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約束していたその土曜日、彼より先に別のものが来た。
朝からものすごい雨と風の音に、僕は彼が中止するだろうと勝手に決めて、もう一度布団に潜り込んだ。
しかし、彼はいつもの無愛想な顔を煙たそうに顰めたままでやって来た。
携帯でうるさく急かされて、ぐずぐずと待ち合わせ場所に出かける。
「行こう」
「雨だぞ。風だぞ。すごい天気だぞ」
そう言っても別に返事もしないで、僕をいつもの白いワゴンに誘った。
何も言わない力強い腕。ため息を吐いて白いワゴンに乗り込む。
車の中で彼が僕に渡したのは、県内の道路地図とネットで拾ったうどん屋をコピーした用紙だ。仕方がないと用紙をパラパラとめくる。
この頃、彼はうどん屋めぐりに凝っていて、行くときはいつも僕を誘う。穴場のうどん屋を探すのはまるで宝探しをするようで、迷った末にやっと見つけたうどん屋で食べる一杯のうどんは格別だった。
「今日はドコだっけ?」
聞く矢先に彼は車を発進させる。ゴウッと風が吹いて、車体に雨がバラバラと吹き付けた。
台風が来て外は嵐なのだ。何もこんな天気の日に出かけなくてもいいのに。
しかし、降りしきる雨と風の中を白いワゴンはものともせずに突っ走る。まるで隣で運転している男のように。
僕は結局この街に帰ってきて再就職した。小さな会社のプログラマーで、もちろん給料も少ないけれど、親元にいるので出費は少なくてどっちもどっちだ。
隣にいるワゴンを運転している男は折田といって小中学校の同級生だった。今は父親がしている内装工事の仕事を手伝っていて、僕の恋人だ。
いや、僕が勝手にそう思っているだけかもしれない。何しろ折田は無口で無愛想な男で、必要最低限のことくらいしか言わないような奴だから。
車はどんどん隣町に向かう。うどん屋を決めるのは折田、ナビゲーターは僕で、地図を見ながら道を教える。
「あ、そこのコンビニの信号を左に曲がって」
「川があって突き当たりだ」
「そこを左だ」
「何もない」
「向こうに車が止まっているじゃないか。あれが怪しい」
車を止めて見回すと、反対側の道を下ったところに店を見つけた。
ワゴンを降りて雨と風の中をうどん屋へ走る。こんな雨風の日でも来る物好きがいて、店はまずまず繁盛していた。少し並んで、一杯の温かいうどんにありついた後、その店を出る。雨も風もだんだんとひどくなってきたようだ。
「もう帰ろう」
ワゴンに戻って僕はそう言ったが折田は次の店を示した。それは隣県との県境に近い山の中にある店だ。
「ちょっと待てよ。本当に行く気か?」
男は一つ頷いただけで車を走らせる。
「この天気だぞ」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかボソッと答えた男は、どんどん車を山間部に向かって走らせる。
窓の外の風景が田んぼから山になって、風に揉まれる木々を見ながら隣の男をうかがったけれど、相変わらずしかめた目が前方をにらんでいる。
「そこを左に入って」
「こっちか」
やっと着いた山間の集落で目指す店を探したけれど見当たらない。そこらをぐるぐると回って、やっと駐車場らしき場所を見つけた。
しかし車を止めて降りてみると、もう店じまいをしていた。
「すみません。こんな天気なんで」
そうだよな、こんな日に、こんな所まで繰り出してくる酔狂な奴なんて、そうそういない。
「やれやれ、もう帰ろうか」
ため息混じりにワゴンに戻ったが、折田は何を思ったか、車をなんと隣県との県境に向けて発進させた。
「おい、どこまで行くんだよ」
「向こうから回って行こう。いいドライブになる」
こんな日にドライブだと!? 何を考えているんだこの男は。
僕は行く手と、天気と、男の顔を交互に見たが、折田はいつもの顔のままでどんどん車を進める。
やがて県境をまたがるトンネルに着いた。
ここで引き返すかと期待したが甘かった。車はそのまま県境のトンネルに入ってゆく。
トンネルを出て隣県に着くと、もう大嵐だった。
雨が山の上から吹き降ろし、崖下から吹き上げる。大きな木の葉が乱れ飛んでいる。道は深い山間の山腹をうねうねと走っていて、車から見下ろす深い断崖を雨が真横に降っている。見下ろすだけでも恐ろしかった。
「おいっ、怖いよ。スピードを落とせよ」
つい弱気な本音が漏れた。
「あんたと一緒に死んでも、別に俺は文句ないぜ」
男がぼそりと呟くように漏らす。
何と言ったんだ、こいつは……。
何も言えなくて折田の顔を見た。折田はいつもの顰めた眉のまま、真っ直ぐ前を見て運転している。
いつもの顔をしている男が憎くなった。
「僕はこういう雨嵐の日は興奮するんだ」
そう言ってやった。
前を向いていた男が僕の顔を見る。強い風にあおられて車が揺れる。
「一緒に死ぬほど、まだ楽しんでないんだよ、僕は」
折田は前を向いてハンドルを握り直した。
車はいつの間にか山間部を抜けて平地を走っている。やがて先ほどよりは緩やかな山道に出た。
この道を抜ければ戻れる。
車の外は嵐で、ゴウゴウと唸る風が沿道に細い樹木やら、トタンやら、トレーやら、廃材らしきものをばらまいている。
折田はそれらと対向車を器用に避けながら運転していたが、峠を越えたところで言った。
「確か、この近くに温泉とかあったはずだ」
「ドコ?」
地図を頼りに近場の温泉を探し当てて飛び込んだ。
冷えた身体をお風呂で温め、夕飯を取ると他にすることは無い。
並べて敷かれた布団の一つに、二人でなだれ込んだ。
嵐が僕の心の中まで煽る。逞しい男の身体に、手も足も絡み付けて互いを貪り合った。
「すげ、あんた。本当に興奮するのな」
嬉しそうにボソッと呟く声が肩の辺りからする。
大きな手は背後から僕の身体に回されていて、穿かれた身体の中で、折田のものがその存在を誇示するように、ぐいっと僕の身体を突き上げる。
「ああ……」
身を反らせて声を上げる。
吹きすさぶ風と打ちつける雨の音。身体も心も嵐のように燃え上がって、自分の男と一つになる。
互いの欲望を吐き出して一息ついた時、折田がボソッと言った。
「親父んとこに女が居着いてさ。俺、家を借りたんだ。あんた来ねえ」
多分折田との生活は今日の台風のようなものだろう。漠然とそう思いながら、返事をせずに、もう一度、男のたくましい身体に腕を絡めた。
朝からものすごい雨と風の音に、僕は彼が中止するだろうと勝手に決めて、もう一度布団に潜り込んだ。
しかし、彼はいつもの無愛想な顔を煙たそうに顰めたままでやって来た。
携帯でうるさく急かされて、ぐずぐずと待ち合わせ場所に出かける。
「行こう」
「雨だぞ。風だぞ。すごい天気だぞ」
そう言っても別に返事もしないで、僕をいつもの白いワゴンに誘った。
何も言わない力強い腕。ため息を吐いて白いワゴンに乗り込む。
車の中で彼が僕に渡したのは、県内の道路地図とネットで拾ったうどん屋をコピーした用紙だ。仕方がないと用紙をパラパラとめくる。
この頃、彼はうどん屋めぐりに凝っていて、行くときはいつも僕を誘う。穴場のうどん屋を探すのはまるで宝探しをするようで、迷った末にやっと見つけたうどん屋で食べる一杯のうどんは格別だった。
「今日はドコだっけ?」
聞く矢先に彼は車を発進させる。ゴウッと風が吹いて、車体に雨がバラバラと吹き付けた。
台風が来て外は嵐なのだ。何もこんな天気の日に出かけなくてもいいのに。
しかし、降りしきる雨と風の中を白いワゴンはものともせずに突っ走る。まるで隣で運転している男のように。
僕は結局この街に帰ってきて再就職した。小さな会社のプログラマーで、もちろん給料も少ないけれど、親元にいるので出費は少なくてどっちもどっちだ。
隣にいるワゴンを運転している男は折田といって小中学校の同級生だった。今は父親がしている内装工事の仕事を手伝っていて、僕の恋人だ。
いや、僕が勝手にそう思っているだけかもしれない。何しろ折田は無口で無愛想な男で、必要最低限のことくらいしか言わないような奴だから。
車はどんどん隣町に向かう。うどん屋を決めるのは折田、ナビゲーターは僕で、地図を見ながら道を教える。
「あ、そこのコンビニの信号を左に曲がって」
「川があって突き当たりだ」
「そこを左だ」
「何もない」
「向こうに車が止まっているじゃないか。あれが怪しい」
車を止めて見回すと、反対側の道を下ったところに店を見つけた。
ワゴンを降りて雨と風の中をうどん屋へ走る。こんな雨風の日でも来る物好きがいて、店はまずまず繁盛していた。少し並んで、一杯の温かいうどんにありついた後、その店を出る。雨も風もだんだんとひどくなってきたようだ。
「もう帰ろう」
ワゴンに戻って僕はそう言ったが折田は次の店を示した。それは隣県との県境に近い山の中にある店だ。
「ちょっと待てよ。本当に行く気か?」
男は一つ頷いただけで車を走らせる。
「この天気だぞ」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかボソッと答えた男は、どんどん車を山間部に向かって走らせる。
窓の外の風景が田んぼから山になって、風に揉まれる木々を見ながら隣の男をうかがったけれど、相変わらずしかめた目が前方をにらんでいる。
「そこを左に入って」
「こっちか」
やっと着いた山間の集落で目指す店を探したけれど見当たらない。そこらをぐるぐると回って、やっと駐車場らしき場所を見つけた。
しかし車を止めて降りてみると、もう店じまいをしていた。
「すみません。こんな天気なんで」
そうだよな、こんな日に、こんな所まで繰り出してくる酔狂な奴なんて、そうそういない。
「やれやれ、もう帰ろうか」
ため息混じりにワゴンに戻ったが、折田は何を思ったか、車をなんと隣県との県境に向けて発進させた。
「おい、どこまで行くんだよ」
「向こうから回って行こう。いいドライブになる」
こんな日にドライブだと!? 何を考えているんだこの男は。
僕は行く手と、天気と、男の顔を交互に見たが、折田はいつもの顔のままでどんどん車を進める。
やがて県境をまたがるトンネルに着いた。
ここで引き返すかと期待したが甘かった。車はそのまま県境のトンネルに入ってゆく。
トンネルを出て隣県に着くと、もう大嵐だった。
雨が山の上から吹き降ろし、崖下から吹き上げる。大きな木の葉が乱れ飛んでいる。道は深い山間の山腹をうねうねと走っていて、車から見下ろす深い断崖を雨が真横に降っている。見下ろすだけでも恐ろしかった。
「おいっ、怖いよ。スピードを落とせよ」
つい弱気な本音が漏れた。
「あんたと一緒に死んでも、別に俺は文句ないぜ」
男がぼそりと呟くように漏らす。
何と言ったんだ、こいつは……。
何も言えなくて折田の顔を見た。折田はいつもの顰めた眉のまま、真っ直ぐ前を見て運転している。
いつもの顔をしている男が憎くなった。
「僕はこういう雨嵐の日は興奮するんだ」
そう言ってやった。
前を向いていた男が僕の顔を見る。強い風にあおられて車が揺れる。
「一緒に死ぬほど、まだ楽しんでないんだよ、僕は」
折田は前を向いてハンドルを握り直した。
車はいつの間にか山間部を抜けて平地を走っている。やがて先ほどよりは緩やかな山道に出た。
この道を抜ければ戻れる。
車の外は嵐で、ゴウゴウと唸る風が沿道に細い樹木やら、トタンやら、トレーやら、廃材らしきものをばらまいている。
折田はそれらと対向車を器用に避けながら運転していたが、峠を越えたところで言った。
「確か、この近くに温泉とかあったはずだ」
「ドコ?」
地図を頼りに近場の温泉を探し当てて飛び込んだ。
冷えた身体をお風呂で温め、夕飯を取ると他にすることは無い。
並べて敷かれた布団の一つに、二人でなだれ込んだ。
嵐が僕の心の中まで煽る。逞しい男の身体に、手も足も絡み付けて互いを貪り合った。
「すげ、あんた。本当に興奮するのな」
嬉しそうにボソッと呟く声が肩の辺りからする。
大きな手は背後から僕の身体に回されていて、穿かれた身体の中で、折田のものがその存在を誇示するように、ぐいっと僕の身体を突き上げる。
「ああ……」
身を反らせて声を上げる。
吹きすさぶ風と打ちつける雨の音。身体も心も嵐のように燃え上がって、自分の男と一つになる。
互いの欲望を吐き出して一息ついた時、折田がボソッと言った。
「親父んとこに女が居着いてさ。俺、家を借りたんだ。あんた来ねえ」
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