逃げるオタク、恋するリア充

桔梗楓

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笹塚浩太のリア充旅行

リア充的北海道ツーリング その4

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 どこからか引かれた水色のホースから山の水が流れてくる。それで丁度良い湯加減になっているのか、温泉の湯は丁度温かく、気持ちよかった。

「北海道行くのになんで水着なんか? と思ったけど、この為だったんだ」
「そういう事。無料温泉で裸になるわけにはいかないからな」

 ホテルで軽く二人の時間を楽しんだ後、ぐったりする由里をバイクに乗せて夜道を走ったのは山の道。
 なだらかな山を登ればそこに、無料温泉がある。ホテルにも温泉はあるけど、野性味あふれる温泉もまた北海道の醍醐味じゃないかな、と思って由里を連れて来たのだ。
 24時間いつでも入れるし、今は夜中で他に人もいない。殆ど貸切状態だ。心身ともにゆったりできる。

「はぁ、いい湯加減だなぁ。北海道の人はいいなぁ、タダで温泉入れて」
「北海道じゃなくても温泉あるトコはこういう所ありそうだけどな。でも、もうちょっと早い時間だと近くの人が入ってるみたいだし、やっぱり羨ましいよな」

 由里は学校や会社で行く旅行以外ではろくな旅行経験がないらしい。家族旅行も数える程度だ。でも温泉自体は好きらしく、彼女はゆったりと身を休めている。

「富良野の何だっけ……ナントカワイン工場。あそこ楽しかったねー。チーズも美味しかったし、ワインも美味しかった」
「うむ、楽しんで貰えたようで何よりだ」
「浩太さんはお酒飲めなくて残念だったけど」

 ふふっと笑う由里にこちらも笑って返す。試飲はできなかったが土産に一本買った。ウチに帰ってからゆっくり飲むつもりだ。……その時はこのツーリングを思い出話に、勿論由里と。

「ツーリングライダーが来るとワイン工場の人が嫌がるから最近はあまり寄らなかったけど、ワインが美味しかったのなら由里を連れて行って良かったよ」
「うん、嬉しかったけど…。嫌がるって、何で?」
「若い奴が時々やらかすんだが。試飲ワインをペットボトルに注いで持って帰ったり、試食チーズをタッパーに詰めてくヤツがいるらしい。俺も人から聞いたクチだがな」
「うえ……それは、ダメだよね。フツウ」
「うん。モラルの問題だな。夏は特にツーリングするヤツが増えて色々あるから俺も常々気をつけないとなって思ってる」

 ちゃぷ、と音を立てて湯を肩にかける。空を見ると「あっ」と声が上がった。そうだ、これを見せたいと思って温泉につれてきたんだった。
 温泉を囲む岩と岩の隙間にゴミだか小石を見つけたのか、そこをジッと見ている由里の肩を軽く掴んで上を見ろと指差す。素直に天を仰いだ由里は「うわぁ」と感嘆の声を上げた。

「きれーい!」
「山の上だからな、ここは。それに街灯なんかもないし」
「ああ、だからなんだね……。すごい。星が一杯すぎて気持ち悪いくらい」

 それは褒めてるのか貶してるのか? まぁ、由里なりの感動の表現なんだろう。
 
 夜空は満天の星空だった。

 山の上だから空気も澄んでるし、余計な照明もない。まさに由里が言う通り、気持ち悪いくらいの星が空で瞬いている。
 月だけがやけに明るく輝いていて、普段は気にも留めない月明かりがこんなに眩いものなのだと教えてくれる。星空もまた、街で見上げるそれとは比べ物にならない。

「こんだけ一杯だと、星座がわからないね」
「ああ、小さい星も光ってるから分かりづらいよな」
「うん。でもキレイ……。ずっと見ていたい位」

 本当に。
 ふとした時に見える美しいものというのは、どうしてこうも魅力的なのだろう。星空なんて毎日でも見れるものなのに、本当はこんなに綺麗なものなんだと解った時、人は感動する。
 これを見せたかったんだ。温泉はおまけ。俺的サプライズなんだけど、由里は喜んでくれたかな?

「あっ、月、満月なんだ」
「みたいだな」
「こんなに眩しいんだ。不思議だねぇ……太陽も眩しいのに、月の眩しさはすごく素敵だなって思える。ロマンチックみたいな?」
「そりゃあ太陽は眩しすぎるから?あとは…やっぱり夜っていうのにロマンがあるのかも」
「そっか。あー、上みすぎて首痛くなってきた」

 いてて、と首を擦る由里。……まぁ、そこまで星空を凝視してくれたなら連れてきたかいがあるというものだろう。良かった。
 俺が綺麗だと思った所、感動した所がまた1つ、由里との思い出に変わっていく。
 そうやって全ての思い出を彼女と共のものにしたい。

 ……などと考える俺は、やっぱり頭が沸いてるのかも。
 園部が今の俺の顔を見たらなんて言うかな。

  低いエンジンを鳴らせながら夜の道を走る。由里は後ろに乗りながら空を見上げているようだった。この綺麗な夜空をいつでも思い出せるように、頭の記憶に刻み込むように。
 うん。思い切って由里をツーリングに誘ってよかった。
 今までは彼女がいてもツーリングだけは1人で気ままに行ってたけど、これからは由里を連れて行ってもいい。

 由里は何でも素直に感動してくれる。綺麗なものを綺麗だと言ってくれる。

 今まで知らなかった世界を一つ一つ見ては感動するように。
 何だろうなぁ、俺も大概変なのかもしれないけど「美しいものを見る」というのはすごく貴重で素晴らしい体験だと思うんだ。
 毎日の生活が忙しくて単調な分、こういった時に人一倍感動して、心を動かしておきたいのかもしれない。

「明日はどこに行く予定なの?」
「阿寒湖に向かう。それからアイヌ村にも寄る予定。そこでまた一泊して、最終日はできたら摩周湖寄って、釧路港かな」
「アイヌ村かぁ、なんか面白そう」
「面白いぞ。雰囲気もあるしな。そこでジンギスカン食べよう」
「ジンギスカン! あれだよね、イノシシだっけ」
「なんでイノシシ……。牡丹鍋と勘違いしてないか?ジンギスカンはヒツジだよ」

 ヒツジか、と呟く由里に笑ってしまう。

「本当はなぁ、牧場とかも連れていきたいし、小樽や網走、函館なんかも見せたいんだが」
「あー……なんかそういう有名所は札幌と富良野だけだね」
「色々連れて行きたい所が多すぎて。ヤギ乳で作るアイスクリームとか美味くてさ。他にも……」

 北海道で連れていきたい所なんてそれこそ腐る程ある。小樽の異国情緒ある倉庫郡や運河。網走、といえば監獄所かな。函館はやっぱり夜景だろう。この星空とはまた違う意味で、あそこも綺麗だ。
 それに一度は連れて行ってみたい、宗谷岬。……ってあそこはホント岬に記念碑っぽいのが立ってるだけで他はなんにもない所なのだが。
 あとは、これは時間がねえと無理かな……利尻や礼文島。ウニが美味いし、あそこの星空も格別で、天気の良い時は衛星まで見えたりする、らしい。俺はまだそこまで見えたことはないけど。
 なんて頭でぐるぐる考えてると、いつの間にか後ろで由里がクスクスと笑っていた。

「そんなに行くトコあって、何回北海道行くつもりなんだよー」

 ……どうやら思っていたことがそのまま口から駄々漏れていたらしい。少し照れくさくなってしまって首の後ろを掻いてみる。

「何度でも行けばいいだろ」

 時間はあるんだから。行ける時期は限られていても、後ろから抱きしめるこの手がなくならない限りは、いつまでも一緒に行ける。
 なくすつもりもないが。

「そうだね」

 かるーく同意してくれる由里の声が嬉しい。

「あっ、明日、ちょっとだけでいいんだけど。富良野ソフトとか食べてみたい。ラベンダー味とかあるんでしょ?」
「あるぞ。じゃあちょっとだけ道の駅寄るか。俺も食べたい。とうもろこし味」
「もろこしソフト!? うう、それもおいしそう」
「シェアしたらいいじゃん。他にも茹でもろこしとか、ふかしたじゃがいもとか、美味いぞー」

 途端に「そんな食えんわ!」と後ろからつっこまれて、そうかな、と首を傾げる。俺が思うに由里は相当小食だと思うんだよな。もっと食わなきゃ体力もたないぞ。
 まぁいいか。由里は食えるだけ食って、残りは俺が食べたらいいんだし。全部食べておこう。

「摩周湖にはな、ジンクスがあるんだぞー」
「ジンクス?」
「霧の摩周湖、と呼ばれるくらいあそこは霧だらけなんだが。時々パーッと晴れてる時があるんだ。でもその時に訪れたカップルは別れるらしい」
「ええっ!? 晴れるなんていい事っぽいのに、まさかの悪い意味!?」
「ははは、そうなんだよなー。でも、晴れた摩周湖は本当に綺麗だから。晴れるといいな」
「ぎぇー! つきあってまだ一年も経ってないのにそんなの嫌だー!」

 ぶんぶんと首を振る由里に俺はジンクス信じない派だからと言って軽く笑った。
 じゃあ言うな! と怒った声を上げてべしっと肩を叩かれる。

  結局アイヌ村で一泊した後訪れた摩周湖はまっ白けの霧だらけだった。
 展望台で「ここが摩周湖だ」と指差した先は文字通りの真っ白で「どれ!?」ときょろきょろし、何も見えないじゃないかーと騒ぎ出す由里にはつい、笑ってしまう。
 でもどこかほっとした表情を見せ、「まぁ晴れてなくてよかったけど…」と呟いたのがとんでもなく可愛いらしくてつい、他にも観光客がいるにも関わらず抱きしめてしまったのだった。
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