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白川ゆい

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両想い?編

ヤスくんの本音

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 お盆休みが終わると、残暑はあるものの一気に秋の気配が近付く。気付いた時にはもう秋で、きっとこのまま冬も迎えるのだろう。
 落ち葉がヒラヒラと舞う。道にも何枚か茶色い葉っぱが落ちていて、踏むとくしゃっと乾いた音を立てて粉々になった。

「ごめん、お待たせ」

 小走りで駆け寄ってきた先輩に笑顔を返す。涼しくなったしランチは外でしようと誘われたのだ。二人で会社の前のお弁当屋さんでお弁当を買って、すぐ近くの公園に入る。夏も終わり、過ごしやすい季節。公園には沢山の人がいた。たまたま空いていたベンチに腰掛ける。
 私はミックスサンドを選んだ。先輩は唐揚げ弁当。よく食べるのに細いなんてズルい。

「少食だね」
「太りやすい体質なんです。先輩はいっぱい食べても太らないですよね」
「それだけ運動してるんだよ」

 そうなんだ。最近運動なんて全然出来てないもんな。そろそろ運動もしないと……

「そういえば主任とどうなった?」
「ぶっ」

 突然の振りに口からお茶が飛んだ。突然とかほんとやめてほしい……!
 先輩はニヤニヤ笑いながら私を見ている。こほんと小さく咳をして、口を開いた。

「別に、どうも……」
「主任って恋愛で結構普段の態度とか左右されるタイプかと思いきやそうでもないんだね」
「それは多分……まだそこまで私のこと好きじゃないんだと思います」

 そう、焦っちゃダメ。だって待っててってヤスくんにも言われたし。今焦って答えを求めてもヤスくんを困らせるだけ。私にできるのは、ただ待つことだけなんだから。

「今まで3年は主任の部下やってるけどさ、女の影とか感じたことないし心配しなくて大丈夫だと思うよ」
「そうなんですか……」
「あ、でも写真……」
「え?」

 先輩はあっと口を手で隠した。写真?えええ、気になるんですけど、何写真って!!ヤスくんだって彼女がいたことくらいあるだろう。現に八年前、私はそれでヤスくんを諦めることにしたのだ。でも写真を持ってるほど忘れられない人とか、彼女に執着したことないとか言ってたくせに嘘つき……!

「き、気になります!」
「うんそうだよね、ごめん。前にみんなで主任の家に行ったんだけどさ」
「は、はい」
「写真あったんだ。女の子の。大分年下みたいだったけど」
「え……」
「主任の家族と一緒に写ってて、目が大きくて可愛い子だった。これ妹ですか?って聞いたら、妹じゃない、幼馴染、多分俺にとって一番大切な子って……」

 ヤスくんに会わなかった八年間。寂しかったのは私だけだと思ってた。ヤスくんが地元を出る時もさよならしなかった。実家に帰ってきた時も絶対に家から出なかった。いつかは忘れて、風化して、大人になったらヤスくんは子どもの頃によく遊んでもらってた初恋のお兄ちゃんになると思ってた。でも。

「え、柴崎さん?!」
「すみませ、っ」

 私はきっと、何度も恋をするのだ。これからも、きっと。私の体はきっと、ヤスくん以外に恋が出来ないようにできている。

「それ、多分、私です……っ」

 ヤスくんにとって、私は大切な人。そう言ってもらえるだけでも、八年間離れていた意味はあったのかもしれない。
 ポロポロと涙を零す私の背中を、先輩はずっと撫でてくれていた。あまり泣くと目腫れちゃうよーと宥められて、何とか泣き止んだ。
 職場に戻ると当然ヤスくんはいて。私の顔を見てギョッとした。その後すぐに「何かあった?!」とLINEが来た。泣いていたことにもすぐ気付いてくれる。この距離が幸せ。
 その日の終業後、一番遅くまで残るヤスくんを待って一緒に帰った。またご飯作りに行ってもいいですか?と聞いたらもちろんいいよと返してくれたから。そして。

「うおっ?!」
「っ、もう、待てません!」
「えっ?!」

 玄関に入ってすぐヤスくんに飛び付いた。靴を脱ごうと片足を上げていたヤスくんはバランスを崩して倒れ込む。私はヤスくんの上に馬乗りになった。

「もう、やだ、待ってって言われたけど、もう、無理」
「えっ?!まっ、俺何かした?!もう嫌いになった?」
「違う、好きすぎて、もう、無理……っ」
「唯香……」

 とんでもないわがままを言う私の頬をそっと撫でるヤスくんの顔は蕩けるように甘い。

「っ、鈍感、馬鹿、ヤスくんの、馬鹿……っ」
「えええ、それは本当に申し訳ないと思ってるけど……」
「ヤスくんは、私のことが好きなの!!」

 確信なんてない。半分以上は希望だ。お願い。好きだって言って。

「私は、ヤスくんに触れたいと思う、口実なんか探さなくても一緒にいたいと思う、ヤスくんのことが、一番大切……、ヤスくんは、違う?」
「……」
「わ、私を見て、ドキドキしない?!」
「……」

 目を丸くしていたヤスくんは、ふっと笑って目を瞑った。そして、すぐに開けた。決意が宿ったような、そんな瞳だった。

「……するよ。唯香が一番大切。ずっと唯香に会いたいと思ってた」

 体を起こしたヤスくんが、私の頬に、首筋に、指を滑らせる。トクントクンと高鳴る心臓は、ヤスくんにだけ反応する。

「可愛いと思う。触れたいと思う。一緒にいたいと思う。……俺も、唯香のことが好きなんだと思うよ」

 唇にヤスくんの熱い指が触れた。手を伸ばして、ヤスくんの眼鏡を外す。すぐにでも触れそうな距離で、ヤスくんは微笑んだ。

「……俺の負けだ。多分再会した頃から、唯香に落ちてた」

 触れた唇は熱くて、柔らかくて。夢にまで見たヤスくんとのキスは、緊張しすぎて息苦しかった。ぎゅっと握られた手に汗をかく。少し触れて、また離れて、そしてまたくっつく。啄むようなキスを何度も繰り返して。夢のような時間が甘く過ぎて行った。
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