異世界少女が無茶振りされる話 ~異世界は漆黒だった~

ガゼル

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6.魔族シンキ

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 オラレことシンキを連れてレーベの町にもどり着くと、ラキが大粒の涙を浮かべながら抱きついてきた。
 聞くと、ある二人組が酒場で自慢げに後をつけてきた二人組を魔王の城と呼ばれる洞窟に誘い込んでやったと話していて、それを聞いた憲兵に捕まったとのこと。
 自分たちじゃなかったよと笑ってごまかす。たしかあの洞窟には男二人組がいた。誘われたのは自分だけじゃなかった、というかまんまと送り込まれたのだったのか。しかしそんな話を憲兵に事情聴取などされたら一発でシンキに失敗認定されてしまう。
 「他に仲間がいるとは言っていなかったではないか」
 ラキが小用で不在になった時、シンキが食って掛ってきた。
 「あなたたちが私たちの事情を詳しく聞かなかったのが原因でしょう。それよりオラレ、ばれないようにしてね。私が言わなくて、自分でばらしておいて失敗とか言わないよね」
 「おぬし、洞窟の中と少し性格が異なりやせんか?」
 それだけ必死だとわかってほしいと言うと、まあそうだなと納得したようだ。
 とりあえずラキはごまかしが効くかもしれないが、今のシンキの様子ではシーマに中身の違いを看破されるのは時間の問題だ。
 「私たちのリーダーには教えておいた方が都合が良いと思うけど」
 「勘違いするな。お主たちの都合など知らぬ」
 にべもない言葉であったが、気を取り直してその東の果てのシュランの奇病の内容を聞いてみる。
 「果てではない。お主たちがサベンテと呼んでいる地方の風土病だ。我らにも隣に町がありその地をシュランと呼んでいる。人族にも発症していると聞き及んでいることからおそらく人魔共通感染症と思われる。発病するとまず咳が出てくる。しかる後に胸の中に水泡が出来てくるのだ。その水泡の中に恐らく水溶性の寄生虫がいると思われるが、これを捕まえることができぬ。巧妙に逃げているらしく、宿主が死んだあとは水に溶けてしまうのだ。感染経路は不明。正直手が付けられん。我が一族の魔力をもってしても、原因がわからぬなら治療もできぬのだ」
 シンキの所属する魔族は龍族とのこと。
 あの場にいたのはリーダーであった少年の名前は光龍ガイコウ、青龍レンジュ、他に黒龍フウハなど。ちなみにシンキは紅龍である。
 『名前を知ったからには生かしてはおけぬとか言い出したりしてな』
 悪乗りしたリッカの笑い声が聞こえるが、こちらの切り札をさらすわけにはいかないので無視をする。
 シンキが言うには奇病に関しては、魔族がだいぶ調べたが手詰まりになったので、人族の調査資料を見たいというわけだ。
 怪鳥ラプタの下見に来たのだからラプタについてある程度の情報がほしかったが、オラレを人質に取られている以上できるだけ早くアマリスに戻り、サベンテ疾患の情報を得るのが先決だった。
 その晩、リンはラキを買い物の使いに出した後、シンキに自分の請け負っている仕事は怪鳥ラプタであると話をした。お主、たばかったかと激高しかけたが「あなたたちが私たちの事情を・・・」というと押し黙った。意外と律儀なところがあるらしい。
 そういうわけでダミーのため還元草が必要であったことも漏れなく伝える。重ね重ね難儀な種族よ。とはシンキの弁。
 シンキに人族の魔族に対する認識を聞かれたので、ラキに語らせることにした。理由は単にリンが知らないこともあったが、表向きもラキの方が詳しいということにしている。
 ほどなくしてラキが使いから戻ってきたとき、リンはラキに魔族ことを尋ねた。アルマ領ウルマとは認識が違うのかもしれないから教えて、みたいな理由を適当につける。
 ラキは奴隷なのでリンに対してウルマの話をしてほしいとは積極的にしてこないから、一方的に聞くことができるのだ。
 「魔族は魔術を使う人っぽい何かです。魔術を使う獣は魔獣と呼ばれます。やはり危険なのは魔族でしょう。いつの間にか人の中身を食べて乗っ取ってしまうという話も聞いていますが、現在識別方法はありません。太古から抗争中で、アルマ領は壊滅し、現在はガリア領アンバス砦が最前線と聞いています」
 まさに今、オラレは乗っ取られた状態である。シンキには言葉を発することを禁じているので話し方でばれることはないと思うが、行動でラキにばれなければよいが。
 ラキは伝承の話から、人間側の英雄の話、魔族の王の話まで詳しく語っていたが、どうも書籍を読んだことはないらしく、本当に口頭レベルの言い伝えなのだと思った。
 翌朝、リンはオラレことシンキとライと連れて朝一番のアマリスに戻る便に同行させてもらった。
 怪鳥ラプタの情報はシンキがあたりさわりがない程度にいろいろ知っていたのでそれで良しとした。あとは出たとこ勝負とリンは楽観的に考えていた。というより、考えを放棄した。
 帰りの行程で、リンはシンキ側の情報をいろいろ聞いてみた。興味深い話がいろいろ聞けた。
 あの洞窟で話を聞いたので野蛮な種族と思っていたが、思ったより魔族の文明は進んでいた。金属を使っていることが大きな理由かもしれない。ただし、魔術と金属は相性が悪いらしく、機械産業が発展するほどではない。
 あの洞窟は魔獣の住処なのだそうだ。詳しくは語りたがらないが、魔族は別に町がありそちらで生活をしているようだ。
 家は木造であるが、ある種のハッカの種を外装に吹き付けているので緑色の家が多い。ハッカは虫よけと温度調整の役割を果たしているとのこと。
 道具は鉄が使用されているものが多いが、主に車軸のような力のかかる部分やハンマーのような道具に使用されている。
 武器には使用されていないのは人族と同じであるそうだ。
 他にも人魔共通感染症について聞いてみただが、今回のサベンテ疾患の他にあるという。
 「ラキという者が話していたが、いつの間にか人の中身を食べて乗っ取ってしまうというのは我らと認識が違う。魔族もその被害を受けているのだ。いつの間にか中身が違っており、同種同族を食すあたりは同じだ。識別方法がないのも我らも同じ。あれは生き物ですらない魔物だと思う。だから今回のシュラン症候群(サベンテ疾患)もまずその魔物を疑った。実際我らの中では一時期、寄生虫説と魔物説が支持者がほぼ拮抗していた」
 否定されたのは、風土病であり伝染病ではなさそうだという理由からである。
 ということは、魔族の見解では寄生虫は伝染せず、魔物は伝染するのか?
 「その通りだ。もし魔物に寄生された場合は殺すよりない。ただし、感染者に触れてはいけない。近づかず遠方から焼き払うしかない」
 疑心暗鬼になり、焼き払われた犠牲者も数多いそうだが、未だ根絶の気配はない。
 寄生虫が細菌で、魔物とはウィルスのことだろうか?少し違う気もするが。
 「いざとなると魔物は人族の中に逃げ込むから質が悪すぎる」
 シンキの話を聞くと人魔共通感染症は魔族と人族の争いの遠因ともいえそうだ。
 人族と協力しないのかと聞くと、人族は話を聞かず半狂乱で攻撃してくるか死ぬまで逃げるかしかないのだそうだ。
 まともに話を聞く人族はシンキが知る限りリンが初めてであると言った。
 リンとしては異世界人であるから子供のころから擦り切れるほど魔族の恐ろしさを心に刻まれたことはないだけのことではあったが、この世界の住民たちは魔族を死の使者としてとらえているから無理もなかった。
 人間側では、童話から専門書まで魔族は敵対種族として書かれており、実際抗争中であることから話をすることはあり得ないとされていた。
 言葉が通じる時あるがそれは人間に擬態して仇をなすときに限られると専門書に記載されているから、まともに会話をすることはまずない。
 魔族側でも人族というのは基本的に耳を傾けることをしなく、他民族は排他すべきという選民思想に凝り固まった一方的で傲慢な種族であるという認識であった。
 当たらずとも遠からずといった所がまあ・・・とリンは耳も痛いような気がする。
 今回、リンもオラレを人質に取られているので協力しているが、このようなやり方をすると人族は反感を覚えるからまずいとシンキに伝える。
 やり方がまずいということは百も承知だが、人質がないと魔族側でも信用できないという事情を察してほしいというシンキの主張も理解できなくもないので、リンはオラレの安全の保障だけはするよう伝えた。シンキもその約束は守ると言うので信じるしかなかった。
 翌日、リン一行は夕刻にアマリスに到着すると、シンキを連れて事務所に向かった。その辺の事情はシンキに説明済みである。
 「それで、首尾はどうだった?」
 ラキをねぎらって姉のミラとともに下がらせるとリンはオラレとともにシーマに報告を求められた。
 リンは魔族のところを割愛して報告し、その部分に関しては山中で怪鳥ラプタの巣を発見したことにした。
 「よくやったわ。道具はカラール設計から受け取っているから、明日と明後日二日休憩を許可するから、その翌日行くようにして」
 シーマの指示に「ええと」とリンは少し目が泳いだ。
 サベンテ疾患を調べたいなどと言う雰囲気ではなかったのだから仕方がない。
 「その件は明日でよろしいでしょうか」
 リンの言葉にシーマが目を細めた。
 「明日で良いのね?」
 「はい」
 案外あっさりとシーマが認めたので、リンは逃れるようにオラレを連れて二階の部屋に逃げ込んだ。
 オラレを連れて上がったのは、シンキに部屋を案内するためである。
 さすがにそんなことでばれたらあまりにも間抜けすぎる。
 疲れているからと思ったらしく、食事はミラが部屋に運んでくれた。
 リンは礼を言って受け取ると、食事をしてすぐにベッドに入って寝てしまった。
 こんな時は夢の中に逃避するのが一番だと思っていたからである。
 夜半過ぎ、寝ていたリンの元にシーマが現れ、揺り起こした。
 「リン、起きて」
 疲労で寝ぼけまなこのままリンはうつらうつらと体を起こした。
 「オルテシアのこと、覚えている?」
 「えーと、あのアラン隊長と一緒に・・・」
 そこでシーマがリンの口を押えた。はっとして目が覚めたリンを見て、シーマはため息をついて床に座り込んだ。
 「あなたは本物のようで安心したわ」
 「えっ・・と、ああ」
 一瞬リンは遠い目をしたのを見て、シーマが扉を指さした。
 「アレ、帰ってきて最初に執務室に入ってきたときから様子が変だと思ったけど、あなたが寝た後に居酒屋になった隣の食堂にふらっと現れて野丁場の人と酒を飲んだ後、私が入っていた風呂に入ってきてご機嫌で体を洗って出て行ったわ。あの女」
 頭がくらくらする話だ。
 「理由は話せないようだから、どうすればいいかだけ教えてちょうだい」
 この時ばかりはシーマの頭の中の構造に感謝したくなった。そのシーマはもう零時を回ったからさっさと話しなさい、と先を促した。
 明日をそういう意味にとらえるとは目の付け所が違う。
 「サベンテ疾患を私たちが解決すると元に戻ります」
 簡潔を好むシーマに対して必要最小限のことだけ伝える。
 シーマは少し首をひねってわかったと答えた。
 「では明日、サベンテ疾患の依頼を受けてきて。いえ、一緒に行きます」
 リンはえっという表情をした。サベンテ疾患はB級の仕事だったと思う。
 「あなたがそれを理解していることにほっとしているわ。今後も常に周りの情報を積極的に取り入れてね」
 シーマはそういうと部屋を出て行った。
 「えーと・・・」
 声を出そうとしたリンを頭の中でリッカが制する。
 『魔族がどこで聞いているかわからんから、お主の方から呼びかけるなよ。魔術やら魔法やらを警戒するにこしたことはない』
 はっとして口を閉ざす。
 リッカの声を久しぶりに聞いたような気がするが、内容は確かにそうだ。
 『シーマの口ぶりなら、チームウルマはすでにC級に昇格済みだ。おそらくヤライと共に明後日の昇運祭がらみの仕事を受けたのだろう。今一番増えている仕事のはずだからな』
 そうか、シーマも別口で仕事を受けているときがあるのだから自分とオラレが不在のうちに何かしら仕事を取ってきてすでに達成した可能性が高い。
 シーマにしろ、リッカにしろ、よく気がまわるなとリンは感心した。
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