進入禁止

白川ゆい

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片想い編

前とは違う?

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「ほんっと、相変わらずヤス兄は女の子の気持ちを分かってないね!」
「ほんと、変わってないなーと思ったよ」

 プンプン怒りながらビールを飲もうとする美晴ちゃんの手からやんわりビールを取り上げて、代わりにジュースを渡す。立花主任の妹さんの美晴ちゃんがゴールデンウィークを利用して遊びに来ていた。兄が三人も同じ街にいるのにあえて私のところに泊まりに来てくれたのが嬉しい。ここに全員勢揃いしそうでちょっと怖いけど。美晴ちゃんは唯一の女の子だからか、兄たちがとても過保護なのだ。
 今までの経緯、特にあの飲み会での発言を美晴ちゃんに言うと美晴ちゃんは可愛い顔を般若のようにして怒った。自分が怒るわけでも特に落ち込むわけでもなく、無に近い感情だったから何となく落ち着いた。それと同時に切ない気持ちが湧き水のようにゆっくりと込み上げてくるのも事実だった。

「ヤス兄と日向お兄ちゃんを足して2で割ったらちょうどいいと思わない?」
「あはは、確かに。でも響は?」
「ひーくんはあのままでいい。可愛いから」

 美晴ちゃんはふわふわとしていてとても可愛らしい女の子だ。ただ、兄たちに対しては結構辛辣。響とは兄と言うより友達みたいな感覚みたいだけど。

「でもまさかヤス兄と唯香ちゃんが同じ会社になるなんてね」
「……うん」
「まだ好きなの?」

 まっすぐな目で刺さるような質問をされて言葉に詰まる。強張った体を無理やり解いて、私は首を横に振った。

「好きなわけないよ。もう何年前だと思ってるの」

 彼にとって私は妹みたいな幼馴染なんだと、この前だって思い知らされた。自分の思い通りにならないことは嫌。ただ心を掻き乱して自分が自分じゃなくなる。
 その時美晴ちゃんの携帯が鳴って美晴ちゃんが誰かと話している間、頭が働かなくて何となくぼんやりしていた。

「そういえばせっかくのお休みなのにどこにも行かないの?デートとか」
「……あー、誘われたのは誘われたけど……。まだ返事してない」
「元カレと別れたのいつだっけ?もうそろそろ次行く頃じゃない?」
「うん、デートしてみようかな」

 それから美晴ちゃんによる尋問が始まり、全て白状させられた。ちなみに誘ってくれたのは竹田さんだ。その時に軽く告白もされた。私は社会人になったばかりだから社内恋愛がどんなのかも分からないし、竹田さんは本当に近い先輩だから色々面倒な気もする。ただいい人なのはよく知っていて、忙しい時でもいつもイライラすることなく私にも笑顔で対応してくれたし、ちょっと暑苦しいところを除けば素敵な人だと思う。

「ねぇ、イケメン?」
「うん、まぁ、それなりに……」
「ヤス兄とどっちがイケメン?」
「っ、……えーっと……、違うタイプだから……」

 そう言った私を見て美晴ちゃんはふふんと笑う。仕方ないじゃない。立花主任は好きじゃなくても私の中で理想の人なんだから。
 その時、ピンポーンとインターホンが鳴って。私は何も考えずに画面を見て、固まった。

「あ、来た?」

 美晴ちゃんが悪びれもせず言う。さっきの電話は兄たちのうちの誰かだったのだ。悪い予感ほど的中する。やっぱり兄が勢揃いした。
 恐る恐るドアを開けると、日向と響はよく来るから普通に自分の家みたいに入って行く。日向なんて買ってきたお酒を勝手に冷蔵庫に入れていた。残された立花主任はこの前のこともあってか気まずそうで、心細そうに弟たちを見ている。心の中で一つため息を吐いて、私は笑顔を作った。

「どうぞ」
「えっ」
「美晴ちゃんいますよ。入らないんですか?」
「……っ、あ、お邪魔します……」

 私がドアを押さえていると、立花主任がすぐそばを通る。それだけで痛いくらいに心臓が動いて、苦しい。感情が表に出ないタイプでよかった。

「あ、あのさ、唯香……」
「名前で呼ばないでください」
「……、うん、そうだね、ごめん」
「……」
「この前のことも、ごめん。俺すっげー失礼なこと言って」
「気にしないでください。もうあんなことで怒ったりしませんから」

 違う、昔とは。昔みたいに気軽に触れたりできないし、昔みたいに気軽に呼んだりできない。隣に立つのも、くっついて座るのも。そう、それはただ、大人になったから……

「……柴崎さん」

 泣かない。自分から遠ざけたんじゃない。名前で呼ばないでって言ったのも自分。だから、泣かない。

「……ごめん」

 謝らないでよ。惨めになるじゃない。やっぱり女の子の気持ち分かってない。もう関わらないで。放っておいて。……うそ。本当は、本当は……
 思わず掴んだ彼の服の裾を、驚いたような顔をした彼が振り向いた瞬間離した。そして何事もなかったかのように微笑む。

「どうぞ」

 今の私は、どう映ってるんだろう。離れたいのに、離れたくなくて。関わりたくないのに、やっぱりそばにいたい。そんなぐちゃぐちゃな私、彼の前でしか出てこないのに。
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