蒼天の城

飛島 明

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第三章 次世代編

偽りの婚礼(4)

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 帰蝶は己を呼ぶ気配で目を覚ました。
 隣の部屋のおみつ達を起こさぬよう、そっと小屋を出た。

 先日阿蛾がやってきて、縁組の取決めをして瘤瀬に戻っていった。
 瘤瀬の次期棟梁の帰蝶はともかく、知良はようやく母親のおみつの代診を任せられる程度で、成人の儀も終えておらぬ。

 佳き日を選び、知良の成人の儀と婚儀を執り行うまで、帰蝶はおみつ・四郎夫婦宅での起居することは赦されたが、知良とは室をまだ別にしていた。

 おおらかな地域であるゆえ、”婚儀を終えるまで睦事するべからず!”という眼でみられることもなかったが、知り合ったばかりでまだ7日も経ってはおらぬ。
 帰蝶・知良とも、お互いの存在が己にとって、楽に呼吸が出来る存在だとは想っていた。が、けじめというよりは……、まだ室を同じにするにはお互いに照れくさかった。


 帰蝶は、疎部とともに寝んでいる知良や、四郎・おみつ夫婦の気配を窺い、そっと外に出た。



 佇んでいたのは、妙齢の女性。
 春あたたかな夜で満月の光のなか、その女は帰蝶を認めると、にっこりと笑った。
「散歩しない?」
 と誘った。

 二人は銀色に輝く野原を歩いた。

「起こしちゃった?」
「ううん、なんとなく寝付けなかったから」
 二人は普通に会話していたが、透湖が二人の周囲を気配封じの技で封じているのはわかった。
「祝言決まったんだってね?」
「あたしね、疾風のこと諦めた」
 帰蝶は明るく言った。
 透湖は返事しなかったが、彼女の続きの言葉を待っていた。
「あわよくば!て一点賭けしたんだけど」

 多分、あの眼はいつまでも己の瑕となって残るだろう。知良が埋めてくれるとはいえ。

「房事の鍛錬の際にね、疾風の子供が欲しいと思って画策したの。
それを疾風にみつかって拒絶されたの。
逃げ出して呆然としたところを、知良がみつけてくれたの」
「……」
(そんなことが)
 おそらく、疾風の拒絶はどうしようもない事だったのだろう。
(修復しようがない、か)
 菜をが考えに沈む間もなく帰蝶が話を続けた。

「なんだか知良といると、すごくラクなの。
まだ出逢ってから7日にしか経ってないのに。
隣にいることが自然で、きっと知良もそう。
それではじめて、疾風のこと、”ああ、背伸びしてたんだなー”て想って。
……こんなの、ヘン?」

 饒舌に二人の出逢いを話す、はにかんだ帰蝶の顔は確かに年相応に見えた。肩肘のはった所や虚勢がなくなっており、柔らかくしなやかであった。
 皮肉なことに、大人であろうと背伸びしてつっぱろうとしていたのをやめた途端、精神が健やかに成長したようであった。



 その様子を菜をはじっとみつめていた。
 そして。
「ヘンなんてことはないわ。
人をどう好きになるのかは、人それぞれだもの」
 透湖はやさしく言った。
「帰蝶、すごく今柔らかいわ。
女って一生のひとをみつけると、こうも変わるのかしらね?」
 透湖が言うと、帰蝶は赤くなり、俯いていた。


「あたし、疾風に悪いことした」
 帰蝶がぽつり、と言った。菜をは慰めた。
「一方だけが悪い、ということはあまり無いわ。
おそらく疾風兄者にも、なんらかの落ち度はあった」
「違う!あたしが一方的にっ」
心の均衡を失った帰蝶が喚いた。

「帰蝶」
 透湖が静かに呟いた。
「一方だけが傷つけるのでも、一方だけが傷つくのでもないわ。
どちらも傷つけた挙句、傷ついているのよ」
「でも……っ」
「とりかえしのつかない傷なんて生きている限り、ないわ。
傷を抱えてからの生き方が大事なの」

「大丈夫よ。傷みが多いほうが他人の傷みに敏感になれるでしょう?
兄者も、瑕を自分の肥やしに出来る人だから」
「っ、」
「傷つかないで生きてはいかれないし、傷つけずにも人は生きてはいかれない。
御前も疾風を傷つけたことをずっと覚えていなさい。
そして、傷つけられたことを抱いて生きなさい」

 透湖の言葉は一つ、一つ心に沁みた。
 帰蝶は、雫をぬぐって貰って、ぽとぽとと涙を零している自分に気付いた。

「物事は物事でしかないわ。
それをどう活かすかは、人間よ」
 透湖はそっと帰蝶の頭を自分の胸に寄せた。いつしか、帰蝶は泣きじゃくっていた。
 そして四郎、おみつの小屋へ帰る道。
「ああ」
 と、透湖は思い出したように呟いた。帰蝶が、?と首をかしげて歩みを止める。
「御前。草太兄者も、疾風兄者もそうだけど、男を見る目があるわね」


 透湖が笑い、帰蝶は泣き笑いの表情を浮かべたのだった。

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