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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

49 魅了

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『まほうつかいの国』、『魔女の森』最奥にある神殿。
 かつてはレイとクロア、そしてアリスがひっそりと暮らしていたこの場所。
 しかし今やワルプルギスの本拠地となり、多くの魔女が集っている。

 数年前まで、レジスタンス活動といえば、一部の魔女による暴動レベルのものに過ぎなかった。
 虐げられる身の上を嘆いた者や、魔女狩りに狩られた同胞の仇打ち、自暴自棄になった無謀な特攻。
 理由は様々なれど、飽くまで個人的な感情に基づいた拙い反抗だった。

 しかし魔法使いに絶対的に不利な魔女では、それはただの自殺行為にしかならない。
 そんな無謀を侵す者をある程度管理し、また力及ばない物を守る為に、レイの手によってワルプルギスは結成された。
『始まりの魔女』ドルミーレの存在を崇め、そこから連なる自分たち魔女こそが本来あるべき存在だと信じる組織。

 それは絶対的正義を語るホワイトをリーダーとして掲げることで盤石のものとなり、魔女の世界の再編を目指すべく活動をしている。
 未だに過激な思想を持ち、好んで暴動の類を起こす者もいるが、指導者による統率でレジスタンス活動をする魔女たちの犠牲者は減った。
 ただ魔法使いやその街を襲撃するのではなく、策に則った計画的な活動を多く行うようになっていた。

 そんな魔女たちが集う神殿に、レイはホワイトを連れて帰還した。
 同胞の多くは、これからの戦いや儀式に向けて備えを進めている。
 リーダーの帰還に畏る彼女のたちの間を縫って、レイはホワイトを地下へと連れた。

 神殿の地下に広がる居住スペースの奥に、ホワイトが利用している個室がある。
 あちらの世界より連れてきた新たな同胞の処遇をクロアに任せたレイは、一直線に部屋へと向かった。

「少しは落ち着いたかい?」

 ホワイトと共に部屋に入ったレイは、扉を閉めるなり溜息交じりに言った。
 ワルプルギスのリーダーであるホワイトが、姫君に対して牙を向いた。
『始まりの魔女』を抱く魔女の姫君を崇める立場である自分たちが、そのようなことをして良いはずがない。
 そこから考えられるリスクと、そして実際に起こってしまった事態に、レイは頭を抱えていた。

 しかし対するホワイトはというと、至って平然とした表情で着物の帯を緩めていた。
 まるで始終なんの問題もなく平静であったとでもいうように、なだらかな顔だ。
 そんな彼女に、レイは再度こぼれそうになった溜息を飲み込み、ゆっくりと近づいた。

 幾重にも重なった純白の衣を、魔法で次々と剥いでいくホワイト。
 身軽になったホワイトは上着を一枚羽織り、静かにベッドの縁に腰掛けた。
 川のように流れる艶ややかな黒髪が、ベッドの白いシーツの上に無造作に放られている。

 レイはその隣に腰を下ろすと、無言でその細い腰に腕を回した。
 少し力を入れて体を引き寄せると、腰と腰が密着し、レイの腕の中にホワイトの体が収まる。
 ホワイトは、その流れに任せて頭をレイの肩に預けた。

「わたくしは、常に冷静でございます。正義を執行するためには、如何なる時も物事を正しく見定めなければなりませんから」
「そうだね。けれどね、ホワイト。君をよく見ている僕から言わせてもらえば、今の君は些か冷静さを欠いている。特に、さっきアリスちゃんと対峙していた時なんかはね」
「…………」

 肩に頭を乗せたまま、ホワイトは目を伏せた。
 肯定も否定もせず、ただ静かに身を預けるだけ。
 そんな彼女の横目で見ながら、レイは穏やかに言葉を続けた。

「僕らワルプルギスが、姫君を害しては元も子もない。アリスちゃんは丁重に扱わないと」
「レイさんは、そのように姫殿下のことばかり……」

 ホワイトはそうこぼすと、徐に体を傾けた。
 レイに抱かれた体で後ろに体重を掛け、その腕を巻き込んでベッドに身を投げ打つ。
 レイは咄嗟のことで抵抗できずに体を引かれ、彼女の覆いかぶさる形で倒れ込んだ。

「わたくしを、もっとご覧くださいませ」

 レイの下で、ホワイトが細い声を出す。
 穢れのない寝台で白無垢に身を包む姿は、まるで初夜を恐れる少女のよう。
 熱と戸惑いを帯びた視線が、レイを見上げる。

「始祖様ならば、わかります。しかし姫殿下は、あくまで姫殿下。始祖様ではないのです。我らが信奉するは『始まりの魔女』。何故、あのお方のことばかりで、わたくしには目をお向け下さらないのでしょう」
「ホワイト、君は……」

 白く細い手が伸びて、レイの頬を包む。
 縋り付く赤子のような切実な手に、レイはそうかと得心した。

 ホワイトは、全てにおいてアリスを尊重するレイのことを快く思っていなかったのだ。
 封印を解いた時、本来ならば迎えられるはずだったものを、彼女の意志を重んじてしなかったこと。
 そして今回、ホワイトの方針よりもアリスの身を案じたこと。
 そんなレイの姿勢に、ホワイトは穏やかならぬ感情を抱いていたのだ。

「ごめんね、ホワイト。君を蔑ろにしていたつもりはなかったんだけれど……寂しい思いをさせてしまっていたみたいだね」
「…………」

 レイがそっと頬に触れ返すと、白い肌に赤みが差した。
 不安に揺れていた瞳には色が宿り、甘い雰囲気が漂う。
 その様子を確認すると、レイは内心で胸を撫で下ろした。

 先ほど戦いを止める際、レイはホワイトを『魅了』することで自身の言い分を飲ませた。
 元々彼女との関係を良好に保つためにかけていたそれを、更に強固なものにしたのだ。
 今のホワイトの表情を見れば、それが上手くかかっていることは明らかだった。

『魅了』によって、ホワイトはその心をレイに寄せている。
 しかしそのレイにアリスを最優先する様を見せつけられ、その想いが思わぬ方向へと捻れてしまっていたのだ。
 本来であれば未然に防げていたことだったが、アリスに気を取られていたレイはそれを見誤ってしまった。
 ホワイトの暴走は、それ故に起きたものだった。

 更なる魅了によって心をなだらかにしたホワイトは、自分を見下ろすレイに満足げな視線を向ける。
 今ならば、先ほどよりも聞き分けよく、話し合いの余地があるだろう。

 レイがホワイトに施している魅了は、その考えや信念を覆すような洗脳の類ではない。
 しかし心を蕩し言葉をすり合わせるのには大きな効果を持っている。
 誰でも、心を委ねる者の言葉は聞き入れやすくなるのだから。
 それ故に、今のホワイトは些か聞き分けが良くなっているはずだ。

 出方を間違わなければ、まだ修正の余地はある。

「大丈夫。僕は君のことをちゃんと見ている。君の清く美しい姿を知っているのは、僕だけさ」

 丁寧に、慎重に、甘く、優しく。
 囁くような柔らかい声で、レイは言葉を並べる。
 下に敷かれたホワイトはうっとりと蕩けた表情で耳を傾け、レイに全てを委ねていた。

 レイはそんなホワイトの頬から指を滑らせ、そのまま首伝いに白肌を撫でた。
 くすぐったそうに身動ぐ様を微笑ましく眺めながら、首筋から鎖骨をなぞり、そのまま襟元に手を忍ばせる。

「それでも僕にもっと見て欲しいのなら、もちろん見てあげるよ。隅から隅までね」

 指先で控えめな膨らみをなぞりながら、レイはその唇を重ねた。
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