普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第6章 誰ガ為ニ

97 六畳一間

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「まくら、早くしねーと置いてくぞ」
「あっ、カノンちゃん待ってよ~」

 街境にある古びたアパートの一室。
 六畳一間の畳部屋で、サンダルを突っ掛けたカノンが少し投げやりな言葉を放った。
 それに急かされて、まくらはワンピースのスカートをはためかせながら狭い屋内を駆ける。

 少女二人だけの生活にしても些か狭いその部屋には、およそ生活感を思わせるものが何一つとしてなかった。
 いや、何一つとして物が置かれていなかった。
 二人がこの部屋に居を構えることになったのがつい先日はいえ、あまりにも物が無い。

 そんな閑散とした屋内を、カノンは少し寂しそうに眺めていた。
 そんな彼女の元に、まくらがふわりとした髪を揺らしながらトタトタと駆け寄る。

「お待たせ! アリスお姉ちゃんたちのところ行くの?」
「……いや、アリスたちのところにはいかない」

 無邪気に抱きついて笑顔で見上げてくるまくらに、カノンはやや目をそらして答えた。
 まくらはそんな彼女の仕草に少し首を傾げて、それからああと合点がいった笑みを浮かべた。

「まくらたちは別行動だっけ。じゃあどこに行くの?」
「…………なぁ、まくら」

 幼げな顔をきりっと引き締めて、まくらは元気よく語りかけた。
 しかし対するカノンの表情はどこか不安が見え、ゆっくりと言葉を選びながらまくらを見下ろした。

「この街出て、どっか別のとこに行かねぇか?」
「どっかって、どこ?」
「あー、別にどこでもいい。ここじゃないどこかなら、どこでも」
「…………?」

 歯切れの悪いカノンの言葉にまくらは再び首を傾げる。
 そんな彼女にカノンはボサボサの頭を乱雑に掻きむしった。
 それが自分勝手な苛立ちであることは、カノン自身が一番わかっている。

「まくらは、カノンちゃんと一緒ならどこでもいいけど……」

 まくらは顔をしかめているカノンを不安げに見上げながらポツリと言った。

「でも、今日はアリスお姉ちゃんたちのために、頑張らなきゃいけないんじゃないの? だって昨日、そういうお話してたよね?」
「それは……」

 カノンはもぞもぞと歯切れの悪い言葉で、更にまくらから目をそらす。
 しかし縋るように見上げてくる視線に耐えかねて小さく溜息をつくと、恐る恐るその幼い顔を見下ろした。
 それから観念したように、少し屈んでまくらと視線を合わせる。

「……あのな、まくら。アタシが……今回は戦わないでおこうと思うって言ったら、嫌か?」
「え……?」

 世の中の穢れなど全く知らないであろう純真な瞳が揺れ動いて、カノンは胸が締め付けられそうになった。
 しかしそれでも、その瞳から目を離さず、カノンはまくらの肩に手を置いた。

「まくらにはよくわかんねぇと思うけどよ。今回の戦いは本当に危ないと思うんだ。だからアタシは、戦わずにこの街を出ようかと思ってる」
「えっと……まくら、よくわかんないけど。そしたら、アリスお姉ちゃんたちはどうなるの……?」
「アイツらなら、きっと大丈夫だ。きっとな……」

 後ろめたさから僅かに視線を落とすカノン。
 自分が何を言っているかわかっているからこそ、その純粋無垢な瞳を直視できなかった。
 しかし、普段は決然と力強く生きている彼女を間近で見てきたまくらは、その彼女の動きに不安を感じ取った。

「アリスお姉ちゃんを……みんなを、見捨てるの……? 昨日は、みんなのために戦うって言ったのに……!」
「別に見捨てるわけじゃねぇ。ただ、今回は相手が悪すぎるんだ。アタシじゃ、どうにもならないかもしれねぇんだよ」
「でも、でも……! そんなのカノンちゃんらしくないよ! まくらの知ってるカノンちゃんは、いっつも優しくて強くてカッコイイカノンちゃんだもん!」

 まくらは甲高い声を上げてカノンからバッと離れた。
 普段はふわっと緩やかな笑みを浮かべた可憐な少女だが、今はムッと膨れて強い視線でカノンを見つめている。

 カノンは今まで見たことのない強気なまくらの表情に若干戸惑いを覚えつつ、しかし臆することなく見つめ返した。

「仕方ねぇんだよ。アタシはなによりお前を守んなくちゃいけないんだ。アリスや他の奴らもアタシの大切なダチだけど、でもお前には代えられない! アタシは、まくらを守り続けるために、そう簡単に死ぬわけにはいかねぇんだよ!」
「わかんない! わかんないわかんないわかんない!!! まくらにはカノンちゃんの気持ち、全然わかんないよ!」

 小さい頭をブンブンと振って、まくらはまるで幼い子供が駄々を捏ねるように声を張り上げた。
 棉のようにふわふわとした髪がふり乱されることも構わず、まくらはその感情をぶつけるように首を振る。

「いつものカノンちゃんなら、そんなこと言わなかった。まくらの大好きなカノンちゃんなら、絶対そんなこと言わなかった! 今のカノンちゃんは、まくら嫌い!」
「…………!」

 泣き叫ぶように、叩きつけるように言い放つまくらに、カノンは歯を食いしばった。
 その言葉そのものによるダメージもさることながら、『いつものカノンちゃんなら』、その言葉が突き刺さった。

 カノンは必死に怒りを示すまくらを弱々しく見つめて、力なく口を動かした。

「けどよ、まくら。アタシは、まくらを守るって決めたんだ。あの日、そう決めたんだ。だからアタシは、お前を守れなくなるわけには、いかないんだよ。お前より大切なものは、アタシにはないんだ」
「まくらだって、カノンちゃんが一番大好きだよ。でも、まくらが好きなカノンちゃんはそんなこと言わないもん! まくらが大好きなカノンちゃんは、まくらだけじゃなくて、みんなを大事にするカノンちゃんだもん!」
「それは……けどっ…………」

 頑なに譲らないまくらに、カノンはストンと膝を折った。
 わかっているからだ。自分でもわかっているからだ。
 この選択は自分らしくないと。

 しかし昨晩のカルマの言葉が、どうしても頭から離れなかった。
 無謀な戦いに挑み、もしものことがあった時、一体誰がまくらを守るのかと不安になった。
 そうなってしまう可能性が決して低くないと思ってしまった。

 その不安が、普段常に強気で勝気な彼女の思考を惑わせた。
 より大切なものは何で、一番の優先事項な何なのか。
 そんな打算的な考えが、彼女の心を揺らしていた。

「やだ……やだ、やだ、やだよ。まくらは、カノンちゃんに戦ってほしいよ。まくらのこと、心配しないで戦ってほしいよ。だって、その為にまくらは、カルマちゃんを呼んだんだから!」

 いやいやと頭を振りながら、まくらは嗚咽まじりの言葉を絞り出した。
 その大きな瞳にたっぷりと涙を溜め込んで、顔を真っ赤にしながら。
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