悪魔のカナリア

はるの すみれ

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第一章 カナリアのデスゲーム

七ページ…鳥籠の悪魔

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  「じゃあ、また明日な」


  平と過ごした最後の一日、今朝の恐ろしい出来事が嘘のように感じるくらい平穏な一日だった。
  他愛もない話をした。
  平の好きな人…灯さんの話だったり、通っていた学校の話だったり、家族の話をしたり、初めて出来た友達がこんなに居心地の良い存在なんだと自覚出来る日が来るなんて思ってもみなかった。


  僕は平と別れてからシャワーを浴びて、机に向かった。
  此処に来てから毎日付けていた日記も今日で最後の記帳になるんだと思うと、少しだけ寂しいような気がした。


  色々あった、日暮さん、牡丹さん、月華ちゃん、芙蓉さん、櫓櫂さん、蝶番さん、黄瀬さん、彼方さん、アンさん、九条さん…三ヶ月も経たないうちに十人のカナリアが天の住人になってしまった。


  それは…全て…。


  茶トラの存在があったからなのか、それとも十三人目のカナリアが居るからなのか…。


  何にせよ、僕と平は幸運な事に二人で生き延びる事が出来た。
  その事実に感謝しないといけない。


  僕は長文の日記を書き終えると、濡れた髪のまま、ベットに横になった。


  「今日はもう眠ろうかな、もう此処に来る事はないんだ…これで僕等は解放される…」


  僕が目を閉じると、すぐに意識は遠のいていき、眠りの世界へと誘われた。


  僕はこの夜、夢を見た。


  この夢を見る時は決まって同じ場面で目が覚めるんだ。


  『咎愛…咎愛…愛してる…』


  ハッとして目を開けると、部屋には僕の設定したアラーム音がけたたましく鳴り響いていた。


  「ん?…朝…?…」


  アラームを止めてぼんやりと真っ白な天井を眺めて、深い深呼吸を一つした。


  肺に入ってくる新鮮な空気が僕の眠気を洗い流してくれる。


  「今日が最後か…よしっ!」


  僕が大きな伸びをしてベットから立ち上がると服を着替えて歯を磨いた。


  手首から覗いている悍ましい痣も今日の僕は気に留めなかった。


  「平…君と此処から出たい」


  僕はポツリと本心を零した。
  僕の言葉は誰にも届く事がなく部屋の中で霧のように消えていく。


    僕が整容を済ませてベットに腰掛けて寛いでいると、誰かが僕の部屋の扉をノックした。いつも聞いているノックの音より規則正しい音だった。


  コンコンコン…。


  「はい」


  僕はベットからゆっくりと腰を上げると部屋の扉を恐る恐る開いて来客の正体を確認した。


  「セキュリティハンター…どうして」


  僕の前には一台のセキュリティハンターが立っていて、僕に真っ白な封筒と恐ろしいものを手渡してきた。


  「何だよ…これ?」


  僕が眉間に皺を寄せながら問いを投げると、セキュリティハンターは無機質な音声で僕に回答を寄越した。


  「おはようございます…萩野目咎愛様、本日最終日の通達に参りました、それと本日を持ちまして制約の解除を致しましたので承知下さい、そして本日の過ごし方についてこちらを読んでいただきたく存じます…それとこちらもお持ち下さい、最後の瞬間までゲームは終わりません…その事を頭に置いておいて下さい」


   そう言うとセキュリティハンターは僕の手に手紙と真っ黒な拳銃を押し付けてくる。


  「ちょっと…こんなもの僕は」


  僕はセキュリティハンターに拳銃を突き返すと、セキュリティハンターは無機質な音声を響かせた。


  「こちらは必ずお持ちください、銃弾を込めるかどうかは萩野目様次第です…銃弾を込めなければ只の玩具にすぎません…」


  「玩具のわけないだろう…こんなもの…それに実弾まで入ってるなんて…」


  僕の怒りの篭った呟きを背に受けながらセキュリティハンターはいそいそと廊下を走り去って行った。僕は拳銃の銃弾を取り出して空にするとポケットに拳銃を乱暴に押し込んだ。


  「これが現実なのか…平はどう思っているんだろう…」


  *「はぁっ…?何だよこれ…」


  平は怒り任せに手紙と拳銃を手に取ると拳銃の中に銃弾が込められている事を確認した。


  「お前等はこれで俺を犯罪者に仕立て上げたいってわけか」


  セキュリティハンターは平の言葉を聞き流すように廊下を走り去って行った。


  「なんなんだ最後まで、こんなものまで渡されて…なぁに考えてんだか、咎愛はどう思ってんだ」


  平は手に持った拳銃の全体を眺め見て、口角を上げた。


  「今日が最後…ね」


  
 平は虚空に呟くと、拳銃をポケットにしまった。


  「本当に最後なんだ」


  平は身支度を整えると部屋の外へ飛び出した。


  向かう先は彼の唯一の心友の元だ。
  重たい足を動かして、彼の元へ向かう。


  *トントントン。


  聞き覚えのあるノックの音、いつも通りの朝の時間、本日二回目の来客は間違いなく愛美平だった。


  「今開けます」


  僕が扉を開けると、平は笑顔を浮かべながら部屋の中に入って来た。


  「よっ!元気か?お前んとこにも来たか?」


  そう言うと平は左手の指で真っ白な封筒をヒラヒラと掲げて見せた。


  「おはよう、平、僕のところにも来たよ」


  僕も平に先程貰った封筒を取り出して見せた。


  平は僕の封筒に視線を移すと、口を開いた。


  「よしっ開けてみようぜ」


  平は僕に笑顔を向けると封を潔く裂くようにして開けた。
  僕も平の行動を見てもそもそとゆっくり封を開けた。


  手紙の中には一枚の紙が入っていた。僕と平は同時にそれを取り出すと声に出して読み上げた。


  『愛美様、萩野目様の本日のスケジュールを文書として表します


  最後の儀式を行うまでは自由にお過ごしください、なお食事は日没まで行えないのでご容赦下さい。


  最後の儀式は日没後行います、日没後、教会にてお待ちしております』


  文を読み終わった僕等はお互いの顔を見合わせて、一斉に手紙を破いた。何でこうしようと思ったのかよく分からなかったけど、僕等は意見を合わせたように同じ行動を取っていた。


  手紙を細かくなるまで破き終えた平は大きな声で笑い声を上げた。


  「アッハハハ!!はぁーあ、なんかスッキリしたぜ!ストレス発散出来たな」


  僕も平の顔を見て笑みを浮かべた。


  「僕も何かスッキリした」


  「本当、最後まで分からねー事だらけな場所だったな」


  「そうだね、もう二度と此処には来たくないよ」


  僕の言葉に平は苦笑しながら答えた。


  「俺も同感、例え生まれ変わったとしても此処には来たくねーぜ」


   その後、僕等は顔を見合わせて大声で笑った。
  こんな居心地の良い時間がずっと続けば良いのに…。そんな欲張りな妄想を抱きながら。


  *日没…。そう言われても明確な時間がないのだから僕等は相談して午後七時頃に教会へと足を運んだ。


  この施設に来た初日の日以来の教会だった。
  小さいけれど内装はしっかりとしていて、まるで神父さんが今にも姿を現しそうなそんな場所だった。


  平と僕は顔を見合わせて深呼吸してから教会の扉を開いた。
  そこにはポツリ、ポツリと小さな蝋燭の灯りが灯されているだけで人気もなければ食べ物も置かれてはいなかった。


  「こんなところに呼び出してなんなんだ、最後の儀式って、もっと恐ろしいパーティーが俺達を待ち受けてるのかと思ってたぜ」


  平の声が不気味に教会内に反響して僕の鼓膜を震わせた。


  僕は平の後ろを歩きながら教会内に何か小細工がないか探して回った。


  「変な違和感はないけど…これから誰か来るのかなぁ」


  僕の呟きを聞いた平が僕の方を振り向いた瞬間、平の身に着けているズボンのポケットから大きな落下音と共に拳銃が地面に降って来た。


  僕は平に拳銃を拾って手渡した。

 
    「平、落ちたよ」


 「おう、悪りぃ悪りぃ」


  平は頭を掻きながら拳銃を手に取った。僕はこの時、はっきりと感じた。平の拳銃には銃弾が入ったままになっている事を。
  僕の考えすぎなら良いのだけれど、きっとこの後何があってもいいように平は銃を持ち歩いているんだと僕はそう信じるようにした。


  平にはきっと倫理観があるから…僕はそう信じて来たんだから。


  僕は拳銃を見られた後、平の様子が妙にそわそわしている事を気にしながら平の背中に声を掛けた。


  「ねぇ平…前に言っていたよね、最終日にお互いの秘密を話そうって、僕、実は全部、思い出したんだ…だから聞いてほしい」


  僕がそう呟くと平は目を見開きながら僕の方を振り返った。


  「………………………………」


  僕と平の間に不気味な沈黙が走った。


  そして、カチャリ。と何かの金属音。鉄と鉄が触れ合うような音が教会内に響いて、銃を構えた男を前に、一人の青年が声を上げる。



  「な…ん…で…」


     『ゲームオーバー…あーあ信じていたのに…』


  銃を構えた男はトリガーを何度も何度も指を掛けて動かすが、銃はビクともせず、ただの玩具おもちゃとして男の手に収まっていた。


  銃を構えた男は手を震わせ、目には涙を浮かべ始めた。そしてポツリと呟く。


  「どうして、トリガーを弾けないんだ…?」


  信じていた…と呟いた悪魔は、一人のカナリアから姿を変え、不気味にその場で微笑んでいた。


  『君に倫理観があれば殺さなくて済んだのに、俺に銃を向けるなんて…何でトリガーを引いても弾丸が発砲されないのか…答え合わせをしようか…さっきあんたが銃を落とした時に俺の持ってた銃弾の入っていない玩具同然の銃と取り替えたのさ、もし、あんたがあの場で銃を落とさなければ、俺の記憶が戻ったなんて話、持ち掛けなかったけどね』


  銃を構えていた男…愛美平は力を失った手から銃を零すように地面に落下させた。


  「咎愛…これが最後の儀式なのか…?全部最初からお前が仕組んでたのか?記憶がないのも演技だったのか?本当は全部知ってた…最初にお前に話し掛けて名前を聞いた時から…全部知ってた…でも賭けてみようと思ったんだ、お前の事、知れたら何か分かるんじゃねーかって…茶トラとして生きなくていい方法もあるんじゃねーかって…」


  平の声には力がなかった。
  悪魔は…萩野目咎愛は平の言葉を聞いて口を開いた。


『儀式なんて適当な口実さ、この施設の出口にこの場所が一番近いから此処に来る理由を作っただけ、俺の事を待っている人が居るから』


  「釘井アリスか…?」


  咎愛は頷いてから言葉を続ける。


  『記憶の件に関しては精神安定剤を俺の食事に混ぜてもらってコントロールしていたんだ、夜になると潜在的な俺の意識が浮かんでくるように…死刑の時は時間調節するのに苦労したよ…あんたが俺の事知ってるのも分かってたし、あんたの事は一番警戒していたよ』


  咎愛はふふっと乾いた笑みを零すと平に向かって仮面を見せつけた。
  茶色の愛らしい猫の仮面…。


  『俺はもう戻れない…あの日から茶トラとして生きるしかない、それはもう受け止めた事実だから』


  平は咎愛の言葉に険しい表情を浮かべて口を開いた。


    「このゲームの意味は何なんだ、お前の目的は何なんだ?」


  『このゲームの目的はマザーから解放される事、あいつは俺とアリスにとって邪魔なんだ、それとあいつを消すのが俺の一番の目的だね』


「マザー…ブラッドマザー…何でお前が悪魔のカナリアの飼い主を殺す必要があるんだ?」


  咎愛は大きな溜息を吐くと平に向かって歪な笑みを作った。


  『話すのは面倒臭いんだけど…最後だし特別に教えてあげる…俺は倫理観のない奴が嫌いなんだ、はっきり言えば生きている価値さえないと思っている、だからマザー…あの女が俺達を死刑の執行人として存在させている事に憎悪を抱いている、死刑のない世界…俺が欲しいのはそんな漠然としたもの…その為にはまずあの女を始末しないと始まらない…』


  平は咎愛の話を聞いて眉間に皺を寄せた。


  「お前の目的はマザーを殺す事なんだな、それは分かった…だけどそれとこのゲームは何の関係があるんだ?」


  平の問いに咎愛は答える。


  『このゲームに勝利する事を条件にアリスとの生活時間の共有が許可される事になってる…それと、飼われているカナリアには体内にマイクロチップが埋蔵されていて、マザーに反抗の意を見せるとすぐさま殺せるように仕組まれているんだ、だから飼われているという表現をされているんだ』


  「この話、聞かれてたらお前は…」


  『この施設の管理はマザーの手にあるけれど、ゲームの権限はガエリにあるから盗聴されている心配はないよ、ガエリゴに点検してもらっているし』


  「ガエリゴの正体は誰なんだ…?」


  平は生唾を飲み込んで咎愛の答えを待った。
  咎愛は平の呼吸に合わせて息を吸うと、口を開いた。


  『ガエリゴは十三人目のカナリアじゃないよ、まぁ、櫓櫂の時は手を貸してもらったけど、ガエリゴの正体はあんたも知っている釘井アリスだよ、だからメールのコントロールが出来たんだ』


  「釘井アリス…」


  平は目を見開いて口を閉ざした。


  『アリスと櫓櫂には因縁があったんだ…この話はしなくてもいいか』


  咎愛は平の方を真っ直ぐ見据えて言葉を続けた。


    咎愛は平の方を真っ直ぐ見据えて言葉を続けた。


  『話を戻すけど、このゲームの人選は俺が懸賞金の額を基準に選んだ、あんたと月華兎耳は鳥籠には扱い難い部類の人間だからマザーに頼まれなければ俺はあんた等には興味なかった、それに倫理観さえあれば此処から帰還させるのも視野に入れてた、だけどあんたは俺に銃を向けた、それは俺にとってあんたの倫理観を欠落を確認したと同義になる』


  咎愛は歪な笑みを浮かべていた。
  そんな咎愛に平ゆっくり歩み寄った。


  「此処に来て色々あった…皆、皆、居なくなった…俺も途中で死ぬんだと思ってた、お前だって怯えてただろ…だけど俺達はこうやって最後に生き延びた、これも何かの縁なんだろうな」


  咎愛は平を強い眼差しで見つめると言葉を放った。


  『勘違いされてると困るから言っておくけど、日暮さんと月華さんと黄瀬さんと彼方さんは俺が殺したんじゃないよ、まぁ大体察しが付くだろうから色々は言わないけれど、彼方さんはアンさんが殺して調理の材料にされてたんだ、だからアンさんは同じ方法で殺したよ、それが俺の殺り方だから』


  平は咎愛の言葉を聞いて苦笑を浮かべた。


  「直接聞くとなんかリアル過ぎて夢見てるみたいだな、本当にお前が茶トラなのか未だに俺には分からないんだ、いや、分かっているけれど、分かりたくないんだろうな…」


  咎愛は続ける。


  『あんたがどう感じたって俺は茶トラなのには変わりない、倫理観のない奴等を裁くのが仕事だから』


  「本当はお前だって分かってるんだろう…いや、何でもない、最初からこうなるシナリオを俺達は一生懸命演じていたんだな、悪魔のカナリアの手の内にあってコロコロと、シナリオ通り踊らされていただけだったんだ」


  平は咎愛の深緑の瞳をじっと見つめた。


  教会内の蝋燭が小さく揺れて二人の影がゆらゆらと揺れては元に戻っていく。


  平は小さく溜息を吐くと口を開いた。


   「そうか…俺が…俺がお前を裏切っちまったんだな、約束までしたのによ…咎愛…悪りぃな、俺も死ぬ覚悟決めねーと、そうだ!そういえばお前、俺に話したい事あるって言ってたよな、最後だし聞かせてくんねーか」


  平は笑っていた、優しく、穏やかな表情だった。
  この顔は心友である咎愛を安心させた優しい表情だった。
  自然と二人の間にあった殺意めいた空気や緊張感は消え去っていた。


  『そんな顔されると俺も虚しくなるよ…あんたに言われたのが初めてだった…『友達』だなんて…俺の心友はあんただけだよ…平』


  「こんな時にそんな事言ってんなよ、俺を殺し難くなっちまうだろ?」


  平が悪戯っぽく笑って見せると、咎愛も純粋な少年の表情に戻り笑みを浮かべた。


  『話したい事、それはあの夢の続きだよ…あの日母さんは死んだんだ、僕を残して家で首を吊って…理由は遺書に書かれてた、僕は僕の父に当たる人と母の間に出来てしまった要らない子だったんだ、母さんは家庭のある男性と恋に落ちて、僕を身籠ってしまった、男性は妊娠の事実を知ると、母に何も告げずに姿を消したらしい…そんな僕の事を女手一人で育てていた母は、成長していくに連れ、父に顔の似た、僕の事を見ていると忘れたい父の事を思い出して毎日辛かったらしいんだ…』


  「それで…」


  平は僕の言葉の続きを促すように言葉を挟んだ。
  僕は平の顔を見つめながら言葉を続ける。


  『だから、あの日…僕の五歳の誕生日に僕を置き去りにしてこの世を去った、母に身寄りは居なかった、母の両親は既に病気で他界していたから…それから僕は、平も知っている施設に預けられた』


  「あの連続殺人事件の現場か…」


  僕は頷いた。


  『酷い虐めだった、服を全部剥がされたり、身体中傷だらけになるような、死ぬ一歩手前のような事もされた…職員も主犯格の味方だった…僕はずっと一人だった…学校でも施設でも…人生も…』


  「うん…」


  平の表情はまるで僕になりきっているみたいに涙を浮かべていた。
  こんな平だから僕は悪魔としてではなく萩野目咎愛として…いや、松雪咎愛として向き合えているのかもしれない。


   『僕は十五歳になった時、苦しみから解放される方法を考えた…方法は三つ…苦しみから逃げる為に自殺するか、このまま耐え抜いて生きていくのか…あいつ等を始末するか…』


  平は生唾を飲み込むと口を開いた。


  「咎愛は最後の方法を選んだ…」


  『そう、僕は考えた…その末にあいつ等の倫理観のなさを可哀想だと思う自分が居た…だから僕は倫理観のないあいつ等を生まれ変わらせたいが為に深夜に反抗に及んだ、あの日…母と別れた日に着ていた水色の猫のシャツを頭に被って…顔を隠してあいつ等を殺して回った…後悔はあるよ、そのせいで僕もこうして倫理観のないカナリアになってしまったんだから…だけどそのおかげでアリスと出会えた、この手首と足首の傷跡は此処に収監された時に自分の行動を悔やんで死ぬ程暴れたんだ、それがこうやって残っている…僕はこの傷を見ると、自分のした事の恐ろしさを思い出す…』


  僕の話を聞き終わった平は僕に問いを投げ掛けた。


  「そっか…咎愛…松雪咎愛、少しだけ聞かせて欲しい、お前はどうして萩野目という姓を名乗っているんだ?」


  僕は平の問いに答えた。


  『遺書に書かれてた…僕の父の名字が萩野目だったらしいんだ、だからお母さんは僕に幼い頃から萩野目姓を名乗らせてた…お母さんは、父を忘れられなくて、僕の存在を否定したくなくて、父との間に産まれた子供だという事の証明に僕にそうやって教えていたんだ…実際、お母さんが死ぬまで松雪って苗字だったなんて知らないで生きていたよ』


  平は僕の元に近寄ると僕の頭を優しく撫でた。


  『平…』


  「いいだろ、心友なんだからこれくらい…それに今日が最後だぜ、これくらい許してくれよな」


  平は眉根を下げながら笑顔を僕に向けた。
  僕も平にされるがままに頭を撫でてもらった。


  「なぁ咎愛…お前は此処から出て、どうやってブラッドマザーを潰す気でいるんだ?お前と釘井アリスだけじゃ、マイクロチップがある限り難しいんじゃないか?俺もお前達の言う死刑のない世界を見てみたいと思った…だけどそれは今のままだと…」


  僕は平の言葉を遮って口を開いた。


  『確かに…平の推測は正しいよ』
 

    一旦、言葉を区切り呼吸を整えてから再び言葉を紡ぐ。


  『だけど、僕等には一つの可能性が出来たんだ』


  「可能性?」


  『物理的にマイクロチップを切除する事はマザーに対する反逆行為とみなされる、だからマイクロチップの入っていない人材を確保すれば問題はない』


  「つまり、咎愛と釘井にはその人材があると」


  僕は平の言葉に頷いた。


  『言っただろ、僕とアリスには可能性が出来たって』


  平は一瞬、考えた後、ハッとした表情になって口を開いた。


  「まさかっ!」


  『僕等には希望が出来た、今、アリスのお腹には僕の子がいるんだ、だけどそれだけじゃマザーを欺くのには要因不足なんだ…だけどアリスの妊娠は僕等の想定外の出来事だった…アリスは父親の研究の所為で体中に寄生虫を這わされ内臓も皮膚もボロボロで人口の物で代用している箇所が多い、実際、人工物ではない子宮は半分以上欠損しているし』


  平は僕の言葉を黙って聞いていたが暫くして口を開いた。


  「寄生虫…研究…それって…櫓櫂さんの起こした事件と内容が同じ…」


  僕は頷いた。
  僕が彼を深く憎んで殺意を剥き出し人していたのは愛しい人をこうやって倫理観のない人間に変えてしまったきっかけになる人物だったから。


  『アリスは櫓櫂の娘なんだ、彼の実験生き残れたのは彼女の母がハーフだったから、つまりアリスがクウォーターだったからなんだ…純粋な日本人と違って少しだけ内臓の大きさが違っていたのが救いだった…でなければこうやって僕とアリスは出会えなかったから…っと、話を戻そうか…アリスが自然に妊娠したのは奇跡と言っても過言ではない、僕等はアリスは妊娠できないと仮定して人工的に女性の胎内を再現するシステムを作った』


  「つまりはクローン的な事って訳か…」


  僕は頷いた。


  『僕等は体外受精した受精卵を胎内を再現したシステムの中に入れて経過を観察している最中だった、マザーはアリスの妊娠の事を知っているけれど、クローンの事は知らない…だから自分の子供を犠牲にするのは死ぬ程嫌な事なんだけど、僕はマザーを殺す為に手段を選んではいられないんだ』


  平は真剣な表情で頷いた。


  「成程な、マザーには咎愛達の子供一人を囮に油断させる訳か…もう一人の子供は見つからないようにするってそんな事出来るのか?」


    『それも最初は僕等の計画の大きな壁だったんだけど…丁度数ヶ月前、外部から僕を尋ねて来た人が居てさ…それが萩野目家のご長男様らしくてさ、つまりは僕の腹違いの兄弟…僕の弟に当たる人なんだ、そいつは僕の存在を自分の父から聞かれてずっと僕を探して回っていたらしいんだ、そして監獄の中にいる僕を見つけた、普通ならこんな処に来る奴なんて頭がおかしい奴しかいないけどね…まぁそいつは話が通じる奴だったんだ、だから奴に僕等の子を一人預けるつもりでいる、方法はまだ考えてないけれど…平みたいに侵入してもらう可能性が高いね、それか内部に内通者を作って外部に通じる方法かな…』


  平は僕の話を聞いて言葉を放った。


  「話を纏めると、お前等の目的はマザーを殺す事、つまり死刑をなくす事…それにはマイクロチップの入っていない人間が必要、そこで釘井と自分の子供を作る事にした、釘井は櫓櫂さんの研究で身体的に妊娠が出来ない可能性を考慮して、クローンの研究を始めた、そしてお前等は研究に成功と同時に釘井の妊娠が発覚、それを利用してマザーを欺こうって訳だ」


  『流石は平、短時間で理解してくれるなんて嬉しいよ、僕等も分かっているんだ、こんな事は倫理観のない人間のする事だという事は、だけどあの女が此処のトップに居る限り何も解決はしない、このデスゲームも毎年開催されるし、あの女が出す犠牲者も増えるだけだ』


  「ふぅん、あんた等飼われたカナリアはマザーの言いなりなのかと思っていたけど違ったんだな、世間はまだまだ俺の知らない事ばっかりだったなんて…生きて出れたらビックニュース曝け出せたのにな…勿体ない事しちまったぜ…俺って奴は」


  僕に向かって平は溜息を吐きながらニカッと笑った。その笑顔は心友として僕の心に一生焼き付くだろう。僕は平に本音を吐露した。


  『本当は僕はこれ以上誰も殺したくないし、一刻も早く僕というインモラルな人間を始末したい…だけどそれにはやり残した事を片付けないといけないから…それが終わったら僕はアリスと一緒に死ぬんだ、アリスの三十歳の誕生日に僕等はお互いをお互いで殺そうって約束してるんだ』


  「咎愛…死ぬ必要ないんじゃねーの…もう諦めて二人でそれなりに生きていけばいいだろう?お前等だって最初は被害者だったんだから」


  平が優しい顔をしてそう言ったけれど僕は首を横にゆっくりと振った。


    『それは出来ないよ、僕等は一度でも加害者になった時点でカナリア(罪人)なんだ…その事実は拭えるものではない、一生降ろせない十字架を背負って生きないといけないんだ、それにアリスの余命はもう十年もない…内臓の不調も誤魔化しが効くものではなくなってきているからね』


  「そうなのか…櫓櫂さんの殺し方があんなにも残酷だったのは釘井アリスの事が関係していたからだったんだな…釘井はその研究がなかったら此処に居なかったんだもんな」


  『そうだよ…あの男はアリスをあんなにしてしまった…アリスの全身には至る所に寄生虫の喰って這った跡が歪に残されている…左目は眼球を摘出しなければいけない程侵食されていたらしい、残された右目だって視力はそれ程良くないんだ…僕はどうしてもあいつだけは許せなかった…自分の娘をあんな風に貶める倫理観のない奴なんて許せる訳がなかった…』


  「咎愛…お前も大変な人生送ってんよな… 俺が半分背負えたらいいのに」


  平は僕の肩を優しく掴んでトントンと幼子をあやすように叩いた。


  『平は優し過ぎるよ…僕は恐ろしい茶トラ…もっと嫌ってくれなきゃ困るよ』


  「俺さ、お前しか心友って呼べる奴いねーから、心友の事、簡単には嫌いになれねーだろ普通、そりゃぁ最初は仲良くしとけばどうにかなるかもしれねーとか、そんな意地汚い事も考えてたけどさ、お前と話していくうちにだんだん分かんなくなってきたんだ、お前は演技して振舞っているように見えねーし、お前と話しているとさ、自然と気が楽になるんだよな、本当にお前が茶トラなのか、カナリアなのか、俺には分かんなくなってたんだ、だけど俺が睡眠薬で眠らされた日にこっそりお前の手首見たら本当に松雪咎愛なんだって思い直した、それでもさ…俺、お前の事嫌いになれなかった」


  『お人好しだよ本当に』


  僕の言葉に平はニカッと笑って僕の頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でた。それはとっても擽ったくて焦れったくて、だけど不思議と嫌じゃなくて…。
  きっと心から平の事信頼しているからこんなにも心が温かくなるんだろうな…。


  「俺、お前の事大好きだったぜ!!!悔いはねーよ、心友に殺してもらえるんだから笑って逝ける!それにお前のガールフレンドの話も聞けたしな、心残りは何にもねーぜ!しっかり良いパパになれよな、それと好きな子は泣かすなよ!」


    僕は自分の目に溜まる涙を溢れないように必死に堪えた。そんな僕はいつの間にか視界を覆っている平の身体に顔を埋めて涙を流した。


  『僕…僕…』


  「あぁ、言わなくても分かってる…」


  『平…平に頼みたい事…あるんだ…聞いてほしい…』


  「俺に…もう死ぬんだぜ…全く人使いの荒い猫さんだな…」


  僕は平にポケットから一枚の紙を差し出して渡した。平はそれを受け取ると目を走らせ頷いた。


  「了解、本当にいいんだな…俺にはお前等の検討を祈るしか出来ないけど…」


  『あぁ平にしか頼めない…』


  僕は平から身体を離した。
  平の顔は真剣だった、きっと今から起こる事に恐怖心もあるのだろう…。


  「咎愛も泣き止んだ事だしそろそろ始めてくんねーか…時間もいい頃だろ、気が付けばもう二十三時回ってたんだな…そろそろガールフレンドにも会いたいだろ?」


  平が悪戯っぽく笑って見せたのに対して、僕も笑顔でそれを返した。


  『ガールフレンドじゃないよ、アリスは僕の奥さんになるんだから、今はまだ婚約者だけどね』


  「そうだったそうだった、出来ちゃった結婚なんてお前もなかなか隅に置けないぜ全く、よしっ最後に言わせてくれ、今度生まれ変わっても心友になろうな!約束だからな!」


 『うん、約束』


  僕等はお互いの小指を絡めて約束を誓い合った。
  きっと僕が死んだも平は泣いてくれただろう…。
  もし生まれ変われるなら平と今度は外の世界で会いたいな。


  しん…。とした空気の中、僕は拳銃を目の前の愛美平に構えた。


  平は覚悟を決めたように目を閉じる。


  『始めるよ、私、松雪咎愛…いや、萩野目咎愛が愛美平の死刑を執行致します…』


  「あぁ、頼んだ」


  僕は深呼吸をして平に向かってトリガーを弾いた。
  もう後戻りは出来ない。
  もし運命を変えられるのなら分岐点は此処だろうな…。


  パンっ…。
  乾いた銃声が響いた。


  その音に反応したように教会の隅にある小さな扉が開いた。


  「終わったのか咎愛…もう触れてもいいの…?」


  何処からかか細い女性の声が教会内に響いた。
  声の主は僕に後方から近付くと背後からそっと僕に抱き着いてきた。


    柔らかい甘い香り、花の匂いを嗅いでいるような安心感に包まれる。頬に伝わる銀の巻髪の感触が擽ったいのもとても懐かしい。


  「ただいまアリス…三ヶ月も待たせてごめん…」


  アリスは首を大きく横に振った。


  「咎愛が僕を待たせたのは三ヶ月じゃないよ、深層心理を作り上げる期間も含めて四ヶ月も会えなかったんだ、この埋め合わせはちゃんとしてもらわないと、この子だって寂しかっただろうし」


  俺はゆっくり屈んでアリスのお腹に手を当てた。


  「ごめん、寂しかったね、これで暫くは一緒に居られるからね」


  アリスのお腹に顔をそっと当てがう、今はまだ反応を示さないけれど、ここに命が宿ってくれた、そのことが何よりも愛おしい。


  「帰ろうか…」


  「あいつは…いや、何でもない…」


  「平の事?心配しないで…今は帰って休もうお腹の子も疲れてるかもしれないから、このゲーム中、ずっとガエリゴとして働かせちゃってたし、暫くは休もう」


  俺の提案にアリスは首を縦に振った。


  「咎愛も休んで、明日からはマザーの許可が下りる…これで僕は咎愛とゆっくり過ごせるんだ…あと七年の命なんだ、楽しんで生きないと…それには咎愛が必要だ…」


  俺の肩に頭を預けながらアリスは笑顔を見せた。アリスの笑顔を見ると、俺の心は安心感に包まれる。


  「行こうか…」


  俺達は教会の外へ向かって歩き出した。
  先程開いた小さな扉は独りでに閉まっていた。
  俺達はそれを見て顔を見合わせ笑みを零す。


  「きっと大丈夫…この後の事はゆっくり考えよう」


  俺とアリスはこのゲームの舞台から歩き去った。
  この施設は全てこの後何もなかったかのように始末される。この大型施設は跡形もなく消えていく。


  三ヶ月間の様々な出来事を沈めるように…。


  空になって教会には物音一つ聞こえなかった。
  そこには静寂しかない。
  先程までの話し声も愛情も友情も、何もかもが空っぽになっていた。


  カナリアのデスゲーム…。
  三ヶ月間の恐ろしいこのゲームは幕を閉じた。


  だが、俺とアリスはこれから始まる戦いに向けて決意を改めた。



  全てを託した心友の為にも。


  




 




 

 



 











 




 





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