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16 追いかけて来た男(5)

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 翌日、暖斗が学校に行くと、暖斗にとって最も恐ろしいものが待ち構えていた。
「えええっ? もう期末テスト?」

 そう、教室の後ろの掲示板にデカデカと張り出されているのは期末テストの日程表だ。何が怖いってテストほど怖いものはない。暖斗はまだ高校生なのだ。
 義純と結婚してからこっち、まともに勉強した日があっただろうか。
(いや、ない……)
 青くなって日程を写していると東原が「如月君、おはよう。昨日はどうしたんだい?」と呑気そうに聞いてきた。
 その向こうから隣のクラスの葉月が教室に入って来て「暖斗、昨日は来なかったのか? どこか具合でも悪かったのか」と聞いた。

 しかし暖斗はそれどころではなかった。二人をほっちらかして机に噛り付いて教科書を広げた。しかし教科書はまるで見た事も無い他所の国の言葉で書いてあるように思えた。
 授業が始まるとさらに悲惨だった。教師の話は何がなんやらさっぱり分からない。ぐったりと机に突っ伏して誰が話しかけてもまともに相手にならなかった。


 その日帰った暖斗は、教科書を片手に脩二に勉強の事を聞いた。
「試験なんだ。期末テストなんだよ。お前何とかならないか?」
「姐さん、学校を出てから何年もたっている俺に聞かれても……」
 脩二はそう言って逃げた。
「わーーん!! どーしてくれんだよー。俺、落第するー」
 しかし一人で喚いていても仕方が無かった。暖斗はもう一度机に噛り付いて教科書を広げたがやはりチンプンカンプンだった。

 やがて義純が帰って来て、暖斗は早速教科書を持って迎えに行った。
「期末テストなんだ。義さん何でもいいから教えて」
 暖斗が教科書を差し出すと、義純は一目見て「俺に聞くな」と逃げ出した。
「あんた、国立大卒じゃあないのか」
 逃げようとする義純に縋りつく暖斗。
「あほう、とっくの昔に出てるのに教師じゃあるめえし知るかよ。誰かいねえのか」
「学校ならいる。教えてもらってもいいのか?」
「まさか、あのちゃらちゃらした野郎じゃねえだろうな」
 義純の声が幾分低くなる。
「そうだけど」
 暖斗は当たり前のように答えた。
「いかんいかん」
「だったら、あんたが教えてよ」
「分かった。学校はもう諦めな。おめえはここで花嫁修業でもしてろ」
「義さんのバカーー!!」
「うるせえな。分かった分かった。好きなようにしろ」
 言い合いは暖斗の勝利に終わった。


 翌日、早速暖斗は葉月に頼みに行った。
「オイ葉月、教えてくれるか?」
「いいとも暖斗。俺んちに来いよ。徹夜で頑張ろうぜ」
 葉月はチャンスとばかりに暖斗の手を取り、肩を抱くようにして誘った。しかし暖斗の後ろから東原が現れて葉月の手を引き剥がす。
「何だよ、お前は」
 咎める葉月に東原はニヤリと笑って言った。
「あいにく僕も頼まれたのさ。他にも如月君の役に立ちたいと言う奴は大勢いるんだ」
 東原の後ろからぞろりと現れたのは一年生だけではなかった。
「俺たちも如月の役に立ちたいんだ!!」
「すまないなあ、皆」
 暖斗は教科書を手ににっこり笑った。皆がその笑顔にポーとなったのは間違いない。とても罪な笑顔だった。

 義純が家に帰ると迎えに来る人数が一人足りない。
「あいつはどうしたんでえ」
「姐さんはお勉強がはかどっておいでのようだったんで」脩二が申し訳なさそうに言う。
「そうか」
 義純が部屋に覗きに行くと暖斗は机に突っ伏していた。
「おい、風邪引くぞ」と、この頃は非常に甘い義純だったが暖斗はまだ寝ぼけていて小さな声で返事した。
「……ううん……、義さんもっと……」
 義純がどんな顔をしたかは分からない。回りを見回し、やにわに暖斗を抱きかかえて寝室に直行した。

 * * *

 さてそういう訳で最後の頑張りが効いたか暖斗の二学期の成績は見事なものであったそうな。
「お前あれだけの人数に教えてもらってこれっぽっちか? 俺の嫁として恥ずかしくねえか?」
 義純が暖斗の成績表を手に渋い顔をする。
「教えてくれなかったくせに……」
 義純の前に畏まって座った暖斗は上目遣いにボソッと零した。
「何か言ったか?」
「いーえ、別に──」

 * * *

 葉月は張り出された順位表の前で東原に出会った。お互い睨み合ってから目を順位表の方に向ける。何と東原と同点一位だった。東原が眼鏡の奥の目を細めて言う。
「君は中々やりますね」
 葉月も腕を組んだまま東原を斜めに見返して言った。
「お前こそ出来るな」
 二人は睨み合った。好敵手だと思っただろうか。それとも……。


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