最弱の魔王を拾いました。婚約破棄される予定の悪役令嬢ですがわたくしが育ててもよろしいの?

拓海のり

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03 毛虫が現れた

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 ※虫が出ます。ご注意ください。


 ぼんやりと教室でそんなことを考えていると誰かが机の側に来た。
「レティシア様」
 顔を上げるとアンジュがいる。後ろに心配そうな彼女の取り巻きもいる。
「何か」
「庭園におられましたね」

 小さな声で囁く。ピンクのハーフツインテール、耳の上で揺れるリボンとサイドで編みこんで下ろした髪型が良く似合う。あのバラの香りもする。

「わたくし、悪役令嬢には負けませんわ」
 にっこり笑って、一方的に勝利宣言をして去って行く。友人たちがアンジュを心配して「大丈夫?」とか聞いている。彼女らがレティシアのことを悪役令嬢と噂を流しているのだろうか。チラリと意地悪そうな視線を寄越す。

 昨日学校を休んだから、おまじないをするのをすっかり忘れていた。

(私は目立たない鈍色の髪にそばかすの女。婚約者でもない)
 レティシアは自分の身に言葉の鎧を纏う。


 東側の大陸の者たちが次の国に移動して、やがて王都は何事もなかったかのように静まった。

  ◇◇

 カーテンの隙間から秋の澄んだ日差しが差し込んで来る。何かがもぞもぞと蠢いていて、侍女が起こしに来る前に目が覚めた。何だろうとまだ眠たい目を開く。
 目の前の自分の鼻の頭に何かが止まっている。パチリと目が覚めた。

「虫……?」

 朝、目覚めると毛虫がいた。鼻の頭に──。
 鼻の頭に乗るほどの小さな毛虫が、うねうねと蠢いている。
「いやああぁぁぁーーー!!」と叫びながら手ではたいた。

『何をする!』

 ベッドにポトンと落ちた毛虫が喚く。嗄れ声ではなく可愛らしい子供の声だ。一瞬、誰が喋ったのかと周りに素早く視線を走らせたが誰もいない。ベッドの上にはさっきレティシアが手で払った飴色の毛虫が一匹。

 何で毛虫がベッドにいるのだ。公爵家の使用人たちが、そんなへまをするとも思えない。それともこんなに小さいから見逃したのか。
「いやああ、何、何なの」
 レティシアはベッドの端までいざって逃げた。

『僕は魔王だ。しばらくお前に寄生し、お前の魔力をいただく』

 甲高い子供の声で毛虫は決めつける。冗談ではなかった。
「冗談じゃないわ、出て行ってよ、追い出すわよ」
(何が魔王だ。小さな毛虫のくせして!)
 レティシアは手元にあった枕で小さな毛虫を叩く。バンバンと何度も叩いたが、毛虫は潰れなかった。

「ゼイゼイ、どうして……」
 毛虫が半身を起こして、体中から触手を伸ばしてくる。
「いやああぁぁ、なに、これ、いや」

 半泣きで身を捩る。首を横に振る。だが身体が強張って動かせない。触手が迫って来た。小さな毛虫から何故こんな触手が沢山。モップのような飴色の触手を半泣きで見る。気を失いたかったが触手が気になってそうもいかない。

 触手はレティシアの身体近くで止まり、上へ下へ蠢きながら移動する。非常に気色が悪い。吐きそうな気分だが喉の奥につっかえたままだ。そして長いような短いような時間が経過すると、シュルと触手を小さな体に回収した。

『うむ、お前は魔力が多い』

 満足そうに甲高い子供の声で言う小さな毛虫。毛虫といっても毛が生えているのではなく、飴色の体に丸っこい飴色の棘が並んで生えていて、ゴムの玩具のような感じの小さな毛虫である。

「な、何をしたのよ」
 身体が動くようになったので全身に出来た鳥肌を摩る。

『魔力を頂いた。我らは魔素が薄いと、まともに生きられぬ。こちらは魔素が薄すぎて身軽な器でないと維持できん。だから魔力の多いお前から魔力をいただいて身体を維持しながら溜める事にした』

「さようですか」
 勝手な事をほざいているが、可愛い子供の声で言われると、怖さとかおぞましさとかそういうものが半減するのはどうしてだろう。

 その時ドアをノックして侍女のメリナが入って来た。
「おはようございます」
 カートに洗面ボールと水差し、タオルを腕にかけている。レティシアは侍女がこの毛虫を退治してくれないかと期待して、チラリと毛虫を見たがメリナは気付いた様子もなく、部屋のカーテンを開けに行く。

『僕の姿は人には見えぬし声も聞こえぬ』
(何で私には見えるのよ)
 レティシアが心の中で文句を言えば毛虫が答える。
『お前と僕は魔力を分かち合った。つまり一心同体なのだ』
(毛虫と一心同体とか何の罰ゲームなのよ)

 毛虫はレティシアの身体にぴょんと身軽に飛び乗った。レティシアはビクッと身じろぎをしたが触るのが嫌で諦めてしまった。肩先に乗った毛虫は『僕は寝るのだ』と勝手にほざいて動かなくなる。
 衝動的にレティシアはソレを摘まんでどこかに捨てたくなったが、直に触るのがやっぱり嫌でそれも諦めた。小さくて可哀想だからとか、絶対に思っていない。


 その日は学校に行ったが特に何も起こらなかった。毛虫はレティシアの肩か頭に止まっている。夜着を脱いで学校の制服に着替えても、肩先の同じ位置にいる。
 どうしてそんな風に服を突き抜けるのか不思議で、じっと自分の肩先を見つめるレティシアに、侍女のメリナが首を傾げる。

「お嬢様どうなさいました。またお熱が出ましたか」
「いいえ、何でもないわ」

 毛虫はじっとして動き出すことも話すこともない。重さも感じなくて、気にしなければ忘れ去ってしまうほどだ。まるでレティシアの暗示のように。

(私は目立たない鈍色の髪にそばかすの女。婚約者でもない)

 忘れ去られるのと、意地悪をされるのとどちらがいいだろう。酷い噂話をされ、クスクス嗤われ、足や肘で攻撃されて、痛いのも、汚れるのも、嗤われるのも嫌だけれど。

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