異世界少女が無茶振りされる話 ~異世界は漆黒だった~

ガゼル

文字の大きさ
29 / 31

29.搬送

しおりを挟む
 もちろん全員どこかに行くというわけはなく、水槽の周りで最後の確認をしている。
 その時、ダリスがミカのそばに来て他の人に聞こえないように言った。
 「何かおかしいと思っているだろ?」
 ダリスのセリフにミカが頷き、ペルラ何かあるのかと近づいてきた。
 「あのジンて研究員、まるで俺たちが失敗しても構わないような態度なんだよな」
 「それは私も感じたわ」
 だから、口が軽そうなブラスたちに今回の作戦を話していなかったのだ。
 「他のチームの妨害ってことは無いか?」
 例えば名声が高いチームウルマとか。
 「それは無いことを願うわ、というかあのチームそれほど余裕がないわよ」
 ミカは一度リンと話をしたことがある。
 ブラックだわーとか、もう休みたいとか、チーム100%とか恥ずかしくてやってられないとかそういう愚痴が多かった。ミカが名乗るとすごいねーがんばってねーといった気が抜けるような応援をしてきた。
 もっとプライドが高くて有能っぽい感じの「出きる女性」を体現したアグレッシブな人を想像していたミカは毒気を抜かれた記憶がある。
 「何かこう、お前には負けない、とか誰にも負けないぞ、みたいなやる気というか闘争心というかそういうものが欠けているんだ」
 ミカはリンという娘の人となりを掴みかねていた。
 「私も話したことがありますが」
 ペルラも話題に加わる。
 「自分に自信がないみたいなのですよね。できる人がいるならその人がやるのが一番いいじゃない、という感じの」
 ミカは「そう、まさにそんな感じ」とペルラに相槌を打つ。
 だいたいにして主要メンバーがリンと妙な言葉が目立つ脳筋っぽい人しかいない。多分奴隷が三人と最後の一人も十歳ぐらい。
 十歳ぐらいの女の子が奴隷を駆使していくつか依頼をこなしたといううわさも聞くがどうも眉唾だ。どうせお使い程度だろうと思う。
 「では他の、そうだな研究員のジンはどうだろう?」
 依頼がこなせないと違約金が入ってくるのでそれで儲けている者がいるとは聞いたことがある。
 「いや、研究所の前であれだけ騒がれたらとてもじゃないが割に合うとは思わない。むしろ元請けのブラスが黒幕じゃないか疑わしいぐらいの不手際だ」
 ブラスがギルドで泣きそうになりながら助けを求めている姿を見たのでは無ければ真っ先に事務所に缶詰めにしておくべき人材だとダリスは主張した。
 ミカは苦笑しながら周りに聞こえていないか確かめるように見回した。
 詮索は途中だったが、休憩を終わり時間が来たので搬送することにした。
 シンが丁度報告に来てあの女性リーダーが食事のためだろうと思うがという前置きをしつつ不在になったと言った。
 「まあ、後で難癖をつけられるかもしれないが、いない今の方が運びやすいよな」
 ブラスがそう軽口をたたきながら搬出経路の確認をする。
 水槽をのせた台車をゆっくりと移動させ、あらかじめ昼休みに移動するのでと言っておいた無人の通路を誰にも邪魔されることなく出入り口まで持ってきた。
 そして外にあの女性リーダーの姿がいるのを見てブラスが露骨に顔を伏せてダリスの方を見た。
 女性はここぞとばかりに大声を張り上げてブラスたちを責め立てた。
 「器機を二重にして運ぶなんてあなた達もその器機の性能を信じていない証拠でしょう!」
 勝ち誇ったように女性は叫ぶ。
 「どうせそんなこったろうと思っていたら、やっぱり化けの皮を剥がしたわね」
 中身が漏れないなら二重にする必要は無い。それが漏れているかもしれないという証拠だ。二重にしたからといってなんでそれが漏れていないといえるのかその神経がわからない。
 大声でそう叫び、周りの住民もそれにつられて同調して騒ぎ始めた。
 「あとをよろしく」
 依頼人である研究員のジンはそう言って研究室の中に入って行ってしまった。
 「やはり妙だな」
 ダリスがミカに言う。ソフィアが「吐きそう」とか言いながらよろよろと通路の横の方に逃げて行った。かろうじてブラスが一行の先頭に立っているが、頭が真っ白になっているのか言葉もない。アロイとコールは無言で台車を押す位置に立っている。
 「なんでさっき話したばかりの二重構造での搬送がばれているんだよ」
 今朝ここに器機を入れたときにはそれで運ぶと信じていたので、今回のこれが二重構造であることがばれるわけがない。
 「まあ、でも想定内なんだろ?」
 焦った様子がないミカに対してダリスがにやりと見つめた。
 黒く長い髪をかき上げてミカが「想定内だけど、あなたが余裕なのは面白くないわね」と返す。
 そこに青い顔をしたブラスがやってきて、何とかしてくれと頼みに来た。
 「そうね、あの女性に説明するからこちらに呼んできて」
 ミカがブラスにそういうと心底嫌そうな顔をした後、それは自分の仕事だとは認識しているらしく彼はリーダーの所に行った。
 「ダリス、説明が終わったら相手が反論を思い浮かぶ前にさっさと搬送するから用意しておいて」
 「承知」
 女性リーダーが積み荷の前に来た。
 「何よ。こんな危険な物の近くに来いとか傷害未遂罪で訴えるわよ」
 ぶつぶつ言っている女性にミカは「これから説明をするのでよく聞いてください」と言ってペルラに鞄を持ってこさせた。
 鞄の中から筒状の物を取り出すと、ミカは説明を始める。
 「この中に入っている器機は設計上漏れる心配はありません」
 「何よ、二重にしている時点で自分たちも信用していないじゃない」
 その言い分を聞き流しながら鞄から取り出した筒状のものの先にゴムホースをつけてそのさらに先を器械に当てる。
 筒状の物はシリンジであった。そのまま中の空気を抜き始める。
 「こうして中の器機と外の器機の間を負圧にします」
 外側の器機の結合部であるゴムが一斉に内側にぺこりと引っ込む。
 「これで外側の器機の外に何も出てこないことになります。内側と外側のどちらの器機のシール構造に絶対の信頼があるからできることなのです」
 えっなにそれ、などと口にする女性に対してミカは説明は終わったとばかりにダリスに移動を始めるよう指示した。
 「ちょっとまって、えーと証明は」
 「中から外に出てこないという証明はしました。この構造で中身が外に出てくるという可能性の証明はあなた方の責任です」
 女性リーダーはミカの指示で運び出したその機材を追うが、何もできないでぶつぶつというばかりだ。
 周りの反対派の住民はそれを見て何かしら説得されたのだと判断して見守っている。
 「ちょっと待ちなさいよ!」
 そのうち女性はそう言って水槽に体当たりをしようとした。
 「おっと」
 シンが軽くそれを防ぐ。
 「警備員、危険物搬送の妨害で確保してくれ。このままじゃこちらも正当防衛で拘束しなければならない」
 警備員に取り押さえられた女性は「なによ、そんな危険なものを運ばなければこういうことにならなかったのに、なんで私が悪いことになるのよ」と叫びながら暴れていた。
 それをみた反対派の住民たちは立札を残したままぽつりぽつりといなくなっていく。
 正直、先ほどの危険行為を見たからには味方はできない。
 毒をまき散らしてまで反対するのでは本末転倒である。
 こうしてようやく無事に搬送が終わり、ブラスは泣きながらダリスとミカにお礼を言った。
 ブラスはもう少しD級の仕事をこなすと言って反省しているし、ギルドにもそのように報告したようだ。
 帰り道、ミカがダリスにぽつりと言った。
 「私は知恵でウルマには負けてはいない」
 ダリスは「ああ」と言いながら肩に手を回そうとしてミカに叩き落とされていた。
 「だが私はチームウルマが王都に呼ばれたと聞いて自分でも驚くほど衝撃があった」
 ミカがダリスに続けて言う。
 「行ってみないか?王都に」
 ダリスはまた「ああ」と答えたが、肩に手を回すことはなかった。
 ミカの心は既に王都ベルクラントに飛んでいた。
 ダリスは客観的に見てリンとミカの違いに気づいていた。
 ミカはウルマに負けていないという。リンはどうだろう。おそらく勝ちとか負けとかそのような感情は皆無であろう。おそらくそこにチームとしての違いがあるとダリスは分析した。
 くしくも今回ライカが指摘したように、そのような基準で仕事の選択をしているのでは比較すらできないのだ。
 ジンの依頼が全てが終わった後、レンザからの報告を受けてグラドはため息をついた。
 「まさかあの女そこまで危ないことをしようとは。少し脅すだけでよかったのに見誤ったわ」
 レンザもうなづく。
 「でもまあ今後はチーム春風も少し背伸びするのをやめるそうですし、チーム天空とオロの実力も噂通りと確認できましたので」
 いや、そんなことはどうでもいい、とグラドは言った。
 「住民を危険な目にあわせたことが問題だと言っているのだ」
 レンザもそれにうなづき、しばらくあの女性リーダーは捕まえておくか、場合によっては町の外に「始末」する予定だと話した。
 「危険はとにかく排除せよ。事前に摘み取れ」
 グラドの言葉にレンザは同意し、ギルドに帰って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...