京都かくりよあやかし書房

西門 檀

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参章 雪女の書いた恋物語

参 11

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 夕餉は、菜の花のおひたしに山ごぼうのきんぴら、揚げたゆり根しんじょうのおつゆ。
 我ながらうまくできて、私がその食卓の香りを嗅いでいる間に、左近と右近と白雲は食べ終わってしまった。
「早いのね……」
「だって、電気が点くのですよ? 早く見に行かなければいけません!」
「そうです、そうです!」
 こぎつねたちもこうなのだから、きっと街中のあやかしたちがそう考えているに違いない。
 白雲もそうなのだろう。
 だから、私のことも誘ってくれたんだ。
 少し遅れて、私も箸を置く。
「しおり殿、洗い物は僕たちが致しますぅ」
「あ、ありがとう」
 と右近が言う。
 二匹がさっさと食卓を片付けてしまい、台所へと消えていく。
 そして、咳払いをした白雲が、私に目配せをして言った。
「上着を持ってくるといい。出かけよう」と。

 日が暮れ始め、黄昏時。
 金星が輝き始めて、空の裾野だけがやや明るい。
 行き交うあやかしの姿が、影となり存在だけが通りに映し出されている。
 夜に町を歩くことは初めてだが、いつもならガス灯が、道を照らしているのだろう。
 しかし、まだ灯りは点いていない。
 物言わぬあやかし書房の店主は、私の少し先を歩いている。
 その広い背中は、どこか頼もしく見えた。
 いったい、どこへ行くのだろうか。
 役所へ行く道は、左側。
 さきほど人だかりだった場所は、とうに過ぎている。
 そうこうしている間に、かなり冷たい風が吹き始めた。

 町はずれに小高い丘があった。
 前に、左近右近からもらった地図にも書いてあったことを思い出す。
「登るぞ」
「あ、はい」
 この丘には誰かが来るのだろうか、誰かが通ってできた道が出来ていた。
 その道以外は、所々にススキが揺れている。
 
 白雲は、どうして私をここに連れて来たのだろう。
 電気を見に行くとばかり思っていた。
 もしかして、時代が進んだことを話すのかしら?
 だけど、それは私のせいではないと思うんだけど……
「しおり、ついたぞ」
「え? ……あ」
 暗さに目が慣れていたから、その明るさがよくわかる。
 目の前に広がった景色は、墨で描かれた山々を境に、上は満天の星空。
 下は、あやかしたちの営みが灯りとなって煌めいていた。

「あの白く発光している灯りは電気だろう。橙色の小さな灯りは家の灯りだ」
「きれい……ですね。これを見せるために、ここへ?」
 すると、白雲が私に手招きをする。
 側まで行くと、彼は私を抱き寄せた。
「何か思い出したか?」
「……いえ、何も……あの……」
 突然の事で、頬が熱くなる。
 身じろぎすると白雲はフッと鼻で笑った。
「話しておかなければいけないことがある」
「話、ですか?」
「そうだ」
 彼は穏やかに吹く風のように、優しく話始める。
 その話は、私がこの世界への入り口に迷い込んだ日の話だった。
 
「初めて会った日は、おまえはおそらく現世の姿だった。今の娘の姿ではなかったのだ。井戸で、初めて会った時から娘の姿だったかとお前は聞いたが、そうだと俺は答えた。すまなかった」
「どうして、そんな嘘を?」
「記憶がない上、見た目も気を失っているうちに変ってしまったなどとは言えんだろう?」
「……驚きましたよね。気を使ってくれてありがとうございます」
 そうだったのか。
 私の本当の姿は見られていたのね……と何気に傷ついた。
「しかし、別に若い姿になったからというわけではない。少し考えたんだ俺も」
「何を考えたのですか?」
 姿がどうだというのか。
 白雲の言いたいことがよくわからない。
 ここに住むあやかしたちからは、姿や種族などでどうこう言われたことはないし。
「雨水に聞いた。お前がいろいろと悩んでいることを。だからというわけではない……俺がそうしたいのだ。俺の妻になってはくれないだろうか」
「……今、何て?」
「申し込んだのだ。婚姻を」
 
 風の音が聞こえるほどに、私たちは無言になった。
 彼の瞳の中には、目を丸くした私が映っている。
 少しして、私の返事を聞こうと口火を切ったのは、彼だった。
 彼の長い白い髪が、月の灯りを反射する。
 私はすっぽりと彼に包まれてしまい、鼻先がくっつくくらいの至近距離に鼓動が高まった。
「狐が亭主では嫌か?」
 初めて会った頃は、すんと澄ましてて何を考えているのかわからない人だった。
 いや、人じゃない狐だ。
 今も、まあ何を考えているのかはよくわからない。
 そのよくわからない狐に、婚姻を申し込まれているのよね、私は……

「でも、私は人間だし」
「種族が違っても、問題はない」
「私、おばさんよ?」
「俺はもう千年を越えているが?」
 彼の瞳の色が金色に変る。
 それと同時に、大きな耳が彼の頭にひょこり現れた。

「これだけ生きてきたのに、妻を娶ろうと思ったのは初めてなんだ」
「私でいいのですか?」
「ああ。しおりがいい」
 記憶が戻っても戻らなくても、今の気持ちを忘れたくないと思った。
 私も彼の事が好き。
 ちょっともぞもぞしながら、私は彼に「よろしくお願いします」と告げた。
 白雲は嬉しそうに微笑む。
「何も心配はいらない。狐は一途だから」
「あなたを信じるわ」

 たくさんの灯りが点る、かくりよの世界。
 その中のひとつは、白雲と私の暮らすあやかし書房だ。
 
 この夜、私は白雲と夫婦になることを約束した。
 
 
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感想 1

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みんなの感想(1件)

咲那
2025.01.23 咲那

すっごく面白です!!更新されるのをワクワクしながら楽しみにしてます!

2025.01.23 西門 檀

めっちゃ嬉しいです。
更新頑張ります💓

最後まで見届けてくださいね✨

感想ありがとうございました。😊

解除

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