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第0章 Dormire

19 巨大化した森

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 日は既に傾き出していたが、二人は時間など気にしなかった。
 町の人々、特に大人たちに見つからないように細心の注意を払って、こっそりと町から抜け出す。

 先日の一件経て、今日また森へ行ったことが知られれば、もう説教だけでは済まないかもしれない。
 しかしそれでも、傷付き悲しんだアイリスをこれ以上一人ぼっちにさせたくはなかった。

「わたしたち、サイテーだよね」

 足早に草原を抜ける中で、ホーリーは俯きながらそう口を開いた。
 泣き止んだ瞳はしかしまだ涙で潤っており、顔は赤いままだ。

「アイリスは、色んなことに全然慣れなかったのに。守るって、助けるって約束したのに、何にもできなくて……」
「うん。結果としてアイリスを傷付けてしまったのはわたしたちかもしれない。だからこそ、ちゃんと会いにいかなくちゃいけないんだ」

 大勢の大人たち囲まれ責め立てられたアイリスの姿を思い起こしながら、イヴニングは噛み締めるように頷いた。
 人と関わることを必要としなかった彼女に、その機会を与えたのは自分たちだから。
 それによって傷付いた彼女を守れなかったことには、大きな責任があるとそう感じて。

「もう一度会ってちゃんと謝って、そしてわたしたちはアイリスが好きなんだって伝えてあげないと。大人たちがどんなに悪魔だって恐れようが、わたしたちにとっては大切な友達なんだって」
「そう、だよね。わたしたちはアイリスがいい子だって知ってるもん。他の人の言うことなんて気にしないでって、そう言ってあげなくちゃ」

 イヴニングの言葉に、ホーリーは潤んだ目元を拭って頷いた。
 シャンとしようと顔を上げ、しかし残る不安が僅かに表情を曇らせる。

「でも……アイリス、怒ってないかな。許して、もらえるかな?」
「ちゃんと話せばわかってもらえるさ、きっと。もし怒っていたら、許してもらえるまで謝ろう」
「……うん。そうだね」

 あの日駆け出していったアイリスの背中を思い出せば、自分たちが恨まれていても仕方ないと思ってしまう。
 それほどまでに彼女は傷付き、恐怖を抱き、追い詰められてしまったはずだから。
 しかしそれでもアイリスは二人にとって、もう掛け替えの無い友達だから。何があっても真っ直ぐ向き合いたかった。

 不安に揺れながらも、しかし友人への強い想いを常に歩みを進めたホーリーとイヴニング。
 いつもと同じようにひたすらに南へと突き進んだ彼女たちだったが、目的の森には普段よりも早く辿り着いた。

 その理由は明らかで、森の木々の急成長によるものだろうと思われた。
 一本一本の木々が天へと登る塔が如き巨大さになっているため、自然と森の範囲が拡大している。
 それ故に町との距離が狭まっているようだった。

 町からでも窺えた広大な森。実際それを目の前にしてみると、自分たちが小人になってしまったような錯覚に陥った。
 自分たちとのスケール感があまりにも違いすぎており、現実として受け入れられないほどだ。
 また巨大になっているのは木々だけではなく、森の中の草花をはじめとするあらゆる植物が見上げる大きさになっていた。

 普段は足元に広がるような草や、気軽に摘み集めていた花は、彼女たちの身の丈を優に超え、恐らく大人すらも軽々と見下ろすほど。
 元々大きく深い森だったが、全体的に巨大化した為に異空間のようにおどろおどろしい容態を成している。

 しかし、それでもホーリーとイヴニングは臆することなく森の中へと足を踏み入れた。
 この森の奥底にアイリスがいるであろうことは、森の雰囲気で察せられたからだ。

 小さな虫になったような気分で大きな草を掻き分け、軽い登山のように丘の如き木の根を登り降りて。二人は必死の思いで森の中を突き進んだ。
 この森は元々訪れるたびに様相が異なるので、道のりを気にせずひたすら真っ直ぐ歩いて小屋に赴くのが基本だった。
 巨大化した森においても同じように進む彼女たちだったが、全体が大きくなったせいかなかなか目的地に辿りつかない。

 しかしそれでも弱音を吐かず、懸命にアイリスの元を目指して歩みを進める二人。
 しばらくそうして突き進んでいると、ふと開けた場所に出た。
 巨大化した森の中ではささやかなスペースかもしれないが、二人からしてみれば十分に開けた場所。
 そこに辿り着いてすぐに目に止まったのは、周りの草花同様巨大化した白いユリの花だった。

「あら、ホーリーにイヴニング。あなたたち、来てくれたのね」

 そのユリの花は花弁を頭のように動かし、二人に瞳を向けてニッコリと微笑んだ。
 その様子と言葉を受けて、二人はようやくそれが、自分たちがよく知るミス・フラワーと名乗るユリの花だと気付いた。

「こんにちは、ミス・フラワー。えっと、どうしてそんなにおっきくなっちゃったの? 今までは普通のお花の大きさだったよね?」

 近付きながらホーリーが尋ねると、ミス・フラワーは困ったように微笑んだ。

「アイリスの力の影響でね、森全体の植物が見ての通り急激に成長してしまったの。私も一応お花だから、同じようにね」
「アイリスは大丈夫なのかい?」

 成長の範疇を超えているだろうと思いつつ、イヴニングは真っ先にアイリスの安否を尋ねた。
 するとミス・フラワーは首を捻るように花弁の付け根を傾げた。

「少しは落ち着いたと思うけれど。でも、とてもとても傷付いているわ。彼女の悲しみを癒すことは、私にはできない。私はただここにいて、見ていてあげることしかできないから」

 普段は陽気なミス・フラワーの静かな口振りに、二人はことの深刻さを再確認した。
 アイリスの神秘の力が森をこのように変貌させたのだとしたら、それはきっと暴走に近い状態かもしれない。
 そしてそのきっかけ、原因は、彼女の心情の揺れ動きだろうから。

「わたしたち、アイリスの所に行ってくるよ。謝って、アイリスは一人じゃないよって言ってあげないと」
「是非そうしてあげて。あの子はまだヒトらしさに欠けるけれど、あなたたちのお陰でとても心が豊かになってきた。でもその分とても繊細だから」

 努めて穏やかに話しながら、しかしアイリスへの心配を隠さずにいるミス・フラワー。
 二人はそんな彼女の言葉に頷いて、引き続き奥へと足を進めた。

 昼間ながらも大きな木の大きな葉っぱに遮られ、やや日の光が届きにくい森の中。
 奥へ進めば進むほど暗くなっていく気がするのは、単に時間が経って日が傾いてきているのか。はたまた森が険しくなっているのか。
 或いは、森の雰囲気を暗くする何か大きな力が働いているのか。

 いずれにしても、それは二人の歩みを止める理由にはなり得なかった。
 暗い森の静けさはアイリスの悲しみを想像させて、むしろ二人の足を早めるほどだ。
 しかし残る不安や、静かさから生まれる心細さはあり、二人は次第にピッタリと身を寄せるようになった。

 そうやって奥へと欲を突き進み続けて。ようやく二人は見慣れた小屋へと辿り着いた。
 巨大化した森の中でも小屋の大きさは変わらず、その周辺の広場の広さも大きな変化は見受けられない。
 ようやく親しんだ光景を目にした二人は、ホッと胸を撫で下ろしながら広場に乗り出した。

 そして、小屋の前で静かに佇み、天蓋のように広がる葉っぱの空を見上げているアイリスの姿を見つけた。



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