蒼天の城

飛島 明

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第二部 探索編~子安

愛欲の館(9)

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 そのまましばし。


 ぐおおおっ
 雷のようないびきが国守の寝所に響いた。
「殿様?」
 男をおしのけ、そっと身をおこす。
「殿様、殿様。お寝みになられましたの?……」
 しばし様子を窺い、やがて。
「おやすみなされませ」
 男の体に衾をかぶせると、菜をは寝台から降りた。そっと掛け軸のふちや、書棚を探る。


「ほう。催眠術を扱えるとは、ただの物奪りではないな」
 男の声がした。
 菜をがすっとその方をみる。
 先ほど菜をを国守の召人に指名した男が、面を外して立っていた。

「兄者?やっぱり兄者なの?」
 面を外した男は、どうみても、やはり草太であった。


「おまえに兄といわれるスジはない」
 草太は静かに短剣を構えた。
 こそいつもの愛刀と違うものの、その構えと気配は草太のものだ。しかし、彼はなぜ菜をに気付かないのだろう。
「兄者? 菜をよ? わからないの?」
 菜をも隠し持っていた剣を構えながら、尚も尋ねる。
 このままでは斬り合いになるが、正直兄と同じ顔の刺客と切り結ぶのは避けたい処だ。

「オレの肉親の名を知っているとはな」
 完全に草太の気配が闘気に満ちた。
「兄者?」
 菜をは目を細めた。記憶はあるらしいが……なにか術でもかけられたか?


 覚悟を決めると、菜をも闘気を高めた。無論、両者気配封じの術はかけている。


「あれ、お前、菜をか?」
 突然草太が構えをとき、闘気も低くなった。
「そうだけど? 先程から言ってたではないの、兄者」

 ようやくわかったのか、とでも言いたげな菜をの姿を、草太はじろじろと検分した。

 そこにいるのは、先ほど居並ぶ男達の鼻息を荒くさせていた妓だった。
 可憐でなまめかしく、嫣然とした女王より更に上等に見えた妓が目の前にいる。

「いやー、見事に化けててわかんなかったぞ!」
 はしゃいでいる兄を異物のように見る妹がいた。
「……(どうしたんだろう、兄者は)」

「オッどうしたんだ。胸があるじゃないかっ、なにか入れてるのかっ」
「……この胸は自前よ」 
 菜をは呟いた。
(晒しで巻いてるのよ) 
 胸が揺れると、闘いづらい。
 ゆえに、瘤瀬の女は胸を晒しで巻いている。
 心の臓を刺されても、致命傷に至るまでの時間稼ぎになるという利点もある。

「そうなのか? 普段見当たらないが」
 剽軽な声を出す兄を、菜をは胡乱な眼で見つめた。

 微妙に会話が噛み合っていない。
 しかし菜をは兄のそんな姿を見たことがないから、彼を見つめる瞳の温度がどんどん下がっていった。
「……もしかしたら。私を国守の召人に指名したときから全然わかってなかった、の……?」
 兄のことであるから。国守の寝所に侍りやすくしてくれたのかと思っていたのだ。

 ぼそりと零した言葉に、草太は弾かれたように菜をの元へと駆け寄った。
「いやー、お前も女に化けれるんだなァ」
 草太は菜をに近寄ってくると、妹分の肩をばしばしと叩いた。
「菜を。いつのまに、気配を変える術を身に付けたんだ?」
 いつもより饒舌な草太を不思議そうに菜をはみつめた。

 疾風がおれば一目でわかった事だろう。実は草太はテレまくっていた事に。

(菜をとは思わず、コイツの舞っていた姿に、涎を垂らさんばかりに見惚れていた)
 なまじ知らなかったものだから、熱い目で追っていた自覚がある。
 そして。
 想像していた通りの姿を菜をがしていたことに。
 艶やかな姿をしている今の眼の前の、菜をに。
 それは想像よりもずっと美しく気品があり、女らしく、草太をどぎまぎさせたのだ。

 ――国守との寝物語で菜をが語っていた「兄」に嫉妬を覚えるほどに。


「なにか、探れたか」
 草太は照れ隠しにいった。
「なにも。ただ、内乱を起こす手はずなのは確実なようね」
 菜をは給仕をしながら貯蔵庫の中を見聞したことを語った。
 ひっそりと奥に国守付きの親衛隊の武具が磨き上げられ、いつでも取りやすい所に置かれていること。
 さりげなく、金や食料が国守付きの親衛隊の監督下におかれていることを。

「ふん……。なるほどな」
 草太の眼が鋭くなった。
「兄者は女王といたのでしょ?なにか、動きはあって」
 菜をは何の気なしに言った。
「う」
 何故か、草太は詰まった。

 寝物語に女王の愚痴をずっと聞いていたのだ。……といっても。探索を前に色事をする気になれず、衾に写し身の術をかけておいたのだ。

「こっちもなにも。なんか、相当寂しい人生送ってるみたいだな。
亭主が一度も床に入れてくれないとか、みんな心を開いてくれないとか」
 お嬢さんが蝶よ花よと育てられるうちに、人に自分から心を開くことが出来なくなってしまったのではないかと草太はいう。

 彼には女王が男と権力を手放さぬ女、というより、不器用なただ一人の寂しい女に見えたのである。
 菜をが不思議な目の色で草太を見ていた。

「なんだ」
「兄者って女の人に弱いのね」
「なにッ」
「女王の風評は、とても兄者の言っている不器用な人には聞こえなかったわ。
兄者、閨を一緒にして、女王に魂を抜かれたのね?」

 何故か、非難しているような、拗ねている口ぶりであった。

「なに言ってるんだッ、女に弱いのは血筋だっ」
 草太は言い当てられて、見当違いなことを怒鳴った。
 祖父も伯父も、滅法強かったくせに、女に弱いのだ。自分もその血筋だと認めている。
 必要があれば閨事に勤しみ、女から情報も得るし、踏み台にもし、敵であれば命を絶つ。それでも根の処では、女を慈しみ、敬い、愛しているからであろう。

「お前こそ、この男のこと『殿様はおやさしいのですね』とか言ってたくせに!」
「だって、この人だって、最初は女王の愛を得ようとして必死だったのよ」
 情報交換というよりは、お互いの相手を庇い。庇うお互いを詰っては拗ねる、痴話喧嘩じみていた会話の後。

「……オレ達は夫婦の痴話げんかに巻き込まれただけか?」
 草太が総論をまとめた時。



「オレもおまえさんがたの痴話喧嘩に付き合ってるヒマはないんだけどな」
 声と同時に室内の光が全て消えた。
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