普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第0.5章 まほうつかいの国のアリス

70 お花畑と城と剣4

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 少しボーッとしていた頭がその声でスッキリして、わたしはあわてて後ろを振り返った。
 わたしたちからとおくはなれた、広間の入り口に一人の女の人が立っている。

 上下両方ともダボダボの服を着て、手入れをぜんぜんしていなさそうなボサボサな髪の女の人。
 そのだらしなさそうなお姉さんに、わたしたちはもう何回も会っている。

「夜子さん……」
「やぁアリスちゃん。わたしが言った通り、ちゃんとここに帰ってきたね」

 見慣れたその姿にホッと安心すると、夜子さんは腰に手を置いてニンマリと笑った。
 それは、いつもわたしたちに向けてくる、何を考えてるかよくわからないちょっぴりあやしげな笑顔だ。

 夜子さんは、わたしたちの冒険の中で何回も『きまぐれ』に現れた。
 好きな時にポンとヘンテコな登場をして、何だかむずかしそうなことをツラツラしゃべって、そして満足したらふらっと消えちゃう。

 そんなマイペースな夜子さんのことを何回も見てきたわたしたち的には、まーた夜子さんが出た、くらいの感想だった。
 最初の頃のレオとアリアは、『最強の魔法使いのナイトウォーカーだ……!』ってビクビクしてたけど。
 でも夜子さんの『いみふめい』さと適当さと、それにマイペースさを何回も見せられて、そのうちあんまり気にしなくなったのでした。

「夜子さん。この剣に触るのは考えてからの方がいいって、どういうこと?」
「おやおや、リアクションが小さくてお姉さんは悲しいなぁ。もう少し驚いてくれるかなぁって期待してたんだけどねぇ~」

 急に声をかけれたのにはびっくりしたけど、それが夜子さんだってわかったわたしは、普通に質問をした。
 そんなわたしの反応がつまらなかったみたいで、夜子さんはぶすーっと唇を突き出す。

「まぁ拗ねてもしょーがない────どうしてって、言葉通りの意味だよ。その剣を握るには、それ相応の覚悟が必要だ」
「覚悟って……高が剣ッスよね? そんなもの必要なんスか?」

 すぐに気を取り直した夜子さんは、両手をズボンのポケットに突っ込んで、のんびりこっちに歩いて来ながら言った。
 そしてぐいっと首をひねるレオに、「チッチッチ」とわざとらしく舌をならす。

「高が剣、じゃあない。その剣はドルミーレをほふった剣。『始まりの魔女』を打ち倒した英雄が握っていた剣だ。この国を、この世界を救うための絶対的真理を抱く、救国の剣なのさ」
「ド、ドルミーレを倒した剣!?」

 どうしてだかとっても得意げな顔をして、『ぎょうぎょうしく』言った夜子さんの言葉に、アリアが悲鳴のような声を上げた。
 わたしだってすっごくびっくりした。大昔、ドルミーレが退治された剣が、ここに刺さってるこの黒い剣だなんて……。

 とってもおどろいているわたしたちのリアクションに満足したのか、夜子さんは楽しそうなニヤニヤ顔をしている。

「そうとも。あらゆる不条理に、一つの真理を下して正す剣。この国と世界を救った実績を持つ、救済の宿命を担う剣。それを握れば、アリスちゃん、君はもう自分の運命から逃れられなくなるよ」
「わたしの、運命……?」

 ニコニコ楽しそうに笑っている夜子さんだけど、その声はとっても落ち着いていた。
 静かで、やわらかくて、でもちょっとあったかさはなくて。
 顔や態度とはちがって、真剣な気持ちがそこにはあるような気がした。

 夜子さんはうんうんとうなずきながらわたしたちのところまで来ると、わたしの肩にポンと手を置いた。
 やわらかくてやさしい、大人の女の人の手にさわられて、なんだかとっても気持ちが落ち着く。

「この剣は確かに、かつて『始まりの魔女』を打ち倒した英雄が使った物。彼女の心臓を穿ち、その魔法を打倒した剣。けれど、元を正せばこれはドルミーレの持ち物だった。この剣を生み出したのは、彼女なのさ。だからこの剣には、ドルミーレの力が詰まっている」
「元々はドルミーレの、剣? じゃあ、ドルミーレは自分の剣で殺されちゃったの?」
「……まぁ、そういうことだ。何とも皮肉な話だよね。彼女は国の害敵として討たれることで、自らの剣に救国の実績を積ませてしまったんだから」

 夜子さんはそう言って笑った。
 でもそれはいつものニタニタした笑いじゃなくて、なんだかさみしそうな笑いだった。
 でもわたしが見上げてキョトンとしているのを見て、すぐにニンマリとした余裕の笑顔に戻る。

「そんなことはとりあえずいいのさ────つまりこの剣はドルミーレの物。ドルミーレの力の一部であり、そして救済の宿命を抱く剣。彼女の力を持つアリスちゃんが手にすれば、その全てが結びつくだろうさ」
「どういう、ことですか? 確かにアリスはドルミーレの力を持ってるみたいですけど。でも、それにどういう関係が?」
「うーん、そうだなぁ」

 わたしにピッタリくっついて、アリアが質問する。
 夜子さんはわざとらしく考える『そぶり』を見せて上を向く。

「今、アリスちゃんの中にある力は目覚めきっていない。この世界に来て、魔法に触れて、ほんの少しだけ取っ掛かりが見えているだけの状態だ。けれど、そこでドルミーレの力が形造ったこの剣に触れれば、眠っていた力が大きく反応するだろう」
「力が、完全に目覚めるってことッスか……?」
「完全かどうかはわかるないけど、今のままとはいかないだろうね」

 夜子さんはとっても軽い感じでうなずく。

「それに何度も言っているけれど、この剣はこの国と世界を救う、救国の剣だ。それを手にするということは、その宿命を背負うことにも繋がる。それが、この剣を創り出したドルミーレの力を持つアリスちゃんなら、余計なことね」
「救うって、何を?」
「なんだろうね。きっと、君が救いたいものさ」
「…………???」

『あいかわらず』夜子さんの話はむずかしい。
 この黒い剣がドルミーレのもので、わたしの中にある力とつながりがあるってことはわかったけど。
 でも何かを救うとか、運命とか宿命とか、その辺のことはよくわからない。

「えっと……わたしは、どうすればいいの?」
「どうすればいいなんて、そんなことは自分で決めることさ。こうすればいいなんて、決まっていることはない。その判断と決断は自分でするんだ。その為の覚悟が必要だと、私はそう言っただけさ」

 夜子さんは他人事みたいにそう言って、わたしから手をはなした。
 それからイスの横まで行って、背もたれのふちに寄りかかる。
 ゆったりとした笑顔を浮かべながら、「さぁどうするんだい」って感じの顔でわたしを見下ろしてくる。

 自分で決めるって言われても……。
 どうするか決めるためのものなんて何もないのに、そんなこと言われてもこまっちゃうよ。
 そもそも別に、何か意味があって剣にさわろうと思ったわけじゃないし。
 別に、さわらなくたっていいんだ。

 だけど、わたしにあるドルミーレの力と関係があるんだって言われると、なんだかムシもできない気がする。
 でも、運命とかなんだとか、何かを救うとか、そんなこと言われてもわからないし。
 だってわたしは、ただおうちに帰りたい、それだけなんだから。

 どうしていいかわからなくて、わたしは思わずレオとアリアの顔を見た。
 二人ともむずかしい顔をしながら、でも心配そうにわたしを見ている。
 アリアなんか、これでもかってくらいわたしの腕を抱きしめて、ぴったりくっついてきてる。
 レオもレオで、『みけん』にグググッとシワを寄せたこわい顔で腕を組んでいた。

 そんな二人の顔を見たら、この国を冒険してきた長い間の思い出がぶわーっと頭の中を駆け抜けた。
 楽しい思い出、大変だった思い出、辛かったり悲しかったり、喧嘩したり。たくさんの思い出が。

 いろんなことがあったけど、でも一番思い出せるのは、楽しかったって気持ち。
 二人と一緒にこの不思議な国を冒険してきたのは、とっても楽しかった。
 レオとアリア。二人といられた時間は、ものすごく大切だ。
 そんな風に思わせてくれる二人のことが、わたしは大好きだ。

 そう思った時、わたしの中で何かがストンと落ちた。

 わたしは、二人のことが大好きだ。ずっと一緒にいてくれて、たくさん助けてくれて、いっぱい一緒に笑ってきた二人が大好きだ。
 とってもたくさんのものをくれた二人に、わたしができることはないのかな。

「わたしが、救いたいものを、救う……」

 わたしが二人にできること。二人にしたいこと。
 わたしは、いつまでも二人に笑ってほしい。
 そのためにでにることがあるなら、したい。

 二人がずっとずっと笑顔でいられるためには。
 この国でできたたくさんの友達が、笑顔でいられるためには。
 この『まほうつかいの国』は、今のままでいいのかな。

 あのわがままな女王様が好き勝手にしているままで、いいのかな。
 自分勝手で『おうぼう』で、気に食わない人を殺して、追い出して。
 そんな女王様がいる国だと、いつわたしの友達が傷つくかわからない。
 何が原因で、レオとアリアが殺されちゃうかわからない。

 とっても、とってもすごい、ドルミーレの『始まりの力』。わたしの中にあるその力が、もっと使えるんだとしたら。
 この国を救うための剣で、もしあのわがままな女王様からみんなを救えるんだとしたら。

 わたしが救いたいものを救う。夜子さんはそう言った。
 わたしに救いたいものがあるとすれば、それはレオとアリア、それに友達だ。

 気に食わないからって、勝手な理由ですぐ殺そうとしたり。
 ちがう国の出身だからって『さべつ』して追い出そうとしたり。
 それに、『魔女ウィルス』に感染したからって魔女にひどいことをして殺しちゃおうとしたり。

 不思議と魔法であふれた楽しいこの国の中にある、そんなひどいところを変えたい。
 それで、わたしの大切な友達が傷つかないようにしたい。

「わ、わたし……!」

 そんな気持ちがぶわーっと心の中を駆けめぐって、わたしは『とっさ』に夜子さんを見上げた。
 そうして目があった瞬間、夜子さんは静かに目を細めた。
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