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参章 雪女の書いた恋物語
参 10
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気がつくと、私は自分の部屋に寝ていた。
柱時計の音がちょうど朝の九時を示している。
「……九時!?」
私はあわてて起き上がり、居間へと向かった。
居間のふすまを開けた瞬間、私は頭を目一杯下げて謝る。
「ご、ごめんなさい!」
数秒、何の反応も返ってこないのを不思議に思い、顔を上げるとそこには誰もいなかった。
「あれ? みんなはどこ?」
この時間だと、店を開ける前だから、左近も右近も白雲もまだここでのんびりとしているはずなのに。
新聞は置きっぱなし。
しかし、朝餉を食べた様子はなく……私の膳だけが用意されている。
「店かな……」
私はみんなを探しながらも、違うことも考えていた。
昨日、確かに白雲は帰ってきたし、雪比先生も白雲のことは諦めたような雰囲気だったこと。まだ、何気に気になっている。
白雲と雪比先生の間に、何があったのだろうか。
私が来る前のことを詮索するつもりはないけど、やはり気になる。
いい年して、やきもちを焼くなんて恥ずかしい。
まして、恋しているなんて……どう自分の気持ちと折り合いをつけていいのやら……私は、向こうの世界でこういう気持ちになったことはあるのかしら?
店へと出てみると、開店の準備が途中のまま、引き戸は開け放たれていた。
もちろん、店先にも誰もいない。
今日の新刊も、連載珍道中も置いたまま。
「どこに行ったのかしら……」
店の中から外を見てみると、いつもは人通りがあるのに誰もいない。
「うそでしょう? これはどういうこと?」
私はそのまま店を出て、近くを見て回った。
商店街に差し掛かると、人だかりが出来ているのに気が付く。
その中に、見覚えのある背格好の長身の男がいた。
「白雲!」
彼は振り返り、笑顔をみせる。
「起きたのか? もう少し寝ていてもいいんだぞ?」
「そんなことより、どうして集まっているの? 何か始まるの?」
「ああ、ここに間もなく電気の街灯が建つらしい」
「電気?」
何でも、朝から街はてんやわんやらしく、役所の前にもさきほど街灯が建ったばかりだという。
「この世界も時代が進んでいるのね」
とぽつり、私が言うと白雲が目を丸くした。
「……しおり、今何て言った?」
「え? 時代が進んでいるって言ったこと?」
「ああ、そうだ。ここのところ、何かが変な気がしていたんだが、それだ!」
白雲が言うには、長い間変わらなかったものが変化を見せているという。
「例えば、どんなこと?」
「そうだな……かくりよで暮らすあやかしたちの心とでもいうか……例えば、ほら鬼家の喜助もそうだ」
「喜助くん?」
かくりよのこの世界ができて、徳が貯まった鬼家の夫婦は徳で子供を授かった。
そこからおおよそ五十年ほど、喜助が大人になりたいとは言ったことがなかったという。
「そうなのね」
「他にも、雪比の気持ちの変化や、今日の電気にしてもそうだと思う」
あら、雪比先生のお気持ちには気づいていたのねと私は白雲を仰ぎ見た。
「なんだ?」
「いいえ。それで、その……他にもあったりするの?」
「そうだな、何となくだが……しおりがここへ来てからのような気がする」
「えっ? やだ、そんな変なこと言わないでよ」
そんなことはないはず。
と、私が思っていると急に背筋が寒々とした。
「そうかもしれまへん」
「雪比!」
にこやかに雪比先生が、背後に立っていて私は白雲の陰に隠れる。
「あらぁ、しおりさん。これからは仲良うしましょ」
「はぁ」
初めて見たにこやかな雪比先生。
昨夜のすんと澄ました顔とは大違いだ。
でも、先生もそう思うってことなの?
「しおりさんが来てからというもの、雨降りの日が減りましたやろ?」
「そう、だな……」
「え? そんなことも私のせいなんですか?」
するとそこへ、少年姿の左近と右近がやってきて、私の前に立ちはだかり威嚇をした。
「主! 雪比様! しおり殿をいじめてますね?」
「そうです、そうです。いけませんよ!」
「左近、右近……ありがとう。でもいじめられてなんてないの。なんか、最近のこの世界が変わったんだって」
そう言い聞かすと、二匹は私を不思議そうに見上げた。
「しおり殿がそういうなら……」
「そうですねぇ」
二匹は引き下がったが、ふと湧いて出た疑問が消えることはなく、その後もその話を白雲と雪比がしていた。
無事、商店街にも電気の街灯が建った。
あやかしたちはとても喜んでいる。
それを見て、白雲は何か考え込んでいる様子だった。
「また、街灯が灯るころに来てみるか」
「そうですね」
私たちは雪比先生と別れて、店へと戻る。すると、店の前にはお客さまがずらり。
「おい! どこに行ってたんだ? 連載珍道中を一部くれ!」
「はいな!」
左近と右近も大慌て。
「ねえ、八乙女先生の新刊は今日よねぇ?」
「はい、こちらになります。おまたせしました!」
急にてんやわんやのあやかし書房。
電気見物帰りのお客様なのか、朝から勢いよく、お客様が押し寄せていた。
「しおり」
お客様がひと段落して、白雲が私を呼ぶ。
「はい」
「夕餉が終わったら出かけてみよう」
電気がよほど気になるのねと、私は思い頷いた。
柱時計の音がちょうど朝の九時を示している。
「……九時!?」
私はあわてて起き上がり、居間へと向かった。
居間のふすまを開けた瞬間、私は頭を目一杯下げて謝る。
「ご、ごめんなさい!」
数秒、何の反応も返ってこないのを不思議に思い、顔を上げるとそこには誰もいなかった。
「あれ? みんなはどこ?」
この時間だと、店を開ける前だから、左近も右近も白雲もまだここでのんびりとしているはずなのに。
新聞は置きっぱなし。
しかし、朝餉を食べた様子はなく……私の膳だけが用意されている。
「店かな……」
私はみんなを探しながらも、違うことも考えていた。
昨日、確かに白雲は帰ってきたし、雪比先生も白雲のことは諦めたような雰囲気だったこと。まだ、何気に気になっている。
白雲と雪比先生の間に、何があったのだろうか。
私が来る前のことを詮索するつもりはないけど、やはり気になる。
いい年して、やきもちを焼くなんて恥ずかしい。
まして、恋しているなんて……どう自分の気持ちと折り合いをつけていいのやら……私は、向こうの世界でこういう気持ちになったことはあるのかしら?
店へと出てみると、開店の準備が途中のまま、引き戸は開け放たれていた。
もちろん、店先にも誰もいない。
今日の新刊も、連載珍道中も置いたまま。
「どこに行ったのかしら……」
店の中から外を見てみると、いつもは人通りがあるのに誰もいない。
「うそでしょう? これはどういうこと?」
私はそのまま店を出て、近くを見て回った。
商店街に差し掛かると、人だかりが出来ているのに気が付く。
その中に、見覚えのある背格好の長身の男がいた。
「白雲!」
彼は振り返り、笑顔をみせる。
「起きたのか? もう少し寝ていてもいいんだぞ?」
「そんなことより、どうして集まっているの? 何か始まるの?」
「ああ、ここに間もなく電気の街灯が建つらしい」
「電気?」
何でも、朝から街はてんやわんやらしく、役所の前にもさきほど街灯が建ったばかりだという。
「この世界も時代が進んでいるのね」
とぽつり、私が言うと白雲が目を丸くした。
「……しおり、今何て言った?」
「え? 時代が進んでいるって言ったこと?」
「ああ、そうだ。ここのところ、何かが変な気がしていたんだが、それだ!」
白雲が言うには、長い間変わらなかったものが変化を見せているという。
「例えば、どんなこと?」
「そうだな……かくりよで暮らすあやかしたちの心とでもいうか……例えば、ほら鬼家の喜助もそうだ」
「喜助くん?」
かくりよのこの世界ができて、徳が貯まった鬼家の夫婦は徳で子供を授かった。
そこからおおよそ五十年ほど、喜助が大人になりたいとは言ったことがなかったという。
「そうなのね」
「他にも、雪比の気持ちの変化や、今日の電気にしてもそうだと思う」
あら、雪比先生のお気持ちには気づいていたのねと私は白雲を仰ぎ見た。
「なんだ?」
「いいえ。それで、その……他にもあったりするの?」
「そうだな、何となくだが……しおりがここへ来てからのような気がする」
「えっ? やだ、そんな変なこと言わないでよ」
そんなことはないはず。
と、私が思っていると急に背筋が寒々とした。
「そうかもしれまへん」
「雪比!」
にこやかに雪比先生が、背後に立っていて私は白雲の陰に隠れる。
「あらぁ、しおりさん。これからは仲良うしましょ」
「はぁ」
初めて見たにこやかな雪比先生。
昨夜のすんと澄ました顔とは大違いだ。
でも、先生もそう思うってことなの?
「しおりさんが来てからというもの、雨降りの日が減りましたやろ?」
「そう、だな……」
「え? そんなことも私のせいなんですか?」
するとそこへ、少年姿の左近と右近がやってきて、私の前に立ちはだかり威嚇をした。
「主! 雪比様! しおり殿をいじめてますね?」
「そうです、そうです。いけませんよ!」
「左近、右近……ありがとう。でもいじめられてなんてないの。なんか、最近のこの世界が変わったんだって」
そう言い聞かすと、二匹は私を不思議そうに見上げた。
「しおり殿がそういうなら……」
「そうですねぇ」
二匹は引き下がったが、ふと湧いて出た疑問が消えることはなく、その後もその話を白雲と雪比がしていた。
無事、商店街にも電気の街灯が建った。
あやかしたちはとても喜んでいる。
それを見て、白雲は何か考え込んでいる様子だった。
「また、街灯が灯るころに来てみるか」
「そうですね」
私たちは雪比先生と別れて、店へと戻る。すると、店の前にはお客さまがずらり。
「おい! どこに行ってたんだ? 連載珍道中を一部くれ!」
「はいな!」
左近と右近も大慌て。
「ねえ、八乙女先生の新刊は今日よねぇ?」
「はい、こちらになります。おまたせしました!」
急にてんやわんやのあやかし書房。
電気見物帰りのお客様なのか、朝から勢いよく、お客様が押し寄せていた。
「しおり」
お客様がひと段落して、白雲が私を呼ぶ。
「はい」
「夕餉が終わったら出かけてみよう」
電気がよほど気になるのねと、私は思い頷いた。
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