双界の輪廻

テタの工房

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第3話

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夜の街に吹く風は、焼け焦げた鉄と瓦礫の匂いを運んでいた。崩壊した地下施設の残骸は、地上にまで衝撃を及ぼし、周囲一帯を静まり返らせていた。だが静寂の裏では、政府の監視網が確実に広がっていた。

凛太郎と柚希は、裏路地を抜け、人気のない倉庫に身を潜めた。薄暗い室内で、柚希は疲労の色を隠せなかった。彼女の魂は先の戦闘で多くの力を消耗し、時折、身体が霞のように透けて見える。

「……無理をしているだろう」

「私は兵器として造られた存在。多少の消耗では消えないわ。でも……人の温もりに触れてからは、前のように無感覚ではいられなくなった」

柚希は微笑み、凛太郎の手に触れた。彼女の指は微かに震えていた。

「凛太郎。輪廻の根源に辿り着けば、きっとすべてが変わる。私の存在理由も、あなたの贖罪も」

凛太郎は深く頷いた。しかし胸中には恐怖が渦巻いていた。根源に辿り着くことは、すなわち己の罪を完全に暴かれることと同義だと、直感していたからだ。

追跡者

翌日、二人は街を離れ、古代の神殿が点在する郊外へと足を進めた。そこには「虚無回廊」と呼ばれる伝説の場所があるという。魂が世界を行き来するための本来の通路。政府に奪われる前の、純粋な輪廻の流れ。

だが、その道程は容易ではなかった。
夜半、月明かりの下で足を止めた凛太郎の耳に、乾いた靴音が響いた。

「やはり……お前たちか」

廃墟の影から現れたのは、一人の男。漆黒の外套を纏い、鋭い眼光を放つ。彼の背後には黒い羽のような魂の残滓が漂っていた。

「……お前は、審判者か?」

「かつては、な。俺の名は篠生(しのう)。輪廻に絶望し、政府に背いた男だ」

柚希が身構える。しかし篠生は剣を抜かず、ただ二人を見据えていた。

「俺も根源を目指している。だが一人では辿り着けない。手を組もう」

「罠じゃないのか?」

凛太郎の問いに、篠生は嗤った。

「罠と思うなら背を向ければいい。だが時間は残されていない。柚希――お前の魂は既に政府に感知されている。街は今や“監獄”に変貌しつつある」

柚希の顔が青ざめた。その言葉が真実であることを、彼女自身が感じ取っていた。

魂の監獄

三人が街に戻った時、光景は一変していた。高層ビル群を覆うように巨大な結界が張り巡らされ、空は鈍色に染まっていた。人々は無表情のまま歩き、瞳からは光が失われていた。

「これは……」

「魂の監獄。政府が柚希を捕えるために発動させた。住民の魂を眠らせ、兵士として使役する術だ」

篠生の声は冷酷だった。だがその瞳には、憤りが宿っていた。

次の瞬間、無数の住民が一斉に振り返り、凛太郎たちへと襲いかかった。彼らの動きは人形のように機械的で、感情は一切なかった。

「こんなことまで……!」

凛太郎は心を抉られる思いで彼らを受け止めた。剣ではなく、魂を浄化する力を全開にして。住民たちの目から再び光が戻るたび、彼の胸は痛んだ。

「俺はまた……奪うことになるのか……」

「違う!」柚希の叫びが夜を裂いた。「あなたは奪っていない。救っているのよ!」

凛太郎は拳を握りしめ、涙を飲み込んだ。
それでも前へ進むしかなかった。

篠生の影

逃走の末、三人は地下水路に潜り込んだ。苔むした石壁に水滴が響き、冷気が肌を刺す。そこで篠生は立ち止まった。

「ここから先は虚無回廊の入口だ。だが……行く前に、確かめねばならない」

彼の瞳が妖しく光り、剣が抜かれた。

「俺は政府を憎んでいる。だが同時に……柚希を利用する気持ちもある。お前たちは俺を信じられるか?」

凛太郎は剣を抜いた。互いの刃が交差し、冷気がさらに深まる。

「信じるかどうかじゃない。俺は、お前を選ぶしかない」

篠生は数秒間沈黙した後、剣を収めた。

「……それでいい。裏切るとすれば、それは俺ではなく、この世界そのものだ」

その言葉に、柚希は不安げに凛太郎を見つめた。だが凛太郎は頷いた。今はただ、前へ進むのみ。

虚無回廊

水路を抜けると、そこには巨大な門が待ち構えていた。古代の文字が刻まれ、中央には渦巻くような光が集まっていた。それが「虚無回廊」――輪廻の根源へ通じる唯一の道。

しかし、門の前に立ちはだかる影があった。
全身を銀の甲冑に覆い、顔を仮面で隠した巨躯の存在。

「来たか……凛太郎。そして、柚希」

低く重厚な声が響いた。

「私は第一世界審判機構の最高位、“白蓮(びゃくれん)”。輪廻の守護者にして、魂の選別者。お前たちを、ここで終わらせる」

空気が震え、虚無回廊の光が揺らぐ。白蓮の背後には、無数の魂の刃が宙に浮かび、まるで軍勢そのものだった。

凛太郎は一歩踏み出し、柚希の手を握った。

「ここで引くわけにはいかない。俺は、すべての罪を背負ってでも前へ進む」

柚希の瞳が輝く。その青は、絶望をも穿つ希望の色。

「凛太郎。共に行きましょう。輪廻を超えるために」

白蓮の刃が一斉に放たれ、虚無回廊の闇が彼らを包み込む。
決戦の幕は、静かに上がった。
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