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一話
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私は愛する王太子シヴェルト殿下の腕に掴まって笑っていた。ああ、とうとうあの嫌みなダーラナ公爵令嬢アストリッドから殿下を奪って結婚出来るんだわ。本当にねちねちと毎日毎日沢山沢山嫌味を言ってくれて虐めてくれて──。
だが婚約破棄し断罪したはずの悪役令嬢アストリッドは、すっくと私たちの前に立ちはだかって私を指して逆断罪をしたのだ。
「その女ユセフィナ・オルソンは魅了の魔道具を身に着けています。魅了は禁術、その女は王家に仇名す悪女でございます」
「ユセフィナ・オルソンを捕らえよ」
ここは貴族学校の大ホール。卒業式後のパーティが開かれている。そこに何故かこの国の国王陛下が近衛兵を引き連れて現れ命令した。私は衛兵に取り押さえられ、その場で身体検査をされる。
「おお、あったぞ。ダーラナ公爵令嬢の仰せの通り、この女は魅了の魔道具を所持しておりました」
衛兵が高々と魔道具を掲げるが、そんなものを私は持っていない。衛兵たちが隠し持ってそんなことをするなんて信じられなかった。でも私は広間の大理石の床に顔を押さえ付けられていて、声を出すどころではなかった。
殿下、シヴェルト殿下はどこに行かれたのだろう。
「ユセフィナ!」と叫ぶ声が遠くに聞こえる。近衛兵に囲まれ拘束されて連れて行かれるのが目の端にチラリと見えた。
「オルソン男爵家の屋敷を調べればもっと色々な物が見つかりましょう。その女は厳しい詮議の上処刑が妥当だと思いますわ、王家に仇名す反逆者として」
公爵令嬢アストリッドの言葉に、私は押さえられている首を振って言い返した。
「そんな違います! 家族は何の関係もありません。私もそんな魔道具など知りません!」
私の叫びは悪足掻きと取られた。私は口に布を入れられ猿轡をされた。衛兵に引き摺られ学校の大ホールを連れ出され、王宮の地下牢に押し込められた。
地下牢での拷問は苛烈を極めた。裸に剥かれ、手足を縛られてあらゆる責め苦を受けた。「吐け」と言われても私は何も知らない。「知らない」と言えば「強情な」と鞭で容赦なく叩かれる。私は何度も気を失ったが止むことはなかった。
『よう、まだ生きてんのか、正気かい』
声が聞こえる。しかし、私は目を潰され、喉を潰され、凌辱され、鞭で打たれ、息も絶え絶えで、虫けらのように裸のまま地下牢の冷たい石の床に転がっていた。
そんな女にお気楽に話しかける者がいるとは。
『お前は処刑される。そしてやり直しをするんだ』
(そんなものはいらない)
『へえ、まだ頭がしっかりしてるんだな。気に入った、処刑なしで今すぐやり直しをさせてあげよう』
(そんなものはいらないってっ!)
だが喉は潰され言葉など出なかった。相手も見えなかったし。人としての心は引き裂かれ打ち砕かれ、痛くて苦しくて辛くて、早く終わる事だけを願った。それ以外はどうでも良かったのだ。
だが、次の瞬間私は勝手知ったる自分の家のベッドに戻っていた。
◇◇
「ユセフィナお嬢様、お目覚めですか」
侍女のロッタが部屋のカーテンを開ける。眩しい夏の日差しが部屋いっぱいに広がる。今の今まで暗い地下牢の床に転がっていたのに、白い光が全てを追い払ってしまった。
「おはよう、ロッタ」
私の声は驚くほどスムーズに出た。
何が起こったのか、悪夢のような出来事は、綺麗さっぱりと私の頭から拭い去られて跡形もない。私の気分も爽快だ。不思議。
牢屋で話しかけてきたアイツが何かしたのだろうか。思い当たる事と言えばそれしかないけれど。ベッドから降りて洗面所に行き鏡を見る。死んだ時より少し前の、あまり変わらない顔の私がいる。
ロッタが私のドレスを出して髪を結う。サイドを三つ編みハーフアップにしてふんわりと流しリボンを付けてくれる。お気に入りの白いレースに金銀の刺繍がしてある幅広のリボンだ。
私は自分で言うのもなんだが綺麗だ。シルバーに薄くピンクの乗った長い髪はゆるゆると渦を巻いて卵型の顔を縁取り落ちる。白いスベスベの肌にスッとした小ぶりの鼻、赤い唇。そしてぱっちりした二重の目に碧い瞳。ほっそりとした身体に引き締まった腰、形の良い胸。
王太子シヴェルト殿下と仲良くしている私を見るダーラナ公爵令嬢アストリッドの嫉妬に塗れたきつい眼差しを思い出す。私は男爵令嬢の分際で公爵令嬢に勝てると思い上がっていた。
父と兄二人は私が学校に行くのを大反対したが、今となってはそれが正解だと思う。でも、私は巻き戻ってやり直せても学校に行く。不穏になったら退学も止む無しだけど、どうしても行きたい。
「ねえ、ロッタ。今日はいつだっけ」
「まあ、お嬢様。今日は八月の終わりでございますよ。来月から楽しみにしておられた貴族学校でございますね」
「そうね」
その学校で王太子殿下に出会って、恋に落ちて、そして冤罪をかけられて酷い目に遇ったんだわ。今から僅か一年足らずの間に。
「食堂で旦那様と奥様がお待ちでございますよ」
「分かったわ」
私の父は領地持ちの男爵で商会の娘だった母と結婚した。父の領地には港があった。これに目を付けた商会と港を整備したい男爵家の政略結婚だというが二人はラブラブである。兄二人の後、女の子が生まれて皆で溺愛をして育てたのが私だ。
お陰で甘えんぼで我が儘で常識を知らないおバカな私ができあがった。
貴族としては一番下っ端、しかし海運業をし領地に鉱山を持ち魔道具を作り出し、商人ギルドを牛耳るほどに力を持っていて、王家にとって我がオルソン男爵家家は目の上のたん瘤だ。
一番の問題はこの私。おバカで惚れっぽい。その上、甘やかされて我が儘な性格が一度のやり直しで治るだろうか。捕まるにしても牢のアレコレはもう二度と勘弁願いたいのだけれど、おバカな私に逃れることが出来るだろうか──。
どこかでやれやれと溜め息とも薄笑いともとれない声が聞こえた。
だが婚約破棄し断罪したはずの悪役令嬢アストリッドは、すっくと私たちの前に立ちはだかって私を指して逆断罪をしたのだ。
「その女ユセフィナ・オルソンは魅了の魔道具を身に着けています。魅了は禁術、その女は王家に仇名す悪女でございます」
「ユセフィナ・オルソンを捕らえよ」
ここは貴族学校の大ホール。卒業式後のパーティが開かれている。そこに何故かこの国の国王陛下が近衛兵を引き連れて現れ命令した。私は衛兵に取り押さえられ、その場で身体検査をされる。
「おお、あったぞ。ダーラナ公爵令嬢の仰せの通り、この女は魅了の魔道具を所持しておりました」
衛兵が高々と魔道具を掲げるが、そんなものを私は持っていない。衛兵たちが隠し持ってそんなことをするなんて信じられなかった。でも私は広間の大理石の床に顔を押さえ付けられていて、声を出すどころではなかった。
殿下、シヴェルト殿下はどこに行かれたのだろう。
「ユセフィナ!」と叫ぶ声が遠くに聞こえる。近衛兵に囲まれ拘束されて連れて行かれるのが目の端にチラリと見えた。
「オルソン男爵家の屋敷を調べればもっと色々な物が見つかりましょう。その女は厳しい詮議の上処刑が妥当だと思いますわ、王家に仇名す反逆者として」
公爵令嬢アストリッドの言葉に、私は押さえられている首を振って言い返した。
「そんな違います! 家族は何の関係もありません。私もそんな魔道具など知りません!」
私の叫びは悪足掻きと取られた。私は口に布を入れられ猿轡をされた。衛兵に引き摺られ学校の大ホールを連れ出され、王宮の地下牢に押し込められた。
地下牢での拷問は苛烈を極めた。裸に剥かれ、手足を縛られてあらゆる責め苦を受けた。「吐け」と言われても私は何も知らない。「知らない」と言えば「強情な」と鞭で容赦なく叩かれる。私は何度も気を失ったが止むことはなかった。
『よう、まだ生きてんのか、正気かい』
声が聞こえる。しかし、私は目を潰され、喉を潰され、凌辱され、鞭で打たれ、息も絶え絶えで、虫けらのように裸のまま地下牢の冷たい石の床に転がっていた。
そんな女にお気楽に話しかける者がいるとは。
『お前は処刑される。そしてやり直しをするんだ』
(そんなものはいらない)
『へえ、まだ頭がしっかりしてるんだな。気に入った、処刑なしで今すぐやり直しをさせてあげよう』
(そんなものはいらないってっ!)
だが喉は潰され言葉など出なかった。相手も見えなかったし。人としての心は引き裂かれ打ち砕かれ、痛くて苦しくて辛くて、早く終わる事だけを願った。それ以外はどうでも良かったのだ。
だが、次の瞬間私は勝手知ったる自分の家のベッドに戻っていた。
◇◇
「ユセフィナお嬢様、お目覚めですか」
侍女のロッタが部屋のカーテンを開ける。眩しい夏の日差しが部屋いっぱいに広がる。今の今まで暗い地下牢の床に転がっていたのに、白い光が全てを追い払ってしまった。
「おはよう、ロッタ」
私の声は驚くほどスムーズに出た。
何が起こったのか、悪夢のような出来事は、綺麗さっぱりと私の頭から拭い去られて跡形もない。私の気分も爽快だ。不思議。
牢屋で話しかけてきたアイツが何かしたのだろうか。思い当たる事と言えばそれしかないけれど。ベッドから降りて洗面所に行き鏡を見る。死んだ時より少し前の、あまり変わらない顔の私がいる。
ロッタが私のドレスを出して髪を結う。サイドを三つ編みハーフアップにしてふんわりと流しリボンを付けてくれる。お気に入りの白いレースに金銀の刺繍がしてある幅広のリボンだ。
私は自分で言うのもなんだが綺麗だ。シルバーに薄くピンクの乗った長い髪はゆるゆると渦を巻いて卵型の顔を縁取り落ちる。白いスベスベの肌にスッとした小ぶりの鼻、赤い唇。そしてぱっちりした二重の目に碧い瞳。ほっそりとした身体に引き締まった腰、形の良い胸。
王太子シヴェルト殿下と仲良くしている私を見るダーラナ公爵令嬢アストリッドの嫉妬に塗れたきつい眼差しを思い出す。私は男爵令嬢の分際で公爵令嬢に勝てると思い上がっていた。
父と兄二人は私が学校に行くのを大反対したが、今となってはそれが正解だと思う。でも、私は巻き戻ってやり直せても学校に行く。不穏になったら退学も止む無しだけど、どうしても行きたい。
「ねえ、ロッタ。今日はいつだっけ」
「まあ、お嬢様。今日は八月の終わりでございますよ。来月から楽しみにしておられた貴族学校でございますね」
「そうね」
その学校で王太子殿下に出会って、恋に落ちて、そして冤罪をかけられて酷い目に遇ったんだわ。今から僅か一年足らずの間に。
「食堂で旦那様と奥様がお待ちでございますよ」
「分かったわ」
私の父は領地持ちの男爵で商会の娘だった母と結婚した。父の領地には港があった。これに目を付けた商会と港を整備したい男爵家の政略結婚だというが二人はラブラブである。兄二人の後、女の子が生まれて皆で溺愛をして育てたのが私だ。
お陰で甘えんぼで我が儘で常識を知らないおバカな私ができあがった。
貴族としては一番下っ端、しかし海運業をし領地に鉱山を持ち魔道具を作り出し、商人ギルドを牛耳るほどに力を持っていて、王家にとって我がオルソン男爵家家は目の上のたん瘤だ。
一番の問題はこの私。おバカで惚れっぽい。その上、甘やかされて我が儘な性格が一度のやり直しで治るだろうか。捕まるにしても牢のアレコレはもう二度と勘弁願いたいのだけれど、おバカな私に逃れることが出来るだろうか──。
どこかでやれやれと溜め息とも薄笑いともとれない声が聞こえた。
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