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弐章 小鬼の初恋と幽玄の郷
弐
しおりを挟む「しおり殿? しおり殿!」
「えっ? ああ、なあに左近ちゃん」
「もう、左近でいいのですよ。この本を三冊とこちらの新刊を五冊店頭に並べましょう。それより、ぼーっとなさってどうかしましたか?」
朝、こぎつね姿の左近が新しく入荷された本を出すというので、倉庫でお手伝いをしていたのをすっかりうっかり。ハッと我に返って言われた通り、本を手にした。
「ごめんなさい。大丈夫よ。この本を店に出すんだったわよね」
私はずっと考えていた。
徳を積めば願いが叶えられる世界。
頭では理解できるけれど、本当にそうならなんて素敵な世界なんだろう。
「……とこれもお願いしますぅ。もうすぐ、開店ですから頼みましたよ~」
「え? あっ、左近ちゃん! 行っちゃった……えっと、これもって言ってたわよね……その前に何て言ってたんだろう……? ここにある新聞みたいなこれのことかしら?」
ダメだ、仕事なのにずっと徳を積むとか願いが叶うってことに気がそれてしまう。
私は今日、表に出すと指示された本を八冊と、おそらく言われていたであろうこの新聞みたいなやつを持って店へと向かった。
「しおり殿、ありがとうございます。おや? これは違いますぅ~ この連載珍道中の紙はうすい緑色なので木曜日の紙、明日のやつなのですよ。もう一つ、手前にうすい水色の紙の連載珍道中がなかったですかね?」
「ごめんなさい! ちょっと見て来るわね」
「いえいえ、しおり殿はこのあたりをはたきでパタパタしていてください。我が持ってきますよ」
「……でも」
「いいのです、いいのです」
そういうと右近はそれこそパタパタと倉庫へと走っていった。
ふと傍にいた左近を見ると、小さくため息をついている。
「右近はしおり殿にまた昨晩の玉子焼きを作ってほしいのですよ。きっと。早く、仕事を覚えてもらおうとこっちは考えていたところなのに、まったくですぅ」
「ごめんなさいね」
「いいのですよ。それじゃあ、はたきをどうぞ。それより、連載珍道中は月曜日から金曜日まで毎日入荷があって、一枚が二厘です」
「にりん?」
「これがお金なのですよ。しおり殿のいたうつしよの京都では、使わないお金だと思いますぅ」
こぎつね左近の手には、銅貨が二枚乗っていた。
十円玉よりは一回りくらい小さめの銅貨。
「連載珍道中が売れたら、このカゴにお金を入れてくださいまし」
「わかったわ」
そして、店が開くと同時に、連載珍道中は瞬く間に完売となった。
ものの十分くらいで、あっという間になくなったのだ。
皆、ほぼ人の姿で買いに来ていたが、右近と左近は瞬時に誰なのかわかるようで、「猫又のおやじさん」だの、「雪女の姐さん」だの声をかけていた。
「なかなか手際が良かったですよ、しおり殿」
そう言ってにっこりとカゴに入った小銭を、金庫のような箱へと右近が仕舞う。
「おわったか」
「主、おはようございます。今、連載珍道中は完売しましたぁ」
「そうか。今回、なかなかの人気ぶりだな」
「前回の連載捕り物長も人気でしたがねぇ」
聞くと、この連載シリーズは、昨日の喜助くんのお父さんが書いているそうだ。
「ということは、喜助くんのお父さんは作家なの?」
「はいな。なかなか売れっ子の時代小説家ですよ」
「へぇ、そうなんだ。すごいのね」
「ただ、新作が思うように進んでないらしくて……大変ですぅ」
その時、ふと昨日役所の戸籍係のっぺらぼうの人と白雲が話していたことを思い出した。
『そうですか、あの先生の新作が! それは楽しみですね。それで、発売はいつ頃になりそうなんですか?』
『それはまだわからない。また先生の筆が止まるかもしれないと、編集担当の鬼が言っていたから』
『ああ、なるほど。書き上げてみないとわからないってヤツですか。ほえぇ、待ち遠しいなぁ』
あの話は、喜助くんのお父さんのことだったのかも。
ふと白雲を見ると、ふわぁと大きな欠伸をしていた。
「こんにちわー!」
と元気のよい声が店内に響く。
「これはこれは喜助さん。あれ? 今日は母御は一緒ではないのかい?」
左近が喜助を出迎える。
すると、喜助くんは私を見つけてかけてくる。
小脇には昨日のお花の図鑑が抱えられていた。
「しおりちゃん! 今日はしおりちゃんの好きなお花を聞きに来たんだ!」
「私の好きな花?」
「うん、そう!」
キラキラとした瞳が、私をまっすぐに見つめている。
私は喜助くんの目線まで下りて、図鑑を広げる小さな手元を微笑ましく思った。
「あのね、この街に咲くお花はぜんぶこの本に載っていたんだ。だから、どれが好きかなぁーと思って」
「どれどれ。……どれもかわいいね。私の好きな花か、うーん……」
なんて答えようか。それより、何も思いつかない。私はどんな花が好きだったんだろう。
私は、喜助くんに正直に話すことにした。
「喜助くん、ごめんね。私、いろいろと思い出せないことが多くてね、好きだったお花……思い出せないんだ」
すると喜助くんは悲しそうな顔をして、私に抱き着いた。
「よしよし。しおりちゃんの好きなお花、ボクが思い出させてあげるよ。だから、元気出して」
「ありがとう、喜助くん」
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