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11-8.
しおりを挟む「一体、何のために。。。」
遙香は、絞り出すように呟いた。
その顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。
「ここから先は、推測でしかない。」
ディードリヒは、そう前置きしてから話した。
「魔の森の魔法陣を使うことは、軍事力を強制的に高めることだ。その軍事力をどこに向けるか。それは、エルランダ共和国か、ルーリー連合。」
アルベルトが頷く。
「現状では、その2つの可能性が濃厚だな。」
応接室に、重い沈黙が流れた。
「旦那様、昼食にいたしませんか?」
フェリックスが、沈黙を破りディードリヒに提案した。
「そうしよう。二人の分は、こちらの部屋に運ばせる。本邸の案内は、明日、公式にこちらに来たときにさせよう。
私は、しばらく席を外す。フェリックスは、二人に付いていなさい。」
ディードリヒは、そう言って応接室を出ていった。
遙香は、もたらされた情報の規模の大きさに、考えが追いつかなかった。
「疲れていないか?」
アルベルトが遙香に聞く。
「アルベルトこそ。初めて知ったんでしょう?」
「そうだな。」
二人ともそれ以上会話することなく、フェリックスが用意した食事をただ無言で食べた。
**************************************
昼食を終えて戻ってきたディードリヒは、応接室の静かな様子を見て、遙香とアルベルトに言った。
「急にこんな話をしてすまなかったな。困惑しているか?」
遙香は、頷いた。
「突然のことで、それも国家規模の話だったので。。。どう受け止めたら良いのか分かりません。
一つ、聞いても良いでしょうか?」
「なんだ。」
「なぜ、余所から召喚された私に、このような話をされたのでしょうか?」
遙香は、昼食の間に考えていた疑問をディードリヒにぶつけた。
ディードリヒは、遙香の目をじっと見たまま黙り込んでいる。遙香も、静かにディードリヒを見つめた。エメラルドより濃い深緑色の瞳が、わずかに揺れたように見えた。
ディードリヒが、一度瞼を閉じたあと、再び遙香を見て言った。
「聖女の持つ「浄化の力」は、どのようなものか知っているか?」
遙香の問いには答えず、反対に質問を返してきた。
「魔の森を鎮める、とだけ聞いています。」
「浄化の力は、確かに魔法陣を鎮めるものでもある。活性化した魔法陣の力を衰退させる効果があるのも確かだ。
しかし、浄化の力はそれだけではない。」
ディードリヒは、一度言葉を区切ってから続けた。
「魔法陣で「魔物」となった人や動物を浄化し、元に戻す力が本来の浄化の力だ。」
「魔物となった人を救えるんですか?」
遙香は、期待を込めて聞いた。しかし、ディードリヒの答えは無情だった。
「姿形が人に戻るだけだ。一度魔物となった者の命を救うことはできない。」
遙香は肩を落とす。「しかし、」と、ディードリヒは付け加えた。
「魔物となり、兵力として酷使されることからは救うことができる。
反対に言えば、魔の森の魔法陣の力を無力化できる唯一の手段が、聖女だ。」
再び、深緑色の瞳が遙香をとらえる。
「魔法陣についても、聖女についても、王が何を目的としているのかは、はっきりとしない。片や魔法陣を使い実験をし、片やそれを無効化する聖女を召喚している。
ただ、ひとつ分かっていることは、過去の聖女召喚とは異なる目的を持っているだろうということだけだ。
だからこそ、手遅れになる前にハルカ殿に「正しい」情報を与え、可能な限り自衛の手段をとってもらいたかった。
それが、今回、話をした理由だ。」
「・・・」
遙香は、何も言うことが出来なかった。
先程まで、うつむき加減に自分の握った手だけを見て話を聞いていたアルベルトが、顔を上げて口を開いた。
「確認したいことがある。」
ディードリヒは、アルベルトに小さく頷き、先を促す。
「フォン・ヴァッハヴェルは、「正しい歴史」を知っているのか?」
「あれは、まだ「知る立場」にない。ヴァッハヴェル家として、教えたことはない。」
ディードリヒは、首を振った。
「ヴァッハヴェル家以外に、「正しい歴史」を知る者は?」
「王家とヴァッハヴェル家が、正しい歴史を継承している。国民はおろか、貴族にも知る者はいないはずだ。
これまで、正しい歴史は隠匿するべき失敗の歴史だった。王家は、制御出来ない危険で非人道的な魔法陣を構築したとして、国内から排斥されるのを恐れていたからだ。
歴代の王は、自ら話すことはなかった。
王家にとっては、ただ教訓として継承されてきたに過ぎない。」
「今の王は、教訓として受け取っていなかったと言うことか。」
アルベルトは、そう言って、再び黙り込んでしまった。
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