光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

文字の大きさ
83 / 119
第3章 光と「クリチュート教会」

78話 憐憫

しおりを挟む
「そっとね、優しくよ・・・」
 ルージュが小声で指示を出す。

「大丈夫だよ! わかってるから」
 小声で言い返すと、細心の注意を払いながら、ヴェールの体をそっとベッドの上に横たえる。

「ふぅ・・・完了」
 緊張の糸が切れたかのようにドッと疲労感に襲われ、思わず床にへたり込む。そんな俺を見ながら、ルージュがクスッと笑う。

「お疲れさま。じゃあ私、下に行って水とおしぼりの準備をしてくるから」
 ルージュは、ヴェールの体に静かに毛布を掛けながら言った。

「うん、頼むよ」
 床に座り込んだまま返事をする。ルージュはうなずくと、足音を立てないように階段を降りていった。

「ああ・・疲れた。本当に疲れた・・・」
 呟きながら、ヴェールの方に目をやる。静かに寝息をたてている彼女の顔は青白くて、眉間には微かに皺が寄っている。
 ヴェールのことはまだ何も知らないが、彼女は多分〝訳あり〟な人なんだろうということは鈍い俺にもわかった。その小さな体に何か相当な重圧を抱えているのかと思うと何だか気の毒に思えた。

 しばらくそんなことを考えながらぼんやりしていると、パタパタと階段を登ってくる足音が聞こえた。

「お待たせ、ヴェールはどう? 変わりない?」
 ルージュが、洗面器やコップ、水差しなど必要なもの一式を乗せたお盆を両手に抱えながら入ってくる。

「ああ、静かに眠ってるみたいだよ。顔色が良くないけどね」

「顔色?」
 ルージュはベッドのそばのテーブルにお盆を置くと、ヴェールに顔を近づけ、額に手を当てたり、首筋を確認したりしている。

「どうかしたの? ヴェール大丈夫だよね?」
 真剣な面持ちのルージュに急に不安を覚え、思わず声をかける。

「・・・うーん。なんとも言えないわね・・・最初は馬車が速くて、激しく揺れたせいで気絶したもんだと思っていたけど、これ・・・たぶん魔素切れによる症状みたい」
 ルージュはヴェールに毛布をかけ直すと、洗面器の水にタオルをひたしながら、何事か考えているようだった。

「・・・そうなの? だとすると回復魔法が原因ってこと?」
 思いも寄らない原因に驚きながら、聞き返す。

「おそらくね・・・ヴェールは見た感じ普通だけど、もしかしたら通常の人よりも体内の魔素量が少ないんじゃないかしら・・・それか魔法が桁違いに、体に合ってないくらいに強力か・・・ねぇ、ヒカリも聞いてるんでしょ。どうなの? その辺のところ」
 ルージュは難しい顔をしながら、水にひたしたタオル絞ると、ヴェールの額にそっとのせた。

『はい。おそらくですが、ヴェールさんの体内の魔素が極端に少ないということではないようです。ただ、使っている魔法が強力過ぎるので、燃費が悪いという言い方が正しいと思われます。とにかく体内の魔素だけでは足りずに、無理矢理、生命力を魔力に変換して使用しているようです』

「ん? ごめん、ちょっと意味がわかんなかった。できれば、もうちょっとわかりやすく・・・」
 また、俺だけ理解してないのか? ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、遠慮がちにお願いする。

「つまるところ、ヴェールの魔法は強力で、体内の魔素では足りず、命を削って魔法を放っている・・・そういうことね」
 ルージュが納得というような顔をして、大きくうなずきながら俺を見る。

「ええっ!? そんな・・・じゃヴェールさんは私のせいで・・・死んじゃうんですか?」
 突然、アマリージョの大声が響いて驚く。
 そう言えば、まだイヤホンつけたままだった。

『いいえ、そこまでの負担ではなさそうですから大丈夫です。アマリも安心してください』
 ヒカリが穏やかな声で告げる。

「ああ、よかった・・・急に大声を出して驚かせてしまってすみません。でも、本当によかった・・・」
 アマリージョが安堵の声を上げる。

『アマリも聞いているので、丁度良いですが、今回使った回復魔法で何かが大きく変化したといった話ではありません。今回はただの魔素切れという所でしょう。ただ、これまでに何度か無理矢理、体内の魔素以上の魔法を放ち、命が削られたという事があったように思えます』

「それはなんで?」
 ルージュが再び険しい顔でヒカリに尋ねる。

『それは体内の魔素が、所々欠損しているからです』

「魔素が・・欠損?」
 驚きながら、今度は俺が口を開く。

『身体の中に出来た魔素の空白地とでもいいましょうか。おそらく欠損している部分は体内の組織自体が死んでいるような状態です。そのために魔素が宿らないといったところでしょうか』

「ねぇ、それって治るものなの?」
 ルージュが眉をひそめながら聞く。

『普通に休養をすれば、時間はかかるでしょうが治ると思います。ですから余計に心配ですね。この方は、身体を癒やす時間よりも過酷な事が毎日続いているのでしょうから』
 ヒカリの声はいつになく憐憫の色を帯びていた。

「なんとも・・・ならないのよね」
 ルージュが悔しそうに呟き、ヴェールを見つめる。その目には憐れみの色が浮かんでおり、誰もが同じ事を考えているのだと悟った。

「ヒカリさん・・少しでも何とかなりませんか?」
 アマリージョが通信で、ヒカリに懇願する。責任感の強い彼女のことだ、自分を助けたせいでヴェールがこんな状態になってしまったことに負い目を感じて、何とか力になりたいのだろう。

『そうですね。では、とりあえず魔素だけでも回復させましょう。理論的には充電が出来るので、問題ないはずですから』

「え・・充電? 人間を・・?」

『ルージュ、とりあえずあなたに渡したスマホをヴェールさんの胸においてもらえますか?』

「わかったわ・・・はい、置いたわよ。これでいいの?」
 俺の心配をよそに、ヒカリはルージュ指示を出す。
 テキパキとそれに応えるルージュ。

『はい。あとはスマホを通じて魔素を身体に吸収させますから。というより携帯から魔素を出すだけで、勝手に吸収されると思いますので』

「あ、魔物を倒して魔素を吸収する・・・そんな感じと一緒ね」
 ルージュは心配そうにヴェールの顔を見つめている。

『そうです。おそらくですが彼女は魔法を使って今日のように戦場に赴くことはあっても戦闘の最後までその場にはいないのでしょうね。そのせいで体内の魔素量が経験の割に少ないですし、魔素の回復も遅い。そんな感じでしょうか』
 淡々としたヒカリの声が響いた。

「それは途中で気を失ってしまうからなのか、誰かが意図的にそうしているのか・・・いずれにしても可哀想な話だな・・・」

 静かに眠るヴェールの顔は、何だか悲しそうに見えた。
 いたたまれない気持ちになって、目をそらすと、隣に立つルージュの横顔が視界に入る。ルージュの横顔は、今まで見たことのないような悲しみと憐れみに満ちあふれていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...