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本編
先輩が生活に食い込んでくるお話
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そこからの記憶はおぼろげだ。その後起きて、先輩は何事もなかったかのように仕事に行く準備を始めた。昨日かなり酔っ払っていたのにシャキシャキと身なりを整えていく。
「シャワー浴びる?」
「いえ、一度帰るので」
「そう」
家の中での会話は確かそれだけだったと思う。
駅に向かう途中でコンビニに寄った。私は何だか食欲もなく、朝ごはんを買ってあげると言われたけれど断った。
先輩が買い物をしている間、引越し情報雑誌を見ていた。家賃が安くて、治安の悪くないところ。なるべく早くと言われているから、明日にでも不動産屋に行かないと。
「引っ越すの?」
「はい、兄に彼女が出来て」
「うちに来る?」
「えっ」
先輩は晩ご飯に誘った時と同じようなノリで聞いてきた。うちって、さっきまでいたあの家で、先輩と一緒に住むってことだよね?
ぶわっと先輩と出会ってからの記憶が頭の中に広がる。関わった記憶なんてそう多くない。二人の共通の記憶の4割は昨日のものだ。
「……嘘、ごめん、困らせる気はなかったんだけど」
私が困っていることに気付いたのか、先輩は苦笑いしてそう言った。その横顔でさえ美しく、見惚れてしまいそうになるから困る。
「あの、いえ、困ってるっていうか、あの、」
「……今朝言ったことだけど」
「……」
「あれは本当。高校の時、お兄さんを彼氏と勘違いして何もできなかったことずっと後悔してたから。今度はちゃんと、言おうと思って」
「え……」
なかったことにしようと思ってたわけじゃない。先輩があれから何も言わなかったから、もしかしたらあの告白は夢の中の出来事だったんじゃないかって少し思ってたけど。こうやってじっと見つめながら言われると嫌でも本当なんだって実感させられてしまう。私は決して面食いじゃないと思うしミーハーでもないけど、先輩みたいな綺麗な人に言われたらドキドキするのは仕方のないことだと思う。思いたい。
「今日も会いに行くから」
先輩はそう言って、そして私に一歩近付く。ドクンと大きな鼓動が全身を震わせる。先輩を見上げると、先輩は少し濡れた瞳で私を見下ろした。色気がすごい。
「ああ、可愛い」
嬉しそうに微笑むと言うよりニヤつきながら言った先輩は、私の頬に触れ、そして顔を近付けてきた。キスされる、そう思って反射的にギュッと目を瞑る。だけど柔らかい感触があったのは触れられているのとは反対側の頬だった。
「次目瞑ったらキスするからね」
慌てて目を開けた。先輩は耐えきれないと言ったようにプッと吹き出した。
朝はそれで別れ、次に会ったのは午前10時だった。私が働いているコンビニに先輩が来たのだ。次はお昼、15時、17時。さすがにスパンが短すぎる。
先輩は特に私に話しかけてくるわけではなく、じっと見つめてくるわけでもなく、無理やり私のレジに並ぶわけでもない。ひたすら普通の「客」としてやって来た。ただ朝にあんな告白をされた私にとっては異様なほどの存在感で、先輩が来る度に私は少し緊張した。
「お疲れ」
交代の時間、次のシフトの田島くんがやって来た。私は挨拶をしつつ、レジに並んでいたお客さんに対応する。最後のお客さんは多分たまたま、先輩だった。緊張感が半端ない。とにかく先輩と目を合わさないようにひたすらレジ打ちに集中する。あ、これ私の好きなスイーツだ。
「ありがとう、奈々美ちゃん」
「っ、いえ」
先輩はわざとなのか何なのか、私の名前を言ってお礼を言って来た。そして爽やかに立ち去る。
「え、何、ナンパ?えらいイケメンだったけど」
驚いている田島くんに首を横に振る。違う、高校の先輩なの、と。
「シャワー浴びる?」
「いえ、一度帰るので」
「そう」
家の中での会話は確かそれだけだったと思う。
駅に向かう途中でコンビニに寄った。私は何だか食欲もなく、朝ごはんを買ってあげると言われたけれど断った。
先輩が買い物をしている間、引越し情報雑誌を見ていた。家賃が安くて、治安の悪くないところ。なるべく早くと言われているから、明日にでも不動産屋に行かないと。
「引っ越すの?」
「はい、兄に彼女が出来て」
「うちに来る?」
「えっ」
先輩は晩ご飯に誘った時と同じようなノリで聞いてきた。うちって、さっきまでいたあの家で、先輩と一緒に住むってことだよね?
ぶわっと先輩と出会ってからの記憶が頭の中に広がる。関わった記憶なんてそう多くない。二人の共通の記憶の4割は昨日のものだ。
「……嘘、ごめん、困らせる気はなかったんだけど」
私が困っていることに気付いたのか、先輩は苦笑いしてそう言った。その横顔でさえ美しく、見惚れてしまいそうになるから困る。
「あの、いえ、困ってるっていうか、あの、」
「……今朝言ったことだけど」
「……」
「あれは本当。高校の時、お兄さんを彼氏と勘違いして何もできなかったことずっと後悔してたから。今度はちゃんと、言おうと思って」
「え……」
なかったことにしようと思ってたわけじゃない。先輩があれから何も言わなかったから、もしかしたらあの告白は夢の中の出来事だったんじゃないかって少し思ってたけど。こうやってじっと見つめながら言われると嫌でも本当なんだって実感させられてしまう。私は決して面食いじゃないと思うしミーハーでもないけど、先輩みたいな綺麗な人に言われたらドキドキするのは仕方のないことだと思う。思いたい。
「今日も会いに行くから」
先輩はそう言って、そして私に一歩近付く。ドクンと大きな鼓動が全身を震わせる。先輩を見上げると、先輩は少し濡れた瞳で私を見下ろした。色気がすごい。
「ああ、可愛い」
嬉しそうに微笑むと言うよりニヤつきながら言った先輩は、私の頬に触れ、そして顔を近付けてきた。キスされる、そう思って反射的にギュッと目を瞑る。だけど柔らかい感触があったのは触れられているのとは反対側の頬だった。
「次目瞑ったらキスするからね」
慌てて目を開けた。先輩は耐えきれないと言ったようにプッと吹き出した。
朝はそれで別れ、次に会ったのは午前10時だった。私が働いているコンビニに先輩が来たのだ。次はお昼、15時、17時。さすがにスパンが短すぎる。
先輩は特に私に話しかけてくるわけではなく、じっと見つめてくるわけでもなく、無理やり私のレジに並ぶわけでもない。ひたすら普通の「客」としてやって来た。ただ朝にあんな告白をされた私にとっては異様なほどの存在感で、先輩が来る度に私は少し緊張した。
「お疲れ」
交代の時間、次のシフトの田島くんがやって来た。私は挨拶をしつつ、レジに並んでいたお客さんに対応する。最後のお客さんは多分たまたま、先輩だった。緊張感が半端ない。とにかく先輩と目を合わさないようにひたすらレジ打ちに集中する。あ、これ私の好きなスイーツだ。
「ありがとう、奈々美ちゃん」
「っ、いえ」
先輩はわざとなのか何なのか、私の名前を言ってお礼を言って来た。そして爽やかに立ち去る。
「え、何、ナンパ?えらいイケメンだったけど」
驚いている田島くんに首を横に振る。違う、高校の先輩なの、と。
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