京都かくりよあやかし書房

西門 檀

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参章 雪女の書いた恋物語

参 9

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 二人というか、二匹がいっぺんに喋るものだから、ほとほと困り果てているとあやかし書房にお客さんがやって来た。
「あ! いらっしゃいませぇ!」
 二匹はお客様のところへ飛んでいく。
 さすが、長年染みついた書店員のサガ。
 今の今まで、泣きそうな顔をして私に話していたのに。
 ふと、私は彼の姿を探すために立ち上がった。
(白雲も戻っているのかしら?)
 私は白雲のいるだろう、彼の部屋へと向かう。

 すでに、日が傾きかけていて橙色の空が、そのまま彼の部屋を染めていた。
 しかし、彼の姿はどこにもない。
「白雲……まだ帰ってきていないの?」
 小さく呟いた彼の名が、このもの寂しげな部屋に零れ落ちる。
「会いたい……な」

 日はとっぷりと暮れて、あやかし書房にも夜が訪れた。
 気温が下がり、夜という名の冬はかくりよの世界を覆う。
「寒いですぅ、しおり殿ぉ~!」
「今夜はお風呂に入りますぅ~!」
 私は左近と右近と共に、夕餉を頂いて風呂の用意をした。
 淡々と過ぎていく時間。
 時の止まった世界らしいけど、私にはとても長く感じた。
「しおり殿?」
「ん?」
 私を呼びとめたのは左近だった。
「主は、帰ってきますよ」
「……そうね」
「だから、元気出してください」
「あら、元気よ。ほら、お風呂からあがったなら早く寝なきゃ、湯冷めするわよ」
「はいな」
 雪比先生のところでの話をもっと聞いてみたかったけれど、要らぬ想像をしてまた不安が心に降り積もると困るから、敢えて聞かないようにした。

 雨水との時間を思い出して、私は彼がいつ帰ってきてもいいように彼の部屋に、火鉢を用意する。私は彼の部屋で、雪比先生の本を読むことにした。

 “恋しさは雪のように毎夜降り積もる。
 いつの間にか、閉ざされた雪の壁に覆われて心までもが凍り付くのだ。
 あの人のいない世界で生きるなんて、全てが無になるようなもの。
 生きる世界が違うなんて、ただの言い訳だと思っていた。
 人間とあやかし、同じ時を刻むことは難しい。
 だけど、私は彼と出会えたのだから、神の許しがあったということよね?
 
 私は彼の死を受け入れられず、人郷へと降りて彼の葬儀を山の麓から見守った。
 今、閉ざされた雪の中……彼の輪廻を待ち望む。
 これもまた、私の幸せなのだ。
 私たちは約束している来世も共にと。”

 
 待ち望むだけの日々は、彼女の希望であったのだろう。
 わずかに灯している炎を絶やさずに、ずっと生きてきたに違いない。
「人間とあやかしは、同じ時を刻むことは難しい、か」
 私は人間。
 白雲はあやかし。
 どう考えても、先に私の寿命が尽きることは明確だ。
 だけど、考えても仕方のないこと。

 雨水が言っていたっけ。
『種族が違うけど、同じように生きているでしょ?』って。
 あれ?
 ここは時が止まった世界よね?
 もしかしたら、私の時間も止まったりする?
 白雲が戻ったら聞いてみよう。
 同じように生きられるのなら、私は元の世界へ戻らない選択だってできるはず。

 思わぬ希望が生まれた時、窓の木枠が風でカタカタと鳴った。
 家の隙間から、冷気がスゥッと入ってくる。
 私は、何者かの気配を感じて、あやかし書房の店の前へと向かった。

 店の前には、氷でできた牛車が停まっている。
 冷えた道は凍り付き、その場だけ雪が降っていた。
 その牛車から、白雲が降りて来る……
「白雲!」
 駆け寄ると、彼は真っ白な息を吐き冷たい身体を私へと預けた。
「白雲? 大丈夫?」
 心配している私を笑う雪比。
 牛車の中から顔を出し、雪比が私に声をかける。
「頑固な男。わらわの言う事を聞かぬ男なぞ、そなたにくれてやるわ」
「ひどいです。雪比先生……白雲と何があったかは知らないけど、もうあなたの心に希望はないんですか?」
「しおり、やめておけ……」
 冷え切った彼の身体を支えて、私は雪比を睨む。

「しおりとやら、わらわの書いた新作は読んだのだな。わらわの気持ちを知ったか?」
「私は雪比先生ではないから、その想いの深さは理解できても、生きてこられた間の辛さは想像しかできません」
「そうか。想像か……フフフ」
 雪比はどこか悲し気に笑う。
「白雲を頼んだ。あやかし書房がなくなるとわらわも困るでの」
 そういうと彼女は、氷の牛車へと姿を隠した。
「思い違いをしていたようじゃ。わらわの恋しい人は白雲ではなかった」
 牛車から、彼女はそういうと返って行く。
 月は飄々と、この世界を照らしている。
「白雲、中へ入りましょう。お風呂もまだ温かいわ、入る?」
「ああ」
 私は白雲の羽織を、彼へと返し彼を支えながらあやかし書房の中へと入る。
 様子を見に来た、こぎつねたちも白雲の戻って来たのをとても喜んでいた。

 風呂で温まり、温かい食事をして白雲は床へと横になった。
「まだ寒い?」
 そう問いかけると「いいや」と返事が返ってくる。
 布団から白雲の手が伸びてきて、私の手を包む。
「約束通り、戻った」
「そうね。約束通りだわ」
「待っててくれたんだな」
「……ええ。いろいろとあったけどね」
 私は白雲と別れてからの話を、ゆっくりと話して聞かせ、彼が眠るのを見届けた。
 側に居られることは幸せだ。
 この満たされていくことに実感を覚え、私は朝まで彼の寝顔を眺めていた。
 
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