた。
軽やかな重みとすべすべとした肩の感触が俺の肌にダイレクトに伝わってきて、一瞬で心臓が爆発しそうになる。
俺はバレないように深呼吸をして、なんとか気を落ち着けた。
まさか、あの時のうわ言と未琴先輩の聞き間違いが、そんな大きな変化をもたらしていたなんて。
もし俺がもっとはっきり喋れていたら、もし未琴先輩が聞き間違えていなかったら、今こうして波打ち際のひと時を楽しむことはなかったかもしれないんだ。
そして未琴先輩は、時間を何度も巻き戻したり、世界を分裂させたりすることも、きっとなかった。
そうだ。結果的にとんでもないことには恐らくなっていないけれど、未琴先輩はかなり大それたことをしてきている。
それが、彼女が俺に好意を抱いてくれていることが原因で、それがあのキスから生まれたものだとするならば、俺はやっぱりそれを無視することはできない。
いつまでも答えに迷って、未琴先輩の気持ちに目を向けないでいるわけにはいかないんだ。
もちろんそれは、彼女が世界に影響を与えるほどの特別な力を持っているから、というわけではないけれど。
そうじゃなくたって、その気持ちを一心に向けてくれている女子に対して誠意を持って向き合わなきゃいけないんだけれど。
それでもやっぱり、俺の選択が何か大きなことに起因する可能性はとてつもなくあるから。
これは決して、適当にはできない問題だ。
俺は、ラスボスとされる未琴先輩自身よりも、また彼女に何か間違いを起こさせてしまうことが、怖い。
「ごめんね。尊くんが欲しい答えじゃなかったかな」
未琴先輩は徐に立ち上がって砂場の方に二、三歩歩を進めると、振り向きざまにそう言った。
日の光に照らされて輝くその肌の白さに眩みそうになりながら、俺は首を横に振った。
「確かに、俺が欲しかった明確な答えはありませんでしたけど。でもまた少し未琴先輩のことが知れたのでよかったです」
「一回キスしたくらいで好きになっちゃた、初心で厄介な女だと思った?」
「そんなこと思ってませんよ。なんで急にそんな卑屈に……」
珍しく微かに不安げな視線を向けてきた未琴先輩。
表情そのものは普段と変わらない淡々とした微笑みなのに、どことなく拗ねたような雰囲気がなくもない。
俺の否定に安堵したのか、未琴先輩はその場で膝を折って、足元に転がる小さな貝殻をポツポツと拾い始めた。
波打つ水を絶妙に避けながら、白くて綺麗な貝殻をいくつか手のひらに収めていく。
「むしろ、俺とのキスでドキドキしてもらえたのは光栄ですよ。ただまぁ、蓋を開けてみたらこんなヘタレで申し訳ない限りですが……」
「確かに、あの時感じたガツガツさは皆無でちょっと驚いたよ。とても私を誘ってきた男の子だとは思えなかった」
「…………」
まぁ未琴先輩からしてみたらそうだろう。だって始めから誘ってないんだから。
俺は苦笑いを浮かべるしかなった。
「でも、尊くんへの興味は全くなくならなかったし、それにこうして日々君を少しずつ好きになってってる。初めてのことだから未だに戸惑ってはいるけど。でも、好意と呼べるであろうこの気持ちを、君に対して抱くこの気持ちを、もっと深く理解したいだ。だから私は、尊くんと恋がしたい」
「未琴先輩……」
理由が不鮮明で、きっかけが勘違いから始まるものでも、今の未琴先輩が抱いている気持ちに変わりはない。
わかりにくかったり不器用だったり間違えたりしても、彼女が俺を思ってくれているのは確かなんだ。
そして、そんな未琴先輩に少しずつ俺が惹かれていっているのも、また事実だ。
肝心なのは今の自分たちの気持ちで、スタートのことなんてもしかしたら大した意味はないのかもしれない。
未琴先輩はゆっくりと俺の近くに戻ってくると、岩場の上に拾ってきた貝殻を置き始めた。
小さなハートマークに並べられた貝殻。それが何を意味するかなんてもちろん明白で。
らしくない────と言ったら失礼だけど、その意外な可愛らしい行動に、不覚にも萌えてしまった。
「めちゃくちゃ優柔不断でヘタレな俺ですけど、大丈夫ですか……? 未だに、みんなの間でフラフラしてる。ちゃんと誠意を持って向き合えてるか……」
「うん。確かに尊くんにはそういうところがあるけど、君がその弱さに足掻いてることは知ってるから。だから私は、そこは心配してないよ。今の君も、努力しようとしてる君も、私は好きだよ」
「ありがとう、ございます」
その真摯な想いに、僅かに顔が赤らむのを感じた。
未琴先輩の好意のきっかけもそうだけれど、未だ彼女自身のことも謎でいっぱいだ。
けれどこんな俺のことを好きだと言ってくれていることは確かで、そのひたむきさは素直に嬉しい。
でもだからこそ釈然としないことがあるけれど、その答えを今すぐ求めようとするべきではないかもしれない。
未琴先輩が自分の気持ちの答えを、俺との日々の中から得ようとしてるのと同じように。
俺もまた、彼女と交わす心の中から答えを見つけ出していけばいいんだろう。
でもやっぱり、初めて会ったというあの日に何かがあるんじゃないかとは思ってしまう。
未琴先輩もわかっていないかもしれない、何かが。
未琴先輩が少し歩きたいと、突然そう言い出したからだ。
海にいるみんなと合流しないままなのは申し訳ないけれど、俺も俺でもう少し未琴先輩と一緒にいたかったし、素直にお供することにした。
夏真っ盛りのビーチには当然人が大勢やってきているけれど、そこまで大きな海水浴場でないこともあって、少し外れれば一気にひと気は少なくなる。
未琴先輩は照りつける太陽の下でも、その灼熱をものともしない優雅さで砂の上をのんびりと歩いて、俺はそのすぐ隣を静かについていった。
砂浜の煌びやかさにも負けない透き通った美しさは、まるで海の化身かのように爽やかで瑞々しく、その可憐なお姿を目にしているだけで暑さを忘れさせてくれるほどだ。
普段から圧倒的な美貌を持つ未琴先輩だけれど、水着という開放的なお姿は余計にその魅力を引き立てている。
その神々しいまでの美しさは、同時にそこから派生する恐ろしさのような威圧感もまた盛り上げているけれど、でもやっぱり目も心も奪われそうなほどに麗しい。
波のさざめきとそよぐ潮風の心地よさを感じながらしかし、未琴先輩の隣を歩く俺はといば、そんな彼女の落ち着いた雰囲気に取り込まれてしまっていた。
「あの、未琴先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
しばらく静かに歩き続けたところで、俺は思い切って口を開いた。
このお美しい先輩と肩を並べていたら、ふと色々なことを考えてしまった。
おずおずと声をあげる俺に、未琴先輩は無言のままにこちらに顔を向けた。
「未琴先輩は結局、俺の何を好きになってくれたんですか? 俺、未だにそこがよくわかってなくて」
「…………」
以前、俺と未琴先輩が初めて会った時のことを話してもらった。
俺が外で倒れたのを彼女が助けてくれた、とかなんとか。
でもそれから未琴先輩は四日間を何度も何度も繰り返して、起点となったその日はとても朧げなものになってしまった。
だから結局俺には、その時の自分のどこに未琴先輩が興味を持ってくれたのかがわからない。
きっかけは俺の言葉を彼女が勘違いしたという話だったけれど、でもそれだけで唇を許そうとなるとは思えない。
その時に、何かもっとあったはずなんだ。そこがわからないと、どうしてそこまで彼女が好意を向けてくれるのか納得できないんだ。
俺の問いかけに未琴先輩は小さく唸ると、徐に俺の手を握った。
「それはつまり、今ここでもう一度私に愛の告白をしてほしいってこと?」
「あ、いや、そこまでのつもりは……」
その深淵の黒を思わせる瞳で、未琴先輩は真っ直ぐに俺を見つめてくる。
同時にやや強めに手を握り込んでくるものだから、彼女の手の柔らかさと意志の強さが如実に感じられた。
優しさを持ちながらも圧の強い言葉に、思わずどもりそうになる。
「ただ、なんていうか、もう少しちゃんと未琴先輩の気持ちを知りたくて。あれからしばらく一緒にいて、ある程度わかってきたつもりですけど。でも、そもそものところをなあなあにしていたなと思いまして」
未琴先輩といるようになって、その好意に触れて、俺もまた少しずつ彼女を好きになって。
そうやって彼女を意識すると、どうしてもその疑問に行き着いてしまうんだ。
どうしてこれだけの人が俺を好きになってくれたのか、と。
未琴先輩のことを綺麗だと、可愛いと思うほど、どうして俺なんかをと思ってしまう。
今日みたいに特に麗しい姿を惜しげもなく向けられると、尚更だ。
好きでいてくれていることは痛いほどよくわかってる。
やり方を間違えてしまうくらい、真っ過ぐに俺を思ってくれているということは。
でもだからこそ、何故、が浮かんでしまうんだ。
「どうして好きになったのか、か。難しいことを聞くね、君は」
未琴先輩はほんのりと眉根を寄せて、少し困ったような顔を作った。
「そもそも私は、この好意の感情の正体を探っている最中だから、そういう意味では私にもわからないっていうのが答えになっちゃうかな」
「あ……そうでしたね。でも、そのきっかけはわかってるんじゃないですか?」
握った手の指を一本いっぽん絡めながら言う未琴先輩に、俺は思い切って踏み込んでみる。
その問いかけに、未琴先輩は口の端を上げた。
「今日はやけに突っ込んでくるね。それがわかったら、もしかして私のだけの尊くんになってくれるのかな?」
「いや、そうすぐに答えは出せないと思いますけど……。でも、大きな判断材料にはなるかと」
「そう。オッケーするわけじゃないけど、告白はして欲しいんだ。君も案外太々しいんだね」
「そ、そういうわけじゃ……」
「冗談だよ」
未琴先輩は悪戯っぽく目を細めると薄く微笑んだ。
痛いところを突かれてヒヤッとした俺だけれど、どうやらそこを深く追求するつもりはないようで安堵する。
「別にはぐらかすつもりはないんだけど、でもやっぱりちゃんとはわからないっていうのが答えかな」
未琴先輩は俺のリアクションを楽しむように眺めてから、ポツリとそう言った。
「あの時、君と初めて会った時、興味を惹かれたのは確かなんだ。そこでキスを誘われたものだから、してみるのもいいかなって思って。そしてたらもっと気になっちゃった」
「そのことは朧げなんでなんとも言えませんけど。ぶっ倒れてうわ言言ってるやつと、よくキスしようと思いましたよね……」
「まぁその辺りも含めて面食らったからっていうのもあるかな。この状況でしたいのが、私とのキスなんだって」
そう口にする未琴先輩の言葉は、どことなく楽しそうな気がした。
普段いつでも変わりなく淡々と言葉を連ねる彼女だけれど、少しだけ抑揚があるような。
俺の気のせいかもしれないけれど。
気がつけば結構歩いていて、ビーチの脇にある岩場の方まで来ていた。
ただそこまで離れているわけでもなく、賑わう喧騒はよく届いてくる。
俺たちは大きな岩の日陰に向かうと、ちょうどいい段差に一緒に腰掛けた。
「思えば、あの時したキスが、私を普通の女の子みたいな気持ちにしたのかもしれない。今まで恋なんて興味すらなかったのに、ちょっとドキドキしたのを覚えてるよ」
「じゃあもし、あの時俺とキスしてなかったら……」
「多分、ここまで君を気にしなかったかもしれないね。まして、好きかもしれないなんて思わなかったかも」
未琴先輩は繋いだ手を俺の脚の上に乗せ、そっと体をもたれかけてきた。
軽やかな重みとすべすべとした肩の感触が俺の肌にダイレクトに伝わってきて、一瞬で心臓が爆発しそうになる。
俺はバレないように深呼吸をして、なんとか気を落ち着けた。
まさか、あの時のうわ言と未琴先輩の聞き間違いが、そんな大きな変化をもたらしていたなんて。
もし俺がもっとはっきり喋れていたら、もし未琴先輩が聞き間違えていなかったら、今こうして波打ち際のひと時を楽しむことはなかったかもしれないんだ。
そして未琴先輩は、時間を何度も巻き戻したり、世界を分裂させたりすることも、きっとなかった。
そうだ。結果的にとんでもないことには恐らくなっていないけれど、未琴先輩はかなり大それたことをしてきている。
それが、彼女が俺に好意を抱いてくれていることが原因で、それがあのキスから生まれたものだとするならば、俺はやっぱりそれを無視することはできない。
いつまでも答えに迷って、未琴先輩の気持ちに目を向けないでいるわけにはいかないんだ。
もちろんそれは、彼女が世界に影響を与えるほどの特別な力を持っているから、というわけではないけれど。
そうじゃなくたって、その気持ちを一心に向けてくれている女子に対して誠意を持って向き合わなきゃいけないんだけれど。
それでもやっぱり、俺の選択が何か大きなことに起因する可能性はとてつもなくあるから。
これは決して、適当にはできない問題だ。
俺は、ラスボスとされる未琴先輩自身よりも、また彼女に何か間違いを起こさせてしまうことが、怖い。
「ごめんね。尊くんが欲しい答えじゃなかったかな」
未琴先輩は徐に立ち上がって砂場の方に二、三歩歩を進めると、振り向きざまにそう言った。
日の光に照らされて輝くその肌の白さに眩みそうになりながら、俺は首を横に振った。
「確かに、俺が欲しかった明確な答えはありませんでしたけど。でもまた少し未琴先輩のことが知れたのでよかったです」
「一回キスしたくらいで好きになっちゃた、初心で厄介な女だと思った?」
「そんなこと思ってませんよ。なんで急にそんな卑屈に……」
珍しく微かに不安げな視線を向けてきた未琴先輩。
表情そのものは普段と変わらない淡々とした微笑みなのに、どことなく拗ねたような雰囲気がなくもない。
俺の否定に安堵したのか、未琴先輩はその場で膝を折って、足元に転がる小さな貝殻をポツポツと拾い始めた。
波打つ水を絶妙に避けながら、白くて綺麗な貝殻をいくつか手のひらに収めていく。
「むしろ、俺とのキスでドキドキしてもらえたのは光栄ですよ。ただまぁ、蓋を開けてみたらこんなヘタレで申し訳ない限りですが……」
「確かに、あの時感じたガツガツさは皆無でちょっと驚いたよ。とても私を誘ってきた男の子だとは思えなかった」
「…………」
まぁ未琴先輩からしてみたらそうだろう。だって始めから誘ってないんだから。
俺は苦笑いを浮かべるしかなった。
「でも、尊くんへの興味は全くなくならなかったし、それにこうして日々君を少しずつ好きになってってる。初めてのことだから未だに戸惑ってはいるけど。でも、好意と呼べるであろうこの気持ちを、君に対して抱くこの気持ちを、もっと深く理解したいだ。だから私は、尊くんと恋がしたい」
「未琴先輩……」
理由が不鮮明で、きっかけが勘違いから始まるものでも、今の未琴先輩が抱いている気持ちに変わりはない。
わかりにくかったり不器用だったり間違えたりしても、彼女が俺を思ってくれているのは確かなんだ。
そして、そんな未琴先輩に少しずつ俺が惹かれていっているのも、また事実だ。
肝心なのは今の自分たちの気持ちで、スタートのことなんてもしかしたら大した意味はないのかもしれない。
未琴先輩はゆっくりと俺の近くに戻ってくると、岩場の上に拾ってきた貝殻を置き始めた。
小さなハートマークに並べられた貝殻。それが何を意味するかなんてもちろん明白で。
らしくない────と言ったら失礼だけど、その意外な可愛らしい行動に、不覚にも萌えてしまった。
「めちゃくちゃ優柔不断でヘタレな俺ですけど、大丈夫ですか……? 未だに、みんなの間でフラフラしてる。ちゃんと誠意を持って向き合えてるか……」
「うん。確かに尊くんにはそういうところがあるけど、君がその弱さに足掻いてることは知ってるから。だから私は、そこは心配してないよ。今の君も、努力しようとしてる君も、私は好きだよ」
「ありがとう、ございます」
その真摯な想いに、僅かに顔が赤らむのを感じた。
未琴先輩の好意のきっかけもそうだけれど、未だ彼女自身のことも謎でいっぱいだ。
けれどこんな俺のことを好きだと言ってくれていることは確かで、そのひたむきさは素直に嬉しい。
でもだからこそ釈然としないことがあるけれど、その答えを今すぐ求めようとするべきではないかもしれない。
未琴先輩が自分の気持ちの答えを、俺との日々の中から得ようとしてるのと同じように。
俺もまた、彼女と交わす心の中から答えを見つけ出していけばいいんだろう。
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