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18.魔族の里1
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「シーマ、大丈夫?」
リンがオラレことシンキが背負っている小さな娘に声をかけるが返事がない。
ここ数日、ろくに寝ていなかったらしく、しかもこの強行軍である。
道を外れて進もうと言い出したのはシーマだが、これほど外れて歩くつもりは全くなかったのだ。道を大きく外した理由は他でもない、シンキの提案である。
シンキの提案でサベンテとほぼ隣接して魔族の町シュランがあるのでそちらに向かおうとしたのだ。
気を失っているのか、体力の限界で目をあけることすらできないのか、シーマはシンキが担いでいるのにもかかわらず返事をすることができない。
半日の間、リンには信じられない速度で三人は移動していた。
追っ手が来ることは予想したが、ここまで道を外れると追うのを断念するに違いなかった。
夜にはこの辺を住処としている魔獣が食料を求めてあふれ出てくるからである。
「オラレ、少し休めない?」
リンが何度目かの休憩依頼を打診するが、シンキは首を振る。
「油断すると追いつかれるかもしれない」
いや、魔族と違ってこんな奥に来るような人族はあり得ない。そうリンは言いたかったが、迷わず進むシンキに置いて行かれると自分だけ魔獣に襲われてしまう。
必死にシンキについていくが、リンはついに倒れてしまった。
シンキが慌てて戻ってくる。
「なんと体力がないのだ。人族はみなそのようなものなのか」
呆れたように言うが、リンは返す言葉がない。
「だがもうシュランの村に入っているからもう大丈夫だろう」
シンキの言葉を聞いて改めて周りを見回すと、リンが転んだところは畑になっていた。
急に地面が柔らかくなったから足を取られたのだ。
人の町とは違い、高い塀で囲まれていないので気が付かなかった。
「あちらに行けばシュランの民がいる」
シンキはシーマを背負ったままあぜ道を歩き、集落のある方向に向かった。
移動がゆっくりになったので、リンは最後の力を振り絞る気持ちでその後を追った。
集落には魔族が数人おり、シンキに挨拶をした。魔族は遠目では人と区別がほどんどつかない。体格も、顔つきもほとんど変わらないのだ。
シンキは彼ら挨拶を返すと、町の長の所に後で会いに行くと伝えた。オラレの姿なのに、他の魔族はわかるのだろうか。その点をシンキに聞いてみると、ここの魔族は魔力を感じ取る事ができるので、間違えることがないと答えた。シュランの魔族たちは一目でわかる特徴として額に一本の角が生えているが、この角で感知しているのだそうだ。
この町はリンの思っているイメージと異なり、元の世界で言うところの農村のような形態になっている。畑とそれを管理する住居が点在しているのだ。
「シンキ様、その人族は捕虜ですか?」
町人というか村人の一人が聞いてきた。やはり魔力が無いとすぐに人族とわかるらしい。
「否、シュラン症候群の原因を突き止めた人族だ。我の所有物だから絶対に手出しするな」
勝手に所有物になったらしいが、魔族や魔獣からの危害を回避できるなら歓迎だ。
「リンです。よろしく」
魔族から「おお」というどよめきが上がる。挨拶しただけでこれだけ感動されるとは、ここの世界の人間はどれだけ魔族と断絶しているのだ。
「人族用の一晩の宿と食料を分けよ。人族はもう一体いてこの小さな娘もおる。急ぎ支度せい。この者らを休ませたのち、我はシュラン症候群の治療にあたる。町長はまだ来ぬのか」
気が付かなかったが背負われているシーマはついに熱が出てきたらしく、汗をかいて息が荒い。
「ちょっと、無理させすぎたんじゃないの?」
リンの言葉に大丈夫大丈夫とシンキが答えた。
周りの家と同じような家屋に案内され、布団にシーマを寝かす。シンキから看病するよう言われたらしいリンより少し小さい少女が怪しげな暗緑色の液体を持ってきた。名前をカリンと名乗った。
「小さい子はよく熱を出すんですよね。この疲労回復剤を飲ませるのが一番です」
リンはお礼を言ってコップを受け取り、シーマを抱きかかえて上半身を起こすと口にコップをつけた。シーマは少し目をあけてコップの中身を見たのち、少し口に含んだ。そしてそれを嚥下するともういいというようにコップを手で下げた。
「まあ、少しずつ飲ませるのが良いさ。子供はみんなそれ嫌いだし」
気を悪くするようなこともなく少女は立ち上がって台所のような場所の方に去って行った。
「ここはどこ?」
シーマが先ほどのやり取りで目を覚ましたらしく、リンに状況を尋ねた。
「オラレの知り合いの町。あれ、村かな。なんでもいいけど、とにかくサベンテの追っ手は届かないので大丈夫」
シーマは「そう」と言って寝ようとしたが、もう少しコップの液体を飲むと言い出した。
先ほどの女の子が「子供はこの薬が嫌いだ」と言ったのが聞こえていたらしく、反発しているのかもしれない。リンはそう気が付き、熱が出ると子供は地が出るものだなとシーマから見えないところでほほ笑んでいた。
リンたちと分かれたシンキは町長と会っていた。
「そのシュラン症候群の原因を人族より聞いたというのは真ですか?」
町長はまずシンキの言葉を疑っていた。人族に騙されているのではないか?その人族は騙して何か魔族から奪おうとしてるのではないか?
「大丈夫だ。アレは面白い者どもだ。我が愛玩するに相応しい珍しき人族だ」
魔族と人族の交流は今まで全くなかった。しかし魔族が人族を捕まえてからかうことはごくまれにあった。時には武器を与えて反抗させたり、時には迷路に閉じ込めて絶望のうちに朽ち果てていくのを眺めたりして魔族は人族をもてあそぶのだ。逆に人族は魔族を駆除すべき有害なものとして、徹底的に処分していた。
そのような背景があったので、シンキが愛玩動物として飼うと言っていることに他の魔族はそれほど驚いたわけではない。驚いているのは憔悴しているシーマはともかくとして、それを世話しているリンが全く魔族を恐れることもなく、逃げようとも戦おうともせずそこにいるからであった。
シンキに看病を依頼された少女はまだ魔力を感じる力が乏しく、リンたちが人族であるとは気が付かず、魔族の中でも力がある龍族のシンキの従者と勘違いをしていた。
人族とわかっていれば、扱いはもう少し別のものになっていたかもしれない。
主に逃亡させないようにするという方向で。
リンがオラレことシンキが背負っている小さな娘に声をかけるが返事がない。
ここ数日、ろくに寝ていなかったらしく、しかもこの強行軍である。
道を外れて進もうと言い出したのはシーマだが、これほど外れて歩くつもりは全くなかったのだ。道を大きく外した理由は他でもない、シンキの提案である。
シンキの提案でサベンテとほぼ隣接して魔族の町シュランがあるのでそちらに向かおうとしたのだ。
気を失っているのか、体力の限界で目をあけることすらできないのか、シーマはシンキが担いでいるのにもかかわらず返事をすることができない。
半日の間、リンには信じられない速度で三人は移動していた。
追っ手が来ることは予想したが、ここまで道を外れると追うのを断念するに違いなかった。
夜にはこの辺を住処としている魔獣が食料を求めてあふれ出てくるからである。
「オラレ、少し休めない?」
リンが何度目かの休憩依頼を打診するが、シンキは首を振る。
「油断すると追いつかれるかもしれない」
いや、魔族と違ってこんな奥に来るような人族はあり得ない。そうリンは言いたかったが、迷わず進むシンキに置いて行かれると自分だけ魔獣に襲われてしまう。
必死にシンキについていくが、リンはついに倒れてしまった。
シンキが慌てて戻ってくる。
「なんと体力がないのだ。人族はみなそのようなものなのか」
呆れたように言うが、リンは返す言葉がない。
「だがもうシュランの村に入っているからもう大丈夫だろう」
シンキの言葉を聞いて改めて周りを見回すと、リンが転んだところは畑になっていた。
急に地面が柔らかくなったから足を取られたのだ。
人の町とは違い、高い塀で囲まれていないので気が付かなかった。
「あちらに行けばシュランの民がいる」
シンキはシーマを背負ったままあぜ道を歩き、集落のある方向に向かった。
移動がゆっくりになったので、リンは最後の力を振り絞る気持ちでその後を追った。
集落には魔族が数人おり、シンキに挨拶をした。魔族は遠目では人と区別がほどんどつかない。体格も、顔つきもほとんど変わらないのだ。
シンキは彼ら挨拶を返すと、町の長の所に後で会いに行くと伝えた。オラレの姿なのに、他の魔族はわかるのだろうか。その点をシンキに聞いてみると、ここの魔族は魔力を感じ取る事ができるので、間違えることがないと答えた。シュランの魔族たちは一目でわかる特徴として額に一本の角が生えているが、この角で感知しているのだそうだ。
この町はリンの思っているイメージと異なり、元の世界で言うところの農村のような形態になっている。畑とそれを管理する住居が点在しているのだ。
「シンキ様、その人族は捕虜ですか?」
町人というか村人の一人が聞いてきた。やはり魔力が無いとすぐに人族とわかるらしい。
「否、シュラン症候群の原因を突き止めた人族だ。我の所有物だから絶対に手出しするな」
勝手に所有物になったらしいが、魔族や魔獣からの危害を回避できるなら歓迎だ。
「リンです。よろしく」
魔族から「おお」というどよめきが上がる。挨拶しただけでこれだけ感動されるとは、ここの世界の人間はどれだけ魔族と断絶しているのだ。
「人族用の一晩の宿と食料を分けよ。人族はもう一体いてこの小さな娘もおる。急ぎ支度せい。この者らを休ませたのち、我はシュラン症候群の治療にあたる。町長はまだ来ぬのか」
気が付かなかったが背負われているシーマはついに熱が出てきたらしく、汗をかいて息が荒い。
「ちょっと、無理させすぎたんじゃないの?」
リンの言葉に大丈夫大丈夫とシンキが答えた。
周りの家と同じような家屋に案内され、布団にシーマを寝かす。シンキから看病するよう言われたらしいリンより少し小さい少女が怪しげな暗緑色の液体を持ってきた。名前をカリンと名乗った。
「小さい子はよく熱を出すんですよね。この疲労回復剤を飲ませるのが一番です」
リンはお礼を言ってコップを受け取り、シーマを抱きかかえて上半身を起こすと口にコップをつけた。シーマは少し目をあけてコップの中身を見たのち、少し口に含んだ。そしてそれを嚥下するともういいというようにコップを手で下げた。
「まあ、少しずつ飲ませるのが良いさ。子供はみんなそれ嫌いだし」
気を悪くするようなこともなく少女は立ち上がって台所のような場所の方に去って行った。
「ここはどこ?」
シーマが先ほどのやり取りで目を覚ましたらしく、リンに状況を尋ねた。
「オラレの知り合いの町。あれ、村かな。なんでもいいけど、とにかくサベンテの追っ手は届かないので大丈夫」
シーマは「そう」と言って寝ようとしたが、もう少しコップの液体を飲むと言い出した。
先ほどの女の子が「子供はこの薬が嫌いだ」と言ったのが聞こえていたらしく、反発しているのかもしれない。リンはそう気が付き、熱が出ると子供は地が出るものだなとシーマから見えないところでほほ笑んでいた。
リンたちと分かれたシンキは町長と会っていた。
「そのシュラン症候群の原因を人族より聞いたというのは真ですか?」
町長はまずシンキの言葉を疑っていた。人族に騙されているのではないか?その人族は騙して何か魔族から奪おうとしてるのではないか?
「大丈夫だ。アレは面白い者どもだ。我が愛玩するに相応しい珍しき人族だ」
魔族と人族の交流は今まで全くなかった。しかし魔族が人族を捕まえてからかうことはごくまれにあった。時には武器を与えて反抗させたり、時には迷路に閉じ込めて絶望のうちに朽ち果てていくのを眺めたりして魔族は人族をもてあそぶのだ。逆に人族は魔族を駆除すべき有害なものとして、徹底的に処分していた。
そのような背景があったので、シンキが愛玩動物として飼うと言っていることに他の魔族はそれほど驚いたわけではない。驚いているのは憔悴しているシーマはともかくとして、それを世話しているリンが全く魔族を恐れることもなく、逃げようとも戦おうともせずそこにいるからであった。
シンキに看病を依頼された少女はまだ魔力を感じる力が乏しく、リンたちが人族であるとは気が付かず、魔族の中でも力がある龍族のシンキの従者と勘違いをしていた。
人族とわかっていれば、扱いはもう少し別のものになっていたかもしれない。
主に逃亡させないようにするという方向で。
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