目隠し姫と鉄仮面

草野瀬津璃

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番外編ss

不可解な恋人達

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 ロベルトと無事に恋人になったフィオナは、それ以来、ときどきお弁当を作ってロベルトの所に顔を出すようにしていた。
 野外料理以外がてんで駄目だというロベルトの食生活を不安に思ってだ。ハンスがこっそり教えてくれたところによると、外で買うか、外食ばかりしているらしいではないか。最終的に面倒になってサンドイッチばかり食べていると聞いて、ますます危ういと思ったのである。

(うう、でも、余計なお世話だったらどうしよう……。彼女面して鬱陶しいとか思われてたら……ああ、生きていけないわ)

 一人でそこまで考えて、めっこり落ち込む。
 こんなに誰かを好きになったのは初めてで、浮いたり沈んだりとときどき情緒不安定になってしまう。些細なことで不安を感じたり、自分はやっぱり釣り合わないのではないかと思って落ち込んでしまうのだ。
 でも、ロベルトの顔を見ると、それまで考えていた不安などが吹っ飛んで、とても楽しい気分になる。
 恋というのはこんなに忙しいものなのか。

(今日はお休みだから、家の片付けをするとおっしゃってたから、まだお昼を食べてないわよね……?)

 ロベルトは一日の大半を警備団で過ごしているから、たまの休みに家を大掃除するらしい。
 てくてくと西通りを歩いてきたフィオナは、ふと、通りに人々が出てきてざわついているのを見つけた。
 黒い煙がもくもくと出ている。その家は――。

「ええ、ロベルトさん!?」

 フィオナはお弁当を入れていた籠を取り落とす。そして、それにも気付かず、家の扉にとびついた。


「火事? ぼや? ロベルトさん! 大変です、火事が! 煙が! 水ー!」

 すっかり混乱して支離滅裂なことを口走るフィオナを、台所の竈の前にしゃがんでいたロベルトがきょとんと見る。

「む? どうかしたか、フィオナ殿」
「へ……?」

 フィオナは目を瞬いた。フィオナが開け放した扉の向こうから、屋内を覗きこんだ民衆も、あれっ? というように目を瞬く。

「何してるんですか……?」

 かまどからはものすごく黒い煙が出ていて、部屋の中いっぱいに広がり、それで漏れ出たものが外に出ていたらしい。
 頬をやや煤で汚したロベルトは、ひどく真面目な口調で言う。

「スープを作っていた」
「スープ……?」
「そうしたら、どうしてか鍋ごと焦げてな。どうしたものかと……」

 淡々と結果報告をしていたロベルトは、異変に気付いて眉を寄せる。戸口に立ったまま、フィオナはぷるぷると震えている。

「お、おい? フィオナ殿?」

 もしかして泣かしたのかとロベルトが焦った瞬間、フィオナは低い声を出した。

「……さい」
「は?」

「出て行って下さい!」

 普段大人しいフィオナのどこからそんな声が出たのかと思う、叫び声に近い声だった。声が低いので、完全に怒っている。

「え……?」

 さしもの鬼と呼ばれる副団長も、可愛い恋人の変貌に腰が引けている。
 凍りつくロベルトの腕をぐいぐい引っ張って玄関から外に押し出すと、フィオナは玄関口に立て掛けてあった箒を掴み、ドンと床を叩いた。

「掃除が終わるまで、家に入れませんから! 竈使っちゃ駄目だってハーシェル様にも言われているのに、守らない困った人なんか嫌いですっ!」

 最後がちょっと涙声だった。心配しすぎで怒っているらしいフィオナに、ロベルトが更に動揺した時、無情にも扉は閉められた。
 唖然と扉を見つめて立ちつくし、ロベルトは冷や汗をかきつつ、口元を手で覆って呟く。

「ここは俺の家なんだが……」

 なんだろう、この、どうしようもなく情けない感じ。
 呆けて自宅前に立ったまま途方に暮れるロベルト。
 それを遠巻きに見ていた近所の面々は、「彼女に追い出されたよ、大の男が情けない」「いや、あれは怒るでしょ」「火事にならなくて良かった良かった」と無責任な言葉を交わしながら去っていった。

     *

「副団長、何をされてるんですか、ご自宅の前で」

 夕方、今日もよく働いたなあと帰路についていたハンスは、家へ帰る途中でロベルトの家の前を通りがかり、何故か自宅の扉脇に座って通りをぼんやり眺めているロベルトを見つけた。

「ハンスか」

 ちらりとハンスを見上げたロベルトは、また通りの人波に目を戻す。

「ですから、何をされてるんですか? ここから何か見えるとか?」

 好奇心を覚えたハンスは、ロベルトの隣にしゃがんでみた。通りを眺めてみるが、行き交う人々の姿くらいしか見えない。眉を寄せてしかめ面をする。

「何が面白いんですか? 全然面白くないですけど」
「誰が面白い物が見えると言った?」
「言われてませんね、そういえば」

 確かに。ハンスはしかつめらしい顔で頷く。
 その後、しばらく黙りこんだロベルトは、ややあってぼそりと呟いた。

「……フィオナ殿に家を追い出された」

 ハンスは思わずロベルトの無表情な横顔を見て、それから振り返って家と扉をまじまじと見る。

「どこからどう見ても、副団長の家だと思うんですけど」
「だから困っている」

 ハンスはなるほどと思った。ロベルトは困っていたのか、それは気付かなかった。

「追い出されたんですか?」
「そうだ」
「副団長の家を?」
「だから、そうだと言っている」

 ハンスはにやりと笑う。

「え? そんな追い出されるようなことを仕出かしたんですか? やるじゃないですか、副団長」

 にししと笑うと、ロベルトがじっと重たい視線を向けてきた。

「何を想像しているのかはだいたい分かるが、そうではない。スープを作ろうと試みたら、鍋が焦げて駄目になった」

 ハンスは笑いを引っ込めた。あーあと空を仰ぐ。

「何やってんですか、副団長。団長に竈使用禁止令を出されてたっていうのに、性懲りもなく」

 言いつけを破った自覚はあるのか、ロベルトは気まずげに目を反らす。

「失敗は成功のもと。次は出来ると思ったのだ」
「根拠の無い自信を抱くの、良くありませんよ」
「……そうだな」

 見た目より参っているらしい。ハンスの小言に素直に返事をするロベルト。はあと溜息を吐き、肩を落としている。

「いつからそうされてるんです?」
「……かれこれ三時間前からだ」

 ハンスは呆れた。

「副団長って無駄に我慢強いですよね。そろそろ降参して、謝り倒したらいかがです?」
「ハンス、俺は最初から降参している」
「…………」

 ほんと、この人、フィオナさんに弱いよなあ。
 しみじみと頷くハンス。
 ハンスはすっくと立ち上がると、遠慮なく玄関の扉を開けた。

「フィオナさーん、そろそろ許してさしあげたらいかがですか~?」
「おい、ハンス!」

 後ろから慌てて止めてくるロベルトを無視し、ハンスはロベルトの家の中をぐるりと見回した。
 柱の影でビクッと震えた小さい影を見つけ、もう一度声をかける。

「フィオナさ~ん?」

 するとフィオナは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、追い出すなんて真似してごめんなさい。私の家じゃないのに彼女ぶってすみません」

 どうやら自己嫌悪の嵐の真っ最中だったらしい。部屋の隅っこで、バケツの上で雑巾をぎゅうぎゅう絞りながら謝りだす。とりあえず雑巾を置いたらいいんじゃないだろうかとハンスは思った。

「フィオナ殿……。いや、これは俺が悪かった。だから泣かないでくれないか」

 慌てた様子のロベルトが、すっ飛んで行って宥め始める。
 しかし震える子ネズミみたいなフィオナは、ぼろぼろと泣きながら、やっぱり謝り倒す。

「本当にごめんなさい! お詫びに家中ピカピカにしておきましたから! ほんとにごめんなさいーっ!」

 ぶわっと泣き出すフィオナ。
 更に慌てるロベルト。

(はあ、何やってるんだろうな、この人達……)

 呆れ果てたハンスはとりあえず扉を閉める。
 どうしてそうなったと不思議なトラブルを巻き起こす割に、やっぱりお似合いだなあと思わせるのがすごい。

(我慢強すぎてじっと待つ副団長と、自己嫌悪しまくって引きこもるフィオナさん。うわあ。喧嘩したら収拾つかなそうだなあ)

 間違いなくロベルトが折れるのだろうが、折れどころに気付かない勢いで耐えそうなので、事態が悪化しそうだ。
 二歩歩いて百歩下がる感じだから、恋人になれただけ上等な気がしてきた。
 そもそも、ハンスが通りがからなかったら、どう決着をつけていたんだろう。謎だ。

「……帰ろ」

 ハンスは後ろ頭を掻きながら、雑踏に戻る。
 そして、あんな二人を見ていたせいでアイラに会いたくなったから、少し寄り道しようと、行き先を若干修正した。

 ……end.

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