普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

134 大切だからこそ

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「────────」

 初めて、ドルミーレの表情が揺らいだ。
 始終興味がなさそうに冷め切っていた彼女の顔に、僅かばかりの色が差す。

 レイくんの瞳が赤く煌めいた。
 それと同時に放たれた強烈な魔力は、正面に座していたドルミーレに降りかかっていた。

「君が僕を受け入れなくとも、もう構わない。それでも僕は、君の血を守り続ける。君が根付くものを守り続ける。その為に、僕に堕ちてもらうよ! ドルミーレ!」

 先程までの意気消沈とは打って変わって、その覇気を全面に放って声を上げるレイくん。
 白い毛並みはふわりと意気を取り戻し、兎の耳はピンと張りよくそそり立つ。
 転臨による醜悪な魔力と妖精の大自然の力を勢いよく膨れ上がらせ、ドルミーレから決して目を離さない。

「────舐めた、真似を……!」
「ドルミーレ、僕は君に憧れていた。でも今の僕は、君よりも大切なものを見つけたんだ。君のことは好きだし尊んでいるけれど、でも、僕の大切なものを壊されるのはごめんなんだ……!」

 レイくんが放っているのは、恐らく強力な魅了の術。
 それはドルミーレに届いているのか、彼女は椅子に座ったままピクリとも動かない。
 感情を司る妖精であるレイくんにとって、この心の中の空間は有利であり、剥き出しの精神に干渉するのは容易なのかもしれない。
 例え相手が『始まりの魔女』だとしても。

「蘇るつもりがないのなら、それでも構わない。けれど、アリスちゃんの心をこれ以上蝕まれるわけにはいかない。眠っていたいのなら、そのまま安らかに眠り続ければいい。ただ、その力だけは貰う!」
「────────」

 血のように赤く輝くレイくんの瞳がドルミーレをねじ伏せにかかる。
 魅了によってその心を包み込み、籠絡しようとしている。
 二千年に渡って培ってきた魔法と、妖精としての存在の力が合わさり、それはとてつもない強制力になっていた。

 私を甘く包み込んでいた時とは訳が違う。
 相手を屈伏させようとする、力のこもった魅了だった。

 ドルミーレに憧れ続け、今も彼女を尊び続けているレイくん。
 二千年続いてきたその想いは、きっとこれからも色褪せない。
 妖精であるレイくんには、そんな時間の経過は関係ない。

 けれど魔女として過ごしてきた日々の中で得たものが、レイくんの優先順位を変えていったんだ。
 ドルミーレ自身も大切だけれど、当の本人には決してその想いは届かない。
 だからこそ、彼女が残したもの、彼女が刻んだものこそを大事にした。

 それは名誉であったり尊厳であったり、『魔女ウィルス』を受けた魔女であったり。
 ドルミーレがこの世界に存在していた証が、穢れ壊されることこそをレイくんは恐れた。
 それこそを守り取り戻そうと決めたんだ。例えその本人を下すことになろうとも。

 いや、そこまでレイくんを駆り立てたのは、きっと私の存在があるからだ。
 私の心を守りたいと思ったからこそ、レイくんはドルミーレをも籠絡する道を選んだんだ。

「僕に全てを委ねるんだ、ドルミーレ。その力をアリスちゃんへと継承し、君の心を永遠の安寧に眠らせよう! そして僕は、今を生きる魔女たちと共に、この世界を変えてみせる!!!」

 覚悟を胸に抱いた、決死の叫び。
 大切だからこそ決別する。
 レイくんの信念の咆哮。

 決して緩むことのない魅了の術は、寧ろ更に強制力を増してドルミーレを蝕んだ。けれど……。

「────調子に乗らないで」

 突然ドルミーレが平静を取り戻し、そして。
 漆黒の『真理のつるぎ』が一本、レイくんの首元を貫いた。

「レイくん!!!」

 思わず悲鳴を上げ、レイくんに駆け寄ろうとするも、その首を囲む残りの五本の剣がそれを阻む。
 発せられていた魅了の力は唐突に途切れ、レイくんはだらりと脱力した。
 けれど宙に浮かぶ剣に喉元を貫かれたせいで、倒れることも許されない。

「少し驚いたけれど、どうってことはないわ。私の心を汚染しようだなんて、愚かにも程がある」

 ふぅと息を吐いて、ドルミーレは吐き捨てるようにそう言った。
 そこにはもう驚愕の色はなく、再び微動だにしない不動の相に戻っている。

「ッ…………」

 レイくん苦痛に顔を歪めながら、しかし意気を弱めずドルミーレを見つめ続けていた。
 不思議なことに、剣に貫かれている喉元からは血が一滴も流れていなかった。
 ここは心の中の精神世界だから、物理的なダメージは受けないのかもしれない。
 けれど恐らくその攻撃は、レイくんの精神に直接傷をつけているはずだ。

「あなたたちが使っている力は所詮私のお溢れ。どんなに私の真似事をして、どんなに近付いた気になっていたとしても、私になんて到底及ぶべくもない。だから言っているのよ、愚弄しないでと」

 最早笑い飛ばすこともなく、ドルミーレは冷たく言い放つ。
 魔法の源流である彼女には、どんなに熟練の魔女の力でも敵わない。
 それだけの力を、『始まりの魔女』は持っている。

「それでも、僕には……」

 喉を貫く剣を握り、レイくんはゆっくりと口を開いた。

「僕には、守るべきものが、あるんだ……。ドルミーレ、君がそれを、望まなくても……」
「こんな世界のことなんてどうだっていいのに。どうしてそこまで拘るのかしら。何の価値もありはしないのに」
「…………自分が魔女となって、虐げられる存在になって……初めて君の痛みを理解した。君のそれとは比べるべくもなかったとしても、それでも……わかった、から……」
「わかった? 知ったような口を。おこがましい」

 ドルミーレの表情が不機嫌に歪んだ。
 闇を孕んだ瞳が静かな怒りに揺れ、威圧感を増す。

「わかるわけがない。誰にだって、わかるわけがないのよ。世界に疎まれ、憎まれる苦痛なんて。あなたたちのそれなんて、私にしてみれば痛みにもならない」
「そうだね……そうだ。僕はわかった気になっただけだ。けれど僕はその痛みを残したくないと、思ったんだ。その身を散らしても尚責め続けられる君を、救いたかった……」
「本当にあなたは勝手なことばかり。目障りで鬱陶しい。これ以上の侮辱は許さないわ」

 レイくんの噛み締めるような言葉は、やはりドルミーレには届かない。
 心を閉ざし全てを拒絶する彼女には、誰の心も伝わらない。
 けれど、レイくんもそれをわかっている。わかっていて尚、自分の気持ちを貫いているんだ。

 伝わらない、理解されない、受け入れられない。
 それでも、気持ちは揺るがないから。

「私はあなたの全てを許さない。あなたがどんなにすり寄ってきても、どんなに真似事を繰り返しても。私はあなたが思い描くものには従わない。愚かな妖精。悠久の時を生きる種族の癖に、生き方を間違えるなんて」
「僕は、間違えたなんて思わないよ、ドルミーレ。愛しいものの為に生きるのは、全てのヒトの性だ」
「吐き気がするわね」

 ドルミーレがそう一蹴するのと同時に、レイくんの喉を貫いていた剣が引き抜けた。
 傷口はやはり残らず、喉元は綺麗なまま。

 自由を取り戻した剣は再び六本でその喉元を囲み、鋒をすれすれに突きつける。

「散々私を愚弄し、侮辱し、剰えこんなところまで踏み込んで来たあなたに、もう生きる価値はないわ。死になさい」

 言葉は呆気なく、感情のこもっていない記号のよう。
 けれどそれは、どうしようもなく絶望的な色を持っていて。

 自分に向けられた言葉ではないのに、私は頭が真っ白になってしまった。

 漆黒の剣が煌く。
 突きつけられた剣がその首を断つのに、時間なんて僅かも必要ない。
 黒い刃がその身を切り裂けば、心が砕け、レイくんの精神が死んでしまうであろうことは容易に想像ができた。

 できた。だからこそ私は、それを否定しなければと、この心全てが感じたんだ。

「────────」

 気が付けば体が動いていた。
 意識した時にはことは終えていた。
 私の感情が体を動かし、私の心がことを成していた。

「レイくんを傷付けるなんて、私が絶対に許さない!」

 言葉は自然と口から飛び出して、私の目は一点に目の前の女性を見つめている。
 レイくんを取り囲んでいた六つの剣は、その役割を果たす前に霞のように消え去っていて。
 それを成したのは、私の手に握られている純白の剣だった。
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