普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

文字の大きさ
737 / 984
第0章 Dormire

20 空虚な幻想

しおりを挟む
「────アイリス!」

 唐突に声が飛んできて、私はゆっくりと持ち上げていた顔を下ろした。
 久しぶりに耳にした他人の声に、耳が少しだけキンとする。
 そういえば、あれから何日が経ったのだろう。

 町から逃げ帰ってきてから、今日までどう過ごしてきたのかは曖昧だった。
 そんな中でも、悲しく苦しい感情が渦巻いていたことだけはハッキリと覚えている。

『アイリス』。私をそう呼ぶ人はあまりにも限られている。
 何より、その名を呼んだ二人分の声は、私の耳によく馴染んでいるものだ。
 声がした方に顔を向ける前に、それが誰かなんてことは私にはわかっていた。

「…………ホーリー……イヴニング……」

 身の丈を越える草を掻き分けながら現れたのは、人間の少女が二人。
 毎日のように顔を合わせていた友人。ホーリーとイヴニングだった。
 二人は私の姿を見とめると、慌てた様子で駆け寄ってきた。

「あぁ、アイリス! ごめんなさい、わたしたち……何にも力になれなくて……」
「辛い思いをさせて本当にごめん、アイリス。守ってあげられなくて……」

 私の手をとって涙ぐみながら声を上げる二人。
 私の力によって混沌と化したこの巨大な森を越えてきた疲労の色など見せず、その瞳は私だけを向いている。
 そんな彼女たちの姿を見れば、二人が大多数のヒトビトとはやはり違うのだと、そう理解できた。

 けれど、私もまたそんな彼女たちとは違う存在。
 二人の身の回りにいる人たちとは比べものにならないほど、かけ離れた存在なんだ。
 自らを自覚した今、こうして触れ合ってみるとそれが明確に理解できてしまった。

「アイリス……みんなが酷いことを言ってごめんね。でも、気にしないで。アイリスは悪魔なんかじゃ絶対にないから」
「そうだよ、アイリス。君はわたしたちの大切な友達。君が優しい子だということは、わたしたちが一番よく知っているよ」
「…………」

 優しく温かな言葉をかけてくれる二人に、私は俯くことしかできなかった。
 彼女たちが私を思って言葉をかけてくれればくれるほど、却って苦しさが込み上げてくるからだ。

 二人は私のことを、自分たちと同じ人間だと思っている。
 その前提があるからこそ、いくら私が特殊でも、彼女たちはこうして寄り添ってくれるんだ。
 けれど違う。私は人間ではなく、そしてそれ以外の何かですらない。
 この世界で生きるいずれのヒトビトに当てはまらない存在だ。
 それを知ったら、流石の二人も反応を変えてしまうんだろう。
 それを思うと、苦しくて堪らなかった。

 だって、それが人間、それがヒトというものだ。
 理解できないものは受け入れられない。どんなにいい人でも、それは変わらない。
 自らとかけ離れたものに対しては、拒絶しなければ己を守れないから。

 二人には嫌われたくない。拒絶されたくない。
 けれど自分の異端さを知ってしまった今、それを隠すことははばかられた。
 そうやって己を偽り友人をたばかることは、理解できないものを拒絶し迫害する行為と同じくらい、下劣なものだと思ったから。

 だから私は、二人の手をそっと払って、静かに首を横に振った。

「違うの。違うのよ、ホーリー、イヴニング」

 戸惑いを浮かべてこちらを見つめる二人に、私は顔を持ち上げてゆっくりと言葉を紡いだ。

「私は、『アイリス』なんかじゃない。そんなものは、はじめから存在しなかったの」
「何、言ってるの? アイリスはアイリスだよ。あなたはわたしたちがよく知ってる、アイリスだよ!」
「いいえ。それは徒らに与えられた仮初の名前。本来の私を指し示すものではないの。そんな偽りの名前に縛られていたから、私は自分のことを人間だと思い込んでいたしまっていたのかもしれない」
「どういうこと……?」

 ホーリーはわからないと首を大きく振りながら、再び私に手を伸ばしてきた。
 けれど私が一歩下がったのを見て、ハッと息を飲んで上げかけていた手を止める。

「人間と思い込んでいたなんて、そんなこと言わないでよアイリス。君を悪魔だなんて言ったのは、大人たちの戯言たわごとだ。気にする必要なんかない」

 私のことを慎重に見つめながら、イヴニングは冷静な声を出した。
 私の様子に戸惑いながらも、けれど平静を保って丁寧に言葉を向けてくれている。
 聡明な彼女らしくとても落ち着いた言葉だけれど、しかし私の本質をわかっていないが故に的外れだ。

「いいえ、いいえ。違うのよ。彼らは正しいの。私は人間ではなんいんだから。悪魔という表現が適切かはわからないけれど、少なくとも人間ではないという点に於いては、間違っていない。私のような存在が、人間であるはずがなかったんだから」
「何を言って…………アイリスは、わたしたちと何も変わらない人間じゃないか……」

 動揺を隠さず目を見開くイヴニングに、チクリと心が痛む。
 私を人間だと思って信頼を寄せてくれる彼女たちに、私は真実を告げなければならない。
 そしてその先に待つものは、彼女たちからの拒絶なのだろう。
 でも、それでも私はこれを覆い隠すことはできない。

「私は『アイリス』ではない。人間でもない。私ははじめから、私以外の何者でもないものだったの。あなたたちが思う友人のアイリスは、初めから存在しない空虚な幻想だったのよ」

 言葉を口にする度に、暗く重いものが心にのしかかってくる。
 けれどその事実を自らの意思で示さなければ、私は決別できない。
 この残酷な世界と、そこに住う悲しきヒトビトと。

 何者でもない私が、『アイリス』という紛い物の人間の殻から抜け出るためには。
 私が真に私という存在を受け入れるためには。
 自ら、今まであったものに別れを告げなければいけない。

 だから私は、二人の顔を真っ直ぐに見て、本当の名を口にした。

「私の名前はドルミーレ。私は『アイリス』でも人間でもなくて、どうやらそれ以外の何でもないみたい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...