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第一話 透明な僕と、生まれたての私
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大学の大講義室。放課後のざわめきは、僕――相沢悠真(あいざわ ゆうま)にとって、水中にいる時に聞く地上のような、どこか遠い音だった。僕はその他大勢に紛れる。いや、紛れるというよりは、最初から「いない」ものとして扱われている。それが僕の日常だった。
今日もそうだ。
グループワークの席で、僕は膝の上のノートPCに表示したグラフを、ただ見つめていた。今回のテーマは「現代コミュニケーションの変容」。皮肉なものだ。誰ともまともなコミュニケーションが取れない僕が、このテーマについて発表するのだから。
「ここのデザイン、もっとキャッチーな感じにしない?」
「いいね!てか、動画とか入れちゃう?」
活発に飛び交う意見。僕は昨夜遅くまで調べてまとめた、SNS利用時間と自己肯定感の相関データを示そうと、何度も口を開きかけた。これを使えば、僕たちの発表に確かな説得力が生まれるはずだ。今度こそ、僕もこの輪に入れるかもしれない。
「あの、この統計データなんだけど、若年層の……」
勇気を振り絞って発した声は、思ったより小さく、弱々しかった。
そして、その声はリーダー格の佐藤が放った一言に、あっさりと上書きされる。
「あ、そうだ!結論、もっとエモい感じでいかね?『繋がるほどに、独りになる』みたいな!」
「それ、超いいじゃん!」「天才かよ!」
僕の声は、誰の耳にも届かなかった。いや、もしかしたら聞こえていたのかもしれない。でも、取るに足らないノイズとして、処理されただけ。彼らの熱狂の中で、僕の用意したデータも、僕の存在そのものも、意味を失っていく。
膝の上のノートPCが、急に重くなった気がした。
しばらくして、まとめ役の女子が満足そうに頷いた。
「よし、これで大体の流れは固まったね!みんな、意見出してくれてありがとう!」
その「みんな」という言葉が、ガラスの破片のように僕の胸に突き刺さる。
僕は、一度も意見を言えていない。いや、言ったけれど、誰にも拾われなかった。彼女の笑顔は晴れやかで、そこに悪意のかけらもない。だからこそ、残酷だった。僕はここに座っているのに、彼女の世界には存在していないのだ。
帰り道、夕暮れのキャンパスを一人で歩く。楽しそうに肩を組むカップルや、バカ話で笑い合う友人たちの集団が、僕の横を通り過ぎていく。誰も僕を見ない。まるで僕だけが、この世界の風景から切り取られたみたいだった。
電車の窓に映る、自分の無表情な顔。
――俺、今日一日、誰かとちゃんと目を合わせて話したっけ……?
答えは、すぐに出た。
一度も、なかった。
狭いワンルームのアパートに帰り、電気もつけずにベッドに倒れ込む。シン、と静まり返った部屋が、大学の喧騒とのギャップで僕の孤独を際立たせる。
無意識にスマホを手に取ると、グループのチャットに通知が溜まっていた。
『今日の打ち合わせおつー!』
『マジ神回だったわw 佐藤、天才すぎ!』
『このメンバーなら絶対A評価取れる!』
楽しげなメッセージが高速で流れていく。僕はそのログを、息を殺してただ眺めることしかできない。そこに参加する資格も、勇気もなかった。僕という存在が、この世界から少しずつ削り取られていくような、冷たい感覚に襲われる。
消えてしまいたい。
この息苦しい現実から、いなくなりたい。
そんな虚無感の中、指が滑って、偶然ある広告バナーをタップした。英語だらけのページ、怪しげなガジェット、そして――。
『Your Ideal Self is Here. - あなたの"なりたかった自分"に -』
その一文に、なぜか指が止まった。
ゴシック調のフォントで飾られた、いかにも胡散臭い海外の通販サイト。そこに掲載されていた一つの商品に、僕は釘付けになった。
『理想の姿になれる皮(The Skin)』
『この"皮"を身にまとえば、あなたが望む理想の姿へと変貌できます。さあ、新しい人生の扉を開きましょう』
「……はは、なんだこれ」
乾いた笑いが漏れる。
商品のサムネイルは、マネキンが着ているのか、つるりとした肌色の全身スーツのようなものだった。商品説明には、にわかには信じがたい言葉が並んでいる。
『最先端のナノマシン技術と生体工学の結晶。この"皮"を身にまとえば、あなたが望む理想の姿へと変貌できます。性別、容姿、すべてはあなたの思いのまま。さあ、新しい人生の扉を開きましょう』
馬鹿げてる。詐欺に決まってる。
頭ではそう分かっているのに、僕はそのページから目が離せなかった。レビュー欄には「人生が変わった!」「本当に美少女になれたわ!」なんて、サクラ感丸出しのコメントが並んでいる。
でも、もし。
万が一、本当にこんなものが存在するなら?
僕じゃない誰かになれるのなら――。
「……どうせ、僕の人生なんて」
何かに憑かれたように、僕は震える指で「カートに入れる」をタップした。バイト代がごっそり消える値段だったけど、もうどうでもよかった。これが詐欺なら、それはそれで笑い話にでもして、この惨めな現実を忘れられるかもしれない。
*
それから数日後。すっかり例のサイトのことなど忘れかけていた僕の元に、国際便のラベルが貼られた、何の変哲もない段ボール箱が届いた。
「うそだろ……」
カッターで封を開けると、中には厳重に緩衝材で包まれた「それ」が入っていた。
取り出した瞬間、ぞくりと鳥肌が立つ。
それは、まるで人間の皮膚そのものだった。しっとりと柔らかく、ほんのりと温もりさえ帯びている。不気味なほどリアルな全身スーツ――『理想の姿になれる皮』だ。
まるで脱皮した蛇の皮のように、薄くて柔らかな人工皮膚。手で触れると、ぺたりと指に吸い付くような粘着性があった。そして、何より奇妙なのは、その皮が微かに呼吸しているかのような、生きた肌の質感を持っていることだった。
ゴクリと喉が鳴る。
好奇心と、得体の知れない恐怖。そして、心の奥底から湧き上がる、抑えきれない期待。
僕は震える手で、まずその皮の内側を覗き込んだ。そこには人体の構造を模した、精密な内部構造が見えた。筋肉の繊維を模した束、血管のような細い管、そして――女性の身体を形作るための、柔らかな充填材。
「これを…着る、のか…?」
言葉にした途端、背筋がぞくりと震えた。男である僕が、女性の皮膚を「着る」という背徳的な行為に、禁断の興奮を覚えてしまう。
決意を固め、その"皮"に足を通す。
ひんやりとした床と対照的に、皮の内側は生温かく、少し湿り気を帯びていた。足を入れた瞬間、ぬるりとした感覚と共に、皮が僕の肌にぴたりと吸い付く。まるで僕の皮膚と融合しようとするかのように、内側の粘膜質な面が、僕の足に密着してくる。
第二の皮膚のように、脹脛を、太ももを、隙間なく覆い尽くしていく。皮の内側には細かな突起があり、それが僕の肌を刺激する。気持ち悪いはずなのに、どうしようもなく快感を感じてしまう。
腰まで引き上げると、ごきり、と骨盤が内側から締め付けられるような圧迫感。痛みではない。むしろ、自分の骨格が理想の形に「矯正」されていくような、倒錯的な快感が走る。男性器が皮の内部構造に包み込まれ、代わりに女性の器官が「生成」される感覚に、思わず声が漏れた。
「ん…っ…!」
僕の声は、既にかすれて女性のものに変わり始めていた。
上半身に袖を通すと、僕の薄い胸板は圧迫され、代わりに胸元に柔らかな肉が「生成」される感覚に息を呑んだ。皮の内側に仕込まれた柔らかな充填材が、僕の胸を押し上げ、理想的な女性の胸部を形作っていく。肩幅が狭まり、腕が細く、しなやかになっていく。
皮を纏うという行為そのものが、僕を男性から女性へと「変身」させていく。この禁断の快楽に、僕は完全に虜になってしまった。
そして、最後に残った頭部。
マスクを被るように、顔にゆっくりと密着させる。皮の内側は、僕の顔の形に完璧にフィットするよう設計されていた。鼻、口、目の部分には特殊な構造があり、僕の男性的な顔立ちを、理想的な女性の顔へと「変換」していく。
視界が一度暗転し、次に開いた瞬間――世界が、変わっていた。
目の高さが数センチ下がり、自分の身体から甘い香りがする。喉の奥から込み上げる吐息は、自分のものとは思えないほど柔らかく、甘い。骨がきしむような幻聴。筋肉が再配置されるような微かな痙攣。僕の身体が「侵食」され、理想の身体に「上書き」されていく。
この皮を纏った瞬間、僕は男性であることを一時的に「脱ぎ捨て」、完璧な女性として「生まれ変わった」のだ。
気持ち悪い。なのに、どうしようもなく、気持ちいい。
この人工皮膚に包まれた感覚は、まるで母親の胎内に戻ったかのような安心感と、同時に背徳的な興奮を呼び起こす。僕は今、別の「皮」の中に住んでいる。男性の僕が、女性の皮膚を「着用」している。この倒錯的な状況に、理性が溶けそうになる。
*
ふらつきながら、姿見の前に立つ。
そして、僕は――恋に落ちた。
鏡に映っていたのは、僕じゃない。
光を浴びてキラキラと輝く、栗色のロングヘア。潤んだ大きな瞳。華奢な鎖骨と、なだらかな肩のライン。薄いTシャツ越しでも分かる、完璧な曲線を描く身体。そして、何より魅力的なのは、この美しい身体が「人工皮膚」によって作られた、偽りの美しさだということだった。
そこにいたのは、僕がずっと心のどこかで夢見ていた、完璧な美少女だった。しかし、それは同時に、男性である僕が女性の「皮」を纏った、究極の女装姿でもあった。
「…………ぁ……」
声を出そうとして、漏れたのはか細く可憐な吐息。
僕は恐る恐る、自分の頬に触れた。鏡の中の美少女も、同じように驚いた顔で自分の頬に触れる。細く、白魚のような指先が、"彼女"の柔らかな肌に触れている。しかし、その肌は人工皮膚。僕の本当の肌の上に、薄い膜のように張り付いた、偽りの美しさだった。
この事実が、僕の背徳的な興奮を更に高める。
「……これが、……わたし……?」
聞こえてきたのは、鈴が転がるようなソプラノボイス。
男である僕の意識が、鏡の中の完璧な「私」に見惚れて、溶けていく。
ああ、なんて可愛いんだろう。抱きしめたい。めちゃくちゃにしてみたい。
自分の姿に、そんな歪んだ欲望を抱いてしまうほどの、圧倒的な美。
"人工皮膚を纏って女体化した自分自身にときめく"という、禁断の悦び。
この皮を脱げば、僕はまた元の惨めな男性に戻ってしまう。でも、この皮を纏っている間だけは、僕は理想の女性でいられる。この人工皮膚が、僕と理想の自分を繋ぐ、唯一の架け橋なのだ。
皮フェチとしての倒錯的な快楽と、女装願望が完璧に融合した、究極の変身体験。
僕、相沢悠真は、この日、死んだ。
そして、理想の女の子――「結月(ゆづき)」として、新しく生まれた。
鏡の中の結月が、悪戯っぽく微笑む。その笑顔の下には、人工皮膚が隠されている。この秘密を知っているのは、僕だけ。
「この皮でなら、きっと――」
僕は自分の身体を愛撫した。人工皮膚越しに感じる刺激は、本物の肌とは違う、独特の快感を生む。この皮を纏っている間だけ、僕は理想の女性でいられる。
この人工皮膚への依存が、既に始まっていた。
絶望の日々を塗り替える、甘く危険な二重生活が、今、静かに幕を開けた。
今日もそうだ。
グループワークの席で、僕は膝の上のノートPCに表示したグラフを、ただ見つめていた。今回のテーマは「現代コミュニケーションの変容」。皮肉なものだ。誰ともまともなコミュニケーションが取れない僕が、このテーマについて発表するのだから。
「ここのデザイン、もっとキャッチーな感じにしない?」
「いいね!てか、動画とか入れちゃう?」
活発に飛び交う意見。僕は昨夜遅くまで調べてまとめた、SNS利用時間と自己肯定感の相関データを示そうと、何度も口を開きかけた。これを使えば、僕たちの発表に確かな説得力が生まれるはずだ。今度こそ、僕もこの輪に入れるかもしれない。
「あの、この統計データなんだけど、若年層の……」
勇気を振り絞って発した声は、思ったより小さく、弱々しかった。
そして、その声はリーダー格の佐藤が放った一言に、あっさりと上書きされる。
「あ、そうだ!結論、もっとエモい感じでいかね?『繋がるほどに、独りになる』みたいな!」
「それ、超いいじゃん!」「天才かよ!」
僕の声は、誰の耳にも届かなかった。いや、もしかしたら聞こえていたのかもしれない。でも、取るに足らないノイズとして、処理されただけ。彼らの熱狂の中で、僕の用意したデータも、僕の存在そのものも、意味を失っていく。
膝の上のノートPCが、急に重くなった気がした。
しばらくして、まとめ役の女子が満足そうに頷いた。
「よし、これで大体の流れは固まったね!みんな、意見出してくれてありがとう!」
その「みんな」という言葉が、ガラスの破片のように僕の胸に突き刺さる。
僕は、一度も意見を言えていない。いや、言ったけれど、誰にも拾われなかった。彼女の笑顔は晴れやかで、そこに悪意のかけらもない。だからこそ、残酷だった。僕はここに座っているのに、彼女の世界には存在していないのだ。
帰り道、夕暮れのキャンパスを一人で歩く。楽しそうに肩を組むカップルや、バカ話で笑い合う友人たちの集団が、僕の横を通り過ぎていく。誰も僕を見ない。まるで僕だけが、この世界の風景から切り取られたみたいだった。
電車の窓に映る、自分の無表情な顔。
――俺、今日一日、誰かとちゃんと目を合わせて話したっけ……?
答えは、すぐに出た。
一度も、なかった。
狭いワンルームのアパートに帰り、電気もつけずにベッドに倒れ込む。シン、と静まり返った部屋が、大学の喧騒とのギャップで僕の孤独を際立たせる。
無意識にスマホを手に取ると、グループのチャットに通知が溜まっていた。
『今日の打ち合わせおつー!』
『マジ神回だったわw 佐藤、天才すぎ!』
『このメンバーなら絶対A評価取れる!』
楽しげなメッセージが高速で流れていく。僕はそのログを、息を殺してただ眺めることしかできない。そこに参加する資格も、勇気もなかった。僕という存在が、この世界から少しずつ削り取られていくような、冷たい感覚に襲われる。
消えてしまいたい。
この息苦しい現実から、いなくなりたい。
そんな虚無感の中、指が滑って、偶然ある広告バナーをタップした。英語だらけのページ、怪しげなガジェット、そして――。
『Your Ideal Self is Here. - あなたの"なりたかった自分"に -』
その一文に、なぜか指が止まった。
ゴシック調のフォントで飾られた、いかにも胡散臭い海外の通販サイト。そこに掲載されていた一つの商品に、僕は釘付けになった。
『理想の姿になれる皮(The Skin)』
『この"皮"を身にまとえば、あなたが望む理想の姿へと変貌できます。さあ、新しい人生の扉を開きましょう』
「……はは、なんだこれ」
乾いた笑いが漏れる。
商品のサムネイルは、マネキンが着ているのか、つるりとした肌色の全身スーツのようなものだった。商品説明には、にわかには信じがたい言葉が並んでいる。
『最先端のナノマシン技術と生体工学の結晶。この"皮"を身にまとえば、あなたが望む理想の姿へと変貌できます。性別、容姿、すべてはあなたの思いのまま。さあ、新しい人生の扉を開きましょう』
馬鹿げてる。詐欺に決まってる。
頭ではそう分かっているのに、僕はそのページから目が離せなかった。レビュー欄には「人生が変わった!」「本当に美少女になれたわ!」なんて、サクラ感丸出しのコメントが並んでいる。
でも、もし。
万が一、本当にこんなものが存在するなら?
僕じゃない誰かになれるのなら――。
「……どうせ、僕の人生なんて」
何かに憑かれたように、僕は震える指で「カートに入れる」をタップした。バイト代がごっそり消える値段だったけど、もうどうでもよかった。これが詐欺なら、それはそれで笑い話にでもして、この惨めな現実を忘れられるかもしれない。
*
それから数日後。すっかり例のサイトのことなど忘れかけていた僕の元に、国際便のラベルが貼られた、何の変哲もない段ボール箱が届いた。
「うそだろ……」
カッターで封を開けると、中には厳重に緩衝材で包まれた「それ」が入っていた。
取り出した瞬間、ぞくりと鳥肌が立つ。
それは、まるで人間の皮膚そのものだった。しっとりと柔らかく、ほんのりと温もりさえ帯びている。不気味なほどリアルな全身スーツ――『理想の姿になれる皮』だ。
まるで脱皮した蛇の皮のように、薄くて柔らかな人工皮膚。手で触れると、ぺたりと指に吸い付くような粘着性があった。そして、何より奇妙なのは、その皮が微かに呼吸しているかのような、生きた肌の質感を持っていることだった。
ゴクリと喉が鳴る。
好奇心と、得体の知れない恐怖。そして、心の奥底から湧き上がる、抑えきれない期待。
僕は震える手で、まずその皮の内側を覗き込んだ。そこには人体の構造を模した、精密な内部構造が見えた。筋肉の繊維を模した束、血管のような細い管、そして――女性の身体を形作るための、柔らかな充填材。
「これを…着る、のか…?」
言葉にした途端、背筋がぞくりと震えた。男である僕が、女性の皮膚を「着る」という背徳的な行為に、禁断の興奮を覚えてしまう。
決意を固め、その"皮"に足を通す。
ひんやりとした床と対照的に、皮の内側は生温かく、少し湿り気を帯びていた。足を入れた瞬間、ぬるりとした感覚と共に、皮が僕の肌にぴたりと吸い付く。まるで僕の皮膚と融合しようとするかのように、内側の粘膜質な面が、僕の足に密着してくる。
第二の皮膚のように、脹脛を、太ももを、隙間なく覆い尽くしていく。皮の内側には細かな突起があり、それが僕の肌を刺激する。気持ち悪いはずなのに、どうしようもなく快感を感じてしまう。
腰まで引き上げると、ごきり、と骨盤が内側から締め付けられるような圧迫感。痛みではない。むしろ、自分の骨格が理想の形に「矯正」されていくような、倒錯的な快感が走る。男性器が皮の内部構造に包み込まれ、代わりに女性の器官が「生成」される感覚に、思わず声が漏れた。
「ん…っ…!」
僕の声は、既にかすれて女性のものに変わり始めていた。
上半身に袖を通すと、僕の薄い胸板は圧迫され、代わりに胸元に柔らかな肉が「生成」される感覚に息を呑んだ。皮の内側に仕込まれた柔らかな充填材が、僕の胸を押し上げ、理想的な女性の胸部を形作っていく。肩幅が狭まり、腕が細く、しなやかになっていく。
皮を纏うという行為そのものが、僕を男性から女性へと「変身」させていく。この禁断の快楽に、僕は完全に虜になってしまった。
そして、最後に残った頭部。
マスクを被るように、顔にゆっくりと密着させる。皮の内側は、僕の顔の形に完璧にフィットするよう設計されていた。鼻、口、目の部分には特殊な構造があり、僕の男性的な顔立ちを、理想的な女性の顔へと「変換」していく。
視界が一度暗転し、次に開いた瞬間――世界が、変わっていた。
目の高さが数センチ下がり、自分の身体から甘い香りがする。喉の奥から込み上げる吐息は、自分のものとは思えないほど柔らかく、甘い。骨がきしむような幻聴。筋肉が再配置されるような微かな痙攣。僕の身体が「侵食」され、理想の身体に「上書き」されていく。
この皮を纏った瞬間、僕は男性であることを一時的に「脱ぎ捨て」、完璧な女性として「生まれ変わった」のだ。
気持ち悪い。なのに、どうしようもなく、気持ちいい。
この人工皮膚に包まれた感覚は、まるで母親の胎内に戻ったかのような安心感と、同時に背徳的な興奮を呼び起こす。僕は今、別の「皮」の中に住んでいる。男性の僕が、女性の皮膚を「着用」している。この倒錯的な状況に、理性が溶けそうになる。
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ふらつきながら、姿見の前に立つ。
そして、僕は――恋に落ちた。
鏡に映っていたのは、僕じゃない。
光を浴びてキラキラと輝く、栗色のロングヘア。潤んだ大きな瞳。華奢な鎖骨と、なだらかな肩のライン。薄いTシャツ越しでも分かる、完璧な曲線を描く身体。そして、何より魅力的なのは、この美しい身体が「人工皮膚」によって作られた、偽りの美しさだということだった。
そこにいたのは、僕がずっと心のどこかで夢見ていた、完璧な美少女だった。しかし、それは同時に、男性である僕が女性の「皮」を纏った、究極の女装姿でもあった。
「…………ぁ……」
声を出そうとして、漏れたのはか細く可憐な吐息。
僕は恐る恐る、自分の頬に触れた。鏡の中の美少女も、同じように驚いた顔で自分の頬に触れる。細く、白魚のような指先が、"彼女"の柔らかな肌に触れている。しかし、その肌は人工皮膚。僕の本当の肌の上に、薄い膜のように張り付いた、偽りの美しさだった。
この事実が、僕の背徳的な興奮を更に高める。
「……これが、……わたし……?」
聞こえてきたのは、鈴が転がるようなソプラノボイス。
男である僕の意識が、鏡の中の完璧な「私」に見惚れて、溶けていく。
ああ、なんて可愛いんだろう。抱きしめたい。めちゃくちゃにしてみたい。
自分の姿に、そんな歪んだ欲望を抱いてしまうほどの、圧倒的な美。
"人工皮膚を纏って女体化した自分自身にときめく"という、禁断の悦び。
この皮を脱げば、僕はまた元の惨めな男性に戻ってしまう。でも、この皮を纏っている間だけは、僕は理想の女性でいられる。この人工皮膚が、僕と理想の自分を繋ぐ、唯一の架け橋なのだ。
皮フェチとしての倒錯的な快楽と、女装願望が完璧に融合した、究極の変身体験。
僕、相沢悠真は、この日、死んだ。
そして、理想の女の子――「結月(ゆづき)」として、新しく生まれた。
鏡の中の結月が、悪戯っぽく微笑む。その笑顔の下には、人工皮膚が隠されている。この秘密を知っているのは、僕だけ。
「この皮でなら、きっと――」
僕は自分の身体を愛撫した。人工皮膚越しに感じる刺激は、本物の肌とは違う、独特の快感を生む。この皮を纏っている間だけ、僕は理想の女性でいられる。
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