聖女の母と呼ばないで

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馬車の小窓から見える景色が、住宅街から小売店が並ぶ城下町に姿を変えた。

石畳で舗装された道は相変わらず広いものの、右に左に曲がり、少し入り組んでいるようだ。

活気のある街並みを眺めていると、馬車が停車した。

「王城の門だ。降りる必要はない。」

アルベルトは、遙香に説明した。馬車は、すぐに動き出した。

医局は、城門を過ぎてしばらくの場所にあった。

アルベルトの手を借り、遙香は馬車を降りる。
木立に囲まれた白壁の建物の前だった。

広く開けられた入り口の前で、看護師長のマリアナ・クロイツェルが遙香を待っていた。

「お待ちしておりました、ハルカ様。こちらへどうぞ。」

マリアナ・クロイツェルは、昨日と同じく穏やかな表情で遙香を迎え入れた。



マリアナの案内で、遙香は、診察室に通された。
机に向かって書き物をしていたセドリックが、顔を上げて遙香を迎えた。

「医局へようこそ、というのも変ですな。昨夜はよく眠れましたかな。」

セドリックは、遙香に声をかけながら椅子をすすめる。

「はい、お陰様で。」

遙香が座りながら答えると、セドリックは遙香に重ねて言った。

「医者に社交辞令は不要じゃよ。身体の調子をそのまま伝えてもらえれば十分じゃ。」

それもそうか、と、遙香は了承の意味を込めて頷く。

「で、お前さんはいつまでそこにいるんじゃ。」

セドリックは、遙香の後ろに立っているアルベルトに向かって言った。

アルベルトは、遙香に、「何かあったら呼べ。」とだけ告げると、さっと診察室を出ていった。

「気の利かんやつじゃのぅ。」

セドリックは笑いながらそう言うと、改めて遙香に向き直った。

「さて、邪魔物は消えたし、お茶にでもしようかの。」

セドリックは、卓上のベルを鳴らし人を呼ぶと、3人分のお茶を用意させた。クロイツェル夫人が、遙香にコップを手渡す。

遙香がお茶を一口のみ、ほっ、と小さく息を吐くのを見てから、セドリックは話し出した。

「今日は、王宮から、健康診断と魔力検査、そして妊娠の確認をするように依頼されとる。
全ての診察と検査は、わしとマリアナが担当する予定じゃが、女性の医師を希望するなら考慮するがどうじゃ?」

遙香は、特に問題がない旨を伝える。

「検査は、無理には進めん。初めて見る器材や方法もあるじゃろう。不安に感じる前に、疑問は何でも聞いてくだされ。」

「はい、わかりました。」

「飲み終わったら、始めるとするかの。」

セドリックはそう言うと、遙香を見つめて安心させるように微笑んだ。








**************************************

全ての検査が終わる頃には、遙香はぐったりと疲れていた。

初めて見る器材や方法に質問し、メモを取っていたのは最初だけ。魔法や魔術を組み合わせたこの国の医療は、日本の医療と根本的な考え方が異なり、今日1日では、理解が追い付かないことだけが分かった。


検査でのやり取りを通じて、遙香は、セドリックとマリアナを、「セド爺」「マリアナ」と自然に呼べるほどに打ち解けた。



結果からすると、遙香の妊娠は確定した。
エコー検査はなかったため遙香の予想していた形で赤ちゃんを確認することは出来なかったが、魔術で魔素の循環や滞留を測り、何やら数値化することで確認したようだ。

マリアナが冊子を持ってきて、遙香に手渡す。

「こちらは、妊娠から出産までの母体の変化や赤ちゃんの成長が書かれているものです。」

冊子をめくると、妊娠日数ごとの状態が、絵と文字で説明されていた。

「今はここですね。」

マリアナが、とあるページを指し示す。

「赤ちゃんは、小指の先くらいの大きさです。これから、だるさや眠気が出たり、胸が張ったりと、妊娠に伴うからだの変化が起こり始めます。」

マリアナが数ページめくり、遙香に見せる。

「もう少しすると、とても小さいですが赤ちゃんの形になってきます。つわりもこの頃から始まることが多いです。」

マリアナは、更に冊子を進める。

「この頃になると、お腹の膨らみが分かるようになります。ここに至るまでを妊娠初期と呼びます。

赤ちゃんの急激な成長に合わせて、母体側にも様々な変化が出てきます。一方で、お腹の膨らみが目立つ前なので、本人の体調の変化や辛さがまわりの人に分かりにくくもあります。

妊娠初期は、大切な時期ですので、気になることや辛いことは我慢せずにまわりに伝えてくださいね。」

そう言うと、遙香の手を優しく握った。

「ありがとうございます。帰ったら、冊子見てみますね。」

そこまで言うと、遙香は申し訳なさそうに続けた。

「でも、私、この国の字は読めないんです。」

遙香がそう言うと、マリアナは「あらあら、まぁ。」と慌てて診察室を出ていった。




パタパタという足音と共にマリアナが戻ると、隣にはマリアナが引っ張って来たのか、少し慌てた様子のアルベルトがいた。

「何かあったのか?」

アルベルトの問いに、マリアナが答える。

「ハルカ様に、妊娠から出産までのことが書かれている冊子をお渡ししました。ただ、文字が読めないとのことですので、こちらの翻訳をお願い致します。」

マリアナが、アルベルトの手に冊子を3冊押し付ける。

「2冊は侍女のお二人にお渡しください。」

マリアナの勢いに、アルベルトが押され気味になりながらも口を開く。

「口述では駄目なのか?」

アルベルトの問いに、マリアナが目を丸くする。

「まぁ。これだけの内容を一度聞いて覚えろなんて、とんでもないことを仰いますね。夜、一人でいるときに不安になって冊子を開くこともあるでしょう。
それに、四六時中ハルカ様のそばにいるシェリスフォード様こそ、知っておくべき内容です。」

マリアナの勢いに、少しアルベルトが可哀想に思った遙香は助け船を出した。

「専門用語もあって、一人で翻訳するのはきっと難しいのではないでしょうか。イザベルかリンジーに読んでもらえれば、私も聞き取った内容を書くことで翻訳ができると思います。

アルベルト、申し訳ないのですが、冊子の半分だけでも手伝ってもらえませんか?」

遙香の言葉に、マリアナが、
「なんてお優しいんでしょう。でも、お身体に無理になるようなことはしてはいけませんよ。」
と、遙香を抱き締めた。

その様子を横目で見ながら、アルベルトは小さくため息をつきながら言った。

「承知した。」










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