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11-3.
しおりを挟む遙香は、3度カードを読み返した。
「ヴァッハヴェル公爵は、漢字が書けるほど随分日本語がお上手なんですね。」
「旦那様は、前聖女と同じだけの日本語の語学力がおありです。」
フェリックスは、遙香を見ながら言った。
遙香も、フェリックスの顔を真っ直ぐに見る。
「・・・」
「・・・」
暫しの沈黙の後、遙香はイザベルに言った。
「イザベル、お返事を書きたいんだけれど、便箋と書くものを用意してきてくれない?あと、つまめる様なお菓子とお茶のおかわりも。」
「おねがい。」と、遙香が言うと、イザベルは、「承知しました。」と、サロンを出ていった。
遙香は、フェリックスに向き直って小声で問いかけた。
「手紙の件をお伺いしても?」
フェリックスは、小さく頷いた。
「縦の言葉、「直愚本丁寧に」が、「すぐほんていに」、つまり、直ぐに本邸に来るようにと読めるのですが、正しいですか?」
再び、フェリックスは小さく頷く。
「こんな、簡単な暗号の様な物で記された理由を伺ってもよいでしょうか?」
「漢字は、一般の貴族には読めません。この国ではこれだけで随分難解な暗号となります。あわせて、緊急事態とだけお伝えいたします。」
遙香は、アルベルトを見た。そして、視線をフェリックスに戻したところで、フェリックスが言った。
「護衛のシェリスフォード様のみ、同行してください。侍女2人には、私から用事を言いつけます。タイミングは、シェリスフォード様に分かるように連絡いたします。」
「あの、」
遙香が続けて質問しようとしたところを、アルベルトが手で制した。
少しして静かに扉が開き、台車を持ったイザベルが現れた。
イザベルは、遙香の前にサッと便箋と封筒を差し出した。小さな押し花が透かしで入っているものだった。
「こちらを。」
イザベルは、遙香に聞こえるばかりの小さな声で言った。
「ありがとう。」
遙香の言葉に、僅かに笑みを浮かべたあと、イザベルは、台車とソファを行き来しながら手際よく菓子やお茶をセットしていく。
フェリックスは、そんなイザベルの動きをじっと見ていた。
イザベルが台車を押してサロンを出ていくと、フェリックスはポケットからメモを取り出し、何かを走り書きしてアルベルトに渡した。
アルベルトはそれを読むと、遙香に声を出さないよう手振りで示してから、日本語に翻訳を始めた。
アルベルトの様子を見ていたフェリックスは、お茶を一口飲んでから遙香に言った。
「久々に別邸に参りましたので、私は、こちらの使用人の様子を見て参ります。旦那様へのお手紙を書き終えましたら、ベルでお呼びください。」
遙香が頷くのを見てから、フェリックスはサロンを後にした。
遙香は、アルベルトの書く文字を覗き込む。
《てがみは したのかみに うつるように あしたは どうかと かく。》
アルベルトが、覗き込んだ遙香の顔を伺うようにしたので、遙香は、伝わったという意味を込めて、手で丸を作った。
《いちど へやに もどる。そのあと あいずで ぬけだす。》
再び、遙香は丸を作る。そして、便箋を重ねて手紙を書き始めた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ディードリヒ・ヴァッハヴェル公爵 様
素敵なお誘い、ありがとうございます。
こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
明日の午後、ご都合はいかがでしょうか?
庭園でのお茶会、楽しみにしております。
小林 遙香
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
便箋を折り、封筒に入れる。
宛名を書いたところで、アルベルトを見た。
話したいと手振りで示すと、「なんだ?」とアルベルトが聞いてきた。
「手紙書き終えたから、ベルを鳴らしていいかな?」
「待て。」
アルベルトは、そう言って、テーブルを指差す。
「久々の別邸らしいから、ゆっくり見させてやればいい。この菓子、うまいぞ。」
言葉とは異なり、アルベルトの手は公爵からの手紙を掴む。封筒に戻し、メモを書いた紙とともに自分の胸元のポケットにしまった。
遙香はその様子を見ながら、イザベルが準備した一口サイズのタルトをつまむ。ジャムの酸味とクリームの甘さが絶妙だった。
「本当。美味しい。」
異なるジャムのタルトを食べすすめる遙香を横目に、アルベルトは、手紙の内容が薄く付いた残りの便箋の束を揃え、テーブルの隅に置いた。
「今日は、朝からとんでもない1日ね。」
何気なく、遙香が言葉を漏らす。
朝食後のフォンの訳のわからない説明に、直後の執事の来訪。この後は、別邸を抜け出し本邸に行かなければならない。
昨日までの予定のない日々を思い出し、暇な日々も嫌だけれど、急激に慌ただしくなるのも考えものだと、遙香は思った。
結局、お菓子のほとんどを遙香が食べたところで、アルベルトが呼び鈴を鳴らした。
程なく、フェリックスがサロンに現れた。
遙香は立ち上がり、手紙を差し出す。
「明日、ヴァッハヴェル公爵のご都合がよろしければ是非にとお伝え下さい。」
「承知いたしました。確かに、お手紙をお預かりいたしました。お伝えいたします。」
フェリックスは、遙香の手紙を受け取ると、礼をして本邸に帰っていった。
遙香もそれを見送ったあと、自分の部屋へ戻った。
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