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17.黒衣の騎士2
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王都まで三日の行程であるが、騎士団を二十人も連れてきたのは何も魔獣対策のためだけではなかったのだ。
その時、一人の奴隷がカームに報告を上げてきた。昨日から自分の下で働き始めたアマリスの元オルク商会の男であった。
「リン一行はどうやら町の中のどこにもいません。もしや町の外に出たのではないですか?」
カームは内心盛大な舌打ちをした。どのような情報を持っているかわからない逃亡者のことをアルテナに知られたくないのだ。
「町の外には魔獣の群れがいる。町の外に出たなら死体も残らん。もしそうなら捜索は打ち切れ」
カームが奴隷に指示を出すが、案の定アルテナは興味を示した。
「危険を承知で魔獣の群れに挑むとは何者だ?」
「金が無くなり、無銭飲食を繰り返した小市民でございます。お気になさらないように」
そうカームは言い訳をしたのだが、わずかに言い淀んだのをアルテナは見逃さなかった。
「ほう、サベンテでは奴隷を良しとせず魔獣に食われる道を選ぶ勇者がおるのか」
「いえ、所属はわかりませんが、アマリスからの旅行者でございますゆえ」
根掘り葉掘りどのような人物か聞かれたくないのでアマリスから来たことは伝えておく。何もかも秘密にするつもりはなく、情報は軽重をつけて操作しなければならないのだ。
リンはオルク商会の調査員なので、サベンテ疾患の調査をしてきていることは知っていた。
当然、元オルク商会の奴隷もそのことはよく知っているので、さっさと追い払いたかった。
ところがアルテナが奴隷を捕まえて言ったのだ。
「おぬしはそのリンという娘を知っておるのか?」
奴隷は面倒ごとを察知して「いいえ」と答えたが、アルテナは入手したばかりの剣を抜いて奴隷の前に掲げた。
「知らぬ者を追うことはできんだろ。はよう言え」
「サベンテ疾患を調べに来たオルク商会の小娘です」
奴隷の回答にアルテナは満足し、剣をおさめるとカームに向かって情報が増えてよかったなと笑った。
「さて、予定の取引も終わった。帰るとするぞ」
機嫌よく言うアルテナに、食事の用意ができたので食べていくようカームは勧めた。
しかしアルテナは「この奴隷、金五十で俺が買い取ろう。さほど賢いとも思えぬし、良い取引であろう?」と言うなり数人の騎士団員が示し合わせたように奴隷をとらえた。
カームには三度の飯より狩りが好きなのだと答え、堂々と騎士団の団員二十人に「リンという小娘」の痕跡を探すよう指示を出した。
「そのようなことは困ります」
とすがるカームに金五十を渡し、馬上に奴隷を引き上げると王都側の町の東端広場に移動した。奴隷によるとリン一行は十五歳ぐらいの男女と十歳ぐらいの娘の三人であると言う。
その程度なら捕まえようとすればすぐ捕まるはずだ。魔獣に襲われる前に「保護」しなくてはならない。
一方、やむを得ずカームはあきらめることにした。こうなればリンたちが野垂れ死んでいることを願うばかりだ。
アルテナは広場の中央で情報収集に放った騎士団の報告を待った。サベンテの行政官に追われるとはその「小娘リン」はどのような情報を掴んだのだろうか。捕まえてこのサベンテの秘密を一つでも多く開けることができるなら、王都からも一目置かれるに違いない。
そう考えるとおもわずにやけてくるのを抑えきれなかった。
「北の廃屋に立ち入った痕跡があります」
北の廃屋に馬を走らせる。通常、街中では馬に乗って走らせるのが禁止されているのだが、アルテナはそんなことは無視して走った。
「こちらです」
騎士団の一人が崩れかけた一軒家の前で手招きをしている。
「ここに新しい足跡がいくつもあります」
一軒家をすべて解体しかねない勢いで徹底的な捜索を行った。
しかし、足跡以外の痕跡は見当たらなかった。
ということは、ここからすぐに移動したのだろう。
アマリスはサベンテの西にあり、もしアマリスに帰るつもりなら西の門をくぐる必要がある。
町の周りを囲む塀は三メートルほどであり、飛び上がっても駆け上がっても、道具を使わない限りまず乗り越えることはできない。
東側はアルテナが来た方向であり、三人組の男女は見なかった。十歳の子供を含む子供たち一行など目立たないはずがない。
ところが何人かに聞いても情報が無い。いくらサベンテが閉鎖的だとは言え、王都ベルクラント騎士団に対してとぼけるだけの俳優的才能を持っているのはカームしかいない。
カームの様子から、既に始末したという可能性は低い。
ということは、カームの予想通りやはり町を出たと見て良いかもしれない。
町を出たとすると、出口は東西の二か所しかなく、当然アマリスに近い西側を目指すはずだ。
「よし、全員西側に集合せよ」
今から追っても馬でなら一時もあれば女子供の足なら追いつくだろう。
最初の野営地にすら着くことはあるまい。
西の門に総勢二十名が集まる。半数は騎馬である。
「よし、続け」
門から外に勢いよく走らせ始めたが、すぐに途中土砂崩れで道がふさがれていた。
そこで馬を降りて慎重に馬を反対側に移すことにした。
「隊長、こちらに足跡があります」
馬を移している途中で騎士の一人が報告してきた。北の山に向かって足跡は続いているという。
土砂崩れで柔らかくなっているから足跡が残っていたのだ。
「そちらは道などなく魔獣の住処。追いつかれまいとしての行動なのだろうが、なんという判断、なんという胆力。面白そうな娘ではないか」
馬は使えないので徒歩になる。
追っ手を避け、このまま道をそれたまま野営地を過ぎてインセント領レーベ方面に抜けるつもりなのだろう。インセント領アマリスよりもその方が近いのでより生存率も高くなる。
その生存率は限りなくゼロに近いが、あのサベンテ行政官のカームに捕まるぐらいならその方が良いと考えたのだろうか。
「だが、この魔獣があふれる野生地で生き残るすべはあるまい」
アルテナは残念だがあきらめてサベンテに戻ることにした。
その時、一人の奴隷がカームに報告を上げてきた。昨日から自分の下で働き始めたアマリスの元オルク商会の男であった。
「リン一行はどうやら町の中のどこにもいません。もしや町の外に出たのではないですか?」
カームは内心盛大な舌打ちをした。どのような情報を持っているかわからない逃亡者のことをアルテナに知られたくないのだ。
「町の外には魔獣の群れがいる。町の外に出たなら死体も残らん。もしそうなら捜索は打ち切れ」
カームが奴隷に指示を出すが、案の定アルテナは興味を示した。
「危険を承知で魔獣の群れに挑むとは何者だ?」
「金が無くなり、無銭飲食を繰り返した小市民でございます。お気になさらないように」
そうカームは言い訳をしたのだが、わずかに言い淀んだのをアルテナは見逃さなかった。
「ほう、サベンテでは奴隷を良しとせず魔獣に食われる道を選ぶ勇者がおるのか」
「いえ、所属はわかりませんが、アマリスからの旅行者でございますゆえ」
根掘り葉掘りどのような人物か聞かれたくないのでアマリスから来たことは伝えておく。何もかも秘密にするつもりはなく、情報は軽重をつけて操作しなければならないのだ。
リンはオルク商会の調査員なので、サベンテ疾患の調査をしてきていることは知っていた。
当然、元オルク商会の奴隷もそのことはよく知っているので、さっさと追い払いたかった。
ところがアルテナが奴隷を捕まえて言ったのだ。
「おぬしはそのリンという娘を知っておるのか?」
奴隷は面倒ごとを察知して「いいえ」と答えたが、アルテナは入手したばかりの剣を抜いて奴隷の前に掲げた。
「知らぬ者を追うことはできんだろ。はよう言え」
「サベンテ疾患を調べに来たオルク商会の小娘です」
奴隷の回答にアルテナは満足し、剣をおさめるとカームに向かって情報が増えてよかったなと笑った。
「さて、予定の取引も終わった。帰るとするぞ」
機嫌よく言うアルテナに、食事の用意ができたので食べていくようカームは勧めた。
しかしアルテナは「この奴隷、金五十で俺が買い取ろう。さほど賢いとも思えぬし、良い取引であろう?」と言うなり数人の騎士団員が示し合わせたように奴隷をとらえた。
カームには三度の飯より狩りが好きなのだと答え、堂々と騎士団の団員二十人に「リンという小娘」の痕跡を探すよう指示を出した。
「そのようなことは困ります」
とすがるカームに金五十を渡し、馬上に奴隷を引き上げると王都側の町の東端広場に移動した。奴隷によるとリン一行は十五歳ぐらいの男女と十歳ぐらいの娘の三人であると言う。
その程度なら捕まえようとすればすぐ捕まるはずだ。魔獣に襲われる前に「保護」しなくてはならない。
一方、やむを得ずカームはあきらめることにした。こうなればリンたちが野垂れ死んでいることを願うばかりだ。
アルテナは広場の中央で情報収集に放った騎士団の報告を待った。サベンテの行政官に追われるとはその「小娘リン」はどのような情報を掴んだのだろうか。捕まえてこのサベンテの秘密を一つでも多く開けることができるなら、王都からも一目置かれるに違いない。
そう考えるとおもわずにやけてくるのを抑えきれなかった。
「北の廃屋に立ち入った痕跡があります」
北の廃屋に馬を走らせる。通常、街中では馬に乗って走らせるのが禁止されているのだが、アルテナはそんなことは無視して走った。
「こちらです」
騎士団の一人が崩れかけた一軒家の前で手招きをしている。
「ここに新しい足跡がいくつもあります」
一軒家をすべて解体しかねない勢いで徹底的な捜索を行った。
しかし、足跡以外の痕跡は見当たらなかった。
ということは、ここからすぐに移動したのだろう。
アマリスはサベンテの西にあり、もしアマリスに帰るつもりなら西の門をくぐる必要がある。
町の周りを囲む塀は三メートルほどであり、飛び上がっても駆け上がっても、道具を使わない限りまず乗り越えることはできない。
東側はアルテナが来た方向であり、三人組の男女は見なかった。十歳の子供を含む子供たち一行など目立たないはずがない。
ところが何人かに聞いても情報が無い。いくらサベンテが閉鎖的だとは言え、王都ベルクラント騎士団に対してとぼけるだけの俳優的才能を持っているのはカームしかいない。
カームの様子から、既に始末したという可能性は低い。
ということは、カームの予想通りやはり町を出たと見て良いかもしれない。
町を出たとすると、出口は東西の二か所しかなく、当然アマリスに近い西側を目指すはずだ。
「よし、全員西側に集合せよ」
今から追っても馬でなら一時もあれば女子供の足なら追いつくだろう。
最初の野営地にすら着くことはあるまい。
西の門に総勢二十名が集まる。半数は騎馬である。
「よし、続け」
門から外に勢いよく走らせ始めたが、すぐに途中土砂崩れで道がふさがれていた。
そこで馬を降りて慎重に馬を反対側に移すことにした。
「隊長、こちらに足跡があります」
馬を移している途中で騎士の一人が報告してきた。北の山に向かって足跡は続いているという。
土砂崩れで柔らかくなっているから足跡が残っていたのだ。
「そちらは道などなく魔獣の住処。追いつかれまいとしての行動なのだろうが、なんという判断、なんという胆力。面白そうな娘ではないか」
馬は使えないので徒歩になる。
追っ手を避け、このまま道をそれたまま野営地を過ぎてインセント領レーベ方面に抜けるつもりなのだろう。インセント領アマリスよりもその方が近いのでより生存率も高くなる。
その生存率は限りなくゼロに近いが、あのサベンテ行政官のカームに捕まるぐらいならその方が良いと考えたのだろうか。
「だが、この魔獣があふれる野生地で生き残るすべはあるまい」
アルテナは残念だがあきらめてサベンテに戻ることにした。
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