38 / 44
六月二十一日
38・看病
しおりを挟む
さて、私と妻が交替する筈なのだが、私は小夜の付き添いをしなければならないので車で妻を家まで送ってやることは不可能である。かと言って、熱のある妻の体が心配なので、まさか電車で帰らせるわけにもいかない。
そこで、私の弟に電話をかけて車で迎えに来てくれるように頼んでみた。丁度、昼食後の休憩時間であったためか、外出していなかったので運が良かった。弟は快く引き受けてくれて、間もなく迎えに来た。
妻を見送るために小夜の手を引いて廊下へ出たが、小夜の歩調は危なっかしく、とても歩かせることは無理なように思えた。訓練も必要なことは充分承知していながらも、つい抱いてしまっていた。
すると、そこへ通りかかった40代くらいの看護師が、
「そんなことをして甘やかしていると、歩けない子になってしまう。歩かせなさい。そんなことは、親が徹底しないとだめです」
と、厳しい口調で言った。
それは厳しいと言うより、憎々し気な言い方にも聞こえて来た。
「後ろに倒れて、後頭部を強打したりしたら、一体どうしてくれるんですか」
と、反発したい気持ちであった。
畳の上や絨毯の部屋で歩行訓練するならともかく、地面より堅いコンクリートの廊下で、おぼつかない脚を訓練するなど残酷だと思ったのだ。
この病院には、毎日短時間だけテレビを見たり出来る子供の部屋がある。その部屋だけは畳が敷いてあるので、その部屋である程度歩けるようにしてから、コンクリートの上で歩かせれば良いと私は考えるのだ。
それに、眉間に皺を寄せて腹立たしそうに言う、看護師の態度が気に入らなかった。
そんなことがあって、妻と里志と弟がエレベーターに乗り込むまでを見送った私と小夜は、なぜか取り残されたような寂しい気持ちで部屋に戻った。
「ママ……。おにいちゃん……」
と言って、泣いている小夜をなだめるのに一苦労したものである。
私の体は、下痢はほとんど治っているようだが目まいだけは続いていた。自分の体調が思わしくない時は、小夜が泣いたりすると一層苦痛なものであった。
妻が家へ帰って自分の布団で寝るのは、小夜が入院して以来、二度目である。
最初は、里志が親子遠足に行った時であった。このような場合、大抵母親が付き添って行くことが多い。もしも私が同行していたとしたら、「里志くんだけは、お父さんが来ていた」などと言って不思議そうな目で見る子供たちがいたに違いない。
里志はそうしたことを非常に神経質に考える子供だと、私も妻も感じていた。だからこそ、普通の状態のように振る舞うことをさせてやりたいと願い、その日も私と妻は小夜の付き添いを交替したのであった。
そんなこともあって、私は病院で寝ることは初めての経験という訳でもなかった。しかし、ある程度慣れたつもりでいたが、小夜にとって病院での生活は退屈極まりないのだろう。ベッドへ入るのを嫌う小夜は、抱け、背負え、あっちへ行けこっちへ行け、ジュースが欲しい、絵本を見せろ、おしっこがしたい、歩いてみたい。歩かせればぎくしゃくした足取りで、すぐ前へ倒れる。危ないから後ろで支えてやる。支えれば、一人で歩きたいのか、支えた手を振り払おうとする。
窓の外を見たそうにするから、抱き上げる。抱き上げると、一人で立って眺めたいらしく下ろせと言う。下ろせば窓が高いから見えないので、見たいと言ってわめく。といった手の尽くしようのない状態で、小夜の我がままに、私は振り回され続けた。
「死んでしまうよりは、この方がいい……。死ぬよりは……」
と、私はいちいち心の中でそう呟いた。
一時は本当に死ぬかと思った。だがその頃に比べれば、それはなんと嬉しいことであろうかと、つくづく幸せに思う。私の体調が悪いので苦痛ではあったが、それでも入院当初の小夜の容態から見れば、「死」という不安からは、ある程度開放されていた。肉体的には大変な重労働ではあっても、精神面で幾分かは楽になっていたのだ。
小夜は、医師の指示によって毎日脚と左手首のマッサージを受けている。今日は、午前中に妻が受けさせていたのでそれもなかった。明日の日曜日はマッサージは休みということで、私が付き添う今日明日の二日間は妻より少しは楽な筈であった。
マッサージを受けない時でも、普段から絶えず付き添い人がマッサージをしてやることも必要だと、妻から教えられていた。絵本を見せながら、そして抱きかかえながら、私は小夜の左手首と脚を揉んだりこすったりし続ける。
こんなことで治ってくれるだろうか、歩けるようになるのだろうか。それは実際不安であった。それでも、揉まなければいけないと思って揉んだ。
それが、どれほどの効果をもたらすものかという確信も持てないままに……。
そこで、私の弟に電話をかけて車で迎えに来てくれるように頼んでみた。丁度、昼食後の休憩時間であったためか、外出していなかったので運が良かった。弟は快く引き受けてくれて、間もなく迎えに来た。
妻を見送るために小夜の手を引いて廊下へ出たが、小夜の歩調は危なっかしく、とても歩かせることは無理なように思えた。訓練も必要なことは充分承知していながらも、つい抱いてしまっていた。
すると、そこへ通りかかった40代くらいの看護師が、
「そんなことをして甘やかしていると、歩けない子になってしまう。歩かせなさい。そんなことは、親が徹底しないとだめです」
と、厳しい口調で言った。
それは厳しいと言うより、憎々し気な言い方にも聞こえて来た。
「後ろに倒れて、後頭部を強打したりしたら、一体どうしてくれるんですか」
と、反発したい気持ちであった。
畳の上や絨毯の部屋で歩行訓練するならともかく、地面より堅いコンクリートの廊下で、おぼつかない脚を訓練するなど残酷だと思ったのだ。
この病院には、毎日短時間だけテレビを見たり出来る子供の部屋がある。その部屋だけは畳が敷いてあるので、その部屋である程度歩けるようにしてから、コンクリートの上で歩かせれば良いと私は考えるのだ。
それに、眉間に皺を寄せて腹立たしそうに言う、看護師の態度が気に入らなかった。
そんなことがあって、妻と里志と弟がエレベーターに乗り込むまでを見送った私と小夜は、なぜか取り残されたような寂しい気持ちで部屋に戻った。
「ママ……。おにいちゃん……」
と言って、泣いている小夜をなだめるのに一苦労したものである。
私の体は、下痢はほとんど治っているようだが目まいだけは続いていた。自分の体調が思わしくない時は、小夜が泣いたりすると一層苦痛なものであった。
妻が家へ帰って自分の布団で寝るのは、小夜が入院して以来、二度目である。
最初は、里志が親子遠足に行った時であった。このような場合、大抵母親が付き添って行くことが多い。もしも私が同行していたとしたら、「里志くんだけは、お父さんが来ていた」などと言って不思議そうな目で見る子供たちがいたに違いない。
里志はそうしたことを非常に神経質に考える子供だと、私も妻も感じていた。だからこそ、普通の状態のように振る舞うことをさせてやりたいと願い、その日も私と妻は小夜の付き添いを交替したのであった。
そんなこともあって、私は病院で寝ることは初めての経験という訳でもなかった。しかし、ある程度慣れたつもりでいたが、小夜にとって病院での生活は退屈極まりないのだろう。ベッドへ入るのを嫌う小夜は、抱け、背負え、あっちへ行けこっちへ行け、ジュースが欲しい、絵本を見せろ、おしっこがしたい、歩いてみたい。歩かせればぎくしゃくした足取りで、すぐ前へ倒れる。危ないから後ろで支えてやる。支えれば、一人で歩きたいのか、支えた手を振り払おうとする。
窓の外を見たそうにするから、抱き上げる。抱き上げると、一人で立って眺めたいらしく下ろせと言う。下ろせば窓が高いから見えないので、見たいと言ってわめく。といった手の尽くしようのない状態で、小夜の我がままに、私は振り回され続けた。
「死んでしまうよりは、この方がいい……。死ぬよりは……」
と、私はいちいち心の中でそう呟いた。
一時は本当に死ぬかと思った。だがその頃に比べれば、それはなんと嬉しいことであろうかと、つくづく幸せに思う。私の体調が悪いので苦痛ではあったが、それでも入院当初の小夜の容態から見れば、「死」という不安からは、ある程度開放されていた。肉体的には大変な重労働ではあっても、精神面で幾分かは楽になっていたのだ。
小夜は、医師の指示によって毎日脚と左手首のマッサージを受けている。今日は、午前中に妻が受けさせていたのでそれもなかった。明日の日曜日はマッサージは休みということで、私が付き添う今日明日の二日間は妻より少しは楽な筈であった。
マッサージを受けない時でも、普段から絶えず付き添い人がマッサージをしてやることも必要だと、妻から教えられていた。絵本を見せながら、そして抱きかかえながら、私は小夜の左手首と脚を揉んだりこすったりし続ける。
こんなことで治ってくれるだろうか、歩けるようになるのだろうか。それは実際不安であった。それでも、揉まなければいけないと思って揉んだ。
それが、どれほどの効果をもたらすものかという確信も持てないままに……。
30
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
新しい家族は保護犬きーちゃん
ゆきむらさり
エッセイ・ノンフィクション
〔あらすじ〕📝初めて🐶保護犬ちゃんを迎え入れる我が家。
過去の哀しい実情のせいで人間不信で怯える保護犬きーちゃん。
初日から試行錯誤の日々と保護犬きーちゃんがもたらす至福の日々。
◇
🔶保護犬ちゃん達の過去・現在の実情の記述もあります🐾
🔶日々の些細な出来事を綴っています。現在進行形のお話となります🐾
🔶🐶挿絵画像入りです。
🔶拙いエッセイにもかかわらず、HOTランキングに入れて頂き(2025.7.1、最高位31位)ありがとうございます🙇♀️
【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』
M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。
舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。
80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。
「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。
「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。
日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。
過去、一番真面目に書いた作品となりました。
ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。
全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
それでは「よろひこー」!
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる