光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

文字の大きさ
91 / 119
第3章 光と「クリチュート教会」

86話 副団長御一行様

しおりを挟む
 ヴェールの予想外の態度にテスターは明らかに動揺しているようだったが、後方に控える部下達の怪訝な視線に気づいたのか、咳払いをするとすぐさま気を取り直したように高圧的な口調に戻る。

「ゴホン、で、この村の代表は誰だ?」

「はい。村長のサンノと申します。この度はこのような辺境の村へ、お越し頂きありがとうございます」
 村を侮辱され、一番腹を立てていてもおかしくない村長が、そんなことは微塵も感じさせない笑顔で、礼儀正しく頭を下げながら挨拶をした。

「来たくて来たわけじゃない・・・聖女様たっての願いだ。とりあえず明日までは滞在するゆえ、寝床と食事を提供するように。あと酌が出来る女も寄こすように」
 テスターは、侮蔑するような視線で村長を馬上から見下ろすと、鼻で笑いながら命令した。

「えっ、女・・ですか?」
 予想外の要求に、村長が一瞬戸惑ったような様子を見せた。

「フン、用意出来ないのか?」
 テスターの口元がいやらしく歪む。

「あの・・いえ、大丈夫・・・です。では、馬はあちらに馬小屋がありますのでそこに繋いで頂き、部屋はそちらの空き家をお使い下さい。必要なものは全て揃っていますので、ゆっくりして頂ければと思います。それと聖女様は・・・」
 村長は笑顔を絶やさず、テスターに丁寧に説明していく。

「あ、私はこちらのルージュさんの家に泊まらせて頂くので大丈夫です」
 ヴェールが少し慌てた口調で言った。テスター達と一緒に泊まるのはまっぴらごめんなのだろう。

「えっ!? でも、ルージュの家は・・・」
 村長がルージュの家は玄人クロードの家だと言いかけたが、思い直したように言葉を飲み込んだ。

「聖女様、そのようなどこの馬の骨ともわからない者の家に泊まられては、私の立場というものがありません。それに魔物が出る危険もあれば・・・」
 テスターは、面倒くさそうな態度を隠そうともせず、呆れた口調でヴェールに告げた。

「いえ、大丈夫です。ルージュさんは先程もお話もしましたが聡明な女性です。ですから、こちらに泊まりますのでテスター副団長もどうぞお気遣い無きようお願いします」
 ヴェールの言葉は、口調こそ穏やかだが強い意志を秘めていた。テスターが何かを感じたのか彼女をジッと見つめてこう言った。

「また、そのようなワガママを・・・百歩譲ってその娘が問題ないとしても、魔物が夜に出る危険もありますからな・・・」

「まぁまぁ、まぁまぁ・・・お話中、申し訳ありませんな。村長の母親のケナと申しますじゃ。ルージュちょっと下ろしてくれ・・・あぁ、すまんな。で、教会騎士団の方々、ご挨拶が遅れ申し訳ありませぬ。この村は辺境にあり、何も無いような村ではありますが、魔物に対する備えだけはどこにも負けないと自負しております」
 ケナ婆がゆっくりとルージュの背中から降りると、眩しそうな顔をしながらテスターを見上げる。

「は? こんな辺鄙な村がか? クッ・・はっははははっはっ それは笑わせる」
 テスターがおかしそうに声を上げて笑う。奴はどこまでも俺たちを不快にさせるつもりらしい。

「いや、しかし・・・」
 ケナ婆が口を開こうとすると、テスターはケナ婆を一瞥して大きな声で遮るように言った。

「まあいい! どうせこんな辺境には、たいした魔物もいないだろうしな。 おい、そこの娘達! この馬たちを馬小屋に繋いでおけ」

 ルージュとアマリージョが一瞬息を呑んだが、何も言わずに2人で馬を引き取り、馬屋に連れていった。一瞬振り返ったルージュの顔が般若のようだったのは見なかったことにしよう。

「では、騎士団の方々はこちらへ。家まで案内致しますので」
 村長はルージュ達が馬屋に入るのを確認してから、テスター達に移動を促す。

「あっ! テスター副団長・・では、私はこちらの方たちのお世話になりますので・・・」
 ヴェールが、再確認するようにテスターの後ろ姿に声をかけた。テスターは振り向きもせず「仰せのままに」と一言言うと、足早に行ってしまった。

「なんなんだアイツ! 本当に、心底イヤな奴だな・・大体ここまでは護衛の役目で来てるのだろうに・・・」
 ヴェールの前だったが、我慢出来ずに思わず吐き捨てるように言ってしまう。

「そうですね・・でも、いつものことですから。それに、枢機卿は良くも悪くも私が必要と考えてくださっています。ですが・・副団長は、私のことがお嫌いなのでしょう。恐らく結婚の件も親が言うからであって、本人にはその気がないかと。ですから、私の勝手でこのような所まで来て、私の勝手で事故で死ぬような事があれば、それはそれで嬉しいのかも知れませんね」
 ヴェールは、諦めたような寂しい笑顔を浮かべながら言う。こんな時の彼女はおそろしいまでに儚く可憐で、俺の庇護本能を激しく掻き立てる。

「・・・そんなことは・・・あっ! ですが! 聖女様のお命は、私達エンハンブレがいつでもお守りしますので!!」
 ヴェールを少しでも笑顔にしたくて、おどけながらポーズを取ると恭しく頭を下げる。

「ふふっ、嬉しいです・・では、よろしくお願いいたしますわ」
 ヴェールが笑いをこらえながら、わざと貴婦人風な口調で答えた。その言い方がおかしくて、二人で顔を見合わせてクスクス笑う。

「なに~?  何二人でイチャついてんのよ!」
「キャ~、あ・や・し・いですよ~」
 突然、ルージュとアマリージョの声がして驚く。

「べ、べ、べっ別にイチャついてなんかないよ!」
 激しくうろたえながら、しどろもどろで答える俺をこの上なくニヤニヤした顔で見ているルージュとアマリージョ。なんでこのタイミングで戻ってくるんだよ・・。

「でも、鼻の下伸ばしてデレデレしてたわよ! ねっ、アマリ?」
「はい。クロードさん、あんなに鼻の下長かったかな? って思いました」
 ルージュの問いかけに、アマリージョがうなずきながら言った。

「えっ、え? そ、そんな事、ないって! ・・・な、ヴェール?」
 思わず鼻の下を指で触りながら、ヴェールに助け船を出してもらおうと、すがるような目で彼女を見る。

「ウフフッ、内緒です・・・」
 ヴェールがいたずらっ子のように笑いながら、シーッと言うように人差し指を口に当てた。

「ちょっ! ヴェール!」
 俺がそりゃないよ~と言わんばかりの情けない声を出すと、ヴェール、ルージュ、アマリージョが同時に吹き出した。

「クロード! なんて声出してんのよ! ヴェールも内緒だって~? 素直に言わないと、こうしてやるわよ~」
 ルージュはそう言うと、ヴェールの後ろに素早く回り込み、脇腹をコチョコチョし始めた。

「!! きゃははっ、はははっ! ルージュっ、ダメだったら! きゃはは、や、やめてぇ」
 楽しそうに笑いながら身体をよじるヴェールに、ルージュの魔の手は止まらない。
 隙を見てヴェールが逃げ出すが、すぐさま追いかけるルージュ。ヴェールの笑顔は生き生きと輝いている。

「姉さんったら・・・」
 アマリージョが少し呆れたような、でもしょうがないわねぇと言って見守るよう母のような優しい笑顔で二人を見ている。

「まあ、あれがルージュの優しさなんだろうね。さっきだって・・ずいぶん我慢したんじゃない? いつ、ルージュがテスターにブチ切れるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたよ」
 はしゃぐヴェールとルージュの声を聞きながら、アマリージョの横顔に声をかける。

「私もです! 姉さんが、飛びかかる前に止めなきゃと思って様子を見てたんですけど、ずっと歯を食いしばって我慢してたみたいです。拳は少しぷるぷるしてましたけど・・あとで馬小屋で手のひらを見たら爪の跡がくっきりで血が滲んでました」
 アマリージョが苦笑しながら優しい声で言った。

「そうなんだ・・」

 アマリージョの話を聞きながら、ルージュは短気だし無鉄砲なところもあるけれど、やはりいざというときには絶対に外さない天才的な感覚があるんだなと改めて思った。自分がここで手を出せば、ヴェールの必死な思いを無駄にしてしまう。そういうことがちゃんとわかっていて、それを血の滲む思いをしても我慢していたのだと思うと、やはりルージュは凄い奴だとなぜか誇らしい気持ちになっていた。

 その後、みんなで家に戻り、ビデオを見たりゲームをしたりしながら夜まで楽しく過ごした。
ルージュが渋々提供したゲフー鳥の塩漬けは、生肉の時とは違った旨味に溢れ、ヴェールは「こんなに美味しいもの食べたことありません!」と、目を白黒させながら嬉しそうに頬張り、俺たち三人はその光景を微笑ましく眺めていた。

 お腹がいっぱいになった俺は、昼間の疲れもあって、いつの間にか倒れ込むように寝てしまったが、ルージュ、アマリージョ、ヴェールの3人は、夜更けまで男子禁制の〝秘密の女子会〟を楽しんでいたらしいと聞いて、なんだかひどくもったない事をしたな・・・と後悔した翌日の朝だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...