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五月十日
14・傾眠状態
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小夜の昏睡状態は、傾眠状態となり、目覚めている時間が長くなった。
クロポースの効果は目覚ましいものがあり、小夜の髄液中に繁殖していた病原菌も、著しく減少していったのだ。
日頃からガーゼを持って寝る癖があったため、「ガーゼ」と口走る程になり、それは急速な意識の回復であることと感じた。
そして、直径四ミリほどの管を、鼻孔から胃の中へ通し、ミルクなどの流動食を少しずつ流し込むようになった。
1週間以上絶食していた小夜の空腹感を、ある程度はそれによって癒すことが出来ると思うと、少しは安堵の気持ちも生まれ、希望も湧いて来た。
しかし、不安はまだまだ残されている。クロポースの強力な薬効が、この先いつ副作用を引き起こすかが問題になるからであった。
併発していた中耳炎も、目の中の出血も斜視も完全になくなり、目覚めている時の小夜の表情は、脳に異常があるとは思えない程になって来た。
「鼻からもテンテキするの?」
と、里志が不思議そうに訊く。
「これは点滴じゃなくて、ミルクを入れてるんだ。小夜は、ずっと何も食べてないし、ミルクも飲めないから」
そう説明してやると、
「ふうん。小夜は可哀想だなあ。早く病気治ってほしいなあ」
と言って里志は、動けない小夜の手を握ったり、頬をなでたりして、さも愛しそうにしていた。
「お兄ちゃんですよ。小夜、お兄ちゃん解る? お兄ちゃんと呼んでみて」
里志は、一生懸命自分の存在を小夜に知らせようとした。だが目覚めてはいても、うつろな眼差しで里志を見ているだけで、何も答えはしなかった。
今度は、妻が小夜を呼んでみた。するとどうだろう。
「ママ」
と、元気のない声ではあったが、はっきりと母の名を口に出して言った。
私も、パパが来てるんだよ。パパが解るかい。と、何度も呼んでみたが、初対面の人を見るように、いやそこまではいかないにしても、何処かで見かけたような顔だが何処の人だったかな、といった理解に苦しんでいる表情が読み取れた。
「僕の名前を呼んでくれない。小夜はもう、お兄ちゃんを忘れたのかなあ」
と、里志は非常に残念そうであった。
今日は、妻の母親が看病の手伝いに来てくれて、妻もある程度は楽をさせてもらっているらしかった。妻の母は、これまでにも何度か病院に泊まっている。そんな夜は、妻が付き添い用のベッドに寝て、妻の母が一晩中眠らずに看病してくれているのだ。そうやって、何日かに一度くらいは交替で眠る機会を与えてやらなければ、妻の体は駄目になってしまうだろう。
里志は、妻の母の手を引っ張って、
「おばあちゃん、一階の売店で何か買って」
と言って、ねだることも例のごとくである。
この中央病院には1階に売店があり、菓子や飲み物、玩具から日用品まで販売している。長期間入院する患者や、付き添い人に必要と思われる物は何でもある。それに、幕の内弁当や寿司弁当なども売られているので、私たち家族も大いに利用させてもらった。特に幕の内弁当などは毎日中身が変わっていて、飽きることのないよう配慮されているなど、非常に便利であった。そして、その売店とは別に食堂もあり、弁当では飽き足りない人向けに麺類なども用意されている。
とりわけ里志にとっては、来るたびに菓子や玩具を買うことが出来ることから、非常に嬉しい施設であったことだろうと思う。
そういえば、元気な頃の小夜は麺類が好きで、食欲のない時にも麺類なら喜んで食べていた。とにかくもう一度、麺類に限ったことではないが、小夜の好きなものを食べさせてやりたい気持ちで一杯だった。
だが、何を食べさせてやるように出来るのも、その鍵はクロポースという薬剤が握っている。クロポースの副作用さえ起きなければ、もしかしたら小夜の生命は救われるかもしれないのだ。
クロポースの効果は目覚ましいものがあり、小夜の髄液中に繁殖していた病原菌も、著しく減少していったのだ。
日頃からガーゼを持って寝る癖があったため、「ガーゼ」と口走る程になり、それは急速な意識の回復であることと感じた。
そして、直径四ミリほどの管を、鼻孔から胃の中へ通し、ミルクなどの流動食を少しずつ流し込むようになった。
1週間以上絶食していた小夜の空腹感を、ある程度はそれによって癒すことが出来ると思うと、少しは安堵の気持ちも生まれ、希望も湧いて来た。
しかし、不安はまだまだ残されている。クロポースの強力な薬効が、この先いつ副作用を引き起こすかが問題になるからであった。
併発していた中耳炎も、目の中の出血も斜視も完全になくなり、目覚めている時の小夜の表情は、脳に異常があるとは思えない程になって来た。
「鼻からもテンテキするの?」
と、里志が不思議そうに訊く。
「これは点滴じゃなくて、ミルクを入れてるんだ。小夜は、ずっと何も食べてないし、ミルクも飲めないから」
そう説明してやると、
「ふうん。小夜は可哀想だなあ。早く病気治ってほしいなあ」
と言って里志は、動けない小夜の手を握ったり、頬をなでたりして、さも愛しそうにしていた。
「お兄ちゃんですよ。小夜、お兄ちゃん解る? お兄ちゃんと呼んでみて」
里志は、一生懸命自分の存在を小夜に知らせようとした。だが目覚めてはいても、うつろな眼差しで里志を見ているだけで、何も答えはしなかった。
今度は、妻が小夜を呼んでみた。するとどうだろう。
「ママ」
と、元気のない声ではあったが、はっきりと母の名を口に出して言った。
私も、パパが来てるんだよ。パパが解るかい。と、何度も呼んでみたが、初対面の人を見るように、いやそこまではいかないにしても、何処かで見かけたような顔だが何処の人だったかな、といった理解に苦しんでいる表情が読み取れた。
「僕の名前を呼んでくれない。小夜はもう、お兄ちゃんを忘れたのかなあ」
と、里志は非常に残念そうであった。
今日は、妻の母親が看病の手伝いに来てくれて、妻もある程度は楽をさせてもらっているらしかった。妻の母は、これまでにも何度か病院に泊まっている。そんな夜は、妻が付き添い用のベッドに寝て、妻の母が一晩中眠らずに看病してくれているのだ。そうやって、何日かに一度くらいは交替で眠る機会を与えてやらなければ、妻の体は駄目になってしまうだろう。
里志は、妻の母の手を引っ張って、
「おばあちゃん、一階の売店で何か買って」
と言って、ねだることも例のごとくである。
この中央病院には1階に売店があり、菓子や飲み物、玩具から日用品まで販売している。長期間入院する患者や、付き添い人に必要と思われる物は何でもある。それに、幕の内弁当や寿司弁当なども売られているので、私たち家族も大いに利用させてもらった。特に幕の内弁当などは毎日中身が変わっていて、飽きることのないよう配慮されているなど、非常に便利であった。そして、その売店とは別に食堂もあり、弁当では飽き足りない人向けに麺類なども用意されている。
とりわけ里志にとっては、来るたびに菓子や玩具を買うことが出来ることから、非常に嬉しい施設であったことだろうと思う。
そういえば、元気な頃の小夜は麺類が好きで、食欲のない時にも麺類なら喜んで食べていた。とにかくもう一度、麺類に限ったことではないが、小夜の好きなものを食べさせてやりたい気持ちで一杯だった。
だが、何を食べさせてやるように出来るのも、その鍵はクロポースという薬剤が握っている。クロポースの副作用さえ起きなければ、もしかしたら小夜の生命は救われるかもしれないのだ。
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