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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ
52 ダチだから
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落下というよりは撃墜だった。
カノンさんの木刀による一撃で、高所から地面に叩きつけられるアゲハさん。
アスファルトの地面に身体が叩きつけれる耳障りな鈍い音が響いた。
敵ながら同情の気持ちが沸き起こりそうになる。
けれど、氷室さんはそんなアゲハさんに容赦なく追撃をかけた。
アゲハさんが地面に打ち付けられたのとほぼ同時に、氷の槍が周囲を取り囲むように展開する。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数の槍。その全てが矛先をアゲハさんへと向け、氷室さんの合図で一斉に放たれた。
先程アゲハさんが降らせた氷の礫の雨の一点集中版のようだった。
鋭く硬く、けれど繊細で脆い氷の槍は、一点に突き刺さり、そして砕けていく。
まるで地面に大きな氷の花が咲いたようだった。
その中心にいるであろうアゲハさんの姿は見て取れない。
咲き誇った氷の花が全てを埋め尽くしていた。
「くたばりやがれ!」
そして地面に降り立ったカノンさんが、その氷ごと全てを打ち砕かんと木刀を振り下ろした。
やりすぎのようにも見えたけれど、二人にとってアゲハさんはそれ程までに強敵に見えたということだ。
手加減も油断もしない。徹底的にやらないとこっちがやられてしまうから。
けれど、カノンさんの一撃は届かなかった。
氷が爆散した。
そこにあったものを突き刺し尽くし、埋め尽くしていた氷の全てが中心から粉砕した。
その爆発に動きを鈍らせたカノンさんの木刀を、中心から伸びた手が掴んだ。
大きな蝶の羽がまるでカノンさんを包み込むように広がる。
アゲハさんは濁った笑みを浮かべて木刀ごとカノンさんを引き寄せた。
全くの無傷。どこを見てもダメージを負っている場所がない。
あれほどの攻撃を受けたはずなのに、アゲハさんは綺麗な姿を保っていた。
二人の攻撃が全く通用していなかったとは思えない。
アゲハさんは何か強力な回復力を持っているのかもしれない。
「ごめんごめん。正直見くびってた。思いの外やるからびっくりしちゃったよ」
引き寄せたカノンさんの首を乱暴に掴むアゲハさん。
その声は平常で、まるでただ遊びを楽しんでいるようだった。
「でもさ、あんまり調子に乗られてもムカつくから、アンタには力の差を思い出させてあげる」
そう言うと、アゲハさんは軽々とカノンさんを持ち上げて宙に放った。
カノンさんが大勢を立て直すよりも早く、どこからともなく糸のようなものが無数に現れてカノンさんをぐるぐる巻きにした。
まるで蛹になる前の繭のようにその体をすっぽりと覆われてしまったカノンさん。
「そんじゃま、とりあえずこれで一人っと」
そうアゲハさんが軽く呟くと、突如繭が内側から爆発した。
糸に完全に拘束されていたカノンさんに逃げ場はない。
爆発によって消し飛んだ糸から解放されたカノンさん。
けれど内側で爆発をまともに受けて、無造作に地面へと落ちた。
「カノンちゃ────」
まくらちゃんが悲鳴に近い声を上げた時だった。
私の腕の中でコクンと力が抜けかけた。
よたよたと足元が覚束なくなって、私に体重を預けるように体を傾けた。
「まくらちゃん!?」
「あれ……なんだか……ねむ、い、なぁ……」
目をしょぼしょぼとさせて首が座っていない。
私が支えていなければ今にでも倒れ伏してしまうほどに、まくらちゃんは脱力してしまっていた。
いつ眠りがくるかわからないとはいっても、こんな時に来なくても……!
でもまくらちゃんがコントロールできることじゃなきから責めることはできない。
私は必死でまくらちゃんを抱き締めて支えた。
どさりと鈍い音がしてカノンさんが地面に投げ出される。
逃げ場のない状況での爆破で、その体はボロボロだった。
辛うじて息はあるようだけれど、その呼吸は荒々しい。体に力が入らないのか弱々しく震えていた。
「魔法使いって言ってもさ、結局人間が魔法を使っている時点で紛い物なわけだし? 私に敵いっこないんだよねぇ」
そんなカノンさんを見て楽しそうに笑うアゲハさん。
「てなわけでさ、殺すのなんて後でもできるし。今度は霰が私と遊んでよ」
鋭い目つきの笑みが妖しく氷室さんに突き刺さる。
けれど氷室さんは全くひるまなかった。変わらない冷静な顔付きで、もう既に動き出していた。
その手から強烈な冷気の風を放って、アゲハさん諸共辺り一帯を凍り付かせようとする。
対するアゲハさんはその羽を大きく羽ばたかせて突風を起こした。
冷気の風と突風がぶつかって辺りに衝撃が広がる。
その強風を物ともせずに氷室さんが地面に手を当てると、そこから氷の棘が波のように起こってアゲハさんに向かった。
次々と杭が打ち上がるように向かってくる氷の棘の波をア、ゲハさんは飛び上がることで容易く交わす。
けれどそれを予見していたかのように、空中には既に巨大な氷のハンマーが出来上がっていた。
「へぇ……」
感心したように緩やかな笑みを浮かべるアゲハさんに、氷のハンマーが振り下ろされる。
下に逃れれば氷の棘。上からは氷のハンマー。上下に板挟みだった。
アゲハさんを完全に押し潰せるほどの質量を持った巨大なハンマー。
けれどアゲハさんはそれに対して、その細い腕を片方だけ向けた。
まるで受け止めようとしているかのように突き出された細腕。
けれどその指先にハンマーが触れる一瞬前に、その五本の指から糸が放たれた。
どんなに細い糸だとしても、物凄い勢いで放たれれば凶器足り得る。
目にも留まらぬ速さで放たれたそれは氷のハンマーを容易く貫いて、アゲハさんが手首を軽くスナップさせると、その糸でバターのようにスパッと割いた。
アゲハさんはそれを見届けるとくるりと氷室さんの方に向きを変えて、大きく羽ばたいて突撃した。
直ぐ様切り替えた氷室さんは氷の槍を放ったけれど、素早い動きでかわされる。
氷室さんが次の動きに転じる前に、アゲハさんはもう目の前に到達していた。
アゲハさんの方が圧倒的に速い。
アゲハさんの長い脚が氷室さんの顎を蹴り上げた。
防御が間に合わなかった氷室さんは大きく仰け反ってしまう。
その無防備な体勢に追い打ちをかけるように回し蹴りが飛び、氷室さんの体が宙を舞った。
アゲハさんの手から伸びた糸が束になって鞭のようになる。
両方の手にそれを携えて、宙を舞う氷室さんに追い打ちをかけた。
バチンと耳を塞ぎたくなるような音が幾度となく鳴り響く。
畳み掛けるように打ち込まれる鞭の連撃で、氷室さんは強く地面に叩きつけられ蹂躙される。
「氷室さん!!!」
思わず声が出る。あまりに痛々しい攻撃に目を覆いたくなる。
けれど私自身も気を抜けなかった。
もうまくらちゃんの眠気は限界だった。
「ア、リス、おねえ、ちゃん……まくら、ねむ……」
コテっと首が傾いた。
私に完全に全体重を預けて、体から力が抜けてしまった。
元々呪いによる眠気だから我慢できるようなものじゃない。
今取り巻く状況とは違って、すやすやと穏やかな寝顔でまくらちゃんは眠ってしまった。
いくら年下の女の子とはいえ、完全に脱力した人を抱きかかえたままいつまでも立っていられない。
私は仕方なくその場にしゃがみ込んでまくらちゃんを地面に横たえさせた。
氷室さんを助けに行きたい。
でも今の私が出張っていっても足手まといになってしまう。
頼ると決めたんだから、無駄な無茶はできない。せめてお姫様の力をまた借りることができたらいいんだけれど。
さっきから何度願ってもその力が湧き上がってくる気配はない。
「ほらほらこの程度なわけ!? 『寵愛』ってやつはさ!」
バチンバチンと乾いた音が響く。
二本の鞭による執拗な連撃に、それを受けている氷室さんの状況が見て取れない。
防御ができているのか、それともされるがままになってしまっているのか。
「アンタがそんなんだと、アリス殺されちゃうよ!」
挑発か、それとも宣言か。アゲハさんがそう叫んだ時だった。
唐突に爆炎が上がって、鞭となっていた糸を焼き切った。離れている私でも熱を感じるほどの業火だった。
業火を起こして立ち上がった氷室さんの体には生々しい傷が刻まれていた。
けれどその裂傷を物ともせずに、変わらぬ強い瞳でアゲハさんを見つめる。
「そうこなくっちゃ」
「だから……アタシを忘れんな……!」
炎が消え、静けさが戻ってアゲハさんは楽しそうに呟く。
そこへ立ち上がったカノンさんが切り込んだ。
未だボロボロで立っているのもやっとには見えるけれど、少しは傷を癒せたのかもしれない。
少し弱々しさのある一振りは、アゲハさんにひょいとかわされた。
「アンタもしぶといなぁC9。ま、何度向かってきたところで私に敵わないことに変わりはないけど」
「やかましい。てめぇがアリスを狙うってんなら、何があってもアタシはてめぇを叩きのめす」
「敵わないってわかってても? バッカらし。敵わない相手に命かけてまで突っ込んでいく理由がわかんないんだけど」
「アリスはアタシのダチだ。命を賭けるのにそれ以外の理由なんていらねぇよ」
「……アホらし」
忌々しいとばかりに溜息をついて、アゲハさんは再び宙に浮き上がった。
「ホントばっかみたい。友達って命かけてまで守る意味あんの? 」
「アタシは、命をかけられねぇ奴のことダチなんて呼ばねぇ!」
「聞いて損した」
アゲハさんが大きく羽を伸ばす。
完全に暗くなった空に、そのサファイアブルーの翼は良く映えた。
「もうおしまいにしよっか。C9、アンタの底はもう知れてるし、何よりうざったい。霰とはもう少し遊んでても良かったんだけどね」
私でもわかる。今、アゲハさんに物凄い魔力が寄せ集まっている。
ヒシヒシと肌で感じる何か良くないもの。
禍々しく邪悪な、とても良くない何か。
アゲハさんは何かとんでもないことをしようとしている。
氷室さんもカノンさんも大分傷付いている。
私が……私があの剣さえ使えれば、二人を守れるのに……!
お願いお姫様。もう一度私に友達を守る力を貸して!
「アリスはまだ殺すわけにはいかなからさ、まずはアンタら二人、死んじゃいなよ」
そう冷たく言い放ったアゲハさんが、今まさに掻き集めた魔力で何かをしようとした時だった。
『ちょっとちょっとっちょっと~~~~!!! 酷いよ狡いよ最低だよ~! カルマちゃんに断りもなしに抜け駆けなんてダメなんだからねーーーー!!!』
あの艶のある甲高い声が夜の空に響いた。
カノンさんの木刀による一撃で、高所から地面に叩きつけられるアゲハさん。
アスファルトの地面に身体が叩きつけれる耳障りな鈍い音が響いた。
敵ながら同情の気持ちが沸き起こりそうになる。
けれど、氷室さんはそんなアゲハさんに容赦なく追撃をかけた。
アゲハさんが地面に打ち付けられたのとほぼ同時に、氷の槍が周囲を取り囲むように展開する。
数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数の槍。その全てが矛先をアゲハさんへと向け、氷室さんの合図で一斉に放たれた。
先程アゲハさんが降らせた氷の礫の雨の一点集中版のようだった。
鋭く硬く、けれど繊細で脆い氷の槍は、一点に突き刺さり、そして砕けていく。
まるで地面に大きな氷の花が咲いたようだった。
その中心にいるであろうアゲハさんの姿は見て取れない。
咲き誇った氷の花が全てを埋め尽くしていた。
「くたばりやがれ!」
そして地面に降り立ったカノンさんが、その氷ごと全てを打ち砕かんと木刀を振り下ろした。
やりすぎのようにも見えたけれど、二人にとってアゲハさんはそれ程までに強敵に見えたということだ。
手加減も油断もしない。徹底的にやらないとこっちがやられてしまうから。
けれど、カノンさんの一撃は届かなかった。
氷が爆散した。
そこにあったものを突き刺し尽くし、埋め尽くしていた氷の全てが中心から粉砕した。
その爆発に動きを鈍らせたカノンさんの木刀を、中心から伸びた手が掴んだ。
大きな蝶の羽がまるでカノンさんを包み込むように広がる。
アゲハさんは濁った笑みを浮かべて木刀ごとカノンさんを引き寄せた。
全くの無傷。どこを見てもダメージを負っている場所がない。
あれほどの攻撃を受けたはずなのに、アゲハさんは綺麗な姿を保っていた。
二人の攻撃が全く通用していなかったとは思えない。
アゲハさんは何か強力な回復力を持っているのかもしれない。
「ごめんごめん。正直見くびってた。思いの外やるからびっくりしちゃったよ」
引き寄せたカノンさんの首を乱暴に掴むアゲハさん。
その声は平常で、まるでただ遊びを楽しんでいるようだった。
「でもさ、あんまり調子に乗られてもムカつくから、アンタには力の差を思い出させてあげる」
そう言うと、アゲハさんは軽々とカノンさんを持ち上げて宙に放った。
カノンさんが大勢を立て直すよりも早く、どこからともなく糸のようなものが無数に現れてカノンさんをぐるぐる巻きにした。
まるで蛹になる前の繭のようにその体をすっぽりと覆われてしまったカノンさん。
「そんじゃま、とりあえずこれで一人っと」
そうアゲハさんが軽く呟くと、突如繭が内側から爆発した。
糸に完全に拘束されていたカノンさんに逃げ場はない。
爆発によって消し飛んだ糸から解放されたカノンさん。
けれど内側で爆発をまともに受けて、無造作に地面へと落ちた。
「カノンちゃ────」
まくらちゃんが悲鳴に近い声を上げた時だった。
私の腕の中でコクンと力が抜けかけた。
よたよたと足元が覚束なくなって、私に体重を預けるように体を傾けた。
「まくらちゃん!?」
「あれ……なんだか……ねむ、い、なぁ……」
目をしょぼしょぼとさせて首が座っていない。
私が支えていなければ今にでも倒れ伏してしまうほどに、まくらちゃんは脱力してしまっていた。
いつ眠りがくるかわからないとはいっても、こんな時に来なくても……!
でもまくらちゃんがコントロールできることじゃなきから責めることはできない。
私は必死でまくらちゃんを抱き締めて支えた。
どさりと鈍い音がしてカノンさんが地面に投げ出される。
逃げ場のない状況での爆破で、その体はボロボロだった。
辛うじて息はあるようだけれど、その呼吸は荒々しい。体に力が入らないのか弱々しく震えていた。
「魔法使いって言ってもさ、結局人間が魔法を使っている時点で紛い物なわけだし? 私に敵いっこないんだよねぇ」
そんなカノンさんを見て楽しそうに笑うアゲハさん。
「てなわけでさ、殺すのなんて後でもできるし。今度は霰が私と遊んでよ」
鋭い目つきの笑みが妖しく氷室さんに突き刺さる。
けれど氷室さんは全くひるまなかった。変わらない冷静な顔付きで、もう既に動き出していた。
その手から強烈な冷気の風を放って、アゲハさん諸共辺り一帯を凍り付かせようとする。
対するアゲハさんはその羽を大きく羽ばたかせて突風を起こした。
冷気の風と突風がぶつかって辺りに衝撃が広がる。
その強風を物ともせずに氷室さんが地面に手を当てると、そこから氷の棘が波のように起こってアゲハさんに向かった。
次々と杭が打ち上がるように向かってくる氷の棘の波をア、ゲハさんは飛び上がることで容易く交わす。
けれどそれを予見していたかのように、空中には既に巨大な氷のハンマーが出来上がっていた。
「へぇ……」
感心したように緩やかな笑みを浮かべるアゲハさんに、氷のハンマーが振り下ろされる。
下に逃れれば氷の棘。上からは氷のハンマー。上下に板挟みだった。
アゲハさんを完全に押し潰せるほどの質量を持った巨大なハンマー。
けれどアゲハさんはそれに対して、その細い腕を片方だけ向けた。
まるで受け止めようとしているかのように突き出された細腕。
けれどその指先にハンマーが触れる一瞬前に、その五本の指から糸が放たれた。
どんなに細い糸だとしても、物凄い勢いで放たれれば凶器足り得る。
目にも留まらぬ速さで放たれたそれは氷のハンマーを容易く貫いて、アゲハさんが手首を軽くスナップさせると、その糸でバターのようにスパッと割いた。
アゲハさんはそれを見届けるとくるりと氷室さんの方に向きを変えて、大きく羽ばたいて突撃した。
直ぐ様切り替えた氷室さんは氷の槍を放ったけれど、素早い動きでかわされる。
氷室さんが次の動きに転じる前に、アゲハさんはもう目の前に到達していた。
アゲハさんの方が圧倒的に速い。
アゲハさんの長い脚が氷室さんの顎を蹴り上げた。
防御が間に合わなかった氷室さんは大きく仰け反ってしまう。
その無防備な体勢に追い打ちをかけるように回し蹴りが飛び、氷室さんの体が宙を舞った。
アゲハさんの手から伸びた糸が束になって鞭のようになる。
両方の手にそれを携えて、宙を舞う氷室さんに追い打ちをかけた。
バチンと耳を塞ぎたくなるような音が幾度となく鳴り響く。
畳み掛けるように打ち込まれる鞭の連撃で、氷室さんは強く地面に叩きつけられ蹂躙される。
「氷室さん!!!」
思わず声が出る。あまりに痛々しい攻撃に目を覆いたくなる。
けれど私自身も気を抜けなかった。
もうまくらちゃんの眠気は限界だった。
「ア、リス、おねえ、ちゃん……まくら、ねむ……」
コテっと首が傾いた。
私に完全に全体重を預けて、体から力が抜けてしまった。
元々呪いによる眠気だから我慢できるようなものじゃない。
今取り巻く状況とは違って、すやすやと穏やかな寝顔でまくらちゃんは眠ってしまった。
いくら年下の女の子とはいえ、完全に脱力した人を抱きかかえたままいつまでも立っていられない。
私は仕方なくその場にしゃがみ込んでまくらちゃんを地面に横たえさせた。
氷室さんを助けに行きたい。
でも今の私が出張っていっても足手まといになってしまう。
頼ると決めたんだから、無駄な無茶はできない。せめてお姫様の力をまた借りることができたらいいんだけれど。
さっきから何度願ってもその力が湧き上がってくる気配はない。
「ほらほらこの程度なわけ!? 『寵愛』ってやつはさ!」
バチンバチンと乾いた音が響く。
二本の鞭による執拗な連撃に、それを受けている氷室さんの状況が見て取れない。
防御ができているのか、それともされるがままになってしまっているのか。
「アンタがそんなんだと、アリス殺されちゃうよ!」
挑発か、それとも宣言か。アゲハさんがそう叫んだ時だった。
唐突に爆炎が上がって、鞭となっていた糸を焼き切った。離れている私でも熱を感じるほどの業火だった。
業火を起こして立ち上がった氷室さんの体には生々しい傷が刻まれていた。
けれどその裂傷を物ともせずに、変わらぬ強い瞳でアゲハさんを見つめる。
「そうこなくっちゃ」
「だから……アタシを忘れんな……!」
炎が消え、静けさが戻ってアゲハさんは楽しそうに呟く。
そこへ立ち上がったカノンさんが切り込んだ。
未だボロボロで立っているのもやっとには見えるけれど、少しは傷を癒せたのかもしれない。
少し弱々しさのある一振りは、アゲハさんにひょいとかわされた。
「アンタもしぶといなぁC9。ま、何度向かってきたところで私に敵わないことに変わりはないけど」
「やかましい。てめぇがアリスを狙うってんなら、何があってもアタシはてめぇを叩きのめす」
「敵わないってわかってても? バッカらし。敵わない相手に命かけてまで突っ込んでいく理由がわかんないんだけど」
「アリスはアタシのダチだ。命を賭けるのにそれ以外の理由なんていらねぇよ」
「……アホらし」
忌々しいとばかりに溜息をついて、アゲハさんは再び宙に浮き上がった。
「ホントばっかみたい。友達って命かけてまで守る意味あんの? 」
「アタシは、命をかけられねぇ奴のことダチなんて呼ばねぇ!」
「聞いて損した」
アゲハさんが大きく羽を伸ばす。
完全に暗くなった空に、そのサファイアブルーの翼は良く映えた。
「もうおしまいにしよっか。C9、アンタの底はもう知れてるし、何よりうざったい。霰とはもう少し遊んでても良かったんだけどね」
私でもわかる。今、アゲハさんに物凄い魔力が寄せ集まっている。
ヒシヒシと肌で感じる何か良くないもの。
禍々しく邪悪な、とても良くない何か。
アゲハさんは何かとんでもないことをしようとしている。
氷室さんもカノンさんも大分傷付いている。
私が……私があの剣さえ使えれば、二人を守れるのに……!
お願いお姫様。もう一度私に友達を守る力を貸して!
「アリスはまだ殺すわけにはいかなからさ、まずはアンタら二人、死んじゃいなよ」
そう冷たく言い放ったアゲハさんが、今まさに掻き集めた魔力で何かをしようとした時だった。
『ちょっとちょっとっちょっと~~~~!!! 酷いよ狡いよ最低だよ~! カルマちゃんに断りもなしに抜け駆けなんてダメなんだからねーーーー!!!』
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