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1.セフレになってください!
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日の落ちた静かな夜道。そこは人通りの少ない、暗い細道。
コツ、コツ、コツ。
男は革靴の踵を鳴らして、帰路をたどっていた。彼の先には静寂に包まれた住宅地が広がっている。
カツ、カツ、カツ。
そんな男の少し後ろで、女――山吹真夜がローファーの踵を鳴らして歩いていた。
しばし鳴り続ける、二つの靴音。するとその時、男が足を止めた。
「ねぇ、何なの。もしかして君は俺のストーカーなの?」
ガタンガタン、ゴトンゴトン。
男が立ち止まった場所は丁度電車の高架下。耳に響く鉄道音はほどなく遠くなり、夜の静けさが再び訪れる。
ぽつんと立つ、防犯灯つき電柱。その陰に隠れていた真夜は、おずおずと顔を出した。
ごくりと生唾を飲み込む。グレイのビジネススーツのボタンを握りしめ、覚悟した。
「す、すみません。あの、ストーカーのつもりはないです」
「よかった。会話をする気はあるんだね」
男は少しだけホッとした顔をする。そして、面白がるような目で真夜を見た。
「君はここ数日、ずっと会社から駅まで俺の後ついてきてたでしょ。一般的に見ればストーカーの類だと思うよ?」
「そ、そう言われたら……そうですよね。すみません」
真夜は、電柱の陰からぺこりと頭を下げた。
よく考えなくても自分の行動は怪しさ大爆発だった。これでは警戒するのも当たり前だ。
しかし、男は軽く笑うだけで、真夜の行動をとがめはしない。
「まぁ、ちゃんと会話する気はあるようだし、別にいいよ。でも、言いたい事があるなら言いなよ。君だってこのままを続ける気はないんでしょ?」
「は、はい、もちろんです」
ずっと機会をうかがっていたのだ。決してストーカーがしたかったわけではない。何というか、タイミングを掴みあぐねていたのだ。
しかし、これが好機でなくていつ好機がくるのか。
今言わなくてはと、真夜は両手をぐぐっと握りしめた。目にかけていた黒ふちの眼鏡がカクッとずれる。
「あっあの、私、山吹真夜っていいます!お、同じ会社の、秘書課で働いておりますです!」
「秘書のくせに変な敬語。うん、それで?」
「望月さん。あなたのことは存じています。そっ、それでですね、わっ、私と……」
かぁっと紅潮する頬。恥ずかしさここに極まれりだ。しかし、言わなければ!
真夜は目をつむって、大声で言い放った。
「私とセフレになってくださいっ! お願いします!」
「……は?」
ガタンガタン、ゴトンゴトン。
次の電車が走リ去る。頭上で響く鉄道音が過ぎ去るのを待ちつつ、男――望月はゆっくりと目を閉じた。そしてぱちくりと目を見開く。
「セフレ?」
「はい……」
とんでもなく恥ずかしいことを言っている自覚はしている。顔はきっと真っ赤だろう。
「うーん。その表情で恋の告白ならともかく、まさかセフレになってくれと言われるとはね。さすがに予想外っていうか……えっと、ようするに、セックスフレンドってことだよね?」
「そうです」
「彼女になりたい、ってわけじゃないの?」
「はい。彼女じゃだめなんです」
「何が駄目なのかよくわからないけど……」
望月はかしかしと頭を掻いて、真夜を興味深そうに眺めた。
「ふぅん……。一応、事情を聞かせてもらえる? 立ち話も何だからどこかお店行こう」
「いいえ! ここ、ここで結構ですから」
「俺が嫌なの。立ち話で済む話でもないでしょ? セフレになってくれだなんて、ちゃんと話しなきゃ頷くものも頷けないよ」
「うっ、確かにそうですよね。わかりました。すみません……」
しょんぼりして謝った。こんな破廉恥の極みみたいな提案をして、ドン引きして怒らない彼は、想像していたよりもずっと心が広い男性なのかもしれない。
「とてもじゃないけど、君って、性に奔放という感じはしないよね。どちらかというとセオリーに則った堅い付き合いをしている方がよっぽど似合いそうな女性に見えるけど。それなのに、どうしてセフレを希望するのかなって。その事情から聞かせてもらえる?」
望月が向かった先は24時間営業のファストフード店。
大人しくついて行った真夜は「はい」と大人しく頷いた。
彼が言うとおり、自分はどちらかといえば奥手な人間だと言えるだろう。服装だって地味一徹のリクルートスーツ姿だし、髪も飾り気のない真っ黒の髪を後ろでひっつめてバレッタで留めているだけ。
見た目だけでいえば、大人しいの典型みたいで、実際に、セフレを作りたいなんて今まで思った事は無かった。
そう、今までは――。
コツ、コツ、コツ。
男は革靴の踵を鳴らして、帰路をたどっていた。彼の先には静寂に包まれた住宅地が広がっている。
カツ、カツ、カツ。
そんな男の少し後ろで、女――山吹真夜がローファーの踵を鳴らして歩いていた。
しばし鳴り続ける、二つの靴音。するとその時、男が足を止めた。
「ねぇ、何なの。もしかして君は俺のストーカーなの?」
ガタンガタン、ゴトンゴトン。
男が立ち止まった場所は丁度電車の高架下。耳に響く鉄道音はほどなく遠くなり、夜の静けさが再び訪れる。
ぽつんと立つ、防犯灯つき電柱。その陰に隠れていた真夜は、おずおずと顔を出した。
ごくりと生唾を飲み込む。グレイのビジネススーツのボタンを握りしめ、覚悟した。
「す、すみません。あの、ストーカーのつもりはないです」
「よかった。会話をする気はあるんだね」
男は少しだけホッとした顔をする。そして、面白がるような目で真夜を見た。
「君はここ数日、ずっと会社から駅まで俺の後ついてきてたでしょ。一般的に見ればストーカーの類だと思うよ?」
「そ、そう言われたら……そうですよね。すみません」
真夜は、電柱の陰からぺこりと頭を下げた。
よく考えなくても自分の行動は怪しさ大爆発だった。これでは警戒するのも当たり前だ。
しかし、男は軽く笑うだけで、真夜の行動をとがめはしない。
「まぁ、ちゃんと会話する気はあるようだし、別にいいよ。でも、言いたい事があるなら言いなよ。君だってこのままを続ける気はないんでしょ?」
「は、はい、もちろんです」
ずっと機会をうかがっていたのだ。決してストーカーがしたかったわけではない。何というか、タイミングを掴みあぐねていたのだ。
しかし、これが好機でなくていつ好機がくるのか。
今言わなくてはと、真夜は両手をぐぐっと握りしめた。目にかけていた黒ふちの眼鏡がカクッとずれる。
「あっあの、私、山吹真夜っていいます!お、同じ会社の、秘書課で働いておりますです!」
「秘書のくせに変な敬語。うん、それで?」
「望月さん。あなたのことは存じています。そっ、それでですね、わっ、私と……」
かぁっと紅潮する頬。恥ずかしさここに極まれりだ。しかし、言わなければ!
真夜は目をつむって、大声で言い放った。
「私とセフレになってくださいっ! お願いします!」
「……は?」
ガタンガタン、ゴトンゴトン。
次の電車が走リ去る。頭上で響く鉄道音が過ぎ去るのを待ちつつ、男――望月はゆっくりと目を閉じた。そしてぱちくりと目を見開く。
「セフレ?」
「はい……」
とんでもなく恥ずかしいことを言っている自覚はしている。顔はきっと真っ赤だろう。
「うーん。その表情で恋の告白ならともかく、まさかセフレになってくれと言われるとはね。さすがに予想外っていうか……えっと、ようするに、セックスフレンドってことだよね?」
「そうです」
「彼女になりたい、ってわけじゃないの?」
「はい。彼女じゃだめなんです」
「何が駄目なのかよくわからないけど……」
望月はかしかしと頭を掻いて、真夜を興味深そうに眺めた。
「ふぅん……。一応、事情を聞かせてもらえる? 立ち話も何だからどこかお店行こう」
「いいえ! ここ、ここで結構ですから」
「俺が嫌なの。立ち話で済む話でもないでしょ? セフレになってくれだなんて、ちゃんと話しなきゃ頷くものも頷けないよ」
「うっ、確かにそうですよね。わかりました。すみません……」
しょんぼりして謝った。こんな破廉恥の極みみたいな提案をして、ドン引きして怒らない彼は、想像していたよりもずっと心が広い男性なのかもしれない。
「とてもじゃないけど、君って、性に奔放という感じはしないよね。どちらかというとセオリーに則った堅い付き合いをしている方がよっぽど似合いそうな女性に見えるけど。それなのに、どうしてセフレを希望するのかなって。その事情から聞かせてもらえる?」
望月が向かった先は24時間営業のファストフード店。
大人しくついて行った真夜は「はい」と大人しく頷いた。
彼が言うとおり、自分はどちらかといえば奥手な人間だと言えるだろう。服装だって地味一徹のリクルートスーツ姿だし、髪も飾り気のない真っ黒の髪を後ろでひっつめてバレッタで留めているだけ。
見た目だけでいえば、大人しいの典型みたいで、実際に、セフレを作りたいなんて今まで思った事は無かった。
そう、今までは――。
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