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拠点にて/ダンジョンスタンピード
しおりを挟む=== 拠点 ===
特訓をはじめてから二週間。
初日は連続二往復で息を切らしてカズヤも、五往復できるようになった。進歩である。
二階と一階の階段五往復程度で、などと思ってはいけない。
3年も外に出ないと、運動する機会はないのだ。
まれに勇者になる前から筋トレを欠かさないタイプもいるが、それはいいとして。
「メモは取った。あとは……モンスターをサポートキャラにする、フラグの立て方を教えてもらわないとな。どうやって話しかければいいのか」
カズヤはついに勇者専用掲示板に書き込もうとして——異変に気付いた。
キーボードを叩く指を止めて耳を澄ませる。
慌ててイスから降りる。
ダンジョンの入り口の扉に耳を当てる。
ダンジョン入り口の扉というか、木目調の安っぽいドアに。
ダンジョンはいつになく騒がしかった。
実家は人の声に満ちていた。
さっと身を翻して、カズヤはふたたびパソコンに向かう。書き込む。
“マズい! 大量発生したモンスターの声が第二階層から聞こえてきた!”
自宅警備員X:モンスターが大量発生?
先輩風勇者:そうか世間はシルバーウィーク……ダンジョンがモンスターの繁殖期を迎えたのか
今度はドアに耳を当てるまでもない。
「ただいまー! ほら、あっくん、たーくん、じいじとばあばにただいまは?」
「じじ、ばば、ただいまー!」「まー!」
「わふっ!」
「はあー、ひさしぶりハス美!」
「はすだー! おっきいねえ!」「わんわん!」
ダンジョン第二階層から、大きな声が聞こえてくる。
よく見知ったモンスターのひさしぶりの声と、そんなに喋れるようになったのかと衝撃を受ける声と、上機嫌なテイムモンスターの声が。
手を動かす。
“やばいやばいやばい。ゴブリンとコボルト、好奇心たっぷりで無邪気な小型モンスターの声がする”
冷やかし勇者:小型モンスターて
(自称)陽キャ勇者:不謹慎すぎィ! まあいまさらだね!
自宅警備員X:あーそれはヤバイ。拠点は鍵がかかるタイプ?
ベテラン勇者LV.1:繁殖期か。俺も警戒しておこう
名無しの勇者:バリケードだバリケードでなんとか安全を確保して篭城だ拠点の安全を確保するんだ
かませ勇者A:警戒しろよ新人勇者、ほかの勇者どもも。こっちの手の内を知ってるモンスターに、小型モンスター。ヤツらは遠慮も何もねえからよ
かませ勇者B:ガチャガチャ鳴らされる拠点の扉、ガンガン打ち付けられる破城杭!
タタッ、タッタッ、トン、トンと、第二階層から階段を上がってくる足音が聞こえる。
小型モンスターは体重も軽いのだろう、小さな音で、けれど確かに近づいてくる。
「小型モンスターが二体。足音を隠してるけどもう一体。はあ、覚悟決めるか。いや待て、ハス美が止めてくれるかもしれない。無理かなあ」
呟いて、カズヤが身構える。
最後に一つ書き込んだ。
“くる! スタンピードだ!”
安全なはずの拠点に、ダンジョンからモンスターが押し寄せる。
モンスターのスタンピードである。
違う。
親戚の襲来である。
たいてい悲劇になることは違わない。
カシャカシャと、木製の扉に爪が当たる音がする。
しばらくすると音は止んでドアレバーが下りる。バンッと勢いよく扉が開いた。
カズヤの拠点——部屋のドアは、鍵がかけられるタイプではない。
「カズにいー! こんにちは!」「はー!」
ダンジョンから攻め込んできたのは二体の小型モンスター、ではなく二人の甥っ子だった。行動は小さなモンスターになる時もある。怖い。
ハス美は小型モンスターを止めるどころか一番に飛び込んできた。
カズヤのヒザに足を乗せて、ドヤ顔でカズヤを見つめる。ハス美、あんないしてきたよ、えらいでしょ、とでも言いたいのか。アホ賢い。
「もう二人とも。カズヤは引きこもってるんだから放っておきなさい、ほら行くわよ」
「えー? カズにいとあそぶー!」「あしょぶ!」
続けて現れたのは小型モンスターの母モンスター、違う、カズヤの姉である。小さなモンスターの母であることは違わない。怖い。
「あれ? カズヤ、なんかちょっと小綺麗になってない? ヒゲそった?」
姉がカズヤを見たのは一瞬だ。
それでも、変化を感じるほどにカズヤは変わっていたらしい。
勇者の特訓の成果である。
「俺、いま、外に出る準備してるんだ」
「えっ!?」
「こないだ失敗したし少しずつだけど」
目を伏せたままモゴモゴと、うまく回らない口で告げる。
カズヤの声はやけに大きかった。
ひさしぶりの会話すぎてボリュームがうまく調整できなかったらしい。
モンスター は おどろき とまどっている!
「でもその、外に着ていく装び……服と靴がなくて。ウォーキング? 風のヤツを」
机上の紙片にチラッと視線を落として、勇者カズヤはモンスターに畳み掛けた。
ダンジョン第二階層、ときどき第一階層に現れるモンスターよりも与しやすいと思ったようだ。
紙片に書かれていたのは、モンスターをサポートキャラに変化させるためのキーワードである。
「そう、そうなの。うん、お母さんに言っておく」
「お母さん? ママ?」「ままー!」
「ふふ、違うのよ。ママじゃなくてばあばのこと」
好奇心旺盛な小型モンスターは、わからないながらも話を聞いていたようだ。
勇者カズヤから、興味はママとばあばに移ったらしい。幸いなるかな。
「ありがとう」
「カズヤのやる気がなくならないうちに買ってきちゃうわ。ほら行くわよちびたち。お買い物だー!」
「あっくんちびじゃないよ!」「にいに、おっきい!」
母モンスターと手を繋いで、きゃっきゃとはしゃぐ二体の小型モンスターは去っていった。
見送ったカズヤはぐったりとイスの背にもたれかかる。
ハス美がついに体ごとイスに上がる。
おさんぽ? ハス美とおさんぽようのおようふく? と、尻尾をぶんぶん振って嬉しげだ。
「あー、こらこら、もう大きくなったんだから重いって。はあ」
ほぼメモを口にしただけの、わずかな会話。
たったそれだけで、勇者カズヤはMPを使い果たしていた。
モンスターのスタンピードを乗り越えても、ダンジョン攻略への道のりは遠い。
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