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05 びっくり箱
しおりを挟む殿下にエスコートされて街を歩きながら、この国の歴史や産業、文化などを説明される。海に面して作られた、水の集まる王都。高台に上がれば向こうに港が広がる。白い帆の帆船がいくつも浮かんでいるのが遠くに見えた。
「あの船に乗ると見知らぬ国に行けるのでしょうか?」
「行けるよ、世界は広い。外国からは色んな物が入って来る。船のある国は交易をして栄える。船乗りは船と資金が欲しくて国にやって来る。そして航海に出て、嵐にあって船が沈没したり、見知らぬ島の原住民と対立して殺されたり、長い航海を終えてやっと帰って来る。たくさんの土産を抱えて──」
「遠い国に行くのは大変なのですね」
「我が国にも海に面した綺麗な所はある。そうだな船を仕立てて遊びに行くのもいいかもしれないな。綺麗な宿を作って、遊ぶ場所を作って」
「美味しい食事もあるといいですわね」
「そうだ、食べ物は大切だ。この街にも素敵なレストランがあるんだ。向後のために見学しておこうか」
そう言ってオルランド殿下が連れて行ってくれたのは、広いホールのあるお店で格式もあるようなのだけれど、私達が案内されたのは別棟の個室だった。
「こんな所は初めてですわ」
友人とカフェに行ったことはあるが、ここは窓辺に綺麗な花の飾られた明るいレストランで、個室といえど広い室内には天井にシャンデリア、壁に絵画が飾られ、燭台やら大きな壺やらが置かれている。
まだディナーには早くて三段スタンドにサンドイッチやスコーンやパイの乗ったアフタヌーンティーで、お茶と一緒にいただく。
「この丸いパンに塗ってある赤いソースは何でしょうか?」
「それはトマトソースだよ。西の大陸から来てこちらで観賞用に栽培されているけど、この国で食用のソースが作られてね」
「まあ、遠い国から来て、こちらで加工されたなんてロマンチックですわね。甘くて酸味があって香辛料が効いて、とても変わった味ですわ」
「君はそういう所にロマンを感じるんだね。赤い実を使ったサラダもあるから、今度食べに行こうか」
「はい」
「ああ、時間だ。もう帰らないと」
楽しい時はあっという間に過ぎる。
オルランド殿下を見送っていたら、涙がぽろっと零れた。
いや、これはホームシックなわけで。
殿下はとっても複雑な表情をしてから、私を抱きしめてくれる。余計に涙がポロポロと零れ出てしまう。
殿下の手がすっと頬を滑り落ちて、顎を持ち上げられ触れるだけのキスをされた。
「ヒック」
涙が止まって、留まっていた一粒が瞬きでポロリと零れ落ちた。
「そんな顔を、誰にも見せてはいけないよ」
彼は少し痛いような顔をして、ハンカチを顔に押し当てる。
「……はい」
殿下のハンカチで鼻を押さえて目だけ出して見上げる。
「隠して──。また来るからね」
くるりと殿下が背を向けたのを見てから、ハンカチで顔を覆った。
何だか本物の恋愛をしているみたい。
* * *
オルランド殿下は時折やって来て、私の進捗状況を見てあちこち連れ回した。
ボートに乗ろうと誘われた時には睨みつけたけれど「大丈夫」と押し切られた。彼は名誉挽回がしたかったらしい。ボートを揺らすことはなく、とても紳士に振舞った。風は凪いで空は青く湖は空の色を映してどこまでも澄んでいた。
ニコニコと笑顔になった私を連れて満足そうに歩く。
人の集まる広場はたいそう賑やかで、そぞろ歩きを楽しんだ。
広場の一角に紳士たちが集まって何やら騒がしい。見ると踊り子達がいて音楽に合わせて踊っているのだ。一斉にスカートの裾を持ち上げて右に左に揺らす。スカートの中は襞が一杯で、下着のドロワーズから素足が覗いていた。紳士方がはやし立てる。目が踊り子の足に釘付けだわ。
音楽が変わって、真ん中に一人の少女が出て踊り始める。印象的な音楽にバレエシューズ。爪先立ってクルリクルリと回転する。指の先まで優雅な踊り。そして広場を回転しながら走ってひときわ高くジャンプする。
すごい。殿下と一緒に拍手する。そこに居た人々が惜しみない拍手を送ってお金が投げられる。少女はドレスを摘まんでお辞儀をすると次の演目の人々と入れ替わった。
しばらく私の頭はその時流れた音楽に占領された。
教師に注意されたり、成績が振るわなくて落ち込んだ時も、刺繍が上手く出来て褒められた時も、あのステップでくるくる回る。そうこの辺りでジャンプだわ。
勢いをつけて飛んだら、丁度、オルランド殿下が来たところだった。彼は開いたドアの向こうで目を丸くしていた。
「君はお転婆だったんだね」
「そういう訳でもないのですけど、お転婆はお嫌いですか?」
私は今更言い訳もならなくて開き直った。
「いや、ただの泣き虫じゃなかったんだね。この前のアレが気に入ったのかい?」
「初めて見ました。あんな風に自由に動いて、手も足も」
そう心までも──。
「ダンスは好きなのか?」
「はい」
「じゃあバレエを見に行こうか」
バレエには興味があったけれど、小さな頃に習いたいとお願いしたらダメと言われてそれっきりだった。
何だかこの国に来てから色んなびっくり箱が開くのよ。
それは私の性格だったり、新しい開けた世界だったり、目の前にいる王子様だったり、彼に対する感情だったり──。
そうね、魔法みたいに彼が手を差し出すと新しい世界が広がるんだわ。
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