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16.黒衣の騎士1
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翌朝、タロスはシーマたちが逃亡したと聞いて驚いた。そして失望した。何をしに来たのかついに明かしてくれなかったが、あれだけ覇気にあふれ、未来だけを見ていたはずの子供が逃げるとは。
自分の目もずいぶん曇ったものだとがっかりしていたのだが、ふと宿の入り口に手紙があるのに気が付いた。
二つ折りされた手紙にはお金が挟まっており、そこにリンの字で宿代を置いていくという内容であることが書かれてあったのだ。
タロスは驚いて宿の女将さんにそれを渡した。
しかし、女将さんはそれを受け取ってもふんと鼻を鳴らして奴隷を怒鳴りつけていた。
「草の根分けてでも探しなさい!」
その剣幕にタロスは女将さんに落ち着いてシーマたちが何をしたのか聞いてみた。
「リンという娘、あいつらは盗人だったのよ」
悪態をつきながらタロスに吐き捨てるように言った。何を盗んだのか聞いてみたが、それは教えない。盗人が宿代をわざわざ置いていくとは考えにくいのでタロスは疑問が尽きない。
そこにサベンテ行政官のカームが宿に入ってきた。
「女将、あのリンとかいう女の一行がどこかに逃げたというのは本当か?」
女将が送った奴隷から話を聞いたらしく、かなり急いで息が切れていた。そこでタロスがいることに気が付き、女将のそばに行って小声で「アレのことは知られたのか」と聞く。
「まあ、うちの旦那を見られただけだからそれほど沢山知られたわけじゃないとは思うけど、サベンテ疾患の原因の一部は想像できる範囲で知られたと思っていいわ。でなきゃ逃げたりしない」
カームは神経質な声で「その程度か」とつぶやいた。
「まあ、念には念を入れる方が良い」
それより今日は王都ベルクラント騎士団のアルテナ卿が来るのだ。あまりかまってもいられない。
「町から出たら魔獣の餌食だし、その辺に隠れているなら女将の奴隷だけでもすぐ捕まるだろう。騒がしいたらありゃあしない。うちの者たちは引き上げてアルテナ卿を迎える準備をさせるがよろしいか?」
「仕方ないね」
その会話はタロスにも聞こえた。町の中に隠れているぐらいなら、なぜ逃げているのだ?身の危険を感じたとしか考えられない。
タロスはシーマたちを保護するため、奴隷になったばかりの男たちにも探すよう伝えた。
宿を後にし、カームは行政官事務所に戻るとアルテナの先発隊が到着したという話を聞いた。もうそんな時間かと言いながら、先発隊に挨拶に行く。
十人ほどの男たちはカームに一様に挨拶をした。
「この度はご協力いただき感謝いたします」
先発隊の代表が礼をしてアルテナが本日の昼頃に到着すると伝える。
「承知いたしました」
カームは慇懃に礼を返すと先発隊に事務所で休憩するよう促した。
「いえ、我々のことはお気になさらぬよう」
彼らは立ったままでアルテナを待つという。律儀なことだが立って待たれたら自分の方が疲れてしまうと言ってカームはその場を辞して奥の行政官の執務室に戻ってしまった。
そこでまだリンたちが捕まらないのか確認をしてみた。
どうやら町を出たらしい。厄介なことである。死亡が確認できない限り、放っておくわけにもいかないのだ。
「面倒をかけさせやがって」
そういえば、あの高級雑貨屋の口の軽い男はどうしただろうか。奴隷に聞いたところ今朝息を引き取ったとのこと。自業自得だと言いながら、男のことは忘れることにした。
昼前に予定通り王都ベルクラント騎士団のアルテナが到着した。
アルテナは巨大な黒馬に乗った黒衣の美丈夫である。父親の王都ベルクラント騎士団長のクロテアも黒衣の騎士で名をはせている。
クロテアは東方の魔族討伐を主な任務としており、その実力は実力主義でる騎士団長というだけあって各領の武門の中でも特に勇猛である。
息子のアルテナは若干齢二十歳にして実績こそ父親に及ばないが実力は拮抗していると言われている。
「カームよ。息災であったか」
カームはアルテナに慇懃に挨拶をするものの、その腹の底では警戒をしていた。サベンテの特産品であるいわゆる龍の衣はその製法を王都にも知らせておらず、物品のみ納めることでお茶を濁していた。
代わりに先日完成したという有機セラミックの剣を献上する。市販されている物よりはるかに大きく、実用に耐えうる逸品である。
この献上品で龍の衣から目を逸らさせるのがカームにとっての第一課題であった。
もし、龍の衣の製法が知られるなら取りつくすだけ取りつくして後は捨てられる可能性もあるのだ。
しかし、カームは龍の衣にかなり執心していた。
幼いころより父親のクロテアがまとっている龍の衣、魔獣の群れに火を放ち、燃え盛る草原から無傷で生還したという伝説をカームは自分も実現したいとひそかに熱望していたのだ。
話半分のおとぎ話のようなものだろうとは思ってるが、幼いころ焼きつけられた思い出というものは簡単に消せるものではなかった。
「この地に住むという火龍を一度見てみたいものだが、私にすら見せてもらえないのか?」
「ご勘弁を」
カームは小声でささやくアルテナを牽制しながら奴隷たちに指示を出し、昼食の用意を急がせた。
アルテナは龍の衣はサベンテの山奥に住みついている火龍を狩っているという情報を得ていた。
口が堅く非情の掟に縛られているサベンテの民からようやく聞き出した王都の最高機密である。俺は知っているのだ、そういう含み笑いをするこの将軍をなんとか早めに追い返したいとカームは思っていた。
「本日の取引は龍の衣二枚でしたな。今後もよしなに」
早めに追い返して火事や逃亡者の捜索を続けたいのだ。
ふむ、残念と言いながら、アルテナは騎士団の団員に龍の衣を確認させている。
遠目から見てもその龍の衣はクロテアがまとっているものに比べてなんと貧弱なのだろうと思う。だがさっさとこのまま取引をして王都のラント伯に早く持っていく必要がある。途中で紛失したりするのは論外だが、超高級品なので盗難の可能性があるのだ。
自分の目もずいぶん曇ったものだとがっかりしていたのだが、ふと宿の入り口に手紙があるのに気が付いた。
二つ折りされた手紙にはお金が挟まっており、そこにリンの字で宿代を置いていくという内容であることが書かれてあったのだ。
タロスは驚いて宿の女将さんにそれを渡した。
しかし、女将さんはそれを受け取ってもふんと鼻を鳴らして奴隷を怒鳴りつけていた。
「草の根分けてでも探しなさい!」
その剣幕にタロスは女将さんに落ち着いてシーマたちが何をしたのか聞いてみた。
「リンという娘、あいつらは盗人だったのよ」
悪態をつきながらタロスに吐き捨てるように言った。何を盗んだのか聞いてみたが、それは教えない。盗人が宿代をわざわざ置いていくとは考えにくいのでタロスは疑問が尽きない。
そこにサベンテ行政官のカームが宿に入ってきた。
「女将、あのリンとかいう女の一行がどこかに逃げたというのは本当か?」
女将が送った奴隷から話を聞いたらしく、かなり急いで息が切れていた。そこでタロスがいることに気が付き、女将のそばに行って小声で「アレのことは知られたのか」と聞く。
「まあ、うちの旦那を見られただけだからそれほど沢山知られたわけじゃないとは思うけど、サベンテ疾患の原因の一部は想像できる範囲で知られたと思っていいわ。でなきゃ逃げたりしない」
カームは神経質な声で「その程度か」とつぶやいた。
「まあ、念には念を入れる方が良い」
それより今日は王都ベルクラント騎士団のアルテナ卿が来るのだ。あまりかまってもいられない。
「町から出たら魔獣の餌食だし、その辺に隠れているなら女将の奴隷だけでもすぐ捕まるだろう。騒がしいたらありゃあしない。うちの者たちは引き上げてアルテナ卿を迎える準備をさせるがよろしいか?」
「仕方ないね」
その会話はタロスにも聞こえた。町の中に隠れているぐらいなら、なぜ逃げているのだ?身の危険を感じたとしか考えられない。
タロスはシーマたちを保護するため、奴隷になったばかりの男たちにも探すよう伝えた。
宿を後にし、カームは行政官事務所に戻るとアルテナの先発隊が到着したという話を聞いた。もうそんな時間かと言いながら、先発隊に挨拶に行く。
十人ほどの男たちはカームに一様に挨拶をした。
「この度はご協力いただき感謝いたします」
先発隊の代表が礼をしてアルテナが本日の昼頃に到着すると伝える。
「承知いたしました」
カームは慇懃に礼を返すと先発隊に事務所で休憩するよう促した。
「いえ、我々のことはお気になさらぬよう」
彼らは立ったままでアルテナを待つという。律儀なことだが立って待たれたら自分の方が疲れてしまうと言ってカームはその場を辞して奥の行政官の執務室に戻ってしまった。
そこでまだリンたちが捕まらないのか確認をしてみた。
どうやら町を出たらしい。厄介なことである。死亡が確認できない限り、放っておくわけにもいかないのだ。
「面倒をかけさせやがって」
そういえば、あの高級雑貨屋の口の軽い男はどうしただろうか。奴隷に聞いたところ今朝息を引き取ったとのこと。自業自得だと言いながら、男のことは忘れることにした。
昼前に予定通り王都ベルクラント騎士団のアルテナが到着した。
アルテナは巨大な黒馬に乗った黒衣の美丈夫である。父親の王都ベルクラント騎士団長のクロテアも黒衣の騎士で名をはせている。
クロテアは東方の魔族討伐を主な任務としており、その実力は実力主義でる騎士団長というだけあって各領の武門の中でも特に勇猛である。
息子のアルテナは若干齢二十歳にして実績こそ父親に及ばないが実力は拮抗していると言われている。
「カームよ。息災であったか」
カームはアルテナに慇懃に挨拶をするものの、その腹の底では警戒をしていた。サベンテの特産品であるいわゆる龍の衣はその製法を王都にも知らせておらず、物品のみ納めることでお茶を濁していた。
代わりに先日完成したという有機セラミックの剣を献上する。市販されている物よりはるかに大きく、実用に耐えうる逸品である。
この献上品で龍の衣から目を逸らさせるのがカームにとっての第一課題であった。
もし、龍の衣の製法が知られるなら取りつくすだけ取りつくして後は捨てられる可能性もあるのだ。
しかし、カームは龍の衣にかなり執心していた。
幼いころより父親のクロテアがまとっている龍の衣、魔獣の群れに火を放ち、燃え盛る草原から無傷で生還したという伝説をカームは自分も実現したいとひそかに熱望していたのだ。
話半分のおとぎ話のようなものだろうとは思ってるが、幼いころ焼きつけられた思い出というものは簡単に消せるものではなかった。
「この地に住むという火龍を一度見てみたいものだが、私にすら見せてもらえないのか?」
「ご勘弁を」
カームは小声でささやくアルテナを牽制しながら奴隷たちに指示を出し、昼食の用意を急がせた。
アルテナは龍の衣はサベンテの山奥に住みついている火龍を狩っているという情報を得ていた。
口が堅く非情の掟に縛られているサベンテの民からようやく聞き出した王都の最高機密である。俺は知っているのだ、そういう含み笑いをするこの将軍をなんとか早めに追い返したいとカームは思っていた。
「本日の取引は龍の衣二枚でしたな。今後もよしなに」
早めに追い返して火事や逃亡者の捜索を続けたいのだ。
ふむ、残念と言いながら、アルテナは騎士団の団員に龍の衣を確認させている。
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