異世界ファンタジーまとめ【短編集】

テタの工房

文字の大きさ
451 / 753

庭師見習いの悠々自適

しおりを挟む
イザークは、土の匂いを深く吸い込んだ。春の陽射しが温かく、彼の頬を撫でる。手には、芽出し始めたバラの苗木。この感触、この匂い、全てが心地よかった。

彼は、前世の記憶を持つ。正確には、田中太一という名の、ごく普通の日本人だった頃の記憶を。そして、もう一つ。前世の妹が熱中していた乙女ゲーム、「ローゼンクロイツの誓い」の世界に転生したという、現実離れした記憶も。

妹が熱狂的にプレイしていたゲームの世界。イザークは、そのゲームの舞台である、壮麗な公爵家の庭師見習いとして暮らしていた。

しかし、問題があった。彼は、ゲームの登場人物としてすら存在していなかったのだ。主要キャラクターはもちろん、脇役やモブキャラにも該当しない。完全に、風景の一部、空気のような存在だった。

妹のプレイを見ていたイザークは、記憶を頼りに、ゲームのヒロイン、そしてライバル令嬢であるシャルロット公爵令嬢の存在を知っていた。シャルロットは、ゲーム内では、容姿端麗、才色兼備の悪役令嬢として描かれていた。そして、彼女の破滅への道筋も、イザークは知っていた。

もしも、前世の記憶がなければ、彼はただひたすらに庭師として生きるだろう。しかし、ゲームの知識を持つ今、彼はシャルロットの破滅劇に巻き込まれる可能性を、ゼロではないと認識していた。

「…でも、別に巻き込まれる必要もないよな?」

イザークは、肩をすくめた。彼は、ゲームの攻略法や、登場人物たちの運命などには全く興味がなかった。彼の関心は、目の前のバラの苗木、そして、この公爵家の美しい庭に尽きていた。

彼は、土いじりが好きだった。植物が育つ様子を見るのが好きだった。前世の田中太一は、ごく普通のサラリーマンだった。ストレスの多い毎日を送っていた。しかし、この世界では、土と植物に囲まれ、穏やかな日々を送ることができた。

シャルロットは、時に庭を訪れ、イザークの仕事ぶりを眺めていた。彼女は、イザークの静かで丁寧な仕事ぶりに、時折、感心しているようにも見えた。しかし、それは、あくまでもゲームの中の悪役令嬢としての役割を果たす為の、冷静な観察だったのだろう。

イザークは、そんなシャルロットに気付いていなかった。というか、気にする必要もなかった。彼は、彼女と恋愛関係になるなどとは、全く考えていなかった。

ある日、公爵家の庭で、珍しい品種の蘭が枯れかかっているのを発見した。イザークは、その蘭を丁寧に手入れし、丹精込めて育てた。数週間後、その蘭は、見事に花を咲かせた。

その蘭の美しさに、シャルロットは目を奪われた。彼女は、初めてイザークに、心の底からの感謝を述べた。

「…あなたのおかげで、この蘭は生き延びたわ。本当に、ありがとう」

シャルロットの言葉には、いつもの冷淡さはなく、純粋な感謝の気持ちがあふれていた。イザークは、少し照れくさそうに頭を掻いた。

「いえ、どういたしまして。蘭は、とても繊細ですからね」

その日から、シャルロットは、頻繁に庭を訪れるようになった。彼女は、イザークに庭仕事の相談をするようになり、二人は、自然と会話をするようになった。

イザークは、シャルロットの意外な一面を発見した。彼女は、ゲームの中の冷酷な悪役令嬢とは全く違う、優しく繊細な女性だった。

そして、イザークは気付いた。彼は、この世界で、ゲームの登場人物として存在していなくても、幸せに暮らすことができたのだ。前世の記憶は、彼の人生に彩りを添えてはいたが、彼の人生を決定づけるものではなかった。

彼は、ただ、目の前の仕事に精を出し、植物を愛で、穏やかな日々を送るだけでよかったのだ。そして、シャルロットとの、予想外の友情が、彼の生活に、さらに温かい光を灯してくれた。

ローゼンクロイツの誓い。そのゲームの世界で、イザークは、モブですらない存在として、自分のペースで、悠々自適に生きていた。そして、それは、彼にとって、最高のエンディングだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

タイム連打ってなんだよ(困惑)

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
「リオ、お前をパーティから追放する。お前のようなハズレスキルのザコは足手まといなんだよ」  王都の冒険者ギルドにて、若手冒険者のリオは、リーダーの身勝手な都合によってパーティから追い出されてしまい、同時に後宮では、聖女の降臨や第一王子の婚約破棄などが話題になっていた。  パーティを追放されたリオは、ある日商隊の護衛依頼を受けた際、野盗に襲われる可憐な少女を助けることになるのだが、彼女は第一王子から婚約破棄された上に濡れ衣を着せられて迫害された元公爵令嬢こと、アイリスだった。  アイリスとの出会いから始まる冒険の旅、行く先々で様々な思惑によって爪弾きにされてしまった者達を受け入れていく内に、彼はある決意をする。 「作ろう。誰もが幸せに過ごせる、そんな居場所を」  目指すべき理想、突き動かされる世界、そしてハズレスキル【タイム連打】に隠されたリオの本当の力とは?    ※安心安全安定安泰の四安揃った、ハピエン確定のハズレスキル無双です。 『エ○ーマンが倒せない』は関係ありません。

最弱スライムに転生した俺、捕食スキルで無限進化していたら魔王軍すら支配してました

チー牛Y
ファンタジー
残業中に倒れた俺が次に目を覚ました時、なぜか異世界で最弱モンスターのスライムになっていた。 完全に詰んだ、戦う力もない。そう思っていた時、俺には一つだけ、とんでもないスキルがあった。 【捕食】 それは、倒した相手を取り込み、能力・スキル・力のすべてを奪うチート能力だった。 ゴブリンを食べれば腕力を獲得。 魔物を食べれば新スキルを習得。 レベルは爆速で上がり、進化は止まらない。 森の魔物を支配し、ダンジョンを制圧し、気づけば俺は魔物たちの王になっていた。 やがてその力は魔王軍すら飲み込み、世界の勢力図を塗り替えていく。 これは―― 最弱スライムから始まる、無限進化の成り上がり無双譚。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。 しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた! ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。 噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。 一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。 これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...