訳あって、溺愛ヤクザの嫁になりました。

桔梗楓

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1巻

1-1

   プロローグ


「椿、あの約束を、覚えているか」

 父は、殺しても死なないと思っていた。
 憎まれっ子世にはばかるという言葉があるように、世間様から後ろ指をさされ、み嫌われている彼は長生きするだろうと。
 もしかすると、私――北城椿ほうじょうつばきよりも生きるのではないかと。
 そんな根拠のない思いは、今日この日、水の泡のように消え失せる。

「覚えているよ」

 涙声で答える。これが最期さいごの会話なのだと、悲しくも直感した。

「どうか、あの約束だけは……守ってほしい。俺の、気持ちを受け取ってくれ」

 私は父の手をぎゅっと握りしめる。骨と皮だけで、力のない弱々しい手。
 あんなにも元気で、力強くて、ちょっとは加減してほしいと思うくらいだったのに。

「大丈夫。絶対に――お父さんの意志は、守るから」

 そう言うと、父は安心したように目を閉じた。
 消毒液の匂いがする豪華な病室。沈痛な面持おももちのお医者さん。
 窓の向こうは、昼だというのに雲がかかって薄暗かった。二月の初め――雪が音もなくちらちらと降っている。
 死に顔は安らかだった。こんな顔もできるんだって驚くくらい穏やかで、別人みたいだった。
 だからだろうか――。私は、父の死をの当たりにしても、あまり悲しいとは感じなかった。むしろ、ようやく苦しみから解放されたんだなって、安堵に似た気持ちをいだいた。
 父はいわゆるヤクザだった。関東一の規模を持つ反社会団体『神威かむい会』の二次団体、北城組の組長という肩書きを持っていた。
 私がじっと父の死に顔を眺めていると、病室の扉がバンと開く。

「親父!」

 血相を変えて飛び込んできたのは、真澄ますみさん。
 いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたとひと目で分かるほどのいかつい顔に、筋骨隆々の大柄な姿。ビジネススーツが今にもはじけそうなほどパツパツで、まるでクマのような人だ。彼は北城組の若頭で、組織内では実質ナンバー二。次の組長の座に最も近い人でもある。

「間に合いませんでしたか……」

 真澄さんの後から入ってきたのは、柄本つかもとさん。真澄さんとは対極の、スマートな男性だ。シャープなメガネが似合っていて、理知的な雰囲気をかもし出している。
 彼は北城組の顧問で、神威会の若中わかなかでもある。そして柄本組の組長だ。元弁護士で、法律にとても詳しい。父がよく頼りにしていたご意見役だった。
 二人は父の死に顔を見つめ、辛そうにため息をつく。

「て、手を尽くしたのですが」

 同席していたお医者さんが下を向いて、心苦しそうに言った。
 面と向かって教えたわけではないけれど、父がヤクザということに薄々気づいていたらしい。真澄さんや柄本さんから恫喝どうかつされないか、怯えている感じがした。
 しかし二人とも、怒る事はない。

「いや、先生は頑張って下さった。最期さいごは身体が痛まないよう、処置してくれはったんやろ」

 真澄さんは関西出身で、いまだに関西弁が抜けない。彼の言葉に、お医者さんはちょっとホッとした感じで「そうですね」と頷いた。
 父は、重病を抱えていた。
 それが発覚した時には全てが手遅れで、私も真澄さんも柄本さんも、口には出さずとも心のどこかで覚悟していた。
 ただ、入院してからも父は相変わらず元気でうるさく、豪快な口調も変わらなかった。もしかすると父ならアッサリ完治して退院してしまうかもと、根拠のない希望を持ってしまうほどだった。昔から生命力にあふれていた彼なら、それこそ『殺しても死なない』のではないかと――
 しかし、永久とわの眠りについた父を眺めていると、彼は特別でもなんでもない普通の人だったんだなと思う。ただ、すごく元気な性格だっただけで。
 ――二日後、とあるお寺で、しめやかに葬儀がり行われた。
 神威会の会長や執行部が出席するほどの、大がかりなお葬式だ。
 黒い紋付き袴の組員が列を成す中、高名なお坊さんがお経を唱える。ぽくぽくと木魚を叩く音が鳴り響く。
 その音を聴きながら、私はまだ心のどこかで、あのひつぎからひょっこりと父が顔を出すんじゃないかと、そんなありもしない妄想をしてしまっていた。
 でも、火葬場に移動して、最後のお別れをするために、父のひつぎに花を添える時――、手の甲がそっと父の頬に触れた。
 びっくりするほど、冷たかった。
 人間ってこんなに冷たくなるんだって思うくらい、氷みたいだった。
 その時、私はようやくすべての現実を受け入れた。まるで夢からめたみたいだった。
 父は死んだ。私の唯一の親が死んだ。そう思ったら、勝手に涙がこぼれ出た。
 病室で亡くなったばかりの父を見た時も、葬式の準備をしている最中も、一粒も涙をこぼさなかったのに、今は蛇口が壊れたように止まらなかった。

「お父……さん、お父さん!」

 こんな失態を見せてはいけないのに。北城組の組長の一人娘として毅然きぜんとした態度を取らなくちゃいけないのに。冷たくなった父にすがりついて泣く自分を止められなかった。

「お嬢……」

 柄本さんが私の肩にそっと触れる。私に感化されたのか、北城組の組員の何人かが嗚咽おえつを上げた。
 刻限になり、父のひつぎが火葬される。
 待機時間、私は会場の隅に座り込んで泣いていた。そんな私のそばには柄本さんがいて、私に温かい飲み物や甘いお菓子をすすめてくれた。
 柄本さんは、十年前に北城組の顧問として屋敷に出入りし始めた頃からずっと親切で、優しい人だった。真澄さんはそんな彼を見ては「お嬢を甘やかすな」と苦言をていしていたけど。
 私にとって柄本さんは優しい人、真澄さんは怖い人。そして父は対極にいる二人を豪快に受け入れて笑う事ができる、すごい人だった。



   第一章


 お葬式の次の日、私が父の寝室で洋服や本などを整理していると、ノックもなしに真澄さんが入ってきた。

「お嬢、ここにいたか。ちょい話がある」
「うん。……何?」

 なんとなく話の内容は察しがついたけど、私はあえて問いかけた。

「北城組の跡目、俺が継ぐ事にした」
「ふうん。幹部で話し合って決めたの?」
「跡目は序列で決まるもんやろ。話し合いなんか必要ないわ」

 私はこれ見よがしにため息をついた。

「あのねえ真澄さん。そんなやり方で、組員がついてきてくれるわけないでしょう?」

 整理を中断して立ち上がると、ぱっぱとジーンズについた埃を払った。

「そうやって何でもかんでも自分勝手に決めてしまうから、余計な反発が生まれるのよ。実際、あなたが組長になるのは嫌だって不満の声も届いているんだからね」
「あいつら俺に直接言えばええのに、何でいちいちお嬢にチクるんや」

 真澄さんが渋面を浮かべる。
 そりゃ、真澄さんにそんな事を言ったら最後、徹底的に鉄拳制裁が行われるからに決まっている。大柄でクマみたいな彼は、その体格に見合うだけの腕力を持っているのだ。北城組の荒事はほぼ間違いなく真澄さんが関わっている。北城組を含めた多くの組織を束ねる神威会ですら、真澄さんには一目いちもく置いていると噂されているほどの武闘派ヤクザなのだ。
 顔は怖いし、態度も悪い。そんな人だから、私は子供の頃から彼が苦手だった。いつも父の後ろに隠れていたものだ。でも、さすがに二十二歳になった今では、面と向かってしっかり意見も言えるようになった。
 心身共に、私も強くなったという事だ。

「せめて会議はしたほうがいいんじゃない。一方的に『俺が組長だ!』なんて言い出したら、他の幹部もいい顔はしないでしょう」
「そんなん知るか。組で一番強い奴が組長になればええんや。文句があるならいつでも受け付けたる」

 パキポキと指を鳴らして早くも臨戦態勢。粗野で喧嘩っ早くて、凶暴な獣みたいだ。
 お父さんはよくこんな人を飼い慣らしていたなあと感心してしまう。

「そうやってすぐ腕力に頼ろうとするところも、反発を生んでいるのよ」

 まったくもう、と私は腰に手を当てた。すると真澄さんは呆れたように私を見下ろす。

「あんなあ、俺らはヤクザやで。金を稼ぐにはアタマも必要やけど、基本的に大事なんは誰が一番強いか、やろ。大体お嬢は組の事に口出しすぎや。女は黙って引っ込んどくもんやろ」
「む……っ」

 さすがにムカッとして真澄さんをにらみ付ける。
 彼は徹頭徹尾この態度だ。女というだけで私を見下みくだし、すぐに蚊帳かやの外へ出そうとする。
 計算事が得意な組員が少ないせいで、私が北城組の経理を担当しているのに。言っておくけど、私は北城組の財政事情に関しては真澄さんより詳しいんだぞ。悔しかったら私より計算の早い組員でもつくろって来いというのだ。

「でも、そうやな……そろそろ潮時でもある」
「潮時?」
「親父は死んだ。これで、お嬢の保護者はこの屋敷に一人もおらん。つまり、お嬢がここにおる理由はもうないっちゅう事や」

 私は目を見開いた。つまり、真澄さんは……

「私を追い出して、北城組を乗っ取るつもり?」

 北城の名がつく者をすべて排除して、自分の組にしてしまうつもりなのか。もしかしたら、組名も変えるつもりなのかもしれない。
 すると真澄さんはニヤッと口の端を上げた。彼の笑みはとても凶悪だ。

「お嬢を追い出さんでも、北城組はもう俺のもんや。それに本来は、お嬢と北城組はなんの関わりもない。親父とお嬢は血が繋がってへんのやからな」

 ……それは、一番言われたくない言葉だった。
 私は父と血が繋がっていない。養女なのだ。赤ん坊のころ、父がどこぞで私を拾ったらしくて、本当の親が誰なのかはさっぱり分からない。
 まあ、ヤクザな父が拾った子供だ。ろくでもない場所で拾われた可能性は非常に高い。だからといって、本当の親を知りたくないわけではないけれど、それでも私にとっての『父親』はまぎれもなく、私を育ててくれた父だ。
 でも裏を返せば、父の存在だけが私と北城の縁を繋いでいるということでもあった。

「お嬢の保護者はもうこの世におらん。北城組とお嬢は他人も同然。つまり、いつまでもこの屋敷にいてええ存在やない。せやろ?」
「…………」

 私は何も言い返せず、黙り込んでしまう。
 ムカつくけど、真澄さんの言う事は正しかった。父という後ろ盾をなくした今、この屋敷に私が住み続ける理由はない。情の厚い組員……たとえば柄本さんなら、父がいなくても構わないと、優しい言葉をかけてくれそうだけど。

「何も着の身着のまま無一文で叩き出すつもりはない。親父には世話になったし、俺自身お嬢が憎いわけでもない。というか、普通に幸せになれくらいは思うとる」

 真澄さんが鷹揚おうように腕を組んだ。

「せやから、それなりに稼いでる男をつくろったる。つまり俺が言いたいのは、とっとと嫁に行けっちゅう事や」
「それはさすがに余計なお世話じゃない⁉ 人の人生に口出ししないでよ!」

 私は慌てて反論した。真澄さんに結婚の世話までされるなんてごめんだ。生涯の伴侶はんりょくらい、自分で決めたい。

「お嬢に任せたらいつまでも屋敷から出ていけへんやろ。ええ歳して彼氏の一人もおらん。まあ、親父がやかましかったっつうのもあるけどな。せやけどお嬢もお嬢やで。ヤクザの娘気取るなら、野郎をペットにして、一匹や二匹、隠れて飼い慣らしとけや」
「人の彼氏をペット扱いしないでくれます?」
「どいつもこいつもお嬢を甘やかしすぎやねん。親父含めて皆でかこって可愛がったせいで、すっかりお嬢は箱入り娘や。男も知らん世間知らずを世話するほうの身にもなれっちゅうねん」
「誰も真澄さんの世話になるなんて言ってない! ていうか勝手に話を進めないでよ。いずれ屋敷を出るんだとしても、養父とはいえ父を亡くして間もないのよ。はいそうですかサヨウナラって、すぐに出て行けるわけがないでしょ!」

 私と真澄さんが口喧嘩していると、コンコン、と扉をノックする音がした。
 振り向くと、真澄さんが開けっぱなしにしていたドアを後ろ手で叩いている、涼しげな雰囲気の男性――柄本さんが立っていた。

「相変わらず仲がいいですねえ。まるで本当の兄妹きょうだいのようだ」
「ちょお待てやお前。こんな面倒な妹、俺はいらんで」

 真澄さんの一言に、私はジロリと彼をにらむ。

「どういう意味よ」
「そのままの意味や」

 私が「なによー!」と怒り出しそうになったところで、柄本さんが「まあまあ」と仲裁に入った。
 相変わらず人受けのよい穏やかな笑顔。すらっとした長身に、さらっと後ろに撫でつけた髪型がとても似合う。
 ……柄本さんがヤクザという事に、とても違和感がある。だってどう見ても普通の社会人って感じだもの。しかも顔がすごく整っていて、体格もスマートだし。
 組員から聞いた噂によると、柄本さんは入れ墨も入れていないんだそう。だから本当にヤクザって感じがしない。逆に真澄さんはどこから見てもヤクザである。

「どうやら、お嬢の結婚相手についてお話していたみたいですけど。それならどうでしょう。私が立候補するのはアリですか?」
「えっ……柄本さん⁉」

 思わずビックリしてしまう。それが本気か冗談か、ニコニコとした笑顔からはうかがえない。

「お前にだけは、絶・対、お嬢はやらん」

 真澄さんがムスッとした顔で腕を組み、ドスの効いた声で言う。ちなみに『絶・対』のところ、すごい力がもってた。信念すら感じてしまうくらい鬼気迫っていた。

「嫌ですね。早くも兄気取り……いや、父親気取りですか?」
「そういうんやない。単に俺はお前が気に入らんのや。それに、お嬢の結婚相手は俺の目にかなう男でないとあかん」
「なんで真澄さんの目にかなう必要があるのよ」

 私は二人の会話に口を挟む。そもそも真澄さんがここまで柄本さんを目のかたきにする理由が分からない。
 柄本さんはお父さんの舎弟で、兄弟杯をわした関係だ。といっても弟分というわけではなく、あくまで顧問。アドバイザー的な立場である。
 組員からの信頼は厚く、法律の相談を中心に頼りにされていた。北城組にとっては欠かせない幹部の一人である。
 それなのに真澄さんはどうして彼が気に入らないんだろう。
 やっぱり自分と対極だからかな。真澄さんは根っからの武闘派で、柄本さんは知性が武器のインテリ派。水と油みたいな関係なので、相性の悪さはおおいにある。

「ほらほら、私は神威会の若中わかなかですし、色々なツテも持っていますよ。私にお嬢を任せてくれたら、北城組にとってもお得だと思うんですけどねえ」
「お前にやるくらいならオレの舎弟に嫁がせるわ」
「だから私の結婚相手を勝手に決めないでよ」

 三人で騒ぎ始めた時――ふいに遠くから、誰かの声が聞こえた。

「あれ、玄関に誰か来てる?」

 私が言うと、真澄さんと柄本さんも黙って耳を澄ます。

「頼もう~」

 やっぱり聞こえた! 男性の声だ。

「お客さんだ。行ってくるね」
「待てお嬢。もうお前は顔を出すな! こういうのは組員にやらせるから」

 後ろで真澄さんが何か言ってるけど、気にしない。私はばたばたと廊下を走った。

「お待たせいたしました。どちらさま、でしょう……?」

 玄関に到着すると、すでに数人の組員がお客さんを出迎えていた。
 私は、思わず目を見開いてしまう。なぜなら玄関に立っていた男の人が、圧倒的な存在感を放っていたから。
 身長は真澄さんと同じくらい高い。髪型はざんばらで、明るい茶色。白いワイシャツに、ちょっと崩したネクタイ。品のよい高級ブランドのビジネススーツ。
 体格は真澄さんと柄本さんの中間くらいだろうか。真澄さんほど筋骨隆々じゃない感じがした。でも私が目をそらせなかったのは、何よりもその顔だった。
 すごく相貌が整っているのだけど、左目を黒い眼帯で覆っていたのだ。
 世の中にはファッションで眼帯をつける人もいるそうだけど、これは違うと――根拠もなく思った。彼は本当に片目がないから、眼帯をしているのだろう。
 立っているだけなのにすごい威圧感。
 姿は違うけど、雰囲気はほんの少し、父に似ていた。

「よっ、椿ちゃん」

 彼は気さくな様子で手を上げた。笑顔は子供みたいに屈託がない。

「ど……どうして、私の名前をご存じなんですか?」
「うーん、話せば長くなるからなあ。立ち話でするような事でもないし」

 どう説明したものかというように彼が天井を見上げてあごを撫でた時、後ろからドタドタと足音が近づいてきた。

「お嬢っ! お前ほんま、俺の話聞けや!」

 真澄さんだ。あとから柄本さんもやってくる。

「……って、あんたは!」

 私に怒っていた真澄さんは、来客を見て目を見開く。

「おう、北城組若頭の真澄だな。北城さんが亡くなったのは、本当に残念だった。俺にタイマン張れる傑物けつぶつで、いい喧嘩友達だったんだけどなあ」

 男性は本当に残念そうに、下を向いて言った。
 この人、お父さんと知り合いなの?

「あ、あの、真澄さん。この方をご存じなの?」

 私が訊ねると、真澄さんは酷く苦々しい顔をした。会いたくない人に会ってしまったという感じだ。柄本さんが代わりに答えてくれる。

「彼の名前は秋國忍あきくにしのぶさん。神威会の一次団体である九鬼くき組の組長と兄弟杯をわした弟分で、神威会の舎弟頭しゃていがしらという立場――つまり」

 くい、と柄本さんはメガネのツルを指で押し上げる。

「北城組の前組長と同じ、神威会の執行部の一人なんですよ」
「え……⁉」

 私は目を見開いて、もう一度彼を、秋國さんを見た。
 年齢は三十歳くらいだろうか。こんなに若いのに、お父さんと同じ立場……神威会の執行部メンバーだなんて。
 私があまりに驚いた顔をしていたからだろうか、秋國さんはニカッと白い歯を光らせ、明るい笑顔を見せる。

「肩書きは仰々しいが、俺自身は至って普通のお兄さんなので、そんなに怯えなくていいぞ、椿ちゃん」
「い、いや、普通のお兄さんなんて……そんなふうにはとても思えませんけど。いったい何の用事で来られたんですか?」

 私が訊ねると、真澄が「こらこら」と私の肩を掴む。

「ええからお嬢は引っ込んどけ。組の話はこっちで聞くさかい」

 真澄さんの言う事はもっともだ。組に関する事で私が口を出す権利はない。
 しかし秋國さんは「いやいや」と心外そうな顔をして、手を横に振る。

「引っ込まれちゃ困るなあ。だって俺は、北城のおやっさんに椿ちゃんを頼むって言われたんだから」
「はあ?」

 珍しくも、私と真澄さん、そして柄本さんの声が綺麗に揃った。
 いつの間にか他の組員も集まって、みんな唖然あぜんとした顔をしている。
 秋國さんは笑顔のまま「だから~」と話を続ける。

「つまり俺のヨメとして椿ちゃんを貰っていく。これが俺の用事ね」

 あっけらかんと、軽いノリで、とんでもない事を言い出した。

「ちょっと、私はそんな話、一言も聞いていませんけど!」
「今話しただろ~」
「そうじゃなくて父から聞いてないって話です。いつそんな話をしたんですか!」
「だいぶ前、酒飲んだ時に」
「すっごく適当な口約束って事じゃないですか! 私はそんな約束認めません!」

 大声で拒否した瞬間、私の身体が後ろからひょいと持ち上げられる。

「ひえっ⁉」

 宙ぶらりんのまま、顔を横に向けると……私を持ち上げたのは、真澄さんだった。

「分かった。親父があんたと決めたんなら、俺は文句ない。ホラ持っていけ」

 そのままポイッと放り投げられる。

「ぎゃー!」

 びっくりする私をがっしり受け止めたのは、秋國さんだ。

「話が早くて助かる。さすが北城のおやっさんの懐刀ふところがたなだな」
「世辞はええからはよ連れてけ」

 真澄さんはやけに秋國さんに対して態度が横柄だ。まだ組長を正式に継いでいない今、彼よりも秋國さんのほうが立場は上。普通は敬語を使うのが常識である。
 でも、められたら終わりなのもヤクザの常。組長を継ぐ者として強気に出ているのかもしれない。
 それはともかく、この野良猫みたいな扱いは何⁉

「ちょっと真澄さん! 私の扱いが雑すぎるっ」

 秋國さんに抱き上げられたまま、私は真澄さんに噛みついた。すると彼は邪魔者を追い出すようにシッシッと手を振る。

「うるさいやっちゃな。まあ昔のよしみで祝儀しゅうぎくらい出したるわ。せいぜい新しい飼い主に愛想よく尻尾振るんやな」
「なにその言い方腹立つー! ちょっと秋國さんも、いい加減降ろしてくださいっ!」

 ばたばた暴れても、秋國さんの腕はびくとも動かない。え、まさか本当にこのまま、私はお持ち帰りされてしまうの⁉

「ちょっと若頭。それはあんまりじゃないですか?」
「お嬢はモノじゃないんですよ!」
「お嬢はウチの組の経理もになってくれているし、今連れて行かれると困ります!」

 周りにいた組員が、私に味方して真澄さんに意見してくれた。すると真澄さんは苛立いらだったように「うるせえ!」と一喝する。
 しかしその時、氷のような冷たい声が玄関に響いた。

「お待ちください、秋國さん」

 その声の主は柄本さんだった。彼はとても冷静な面持おももちで私達を見ている。メタルフレームのメガネがきらりと光った。
 騒いでいた組員も、ぴたりと口を閉ざす。

「本来なら、私が秋國さんに意見するのは御法度ごはっとですが、それでもお嬢は我々にとって大切な存在なので確かめさせてください。北城組長は本当にあなたに頼むと言ったんですか? 酔っていたなら記憶違いの可能性もありますよね?」

 意味深に秋國さんを見つめながら、言葉を続けた。

「それに、お嬢と結婚する事で、北城組をあなたの秋國一家に抱き込むという目論見もくろみがないとも言えません。秋國さんは神威会の舎弟頭しゃていがしらではありますが、秋國一家は三次団体。北城組より小規模でしょう?」

 そうだったんだ。他の組との関係にはさすがに詳しくない。そもそもお父さんも真澄さんも、ヤクザの組織事情についてはほとんど私に教えてくれなかった。
 基本的に『女』はヤクザの世界には入れないものだ。……一方的に巻き込まれる事はあるけれど。

「柄本。何か勘違いしてへんか。椿は親父の養子やで? 椿一人にそんな影響力はないやろ」

 苦言をていするように、真澄さんがチクリと刺す。しかし柄本さんは冷静な様子で「いいえ」と首を横に振った。


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