普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第6章 誰ガ為ニ

113 擬似再臨

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 アゲハさんを飲み込んだドス黒い魔力の奔流と荒れ狂う暴風は、凄まじい波動と共に周囲の空気を一変させた。

 真昼間の晴れ渡った空は瞬く間に黒雲に埋め尽くされ、陽の光を完全に遮った。
 真夜中のように暗くなったせいか、元々押し寄せてくる気色悪い気配も相まって、ドスンと暗い気分になる。

 闇の世界に引きずり込まれたかのように、重苦しい空気が一帯を埋め尽くす。
 刺すような真冬の寒さも、どこかその鋭さを増したように思えた。
 吐く息は真っ白に染まり、まるでその場で凍りついてしまいそうだった。

 唐突に深海に突き落とされたような、そんな冷たさと暗さと恐怖。
 みんなで身を寄せ合っているはずのに、この暗さと寒さが何故だか孤独を感じさせた。
 この世界には自分以外何もなくて、ちっぽけ私なんて一瞬で飲み込まれて無くなってしまうと、そんな気分にさせられる。

 それほどまでに、目の前で渦巻いているものは押し潰すような圧倒的な存在感を放っていた。

 私たちは示し合せることなく、全員でぎゅっと身を寄せ合わせた。
 そうしないと心細くて堪らなかったからだ。
 千鳥ちゃんは私の手を握り続け、氷室さんもまた私の腕を掴んだ。
 カルマちゃんはカノンさんにしがみついているのが視界の端で窺えた。

 そして、渦巻く力の波が突如解き放たれた。
 荒れ狂う暴風の中から大きな蒼い蝶の羽が飛び出して、その羽ばたきと共に風の渦を打ち破った。
 今までよりも更に大きいように見えるその羽は、風と力の波を吹き飛ばすと、その身体をすっぽりと包んだ。

 宙に浮いているそれを、私はまるで蝶の蛹のようだと思った。
 人の身長の倍ほどはあるだろう大きなサファイアブルーの羽が身体を包んで、魔力の輝きで蒼く輝いている。
 もしこれが森の只中にあったとしたら、大自然の神秘的な光景のように見えたかもしれない。
 太陽の光があれば、きっと眼を見張るような綺麗さになるんだろう。

 けれどその美しさに反比例するように、それからは吐き気を催すようなおぞましい気配を感じた。
 対面し、直視しているだけで気を失ってしまいそうなほどの嫌悪感が全身を駆け巡る。
 それは凡そ、人間が対面してはいけないものだと本能が感じ取った。

 それほどまでに、この世のものとは思えなかった。

 そしてその本能を感じ取った瞬間、私の心の奥底でドス黒い感情が湯水のように溢れ出してきた。
 これは怒りだ。どうしようとない怒り。屈辱が混じり合った憤怒の感情だ。
 それが内側から私の身体を食い破らんばかりに込み上がってくる。

 少しでも気を抜けば飲み込まれてしまいそうなくらいの感情の奔流。
 でも、正直今はそれどころではなくて、私は今目の前のことに向き合うことで精一杯だった。
 だから懸命にそれを押し殺して、強い心で荒ぶる感情を押し留めた。

 幸い強く思い留めると、諦めたかのようにその感情は大人しくなって心の奥底で小さくなった。
 でも決してなくなったわけではなくて、奥底でねっとりと蠢いている。

 私が一人葛藤している中、身体を覆い包んだ羽がゆっくりと開かれた。
 それが開かれ広がるほど、おぞましく醜悪な気配は色濃くなっていき、息が詰まりそうになる。
 どうしてここまで恐ろしいのか、それはその内側を見た瞬間に明らかになった。

 羽が開かれ、その中にあったのは、アゲハさんではなかった。
 いや、人では、人間ではなかった。
 辛うじて人の形をしていたけれど、決して人間ではなかった。

「────────!?!?!?」

 肌が白い。それは比喩でもなんでもなく、蝋のようにのっぺりと、凡そ人の肌とは思えないつるっとした質感の白。
 腕も脚も、その身体は全て作り物のようなテカテカしか白い肌で覆われていた。
 身にまとう衣服はなく、全身の白い肌が剥き出しになっている。
 そして黒いラインが女性らしい身体のラインを強調するように、まるで装飾のように所々に引かれている。

 体躯は一回りほど大きくなっていて、腕は更にもう二本、本来脇にあたる部分から生えている。
 全身と同じくその頭部も白塗りで、目はキラキラとした昆虫のような複眼だった。
 そしてその口は、こめかみ辺りまで大きく裂けるように広がっている。

 金色の長い触角が生えた頭には、アゲハさんと同じプラチナブロンドの髪がなびいている。
 けれどそれでも、とてもアゲハさんとは、人とは思えない。
 でもその蒼い羽も、感じるおぞましい気配も、今までのアゲハさんのものと同じだ。

『────────────!!!!!』

 大きな口がパックリと開き、まるで超音波のような叫び声がそこから放たれた。
 魂を削ぎ落とされそうな血の気の引く甲高い声に、私の足はガクガクと震えてしまった。

 これは何なの? 一体、何なの?
 これが本当にアゲハさんなの?
 どう見たってこれは、ただの化け物にしか見えない。
 この世のものではない、おぞましい怪物だ。

 転臨した魔女がその力を解放した時も、人のものとは思えない醜悪さを感じる。
 でもこれは次元が違う。生理的嫌悪感で全ての神経が満たされる。
 目にしてはいけない、相対してはいけない、理解してはいけない。
 そう本能が、身体が悲鳴を上げている。

 だって転臨の力の解放は、まだ人だった。
 一部は人ならざる姿に変容していても、その殆どは人だった。
 でも目の前のこれは違う。人型ではあるけれど人の要素はない。
 化け物だ。怪物だ。モンスターだ。

 これがアゲハさんだなんて到底信じられない。
 でもどんなに否定したくても、そのおぞましい姿の中にアゲハさんらしい所を見つけてしまって、否定しようとすればするほど、どうしようもなくアゲハさんだと思ってしまう。

 曝け出された白い肌の胸元と右脚の太腿には、大きな蝶の模様が刻まれている。
 輝くプラチナブロンドも、大きく伸ばすサファイアブルーの羽も、もう散々目にしたものと同じ。
 そしてどんなに姿形が変わっても、造形美としか言いようのない流線的な女体の曲線美はアゲハさんのものだった。

 それでもやっぱり、これは化け物だ。

「────こ、これは…………!」

 圧倒され、押し潰されそうになる中で、千鳥ちゃんは声を震わせながら掠れた声を上げた。
 もう今すぐ昏倒してしまいそうな白い顔で、けれど目を逸さずそれを見上げながら。

「擬似、再臨……! そんな、そんなこと────!」

 その言葉が意味するところを誰も尋ねられなかった。
 そもそも、そんな余裕なんてなかった。
 目の前の圧倒的な光景に向き合うだけで精一杯だったから。

 けれど私はそれを聞いて、この間のクロアさんの話を思い出した。
 ワルプルギスの目的はドルミーレを復活、再臨させることだということ。
『魔女ウィルス』とは本来、ドルミーレの新たな器を作り上げるものであるということ。
 そして、ワルプルギスはドルミーレと同じく、人ならざる上位の存在に昇華しようとしているということ。

 だとすればこれはその成果か、あるはそれを求めている結果の姿。
 転臨した魔女が、その力全てを解き放ったことによって曝け出された姿。ということかもしれない。

 そう思い当たるのと同時に、私は先日の晴香の成れの果てを思い出した。
『魔女ウィルス』が暴走し、耐えきれなくなった肉体を破壊して変貌させた姿があれだった。
 あれが失敗作で、劣化版だったとしたら、もしかしたらこれが成功や完成に近い姿なのかもしれない。
 どちらにしたって、気持ちが悪いことには変わりがないけれど。
 確かに、あれよりは洗練されている。悪い方向に。

『クイ、ナ────クイナ、クイナ────!』

 広く裂けた口を動かし、黒く染まった口内を曝け出しながら、アゲハさんは甲高い声を上げた。
 その言葉、声はそれそのものが怨嗟であるかのように黒く重い。

 名前を呼ばれた千鳥ちゃんはヒッと声を上げて縮こまる。
 けれどそれでも、涙を溜めた目でアゲハさんを見上げ続けていた。

『私が、アンタを、救う────何を、捨てても、何を、失っても────だから、もう微塵も、手は抜かない────全身全霊で、何もかも殺してやる────だから、だから────!!!』

 その声は確かにアゲハさんのもの。
 けれどやっぱりそれを否定したくなるほどに、粘つく気持ち悪さが付いて回る。

 でもそこには、悲痛に染まったアゲハさんの心の叫びがこもっていた。

『もう、誰も私の、邪魔をするな!!! 立ちはだかるものは、例え何があっても、私が殺し尽くしてやる!!! 私にはそれしかできない────私にはそれしかわからない────これが、私の、愛だ!!!!!』

 全てを投げうち、ただただ想う。
 歪んでいるけれど、確かにそれは愛かもしれない。
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