8 / 31
弐章 小鬼の初恋と幽玄の郷
弐
しおりを挟む「しおり殿? しおり殿!」
「えっ? ああ、なあに左近ちゃん」
「もう、左近でいいのですよ。この本を三冊とこちらの新刊を五冊店頭に並べましょう。それより、ぼーっとなさってどうかしましたか?」
朝、こぎつね姿の左近が新しく入荷された本を出すというので、倉庫でお手伝いをしていたのをすっかりうっかり。ハッと我に返って言われた通り、本を手にした。
「ごめんなさい。大丈夫よ。この本を店に出すんだったわよね」
私はずっと考えていた。
徳を積めば願いが叶えられる世界。
頭では理解できるけれど、本当にそうならなんて素敵な世界なんだろう。
「……とこれもお願いしますぅ。もうすぐ、開店ですから頼みましたよ~」
「え? あっ、左近ちゃん! 行っちゃった……えっと、これもって言ってたわよね……その前に何て言ってたんだろう……? ここにある新聞みたいなこれのことかしら?」
ダメだ、仕事なのにずっと徳を積むとか願いが叶うってことに気がそれてしまう。
私は今日、表に出すと指示された本を八冊と、おそらく言われていたであろうこの新聞みたいなやつを持って店へと向かった。
「しおり殿、ありがとうございます。おや? これは違いますぅ~ この連載珍道中の紙はうすい緑色なので木曜日の紙、明日のやつなのですよ。もう一つ、手前にうすい水色の紙の連載珍道中がなかったですかね?」
「ごめんなさい! ちょっと見て来るわね」
「いえいえ、しおり殿はこのあたりをはたきでパタパタしていてください。我が持ってきますよ」
「……でも」
「いいのです、いいのです」
そういうと右近はそれこそパタパタと倉庫へと走っていった。
ふと傍にいた左近を見ると、小さくため息をついている。
「右近はしおり殿にまた昨晩の玉子焼きを作ってほしいのですよ。きっと。早く、仕事を覚えてもらおうとこっちは考えていたところなのに、まったくですぅ」
「ごめんなさいね」
「いいのですよ。それじゃあ、はたきをどうぞ。それより、連載珍道中は月曜日から金曜日まで毎日入荷があって、一枚が二厘です」
「にりん?」
「これがお金なのですよ。しおり殿のいたうつしよの京都では、使わないお金だと思いますぅ」
こぎつね左近の手には、銅貨が二枚乗っていた。
十円玉よりは一回りくらい小さめの銅貨。
「連載珍道中が売れたら、このカゴにお金を入れてくださいまし」
「わかったわ」
そして、店が開くと同時に、連載珍道中は瞬く間に完売となった。
ものの十分くらいで、あっという間になくなったのだ。
皆、ほぼ人の姿で買いに来ていたが、右近と左近は瞬時に誰なのかわかるようで、「猫又のおやじさん」だの、「雪女の姐さん」だの声をかけていた。
「なかなか手際が良かったですよ、しおり殿」
そう言ってにっこりとカゴに入った小銭を、金庫のような箱へと右近が仕舞う。
「おわったか」
「主、おはようございます。今、連載珍道中は完売しましたぁ」
「そうか。今回、なかなかの人気ぶりだな」
「前回の連載捕り物長も人気でしたがねぇ」
聞くと、この連載シリーズは、昨日の喜助くんのお父さんが書いているそうだ。
「ということは、喜助くんのお父さんは作家なの?」
「はいな。なかなか売れっ子の時代小説家ですよ」
「へぇ、そうなんだ。すごいのね」
「ただ、新作が思うように進んでないらしくて……大変ですぅ」
その時、ふと昨日役所の戸籍係のっぺらぼうの人と白雲が話していたことを思い出した。
『そうですか、あの先生の新作が! それは楽しみですね。それで、発売はいつ頃になりそうなんですか?』
『それはまだわからない。また先生の筆が止まるかもしれないと、編集担当の鬼が言っていたから』
『ああ、なるほど。書き上げてみないとわからないってヤツですか。ほえぇ、待ち遠しいなぁ』
あの話は、喜助くんのお父さんのことだったのかも。
ふと白雲を見ると、ふわぁと大きな欠伸をしていた。
「こんにちわー!」
と元気のよい声が店内に響く。
「これはこれは喜助さん。あれ? 今日は母御は一緒ではないのかい?」
左近が喜助を出迎える。
すると、喜助くんは私を見つけてかけてくる。
小脇には昨日のお花の図鑑が抱えられていた。
「しおりちゃん! 今日はしおりちゃんの好きなお花を聞きに来たんだ!」
「私の好きな花?」
「うん、そう!」
キラキラとした瞳が、私をまっすぐに見つめている。
私は喜助くんの目線まで下りて、図鑑を広げる小さな手元を微笑ましく思った。
「あのね、この街に咲くお花はぜんぶこの本に載っていたんだ。だから、どれが好きかなぁーと思って」
「どれどれ。……どれもかわいいね。私の好きな花か、うーん……」
なんて答えようか。それより、何も思いつかない。私はどんな花が好きだったんだろう。
私は、喜助くんに正直に話すことにした。
「喜助くん、ごめんね。私、いろいろと思い出せないことが多くてね、好きだったお花……思い出せないんだ」
すると喜助くんは悲しそうな顔をして、私に抱き着いた。
「よしよし。しおりちゃんの好きなお花、ボクが思い出させてあげるよ。だから、元気出して」
「ありがとう、喜助くん」
11
あなたにおすすめの小説
付喪神狩
やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。
容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。
自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる