旦那様、その『溺愛』は契約内ですか?

桔梗楓

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1巻

1-1





   プロローグ 突然の個人面談


 生活用品の製造・開発を手がける大手メーカー、ハバタキユーズ。都内にある本社開発部で働く私こと、雛田七菜ひなたななは、本日、上司の鷹沢たかざわ部長に呼び出された。
 手狭なミーティングルームで、テーブルを挟んで向かい合わせになっている私達。
 鷹沢部長はノンフレームの眼鏡のブリッジを指で押し上げて、私をにらみ付けた。きらりと冷たく、眼鏡のツルが光る。
 ――うう、怖い。憤怒ふんどの表情をした不動ふどう明王みょうおうかと思うほど、部長はとっても顔が恐ろしくて、にらまれると震えてしまう。
 そんな不動ふどう明王みょうおう……じゃない、鷹沢部長は、机に置いていたノートを広げて、ボールペンのノック部分をカチリと押す。
 真面目で堅物、社内一ストイックだと言われている鷹沢部長は、仕事にまったく妥協をせず、自分にも他人にも厳しい。そのあり方から社内では密かに『鬼侍』と呼ばれていた。
 ハバタキユーズの社長子息という噂もあるのだけど、部長はプライベートをまったく話さないので、わりと謎に包まれた人である。

「雛田さん、急に呼び出してすみません。新プロジェクトに関して、いくつか質問したいことがあります」
「はあ……」

 どうやら怒られ案件ではないらしい。私は内心ホッと安堵あんどした。
 私は新卒でハバタキユーズに入社し、開発部に配属されて以来、開発部部長である鷹沢部長には毎日のようにしかられているのだ。すべては仕事ができない私が悪いのだが、同僚にも先輩にも『鷹沢部長は雛田さんに一際ひときわ厳しいと思う』と言われている。
 間違いなく、どんくさい私を嫌っているのだろう。
 鷹沢部長はスタイルがよくて、肩幅が広くて、ビジネススーツ姿がビシッと決まっていて、おまけに仕事もできる。実に完璧な人だ。もう少し人間味のある性格をしていたら、目に見えてモテていたに違いない。実際、怖くて声をかけづらいけど、密かにあこがれている女性社員は多いと聞いているし、私も入社当時は素敵な人だと思っていた。しかし今ではすっかり嫌われているのがわかって、その憧れも霧散むさんしたのだけど。

「では早速、質問を開始します。現在、雛田さんには恋人がいますか?」
「こいびと!?」

 思いもよらない質問を唐突にされて、私は驚きの声を上げてしまった。
 すると鷹沢部長は『なにか?』と言いたげに、片方の眉を上げた。

「はい。プライベートな質問で申し訳ありませんが、答えてもらえませんか」
「え、はい。……でも、えっ?」

 オロオロと困惑する私だが、鷹沢部長は普段通りの無表情で、淡々としている。
 ――な、なんで恋人がいるとか聞くの? そんなの仕事に関係ある? ないよね?
 でも、新商品の開発に必要な情報なのかもしれない。恋人のいるいないが、新商品にどう関わるのかサッパリ想像つかないけど。

「いません……」

 ボソッと小声で答えると、鷹沢部長はノートにメモを取り始めた。
 ――え、待って。『雛田、恋人なし』とか書くの? 個人的にやめてほしい。だって、なんだか情けなくない? 雛田(二十三歳)恋人なし。って! どうせいないよ! 見栄みえでも『いる』って答えればよかった。どうして素直に答えちゃったんだよ、私。

「では、恋をしている人はいますか?」
「こい!?」

 ふたたび目をいた私に、鷹沢部長は不機嫌そうに目を細めた。こわっ。

「もしや、いるのですか?」
「いやいや、恋なんてそんな……なに言わせるんですか……? い、いませんけど……」

 ボソボソと答えて、また切ない気持ちになる。
 どうせ恋人もいないし、好きな人もいないよ。そして、しばらくは作る気もないよ。
 実は私は男性が苦手なのだ。もっと言うと、鷹沢部長は私的社内の苦手男性ランキングのトップである。
 鷹沢部長は、私の返答に心なしかホッとしたような息を吐き、眼鏡のブリッジを指で押し上げる。

「そうですか」

 ボールペンで、なにやら書き足す。さっきから一体なにを書いているんだろう。『雛田は現在彼氏がいなくて好きな人もいなくて非常に干からびた人物である』とか……? イヤだな、そんな書き方されたら泣いてしまう。
 メモを終えた鷹沢部長は、ボールペンを机に置いた。

「ちなみに、料理はできますか?」
「えっ? ま、まぁ、できますけど、そんなに上手じゃないです」
「なるほど。では、掃除は?」
「……自分の部屋を掃除する程度なら、やっています」
「ふむ、特にこれといって得意というわけではない、ということですか?」

 きらりと眼鏡のフレームを光らせてたずねる。
 ――なんだろう。得意じゃないとダメなのかな? でも、ここで嘘を言うのはよくないよね。

「はい。ずかしながら、そこまで得意ではありません」

 料理はお母さんのごはん作りを手伝う程度だし、掃除だって適当だ。
 すると鷹沢部長は「ふむ」と頷いた。今の頷きには、どういう意味があるのだろうか。

「わかりました。おおむね、問題ありませんね」
「あの、話がまったく見えないんですけど……」
「ぶしつけな質問をしたこと、謝罪します。説明は後日しますので、今日は終了とさせてください」

 ノートを閉じて、鷹沢部長が言う。

「はあ……。ちゃんと説明してもらえるなら、別にいいですけど……」

 戸惑う私の脇を通った鷹沢部長は、すたすたとミーティングルームを去っていった。
 パタンと扉が閉められて、私はグルッとうしろを向く。

「い、一体なんだったの?」

 彼氏がいるのかとか、好きな人はいるのかだとか、家事ができるかどうかとか。どう考えても仕事にまったく関係ないよね。

「……はっ、ま、まさか、セクハラ?」

 口に出してから、首を横に振る。
 いやいや、あの鷹沢部長に限ってセクハラなんてありえない。はがねの男だよ? ストイックさ社内ナンバーワンの鬼侍だよ?

「新プロジェクトに関する質問って言っていたし、きっと新商品のアンケートだったんだよ。独身女性をターゲットにした商品開発とか、きっとそんな感じなんだ、うん」

 無理矢理理由をつけて、自分を納得させる。そして私もミーティングルームを後にして、仕事に戻った。



   幕間 開発部の井戸端いどばた会議


 さて、俺はハバタキユーズ開発部のエース、木村きむらと申す。開発部に配属されて五年。鷹沢部長に次ぐ古株だ。

「木村~! あんたまた企画書の項目間違えてるよ! 一体何年ここで働いてるのよ。後輩のあたしのほうが企画書の作成わかってるって問題じゃない?」

 ベシベシと俺の頭に書類をたたきつける女は、可愛い顔をして生意気な後輩、古式こしきである。
 大先輩エースに対し、なんという態度を取るのだ、この後輩は。だがしかしエースというのは俺の自称だから、うやまわれなくても仕方ない。そのうち鷹沢部長をぎゃふんと言わせてエースになる予定なのである。

「そういえば鷹沢部長、雛田ちゃん連れてどっかいっちゃったけど、またお小言かな~」

 思い出したように古式がミーティングルームへと続くオフィスの扉を見つめる。
 俺も頭にのせられた企画書を受け取りつつ、ドアを見つめた。

「ああ、雛田ね。あいつは本当に不憫ふびんだよな、鷹沢部長に目ェ付けられてさ」
「あの子は総務部のほうが向いてそうなのに、なぜだか我が社の地獄に落とされちゃったからねえ」
「おのれの部署を地獄とか言うなよ」

 俺がツッコミを入れると、隣でキーボードを叩いていた同僚がグルッと振り向く。

「いや、まさにここは地獄の部署さ。その証拠に、鬼の侍が部長じゃないか」

 ハッハッハとほがらかに笑う同僚のひたいには、貼り付けるタイプの保冷剤がくっついている。彼は今、作成中の企画が大詰めに入っているので、修羅しゅらごとく仕事をしているのだ。

「雛田は頑張っているって、開発部の皆が思ってるよ」
「努力家だしね。だからこそ可愛いんだけど……鷹沢部長にはまだ頑張り不足に思えるのかなあ」

 古式が心配そうな顔をしている。
 そうだ。雛田はよくやっていると思う。エース(予定)の俺が言うのだから間違いない。だが、鷹沢部長は、雛田が入社した初日から厳しかった。そして現在も、鷹沢部長の雛田に対する態度は一際ひときわ冷たい。
 言われた仕事を成し遂げても、称賛は一切なく新たな仕事が与えられるだけで、少しでも手間取っていると注意が飛ぶ。
 鷹沢部長は冷徹な上司だが、決して無情ではない。部下の使い方を熟知している人だから、褒める時はちゃんと褒めるし、部下の実力も認めている。
 それなのになぜか、雛田に対しては一貫して厳しいのだ。

「いい子なのに、なにが気に食わないのかなあ」
「今頃、ぼろくそに言われてるのかねえ」
「開発部やめたいって言い出さないといいけど……。ほんと、鬼侍も加減しろよなあ」

 俺達が輪になって話していると、唐突にガチャリとオフィスの扉が開いた。
 現れたのは、鬼侍こと、鷹沢部長。相変わらずのしかめつらで、整った相貌そうぼうは岩石のように硬くいかめしい。
 鷹沢部長は、こちらをジロッとにらんだ。

「皆さんで集まって、なにか問題でも起きましたか」
「あっ、いいえ! なんでもないです!」

 俺達は立ち上がり、ビシッと手をひたいに当てて敬礼した。まるで軍隊であるが、まさしく開発部は日々を戦う戦士の集まりである。研究費について常に文句を言う経理部と、素人のくせに開発商品へのダメ出しは一人前な営業部と戦う武士もののふである。
 様々な部署の板挟みになっているのに、鬼侍と呼ばれる鷹沢部長はいつだって動じない。毎日淡々と仕事をして、的確な指示を飛ばし、経理部を黙らせ、営業部には商品理解のための勉強会をこまめにおこなう。
 恐ろしく仕事ができる上司なので頼りがいがあるものの、鷹沢部長のにらみ顔はめちゃくちゃ迫力がある。せっかく顔がいいのにもったいないなと思うほど、部長からにじみ出るてついたオーラが怖い。実は社長子息って噂も聞くけど、勇気が出なくて誰も聞けずにいる。
 こんな人とふたりきりになって、徹底的に絞られた雛田は、さぞかし恐怖しただろう。
 案の定、鷹沢部長から少し遅れる形でオフィスに戻った雛田は、疲れた顔をしていた。
 よっぽど怒られたに違いない。

「可哀想に……。後でチョコレートでも差し入れしてあげよっと」

 古式がそう呟いて、自分のデスクに戻っていく。
 俺も、缶コーヒーをおごってやろうと思った。思わず開発部全員が同情してしまうほど、鷹沢部長の雛田へのスパルタ教育ぶりは有名なのだ。



   第一章 仰天ぎょうてんのワークミッション


 ――私は、仰天ぎょうてんした。まさかこんな事態になってしまうなんて、誰が想像しただろう。
 鷹沢部長との奇妙な面談の翌日。なんと私は新商品開発プロジェクトの総合アシスタントに指名されたのだ。
 朝一番の朝礼の時、鷹沢部長はいつも通りの仏頂面ぶっちょうづらで、ノンフレームの眼鏡のツルを、軽く指で摘まんで位置を正した。

「今挙げたメンバーが今期のプロジェクトの主軸ですが、新商品の開発は部全体の協力が不可欠です。皆で支え合い、開発部一丸となって頑張りましょう。それでは仕事に戻ってください。プロジェクトメンバーは私のデスクに集合するように」

 鷹沢部長の号令で、開発部の皆はわらわらと自分のデスクに戻り、そして名を挙げられたメンバーは部長のデスク前に集合する。私もおそるおそる近づき、はしに立った。
 ――うわあ、錚々そうそうたるメンバーだ。私を含めて全員で五人。もちろん全員先輩で、これまでに何度もヒット商品をたたき出したベテラン揃い。それに比べて私は、まだ入社二年目の新人で、しかも通常業務は雑務全般。いきなりこんなプロジェクトに入れるような人材じゃない。
 ――悪目立ちしてないかな。どうして私が、このメンバーに入っているんだろう。
 所在なくオドオドしていると、鷹沢部長が咳払いをした。

「企画概要はこれから社内メールで送ります。来週頭にミーティングをおこないますので、皆さんには企画書の作成をお願いします」

 いつもの調子で、流れるように説明をしているけれど、私は驚愕きょうがくのあまり、口をぽかんと開けていた。
 だって、来週頭って、土日挟んでもあと四日しかないじゃない! それまでに企画書を作れって言われても、私、企画書なんて作成したことない!
 どうしたらいいんだろう。先輩に聞けということなのかな。忙しいのに、聞いて大丈夫なのかな。そもそも『総合アシスタント』ってなに!? どんな仕事なの?
 頭の中がグルグルする中、先輩達は冷静な顔つきで鷹沢部長に質問をしている。

「前回の企画時に問題視された製造部との連携は?」
「社内チャットの確認を徹底するよう、向こうの部長と話をつけました。こちらもそのつもりで、意思疎通を心がけてください」
「上層部へのプレゼンはいつ頃の予定ですか?」
「遅くても二ヶ月後の予定です。半年後には製造ラインにのせたいですね」

 次々と話が進んでいくけど、私はまったくついていけない。
 いや! ここで空気に呑まれて黙っていたら、なんのためのプロジェクトメンバーなのだ。
 私だって、ちゃんと役に立たなきゃ。
 とりあえず私も質問してみよう。

「はいっ!」

 ビシッと手を挙げた。先輩達と鷹沢部長が、同時に私を見つめる。
 ――ひぇ……怖い。新人がしゃしゃり出るんじゃないよとか思われたらどうしよう。

「あ、あの、その……私が指名された、総合アシスタントって、具体的になにをやるんでしょうか……」

 おびえながらたずねる私に、鷹沢部長は「ああ」と思い出したような顔をした。

「これから説明します。概要にも書いておきましたが、総合アシスタントは今回が初めてのこころみです。他に質問がなければ、皆さんは企画書の作成を。雛田さんは私と一緒に来てください」

 そう言って、鷹沢部長はすたすたとフロアから出ていった。先輩達は各々おのおのデスクに戻り、早速仕事をし始める。
 ――うう、説明ってなんなの? もしかして、前にミーティングルームでされた奇妙な質問の答えがあるのかな。
 メモ帳とペンをポケットに突っ込んでから私もフロアを出ると、エレベーターの前に鷹沢部長が立っていた。

「部長、どこに行くんですか?」
「会社の外です。車を使いますが、十分もあれば到着します」

 ――え、車……? 戸惑う私を連れて、鷹沢部長は社員専用の駐車場に向かった。そして黒い車の前に立ち、ピ、と電子音を鳴らしてドアロックを解錠する。
 助手席のドアを開け、私に顔を向けた。

「乗ってください」
「は、はあ……」

 仕事中なのに、いいのかな。いや、これから『総合アシスタント』の仕事内容が説明されるんだから、これも業務の一環なのか。
 それにしても、変なの。どうして私だけ移動するんだろう?
 戸惑いはあるが、助手席に乗る。
 ところで、この車って、やっぱり鷹沢部長の自家用車なのかな。そこはかとなく高級感にあふれた内装だし、上品なオーデコロンの香りがする。
 うーん、やっぱり、社長子息って噂は本当なのかも。
 鷹沢部長は運転席に座るとシートベルトを留めて、車を運転し始めた。

「説明不足なのは重々承知しているのですが、実際に現物を見ながら話をしたいんです。不安にさせていたら、すみません」

 問答無用で私を連れてきたことを、少しは悪いと思っているらしい。
 誠実な人だよね。私は「いいえ」と言って、首を横に振った。

「後でちゃんと説明してもらえるなら、大丈夫です」
「ある程度の概要はプロジェクトのメンバーにも伝えてありますが、雛田さんに任せたい仕事はかなり特殊なものなので、誰でもできる、とは言いがたいんです」
「そうですか。……そんなすごい仕事、私にできるのかなって、心配ですけど」

 一体どんな仕事を任されるんだろう。ドキドキしながら言うと、鷹沢部長は車を運転しながら、目を伏せた。

「雛田さんは目の前にある仕事を懸命にこなす方ですから、きっと仕事自体はうまくやってくれるだろうと思います」

 思わず私は目を丸くして、運転席に座る部長を見た。
 だって、こんな風に褒められるなんて初めてだ。いつだって私は鷹沢部長にしかられて、仕事のミスを注意されていたから。

「ありがとうございます。わ、私、いつまでも仕事が満足にできなくて、きっと部長にあきれられてると思っていたから、嬉しいです」
「……私が、あなたにあきれる?」

 ぽつ、と鷹沢部長が呟いた。そしてなぜか、不機嫌そうに顔をしかめる。

「鷹沢部長?」
「そんなことはありえません。むしろ……」

 ハンドルを握りながら呟く鷹沢部長は、ゆるやかに道路をカーブして、ブレーキを踏んだ。

「話の途中ですが、到着しました」
「あっ、はい」

 なにを言いかけていたんだろう。頭のはしで考えつつ、私は慌ててシートベルトを外した。
 助手席を降りて、目の前に建つ建物を眺める。

「おうち?」

 首を傾げた。鷹沢部長が車を停めたガレージの傍にある建物は、紛れもなく住居だった。
 きょろきょろとあたりを見回すと、どうやらここは都内にある住宅地――それも『高級』がつくような場所で、周りの住宅はどれも敷地が広く、立派な建物が多かった。
 庭には青々と茂る芝生が広がっていて、白を基調とした住居は建ててから日が浅いのか、とても綺麗きれいに見える。

「ここは鷹沢家が所有する土地のひとつです」
「鷹沢家……?」

 首を傾げる。部長の苗字は確かに『鷹沢』だけど。

「はい。最近私が買い取ったので、今は私個人の所有物件になっていますけどね」
「な、なるほど。……え、買い取った?」

 待って。高級住宅地で、こんなに敷地の広い建物を、あっさり買い取ったとか言ったの? 一体どれだけ稼いでいるの!? 私のお給料なんて、実家に生活費を入れるだけでカツカツだというのに。いや、手がけている仕事内容がまったく違うから、比べても意味がないのだけど。
 鷹沢部長はドアの錠を外し、真新しい玄関扉をガチャリと開けた。

「どうぞ。ここが、あなたの職場になります」
「え、私の……職場?」

 目を丸くした後、おずおずと家の中に入る。ふわんと鼻孔びこうをくすぐるのは、新しい住宅ならではの、みずみずしい木の匂い。

「あなたに仕事を任せるために、新しく家を建てたんです」
「へー、建てた……。建てた!?」

 ぎょっとして、鷹沢部長に顔を向けた。
 彼は『なにか?』と不思議そうな顔をする。
 ――い、いや、ここが私の職場、というのもちょっと意味がわからないけど、そのために家を建てたって。家って、そんな軽くポーンって建てられるものなの? なんかこう、金銭的なものが大変なことになるんじゃないの? 住宅ローンを組むとか。でもこの軽い言い方からして、鷹沢部長がローンで家を建てたとは思えない。恐らく、キャッシュでポンなのだろう。
 わあ……結構、引くなあ……
 部長と私との間に、ものすごいへだたりがある。主に、金銭感覚的な意味合いで。

「玄関の奥がリビングです。そこにあるものを見れば、雛田さんにしていただく仕事がわかると思います」

 鷹沢部長が、私の前にスリッパを置きながら言う。私は玄関におっかなびっくり上がり、スリッパに足を入れた。

「リビングって、ここですか?」

 広い玄関ホールの正面にある、観音かんのん開きになったりガラスのドア。鷹沢部長は頷いてから扉を開け、私をリビングの中に招き入れてくれる。
 そこは、想像していたよりもずっと広くて、お洒落な部屋だった。
 日当たりのよい南側はすべて窓になっていて、さわやかな初夏の日差しが入り込んでいる。窓の向こうは芝生で、ガレージ側からは見えなかったけど、庭の奥にはバーベキューなどが楽しめそうな野外コンロが置かれていた。
 リビングダイニングは大きなワンフロアになっていて、赤色のパネルが鮮やかなアイランドキッチンが見える。そして、近くには白色のダイニングテーブルや、ふかふかしたソファ。天井は吹き抜けで、茶色の羽根をくるくると回す、大きなシーリングファンライトが設置されていた。

「素敵なお部屋ですね……」

 感心した呟きを零しつつ、ふと、壁にかけてあるスティック型のコードレス掃除機に目がいった。
 ――あれ、この掃除機……

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