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第十七話 偽りのままで、あなたを求めて
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結月として過ごした休日は、僕の心に確かな温もりを残してくれた。月曜日からの大学生活も、以前のような灰色一色ではなくなっている。この心の平穏が、僕が嘘の代償に手に入れた、かけがえのない宝物だった。
その平穏が、木曜日の夜、唐突に破られた。
僕は自室で「相沢悠真」として、模型雑誌をぼんやりと眺めていた。無防備で、完全に油断しきっていた、そんな時だった。枕元に置いていた結月用のスマートフォンが、けたたましい着信音と共に激しく震えだした。画面に表示された名前は、『小野寺 陽翔』。
陽翔とは、あのカフェでの出会い以来、たまにメッセージを交わす程度の、付かず離れずの関係が続いていた。最近は少し疎遠になっていて、このまま関係が薄れていってしまうのではないかと、漠然とした不安を抱くこともあった。当たり障りのない会話は、僕にとって心地よい刺激ではあったけれど、それ以上のものではなかったはずだ。
心臓が、喉から飛び出るかと思った。
僕は震える指で着信を切り、代わりにメッセージアプリを起動した。
『ごめんなさい、今ちょっと声が出せない状況で…。メッセージでもいいですか?』
すぐに既読がつき、『そっか、ごめん、急に。大丈夫?』と、彼の優しさが伝わってくる返信が来る。
『大丈夫です。何か急な用事でしたか?』
『ううん、急ぎじゃないんだけど…。でも、どうしても結月ちゃんに伝えておきたいことがあって』
彼のメッセージは、いつもより少しだけ、硬い気がした。
『初めてカフェで会った時から、ずっと考えてた。結月ちゃんのこと、もっと知りたいって。君は、他の誰とも違う特別な何かを持ってる。俺は、多分…』
その言葉の先を、僕は見たくなかった。でも、見ずにはいられなかった。告げられる。僕が「女」として、この学園の王子様に、求められる。その倒錯した事実に、身体の奥が疼く。
だが、僕が固唾を飲んで次の言葉を待っていた、その時だった。
『ごめん!今、ゼミの仲間から緊急の呼び出しが…!本当にごめん、また改めて連絡する!』
一方的なメッセージを最後に、陽翔からの連絡は途絶えた。
後に残されたのは、「告白未遂」という生々しい余韻と、激しい混乱だけだった。僕はスマートフォンを握りしめたまま、ベッドに倒れ込む。ゼミの呼び出しを盾に、僕はとっさに陽翔の告白を遮ってしまった。それは、この関係を終わらせたくないという無意識の抵抗だったのか、それとも、この嘘が暴かれることへの恐怖だったのか。どちらにせよ、僕は彼からの大切な言葉を、自分の手で遠ざけてしまったのだ。
もし、あの時ゼミの呼び出しがなかったら?陽翔は、僕に何と告げるつもりだったのだろう?
瞼を閉じると、甘い妄想が勝手に立ち上る。
---
夕暮れのキャンパス。人気のない中庭。陽翔が真剣な顔で僕の華奢な手首を掴む。少しだけ汗ばんだ彼の指先の熱が、僕の皮膚を通して、直接神経を焼くようだった。
「好きだ。俺と、付き合ってほしい」
まっすぐな瞳で告げられ、僕は驚いて言葉を失う。その沈黙を肯定と受け取ったのか、彼はたまらないといった様子で、僕の身体をぐっと引き寄せた。僕の腰に回された彼の腕は、思ったよりもずっと骨張っていて、男の人のものなのだと生々しく実感させられる。
ふわりと香る、彼の清潔なシャツの匂いと、微かに混じる甘いコロンの香り。それが僕の理性を麻痺させていく。彼の広い胸板に、結月の柔らかい胸が押し付けられ、その感触に僕の中の「相沢悠真」が昂っていくのが分かった。
「返事、聞かせてくれるまで離さない」
耳元で囁かれた、少しだけ掠れた甘い声。彼の吐息が耳にかかり、ぞくりと背筋が震える。僕の長い髪を、彼のごつごつとした指が優しく梳いていく。その男らしい指と、僕の女の髪との倒錯的な組み合わせが、僕の下腹部に鈍い熱を灯らせた。
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。閉じられた瞼、長い睫毛。その唇が、僕のそれに触れる、寸前――。
---
ハッと我に返ると、そこは殺風景な自分の部屋。腕にあるのは陽翔の温もりではなく、ゴワついたスウェットの感触。鏡に映る無骨な男の自分。「相沢悠真」である現実が、甘い妄想を打ち砕く。
僕は、陽翔に女として求められることに、これほどまでに心を揺さぶられている自分に気づく。彼からのメッセージは、僕が「結月」として過ごす日常に、抗いがたい引力を与えていた。それは単なる友情や憧れではない。女として、彼に触れてほしい、愛されたいと願う、抗いがたい熱だった。この嘘の先に、どんな未来が待っているのか分からない。それでも、陽翔からのその甘い誘惑を、僕はもう拒絶できないと感じていた。
その平穏が、木曜日の夜、唐突に破られた。
僕は自室で「相沢悠真」として、模型雑誌をぼんやりと眺めていた。無防備で、完全に油断しきっていた、そんな時だった。枕元に置いていた結月用のスマートフォンが、けたたましい着信音と共に激しく震えだした。画面に表示された名前は、『小野寺 陽翔』。
陽翔とは、あのカフェでの出会い以来、たまにメッセージを交わす程度の、付かず離れずの関係が続いていた。最近は少し疎遠になっていて、このまま関係が薄れていってしまうのではないかと、漠然とした不安を抱くこともあった。当たり障りのない会話は、僕にとって心地よい刺激ではあったけれど、それ以上のものではなかったはずだ。
心臓が、喉から飛び出るかと思った。
僕は震える指で着信を切り、代わりにメッセージアプリを起動した。
『ごめんなさい、今ちょっと声が出せない状況で…。メッセージでもいいですか?』
すぐに既読がつき、『そっか、ごめん、急に。大丈夫?』と、彼の優しさが伝わってくる返信が来る。
『大丈夫です。何か急な用事でしたか?』
『ううん、急ぎじゃないんだけど…。でも、どうしても結月ちゃんに伝えておきたいことがあって』
彼のメッセージは、いつもより少しだけ、硬い気がした。
『初めてカフェで会った時から、ずっと考えてた。結月ちゃんのこと、もっと知りたいって。君は、他の誰とも違う特別な何かを持ってる。俺は、多分…』
その言葉の先を、僕は見たくなかった。でも、見ずにはいられなかった。告げられる。僕が「女」として、この学園の王子様に、求められる。その倒錯した事実に、身体の奥が疼く。
だが、僕が固唾を飲んで次の言葉を待っていた、その時だった。
『ごめん!今、ゼミの仲間から緊急の呼び出しが…!本当にごめん、また改めて連絡する!』
一方的なメッセージを最後に、陽翔からの連絡は途絶えた。
後に残されたのは、「告白未遂」という生々しい余韻と、激しい混乱だけだった。僕はスマートフォンを握りしめたまま、ベッドに倒れ込む。ゼミの呼び出しを盾に、僕はとっさに陽翔の告白を遮ってしまった。それは、この関係を終わらせたくないという無意識の抵抗だったのか、それとも、この嘘が暴かれることへの恐怖だったのか。どちらにせよ、僕は彼からの大切な言葉を、自分の手で遠ざけてしまったのだ。
もし、あの時ゼミの呼び出しがなかったら?陽翔は、僕に何と告げるつもりだったのだろう?
瞼を閉じると、甘い妄想が勝手に立ち上る。
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夕暮れのキャンパス。人気のない中庭。陽翔が真剣な顔で僕の華奢な手首を掴む。少しだけ汗ばんだ彼の指先の熱が、僕の皮膚を通して、直接神経を焼くようだった。
「好きだ。俺と、付き合ってほしい」
まっすぐな瞳で告げられ、僕は驚いて言葉を失う。その沈黙を肯定と受け取ったのか、彼はたまらないといった様子で、僕の身体をぐっと引き寄せた。僕の腰に回された彼の腕は、思ったよりもずっと骨張っていて、男の人のものなのだと生々しく実感させられる。
ふわりと香る、彼の清潔なシャツの匂いと、微かに混じる甘いコロンの香り。それが僕の理性を麻痺させていく。彼の広い胸板に、結月の柔らかい胸が押し付けられ、その感触に僕の中の「相沢悠真」が昂っていくのが分かった。
「返事、聞かせてくれるまで離さない」
耳元で囁かれた、少しだけ掠れた甘い声。彼の吐息が耳にかかり、ぞくりと背筋が震える。僕の長い髪を、彼のごつごつとした指が優しく梳いていく。その男らしい指と、僕の女の髪との倒錯的な組み合わせが、僕の下腹部に鈍い熱を灯らせた。
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。閉じられた瞼、長い睫毛。その唇が、僕のそれに触れる、寸前――。
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ハッと我に返ると、そこは殺風景な自分の部屋。腕にあるのは陽翔の温もりではなく、ゴワついたスウェットの感触。鏡に映る無骨な男の自分。「相沢悠真」である現実が、甘い妄想を打ち砕く。
僕は、陽翔に女として求められることに、これほどまでに心を揺さぶられている自分に気づく。彼からのメッセージは、僕が「結月」として過ごす日常に、抗いがたい引力を与えていた。それは単なる友情や憧れではない。女として、彼に触れてほしい、愛されたいと願う、抗いがたい熱だった。この嘘の先に、どんな未来が待っているのか分からない。それでも、陽翔からのその甘い誘惑を、僕はもう拒絶できないと感じていた。
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