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結婚

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三日目にマリアが突然、実家に遊びに来た。
マリアは私のみっともない姿を見て、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「何ですの、その恰好は。お相手もいらっしゃらないの? 可哀そうに」
「ダヴィード様はわたくしをそりゃあもう離してくれませんの」
「他の殿方とお話しするとやきもちを焼かれて──」
ダヴィードの事をこれでもかと惚気て、聞く方が疲れた。

「そういえば、これからお茶会にいらっしゃらない?」
「え?」
いきなりのマリアの誘いに驚いてしまう。マリアの家に行ったことってあったかしら。いや、それよりもまだ新婚じゃないかしら。仲のいい所を見せつけたいのかしら。

「いえ、私は──」
ダヴィードに会いたくない。マリアにも会いたくなかった。私は平気で笑って過ごせるほど許していない。
「あら、まだこだわっていらっしゃるの? それとも未練でもおありなの?」
マリアの目が獲物を見つけたように意地悪になる。唇がにんやりと歪む。
「いいえ、でも……」
「なら、いらっしゃいよ。ダヴィード様によい方を紹介して頂けばいいわ」
(そんなものは要らない)

マリアは私のことは知っていないようだった。私から話すことはない。
断りたい。行きたくない。何と言って断ろう。
「ええと……」

そこにドアをノックして侍女が入って来た。
「お嬢様、お友達のベルタ様とロザリア様がおいでになりました」
「あら、約束していたわね」
とっさに嘘を吐いた。私は家でダラダラと過ごす予定でどなたとの約束も入れていない。こちらに帰っていることも内密だった。
「マリア、またね」
私をすごい目で睨んでマリアはベルタとロザリアと入れ違いに出て行った。

ため息を吐いて「ありがとう」と言うと、二人は顔を見合わせる。
「そのう、セラフィーナ様」
「あの方はあんな事をしておいて、こちらによく来るの?」
ロザリアが遠慮がちにベルタが不満げに聞く。二人とも強張った顔をしている。
「いえ、アレ以来だわ。それより二人とも座って、お茶にしましょう」
二人はまた顔を見合わせて侍女がテーブルを片付けるとおもむろに座った。

「セラフィーナ様、お綺麗になられましたわね」
ロザリアがお茶を一口飲んでほうと息を吐く。
「あら、そうかしら。物凄い恰好でしょ」
部屋着姿でお化粧もしていない。髪は緩く三つ編みにして括っているだけだし。
「あちらで磨かれているのね。私もお役に就けるよう頑張らないと」
「そうですわね、うふふ」
二人は公務員志望らしい。私も公務員のようなものだろうか。
「そっかー、私も頑張らないと」
後はもう久しぶりだし気安くおしゃべりを楽しんだ。本の話、お菓子の話、美容の話、お化粧の話で盛り上がった。

明日は殿下が公爵家の別荘に行かれるのでご一緒する。私の自由で気楽なお休みは終わってしまった。


  ***


学校を卒業して帰国して、すぐにオルランド殿下と結婚式を挙げた。
そりゃあもう、近隣諸国の王侯貴族を呼んで盛大なものだった。
公爵家一族に両親に姉兄、友人のベルタもロザリアも来てくれた。隣国で出来た友人達も来てくれた。ただ、マリアの姿は見かけなかった。

新婚旅行は近場の王家の離宮で過ごすことになっている。
警護は物々しいが使用人の数は少なかった。

侍女たちにきれいに磨かれて、薄いナイトウエアにガウンを羽織って、寝室で殿下を待った。
「やあ、待たせたね」
「いえ……」
ちょっと緊張して声が掠れる。
「一口飲む?」
オルランド殿下はワインを取り出して、グラスに注いだ。フルーティな香りと酸味が渇いた喉を潤す。身体がほんわりと暖かくなる。
グラスを空けると殿下に手を取られてベッドに行く。
隣り合ってベッドに座ると、殿下がまじめな顔をして話始めた。


「君の従姉妹のマリア嬢とダヴィード卿の事だが」
マリアとダヴィードの話なのか。どんな話だろう、あまり聞きたくないが。少し緊張する。殿下は私の身体を引き寄せた。
「ダヴィード・クレパルディ卿は少し特殊な性癖の持ち主だったようだ」
「え」
特殊ってどんな?
「相手を甚振って傷つける」

従姉妹はダヴィードに切り刻まれて、見るも無残な姿で亡くなったらしい。
「ダヴィード・クレパルディは捕まって投獄された。他にも行方不明になった人がいるようで、今余罪を調べている」

急に体が寒くなった。

マリアに最後に会ったのは三年の夏休みだった。
婚約破棄だけでなく酷い中傷を受けた経緯があるだけに会いたくもなかったし、話を聞きたくもなくて、マリアの話題は家族もほかの誰も避けていた。
私は隣国に行ってマリアがいつ結婚したのかも知らない。

マリアはあの時、なぜ来たの。
なぜ家に誘ったの。
ベルタとロザリアはなぜ急に来たの。

なぜそんな話をするの?

震える私を抱き寄せて殿下はそっと唇を寄せる。
「大丈夫、私はそんな事はしない」
それはどういうことでしょうか?
「私はセラフィーナを愛しているし、傷つけるような真似はしない」
殿下の言葉を理解するのに時間が掛かった。
いや、理解したくなかったのだ。

でも、分かってしまった。この人はダヴィードと同類なのだわ。
だって、私の泣き顔が好きなんでしょう?

黙って殿下の顔を、夫となった人の顔を見上げた。
彼も首を傾けて、うっすらと笑った。
「君はそのままでいいよ。どんな君も好きだから」
オルランド殿下は私のガウンを脱がせて、どこからか紐を取り出した。
その柔らかそうな紐を、嬉しそうに私の手に巻き付けている。

この紐で何をするのでしょうか?
私はこの紐でマリアのように殺されるのでしょうか?


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