聖女の母と呼ばないで

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遙香がマリアナに、妊娠初期の食事や行動の注意事項を聞いてメモをしている間、アルベルトはセドリックに別室に呼ばれた。

セドリックは、アルベルトの手にある3冊の冊子を見ながら言った。

「ヴァッハヴェルの坊主は、文字の読み書きの能力を渡さなかったんじゃな。」

アルベルトが頷く。

「お前さんが王から命令されていることはなんじゃ?」

「聖女の母の護衛だ。それ以外にないだろう。」

セドリックの問いに、アルベルトがぶすっと答える。

「ふむ。」

セドリックは暫く考え込むと、言葉を選ぶように言った。

「お前さんにとって、「聖女の母」を護ることと「ハルカ様」を護ることは、同じか?」

アルベルトは、「同じだろう。」と答えようとして、はたと気付く。
王は「ハルカ」への情報を統制している。翻訳の呪文で読み書きの制限をつけたことも、「必要以上」の情報、知識を「ハルカ」に与えないためだと考えられる。
それでは、まるで。。。

アルベルトの表情が険しくなった。その様子から結論に至ったと推察したセドリックは言った。

「そうじゃ。「ハルカ様」は聖女を産む機械ではない。召喚されたとは言え、儂らと同じ「人」じゃ。

王がどこまでをお考えかは、儂にはわからん。
じゃが、昨日の様子では、ヴァッハヴェルの坊主はそのようには考えておらんのじゃろう。考えに至っていないのかもしれん。」

ふぅ、と息を吐きながらセドリックは続けた。

「今日のハルカ様は、瞳に力がある。誰かがハルカ様の心に触れ、救いあげたんじゃろう。

心と身体は繋がっておる。身体だけ護っても、心が凍ってしまっては、儂は、それは生きてるとは言えんと思うのじゃ。

さて、お前さんは「聖女の母」だけを護るのか、「ハルカ様」を護るのか。」

セドリックは、アルベルトをじっと見た。アルベルトも、強い意志が宿る瞳でセドリックを見返す。

「俺は、あいつを護る。」

アルベルトの答えに、セドリックは目尻の皺を深くして微笑んだ。






**************************************

医局を去る間際、セドリックは手招きして遙香を呼んだ。

「長時間の検査、疲れたじゃろう。これは、ご褒美じゃ。帰りの馬車で食べるといい。」

セドリックは、遙香に紙袋を手渡した。
遙香が中を覗くと、そこにはフィナンシェがいくつか入っていた。

遙香は笑顔になって言った。

「セド爺、ありがとうございます。ふふっ、子供みたいですね。」

子供の頃、注射のあとにシールをくれたお医者さんがいたなぁ、と遙香は懐かしく思った。

「なに、医局に来る者は、ぜーんぶ儂の子供じゃ。まぁ、普段医局に来るのはほとんど武骨な騎士ばかりじゃがの。」

馬車のそばで待機しているアルベルトに視線をやりながら、小さな声で「菓子は可愛い子にだけ特別じゃがな」と、セドリックは笑った。

「次の診察は10日後じゃ。その間、気になることがあればいつでも来てくだされ。」

セドリックとマリアナに見送られながら、遙香は医局を後にした。




夕日に染まる石畳の街は美しかった。

遙香は、馬車の小窓から見える景色を楽しみながら、セドリックがくれたフィナンシェを食べた。バターとアーモンドの風味が口のなかに広がる。

遙香が、アルベルトに紙袋を差し出すと、アルベルトはフィナンシェをひとつ取り口にいれた。

眉間に皺がよった硬い表情からわずかに力が抜け、眉が下がった。

遙香はその様子に微笑み、視線を窓の外に戻した。

穏やかな時間だった。









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